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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.3 とある兄妹のお節介話
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兄は妹に敵わない

「いやぁ、食った食った」


 両手を合わせて、「ごちそうさま」の挨拶を済ます。想像以上に茜の作った料理が美味しくて、ご飯をおかわりしてしまった。おかげさまで、お腹は満腹だ。

 ただその代償として、今夜分のご飯が無くなってしまった。また炊き直さなくてはならなくなってしまったが、今回はこの美味しさに免じて良しとしよう。


「ふぅ、私もごちそうさまぁ。……それじゃあ、お兄ちゃん。ちょっと手伝って?」


 茜はそう言うと、自分のお皿を持って立ち上がる。 


「ん? 手伝うって?」


「……なにとぼけてんの? 皿洗いに決まってるでしょ。食べた後、しっかりお皿を洗って仕舞うまでが、食事なんだからね?」


「あぁー。……後でじゃ、ダメ?」


「ダメ。今すぐ」


「……はぁい」


 彼女に言われるがままに、共にお皿を持って台所へと向かう。シンクから水を出すと、早速彼女がスポンジで皿を洗い始めた。


「洗ったお皿置いてくから、布巾(ふきん)で拭いてくれる?」


「はいよ」


 二人並んで、順番に仕事をこなしていく。久々ということもあり、先程の話も相まったおかげで、なんだかこの状況に照れ臭くなってしまった。ただの兄妹だというのに、なんだか情けない。


 実家に住んでいた時も、よくこんな風に二人で家事をしていた。……というより、俺は茜に強引に付き合わされてばかりではあったが。

 そのため、俺もそれなりに家事の知識は身に付いていたおかげもあり、初めての一人暮らしをすることになっても、特別困ることは多くなかった。一つだけ言えば、洗濯物の分け方がまだよく理解できていないくらいだ。


 ウチの家庭は、昔から両親が仕事で家を空けることが多く、家事全般は小学生の途中から全て、茜が仕切っていた。俺も手伝えることや、彼女に駆り出されたときは一緒に行っていたが、そんなお手伝い程度の家事とは比べ物にならない。小学生ながら、専業主婦並みに彼女は家事をこなしていた。そんな彼女に、兄貴の俺は今までほぼ全ての家事を任せきってしまっていたのだから、今となってはただただ感謝だ。






「なぁ、茜」


「んー? どしたの?」


 彼女が横目でこちらを見る。


「お前が兄貴好きになったのって、やっぱり父さんと母さんが仕事で家をよく空けてたからなのかな? そのせいで小さい頃から、二人きりになること多かったし」


「えー? うーん。それもあるかもしれないけど、ただ単純に私は、お兄ちゃんのことが人として、好きだなぁって思えるよ?」


「人としてってことは……特別頼りになるとか、そういったわけではないと」


「頼りにはならないでしょ。全然家事手伝ってくれないし、寝坊助だし、だらしないし、適当だし」


 そう言って、彼女が苦笑いを浮かべる。そんな風に下手に笑われると、余計にショックだ。


「……なんも言えねぇ」


「でしょ? だから、将来のために今からでも遅くないから、家事に慣れとけって言ってるの。せっかく一人暮らししてるんだから、こういうときにしかできないことをやるべきだよ」


「まぁ……そうだなぁ」


 まさに茜の言う通りである。そんな、ごく当たり前のことであって、かつ今だからこそできる貴重な経験を放棄してしまっているのだから、そう言われてしまうのは当たり前だ。


「でもじゃあ、なんで俺のこと好きなんだ?」


「なんでって言われてもなぁ……。一緒にいて、一番安心できるから?」


「安心ってお前、俺以外の男では安心できないの?」


「安心できないわけじゃないけど……でも、家族以外の人なんて基本、得体の知れない生き物でしょ? 裏でなに考えてるかなんて分かんないし、もしかしたら凄く悪い人かもしれないし」


「へぇ、なんか意外。茜でもそういうこと考えるんだ」


「あ、バカにしてるでしょ?」


「してないしてない。てっきり茜って、仲良い人はみんな友達ー、みたいな感じなのかと思ってたから」


「そりゃあ、そう思いたいのは山々だよ。でもやっぱり人間って、表向きは優しそうに見えて、裏で毒吐きまくってたりする奴いっぱいいるからさ。そう考えると、やっぱり鳥頭で頼りにならないダメ兄貴が、一番一緒にいて安心できるなぁって思えるよ」


「ふぅん……そうか」


 いつの間にかこの子も、世の中のことをそんな風に達観視するようになっていたのか。いつまでも無邪気な妹だと思っていたが、流石は高校三年生とも言ったところだろうか。


「……でも、その“鳥頭で頼りにならないダメ兄貴”という汚名は返上できないのか?」


「返上したいなら、もっと家事するなり、予定はメモするなりする。努力次第で、そんなのいくらでもできるんだから」


「……なんも言えねぇ」






「これで最後。はいっ」


「はいよ。……これでよしっと。んじゃ、あとはこれを仕舞って……」


 二人で一緒に、皿を食器棚へと片付ける。ようやく全ての皿を仕舞い終わり、一息を吐いた。


「ふぅ、終わったぁ。ありがとね、茜。いつも何から何まで」


「んー? えへへー、どういたしまして」


 彼女は嬉しそうにニッと笑うと、いつもの如く頭をこちらへ出してきた。そんな気はしていたが、やはりまだそれは健在のようだ。


「あ、やらなきゃダメ?」


「ダメー。じゃないと、もうご飯作ってあーげない」


「むぅ……。わ、分かったよ」


 あまり気乗りはしなかったが、渋々俺は茜の頭に手を乗せた。そのまま、頭を優しく撫でる。俺に撫でられることがよっぽど嬉しいのか、彼女はは小さな子供のように「んふふー」と笑っていた。


「ほら、これでいいでしょ?」


「うん、満足満足」


「嬉しそうだな……」


「うん! 嬉しい!」


 満足そうな笑みを浮かべながら、茜が大きく首を縦に振った。

 俺がもし茜を好きな男の子だったら、彼女が見せるこんな笑顔に、確実にドキリとするだろう。だが兄貴の俺には、そんな感情は一切湧かないどころか、寧ろ見飽きたぐらいだ。






「さてー。お兄ちゃんパワーも貰ったことだし、お兄ちゃんのネクタイ借りたいなー」


 二人で一緒に台所を出ながら、茜が告げた。


 ――お兄ちゃんパワーとはなんぞや……。


「あぁ、そうだそうだ。ネクタイね。ちょっと待ってて」


 早速ベッドの隣に置いてある、クローゼットの一番下の戸を開く。確か、ネクタイはこの辺りに仕舞っていたはずだが……あった、見つけた。


「あったあった。一応赤と青の二色があるんだけど、どっちがいい?」


 二つのネクタイを取り出して、それぞれを茜へと見せる。二つをまじまじと見つめて、しばらく「うーん」と唸りながら、彼女は考え込んでいた。


「因みに、お兄ちゃんはどっちを多く使ってたの?」


「ん、俺か? 俺は赤のほうを使ってたな。と言っても、働いてるわけでもないし、こっちだってあんまり使ってないけど」


「じゃあ、赤にする」


「……茜?」


「違うもん! ただ、私の名前と文字被りしてて似てるから、赤選んだだけだもーん」


「はぁ……そうですか」


 絶対に俺がよく使っていたから赤を選んだのだろうが、きっと今の彼女はそれを認めないだろう。とやかく言っても無駄だ。


 俺から赤のネクタイを受け取って、茜は早速首に巻き始める。しかし、やはり不慣れのようで、しばらくその赤いネクタイと奮闘を続けていた。


「……んんんーっ! ダメだぁ、分かんない。お兄ちゃーん、教えてー?」


 とうとうギブアップのようで、茜がこちらにヘルプを求めた。なにも最初から、聞いてくれれば話が早いのに。


「はいはい。じゃあ、後ろ向いて?」


「ん」


 短く返事をして、俺の前に背中を向けながらちょこんと座り込む。後ろから手を回して、彼女に見えるようにネクタイを持った。


「じゃあ、よく見ててな。まずはこう持って……」


 順序立てて説明しながら、ネクタイを胸の前でクロスさせる。そのまま次の動きを見せようとしたとき――突如俺の小指が、何か柔らかいものに当たった。


「んっ……。ちょっと、胸触んな! バカ!」


 咄嗟にこちらを振り向いて、右肘で肘打ちを食らわせられてしまった。マズい、不可抗力ではあるが、間違って触ってしまったらしい。


「いった!? わ、悪かったって。ごめんよ」


「むぅ……」


 ふてくされながらも、改めて彼女は前を向いた。こいつは兄貴好きのくせに、俺とはそっち方面には興味が無いらしい。昔からつくづく思うが、やはり彼女の俺に対しての“好き”の意味がよく分からないものだ。


 そうして、その後は事故も起こることなく、なんとかネクタイを結ぶことができた。先程ガッツリ怒られてしまったので、また変なことにならずに済んだようで安心する。


「こんな感じ。どう、できそう?」


「うーん。やってみる」


 結んだネクタイをほどいて、再び彼女が一対一でネクタイとの戦いに挑む。

 しかし、やはり一度見ただけでは全て覚えきれなかったようで、先程と同じ映像が目の前で流れていた。


「ダメそうなら、もう一回教えるよ?」


「やだ! 自分でやるの!」


「あそう……。じゃあ、別にいいけど……」


 相変わらず、ワガママで素直じゃない。どうして女の子というのは、こうして強がりが多いんだろう。昔からの疑問だ。






「しっかし……茜が男装ねぇ。顔立ちはそれなりに見えなくもないけど、髪はどうするの?」


 未だに奮闘し続けている彼女に問うた。


「んーまだ決めてない」


「お前、癖っ毛だからなぁ。ワックスでも使って、ストレートにしたほうがいいんじゃない?」


「えー、わざわざワックス使わなくても、ヘアアイロン使えばなんとかなるんじゃないの?」


「それはそうかもしれないけど、男だったらワックス使う奴のほうが多いんじゃないのか?」


「んーでもなぁ、ワックスなんて使ったことないし。アイロンも、髪痛んじゃうから嫌なんだよなぁ」


「じゃあいっそのこと、そのハネた髪を思い切って切っちゃうとか」


「やだ! 私のトレードマークだもん!」


「トレードマークって……。ホント、ワガママだなぁ」


「ワガママじゃないもん」


「はいはい。……それよりほら、もっかいやるから来てみ」


 話しながら、ずっと奮闘し続けている彼女の肩を、ちょっと強引に引き寄せた。こうでもしないと、この子はいつまでも一人で続けるつもりだろう。


「わっ! 別にいいのに……」


「ワガママ言わない。ずっとそのまま続けたって、終わらないでしょ」


「自分でやりたいのー!」


 俺がネクタイを掴もうとすると、茜は拒むようにネクタイをグッと掴んでみせた。もう、どうしてこんなにも頑固な子なのだろうか。


「やめとけ。知識がゼロの奴が、イチの知識にたどり着くまでにどれだけ時間がかかると思う?」


「むぅ……」


 唇を尖らせてふてくされていたが、どうやら諦めてくれたらしい。ようやくネクタイから手を放して、俺に譲ってくれた。改めてもう一度、彼女の後ろから手を回して、結び方をレクチャーする。


「……え、そこどうやったの?」


「ん。だからここをこうして……こんな感じ」


「待って待って、貸して? ……こうして?」


「こうしてー、ここを……」


 ――ホントに、素直じゃないなぁ。


 自分でやると言い切っていたくせに、気が変わったらすぐこれだ。ホント、つくづく女の子って面倒くさい。






 そうしてしばらく、茜は俺にレクチャーされながら、ネクタイの結び方についてを教わった。そうして一通り一緒にやってみて形を覚えると、今度こそ一人でできると彼女は言い切ってみせた。

 たどたどしい手付きではあるが、ゆっくりと復習しながらネクタイを結んでいく。そうして、形は歪だが、ようやく茜は一人きりでネクタイを結ぶことができた。


「あ、ほら見て見て! やったぁ、できたよ!」


「おー、よかったなぁ」


「えへへ、お兄ちゃんのおかげだね。ありがと!」


「ん、そりゃどうも」


 俺がそう言うと茜は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、突然こちらに寄ってきた。そのまま倒れるようにして、俺に体を預けてくる。あまりに突然の出来事に、一体何事かと驚いてしまう。


「あの……茜さん?」


「んー? お兄ちゃんの匂いだなぁって思って」


 とうとう体を横にして、胡座(あぐら)をかいた俺の脚に頭を任せてきやがった。どうして兄妹なのに、こんな風に躊躇いがないのかが不思議だ。


「俺のニオイなんて、飽きるほど嗅いでるだろ」


「最近は嗅いでないもん。えへへ、膝枕されるの嬉しい」


「俺はしてもいいなんて言ってないぞ」


「こういうのは、やったもん勝ちなのー。恋愛と同じだよ。分かった?」


「なんでお前に、恋愛のイロハを教わらなきゃいけないんだよ」


「だってお兄ちゃんてば、そういうの疎そうだもん」


「うっ……」


 ――言われてみれば、前付き合ってたあいつにも、『なんで気付いてくれないの』って言われまくってたっけなぁ……。


「……それは、否定できないかもしれん」


「でしょ? だから、将来結婚する可愛い奥さんに迷惑をかけないように、妹が直々に教えてあげているのだ。感謝しろー」


 右手を挙げながら、気怠そうにぶらぶらと振ってみせる。これが彼女だとしたら、これ以上ない幸せだったのだろうが、今はそうじゃない。


「はいはい、そりゃどうもね」


「ホントに感謝してるー?」


「してるしてる。十分過ぎるほどしてる」


「うー! 嘘吐けー!」


 茜が俺の膝をポカポカと殴っている。痛くはないが、その姿はまるで子供だ。


「じゃあ、いつものしてよー?」


「はぁ……?」


 いつもの、というのはきっと、先程のように頭を撫でてやることだろう。昔から彼女は、俺に頭を撫でられるのが大好きらしい。


「いつものって、さっきしたろ?」


「えー、もう一回ー」


「あのなぁ……。もう俺達、大学生と高三だろ? いつまでも子供じゃないんだぞ?」


 いい加減、兄妹でこういう行為をするのは、卒業しなくてはいけない。そのためにも、今のうちにしつこく言っておかないと、この子の場合は特に酷いことになりそうだ。


「でも、私達が兄妹なのは、これからもずっと変わらないでしょ?」


「それはそうだけど……」


 確かに間違いではないが、それではただの屁理屈だ。


「そ。だからつまり、私がお兄ちゃんを好きなことも、ずっと変わらないってこと」


「実の妹に、永遠の愛を誓われる兄の気持ちも考えてくれ」


「むぅ。あ、それとも何? お兄ちゃん、また彼女でもできた?」


 ニヤリ、と茜が口元を吊り上げる。


 ――いや、何故そうなった。


「はぁ? いや、できてないけど」


「ふぅん……。でも、気になる人はいるって感じだね」


「その根拠は」


「お兄ちゃん、彼女がいるときといないときで、私への態度が違うから」


「うっ……。否定はし切れないかも……」


 高校生の時。二人目の彼女ができてから、自分でも気づかぬうちに、茜への態度が一変してしまっていたらしく、酷く拗ねられてしまった時期があった。この子は拗ねると、口を一切利いてくれなくなるのだ。期限を損ねるようなことだけは、絶対に避けなければならない。


「ほらやっぱり。去年はそんなこと、お兄ちゃん一言も言わなかったもん。茜ちゃんの洞察力、甘く見ちゃいかんのだー!」


 再び膝枕をされながら、右手を挙げてぶらぶらと振ってみせる。

 男は女には敵わないとはよく言ったものだが、こうも実際にされてしまうと、やはりその言葉は間違っていないのかもしれない。


「……さっきから気になってたんだけど、その『のだー』っていう語尾はなんなの?」


「え? だって、可愛いでしょ?」


「……まぁ、うん。分からなくはないけど」


「ほら! ほらほら! 可愛いと思ったら、さっさと茜ちゃんの頭を撫で撫でするのだー!」


 もはや何を言っても、俺は茜には敵わないらしい。ここは諦めて、可愛い可愛い妹の頭を撫でてやるか。


「はぁ。……はいはい、撫で撫で」


「あ、こらー! もっと感情込めて優しく撫でろー!」


「注文が多い妹だなぁホント」


「女の子は、好きな人にはワガママなのだー!」


「はいはい、そうですか……」


 彼女の注文通り、しっかりと感情を込めて、頭を優しく撫でる。すると茜は幸せそうに「んふふー」と微笑んでみせた。

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