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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.1 本城さんってどんな人?
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本城さんは、カフェオレが好き

 長いようで短い、七日間にも及ぶゴールデンウィークがとうとう終わってしまった。今日はそんな祝日が明けた、最初の講義日である。

 二限目終了のチャイムが構内に鳴り、一同はお昼休みの時間となった。学生の大衆の中に紛れながら一人俺は、今日もとある場所へと向かう。きっと彼女はまた、あの場所にいるに違いない。


 あの日からずっと、俺の頭の中は彼女のことでいっぱいであった。最近は寝ても覚めても、いつ何時も彼女のことばかり考えてしまっている。これほど俺のことを熱心にさせてくれたのは、高校生の頃に付き合ったていた、二人目の彼女以来の人間だ。

 今日も早いうちに向かい、彼女と面と向かって話がしたい。そんな一心に半ばのめり込まれながらも、俺は目的地へと向かって歩みを進めていた。






「いたいた! 本城(ほんじょう)さん!」


 人気が少ない学食の隅っこ。一人用の個人席に彼女は座っていた。今日もその姿を確認することができて、ちょっぴり安心する。

 一体何を考えているのか全く分からないような表情で、片手に食べかけのハンバーガーを持ちながら、スマホをいじっている。そんな彼女の背中に、今日も今日とて声をかけた。……が。


「……あれ、本城さん?」


 おかしい。目の前の本城さんへ向かって声をかけたはずなのに、彼女は全く見向きもせずにボーっとしたままだ。まるで俺の存在が、空気になってしまったかのような……一体、どうしたのだろうか。


 ――なんだ……? もしかして俺、シカトされてる? 確かにあの日から、ほぼ毎日ここに通い詰めてきてるけど……ゴールデンウィーク明けに初っ端来るのは、流石にマズかったか?


 ほとんど微動だにすることなく、スマホを見続けている彼女へ恐る恐る近付いていく。――そこでようやく、何故彼女が俺の声に反応してくれなかったのか、その理由に気が付いた。


「……あの、本城さん? そんなに大きい音出してイヤホン付けてたら、耳おかしくなっちゃうよ?」


 彼女の両耳には、よく見る線の無いイヤホンが付けられていたのだ。そのイヤホンからは、薄らとだが音楽らしき音が漏れてしまっていた。これでは流石に、彼女の耳が難聴になってしまいかねない。

 隣でそんな一言を告げても、未だに本城さんはこちらに気付いていない様子だったので、俺は彼女の右耳から片方のイヤホンを、そっと奪い取ってやった。


 ――なんかこういうのって、変にドキドキするけど……。でもどうだ、これでもう聞こえるようになっただろ。さぁ、悔しかったら何か言ってみろ、本城さん!


「……あの、本城さん?」


 待て待て、確かに俺は彼女から片耳のイヤホンは奪ったはずだ。そのはずなのにどうしてか、未だに彼女はボーっとしたまま、スマホを見つめているだけだった。


 ――なんだ、これは? もしかして俺、ホントに無視されちゃってる? ……なんかこれ以上やると、ホントに口利かれなくなっちゃいそうな気がする……。


 そんな彼女を見ていたら、なんだかイヤホンを奪い取ってしまったことが申し訳なく感じてきてしまった。まるで微動だにしない彼女に、ゴクリと生唾を飲み込むと、俺はそーっとイヤホンを右耳に装着し直してあげた。


「……わざわざ戻さなくても、ちゃんと最初から聞こえてますよ? 先輩」


「……え」


 そう言って、ようやく停止していた体を動かして、本城さんが両耳のイヤホンを外す。背中にまで伸びた綺麗な黒色の髪を右耳にかき上げて、彼女がこちらを見上げた。


 ――いや、聞こえてたのかよ! しかも最初から!?


「もしかして、わざと無視してたの?」


「そうですよ。それが何か?」


「……聞こえてたのなら、反応してくれたっていいのに」


「嫌です。先輩の目的は、大体分かっています。別に話さなくたって、会話内容は似たり寄ったりになるでしょう? 無駄じゃないですか、そんなの」


「それは、そうかもしれないけど……」


 キッパリと言われてしまった。相変わらず、ドライな性格だと思う。いくら嫌だったとしても、少しくらいこちらのことを思いやって行動してくれたっていいはずなのに……。こんなにもドライな性格をした人間は、マンガや映画の中だけだと思っていたが、まさか実際に自分がこうして、面と向かって相手をすることになるとは思ってもいなかった。






「それで……なんですか。一応、先輩の用件を聞いてみましょう。まぁ言われなくても分かっていますが」


 呆れ混じりに、彼女があむっとハンバーガーを一口かじった。


「いや、それは……いつも通りだけどさ」


「飽きないんですね、相変わらず。私はもうとっくに飽きましたよそれ」


「で、でもさ! 本城さんは絶対、演劇やったら良い役者になれると思うんだよ!」


「そうですかそうですか、どうもありがとうございます。……何度も説得するなら、せめて新しいうたい文句でも考えてきてくださいよ、まったくもう」


 右手を口元に添えて、モグモグしながら彼女が告げる。どうやら今日も、その意思を変えるつもりはないらしい。今日こそどうにかして、少しでもその意思を変えさせなければ。


 ――あの日体験入部で見せた、本城さんの演技。アレは絶対、演劇界で通用するはずなんだ。それなのに、演劇の道に進まないのは勿体ない。俺はこの子を絶対に、ウチのサークルで活躍させてやりたいんだ……!


「でも本城さんは、容姿も整ってるしさ。背も高いし、きっと舞台の上で生えると思うんだよ。頑張ればきっと、メインヒロイン役にも抜擢(ばってき)されるぐらいだと思うんだ!」


「はぁ、なんですかそれ。私を口説いてるんでしょうか?」


「へ!? いや、別にそういう意味じゃないんだけど……」


「……まぁ確かに私は、普通並みには顔立ち良いと思いますし、女の平均身長よりは少し上ですよ」


 ――じ、自分で言っちゃうんだ……。


「けど、だからどうしたっていうんですか。そんな私だから、メインヒロイン役になれるとでも言い切れるんですか。言い切れませんよね? だって私、本気で演劇をやろうだなんて一ミリたりとも思っていませんから。何しろ、初心者なんですよ?


 例えいま私が演劇サークルに入ったところで、お荷物になるだけですよ。それなら、本気で演劇をやろうと思っている子を抜擢したほうが、よっぽどマシだと思いませんか?」


「それは、まぁ……」


 確かに彼女の言っていることや、言いたいことは間違っていない。やる気のない子よりも、やる気がある子のほうが明らかに舞台で生えるからだ。

 だが、だからこそこうして俺は、彼女に演劇をしてもらえるように説得しているのだ。ここで諦めてしまったら、元も子もなくなってしまう。






「じゃあ、なんだろう……。例えばほら、サークルに入ってたほうが楽しいだろ? 違う学科の友達もできるだろうし、上下関係があったほうが、大学は便利だしさ」


「……そういうのって、ホントに必要なんでしょうか」


「え、なんでよ」


「正直なところ、対人コミュニケーションは嫌いなんです。私、コミュ障なので」


「コミュ障? 本城さんが?」


 またまたご冗談を。そんなこと言われたって、説得力がないじゃないか。俺にはとてもそうとは思えない。どちらかといえば、その様はだいぶ手慣れたそれだ。これまでもきっと、こんな風に人のことを弄んできたようにさえ思える。


「そもそも、先輩はどうかしていると思いますよ。私って、結構トゲがある性格でしょう? それなのに、そんな風に陽キャのノリで接してこられたら私、困っちゃうんですよ」


「陽キャって……俺が?」


「違いますか? 先輩って、絶対運動部でしたよね。そんな身体つきしてますもん」


「いや確かに、中学の頃は野球部だったし、高校ではハンドボールやってたけど……」


「あぁほら、やっぱりだ。私、陽キャが一番嫌いな人種なんです。自分とは真逆の生き方をしている人間となんて、十分も一緒にいられません。地獄です」


「地獄って……」


 何もそこまで言う必要はないじゃないか。直接的に自分が(けな)されているわけではないのに、そう言われると俺だってへこむ。






「ふぅ……。ごちそうさまでした」


 ふと、いつの間にか彼女は話しながらも、ハンバーガーを完食したようだ。律儀に両手を合わせると、そのまま紙袋の中にゴミをまとめていた。


「あ、そうだ。先輩って、いま暇ですよね?」


 まるで何かを思い出したかのように呟くと、突然探るような目つきでこちらを覗いてきた。


「えっ。……なんで?」


「だってさっきから、ただそこに突っ立ってるだけじゃないですか。明らかに暇そうです」


「いやね、俺はこうやって君のことを、わざわざ説得しに来ているワケで――」


「暇、なんですよね?」


 トーンが一つ下がった声で彼女がポツリと言う。初めて聞いたそんな声色に、俺は思わず恐怖を覚えてしまった。


「……はい」


「それじゃあですね……お金渡すんで、自販機でカフェオレ買ってもらっていいですか? 一番上の列の、右から二番目のやつです」


「え、俺が買ってくるの?」


「当たり前じゃないですか、先輩以外に誰がいるんです? もしかして、幻覚でも見えてるんですか?」


「いやまぁ、そりゃあ俺しかいないけど……」


「分かってるならいいんです。じゃあ、これでお願いします」


 そう言うと彼女は、グレー色の財布の中から百円玉一枚と、五十円玉一枚を取り出して、机の上に置いた。これで買ってこいということだろう。


 ――なんでわざわざ俺が……。けど、ここで本城さんの期待を裏切ったら、それでこそサークルに入ってもらえなくなるかもしれないし。ここは、頼まれておくのが無難なんだろうな……。


「分かったよ、もう……。じゃあ、買ってくるから」


「はい、お願いします」


 渋々それに了解してお金を受け取ると、俺は学食の外の廊下にある自販機へと向かった。






 ――あった、これだな。


 本城さんの言葉通り、一番上の列の右から二番目。百五十ミリリットルのペットボトルのカフェオレが、堂々とそこに立っていた。

 彼女から託された、百五十円を自販機へ入れる。必要金額が投入されたことによって、ボタンのランプが緑色に光った。しっかりと間違えないようにカフェオレのボタンを押すと、ガシャコンと大きな音を立てて、取り出し口にペットボトルが落ちてきた。


「よし、これだな――えっ?」


 取り出し口に手を伸ばそうとした瞬間、突然横からもう一本の腕が視界に割って入ってきた。一体誰だとその人物を覗いてみると、それはまさかの本城さんであった。


「ほ、本城さん!? なんで?」


 まるで何事もなかったかのような表情を浮かべている彼女に尋ねる。そんな顔をされたって、一方的に俺が戸惑うだけだ。

 そして、こう改めて立ち上がって並んでみると、やはり彼女の身長の高さに驚く。俺だって身長は百七十六センチあるのに、そんな俺の目の下までの高さを誇る彼女は、舞台で生えること間違いない。


「あれ。……私、あの場で待ってるって言いましたっけ?」


「え……」


 そう言うと彼女は、カフェオレが入ったペットボトルのキャップを外した。


「私はただ、()()()()()()()と頼んだだけです。一言もあの場に戻ってきて、渡してほしいだなんて言っていません」


「え、えぇ!?」


「ついでに言うと、あの場で待っていろとも言われませんでしたから」


 そんな驚いている俺を放って、彼女はカフェオレをゴクゴクと飲み始めた。そのままおよそ半分ほどを一気に飲み干すと、美味しそうにぷはぁーっと息を漏らす。実にいい飲みっぷりである。CMにでも起用したら、買い手が増えるのではなかろうか。


「……なんか、やけに美味しそうに飲むね」


「そうですか?」


「カフェオレ、好きなの?」


「はい、大好きです」


「へ、へぇ。そうなんだ……」


 口元を右手の甲で拭いながら、ペットボトルの蓋を閉める。どうやら彼女には、あまりその自覚はないらしい。


 ――随分と幸せそうに飲んでたなぁ。きっとホントに好きなんだろうなぁ、カフェオレ。


 好きなものには熱く、嫌いなものには冷たく。……恐らく彼女はそんなタイプだ。当然俺は、そのうちの後者に属するのだろう。今までの態度で、それはハッキリと分かる。






「じゃあ、そういうことで。先輩、ありがとうございました。私はこの上なので」


 すると彼女は、くるりと背中をこちらに見せながら、振り向きざまに右手で上の階を指差した。


「……ん、待って? じゃあ結局、ここ通ったってこと?」


「まぁ、そういうことになりますね」


「ならわざわざ、俺に頼まなくてもよかったんじゃ……」


「いいじゃないですか。どうせ暇だったんだし」


「えぇ……そういう問題?」


「そういう問題です。それじゃあ、失礼します。また」


「あ、うん……またね」


 そのまま彼女は、スタスタと歩き去ってしまった。一人虚しく、自販機の前に取り残されてしまう。


 ――はぁ……結局、今日も本城さんを勧誘できなかったな。でも、俺はまだ諦めてないぞ!


 明日こそは! と、いつか彼女を演劇サークルに勧誘できる日を夢見たと同時に――俺の腹の中の虫が、ぐぅーっと空腹を訴えた。

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