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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
16/123

雨には負けず、風邪には負ける(2)

「できた……!」


 作り始めて約四十分。久々の料理に四苦八苦しながらも、ようやく村木先輩オリジナルうどんが完成した。

 ……とは言ったものの、彼女が結局濃い目が好きなのか、薄味が好きなのか、具体的な好みを聞く前に床に就いてしまったので、完全に俺好みの味になってしまったことは否めない。もしかしたら、ボロクソに言われてしまうかもしれないが、それはもう仕方のないことだろう。


 ――さてと、本城さんは起きてるのかな……?


 寝てたら起こして、とは言われたものの、いざ特別仲が良いわけでもない女の子の寝ている姿を、覗き見するのは気が引ける。これでもし文句を言われたら、それでこそ理不尽な話だ。






「本城さーん?」


 取り敢えず、寝室のドアをノックしてみる。しかし、中から返事は聞こえてこない。


「入るよ? いいよね?」


 改めて確認をしてみるが、やはり返事は返ってこない。ゆっくりと引き戸に手をかけると、静かにドアを開いた。


「本城さん?」


 俺が呼びかける先には、ベッドの上で布団を被り、体を横にしてこちらを背に寝転んでいる、彼女の姿がそこにはあった。しかし、やはり彼女の返事は無い。


 ――寝てるな、こりゃ。


 恐る恐る近付いて、彼女の顔を覗いてみる。マスクをしたままで、顔半分は見えないが、それでも目をつむって小さな寝息を立てているのは分かった。


 ――ぐっすりだなぁ。いつもこんな風に静かだったら、もう少し可愛らしいのに。


「本城さーん」


 彼女の肩をポンポンと叩いてみる。……しかし反応は無い。


 ――参ったなぁ。どのくらいの加減で起こしてやればいいのか、全然分かんないや。


 自分の家族相手なら、最悪布団を剥ぎ取って蹴り飛ばしてでも叩き起こすのだが、赤の他人じゃそうはいかない。


「おーい、本城さん。うどんできたよー?」


 今度は先程より大きく肩を揺さぶってみる。すると、ようやく彼女は「うーん」と唸りながら、こちらに寝返りをうった。この様子なら、もう少しで起きそうだ。


「本城さーん。おーきーてー」


「んー……。……やとぉ」


「やと?」


 むにゃむにゃと、小さく彼女が寝言を呟く。一体どんな夢を見ているんだか。


「ほーら、寝ぼけてないで、起きてくれよー」


「んんー……。……やと、ダメ……」


 細々と寝言を呟いている。なんだ? 悪夢でも見ているのだろうか? だとしたら、尚更早く起こしてやらなければ。


「本城さーん!」


「……やだぁ……待って……。……うん?」


 ようやく、彼女の目がパチッと開く。こちらをぼんやりと見つめる眼差しと、視線が合った。






「……あ、村木先輩だ。おはよー」


「え? あ、あぁ。おはよう……」


 まだ寝ぼけているのか、初めて本城さんから「村木先輩」と呼ばれた気がする。聞き慣れない呼び名に、思わずドキリとした。


「あれぇ、私、どれくらい寝てましたぁ?」


 ふわぁーっと大欠伸をしながら、彼女が問う。いつもと違い、寝起きの彼女の目はトロトロだ。


「多分、一時間くらい? うどん、もうできてるよ」


「そうですかぁ……。うーん、でもまだ眠い……」


 再び寝返りをうって、俺に背を向けてしまった。どうやら、まだ寝足りないらしい。


「風邪引いてるんだもんね。そりゃ疲れるよ。もう少し寝たかったら、寝ててもいいよ。起きるまで待ってるからさ」


「んー……。でも村木先輩、帰るの遅くなっちゃいますよぉ……?」


「別に構わないよ。風邪引いてると、一人じゃ心細いでしょ? 本城さんが良かったら、もう少し居てあげるけど」


「……村木先輩」


 背を向けながら、ポツリと本城さんが呟いた。


「うん?」


「……村木先輩は、どうしてこんな私に、いつも優しくしてくれるんですかぁ?」


「え、なに突然?」


「だって……こんな性格の悪い陰キャの私に、先輩は陽キャのくせに、いつもいつも優しくしてくれるじゃないですか。どうしてなんですかぁ?」


「どうしてって言われても……。友達だから、としか言えないんだけど」


「でももう、私達は友達じゃないじゃないですかぁ。それなのに、まだ先輩はこんな風に優しくしてくれてる。一度縁を切ろうとした私のことを、気にせず優しくしてくれてるんです。これってやっぱり、おかしいですよねぇ……?」


 どうやら、まだそのことを気にしているらしい。まぁ、縁を切ると言い出した本人なのだから、無理もないか。


「……別に、おかしくなんかないでしょ」


「え……?」


 彼女が素っ頓狂な声を出した。


「陽キャだとか、陰キャだとか、友達だとか、家族だとか。確かに本城さんが言う通り、人間にも一定の括りはあるかもしれないよ。けど、それでもみんな、同じように生きてるんだからさ。そこで線引きをしちゃったら、見えるものも見えなくなっちゃうでしょ? そうしたら、いざ大切なものが目の前にあっても、見つけられなくなっちゃうからさ。


 確かに俺には、本城さんの気持ちなんて分からないよ。でもだからこそ、少しでも相手を見られるようにって、努力してるんだよ。そりゃあ本城さんみたいに、他人に自分を見られたくないって人もいるけどさ。そういう人達には、そういう人達なりの接し方があるだろうし。それが凄く遠回りだったとしても、それでも俺は、やっぱり本城さんと仲良くなりたいなって思うんだよ。


 確かに、俺の一方的な思いかもしれないけどさ。もし本城さんもその気になったら、自分のことを俺に教えてくれたら、また友達になってくれたら嬉しいなって、俺は思ってるよ」


「……怒ってないんですか?」


 彼女が問うた。


「怒ってないって、何が?」


「だって私、勝手にイライラして、勝手にあんなこと言い出したんですよ? ――それなのに、怒ってないんですか?」


「そりゃあ、突然過ぎて驚いちゃったけどさ。でも、本城さんが怒ったのには、俺にも何かしらの原因があったんだろうし。俺も、申し訳なかったよ。ごめんね、本城さん」


「っ……」


 彼女が言葉を詰まらせた。こちらが謝ってもなお返事を寄越さないということは、もしかするとまだ怒っているのかもしれない。


「やっぱり……やっぱり、先輩はバカです。大バカです」


「え? 今それ言う?」


 今はそんな、罵り合いをするような会話じゃなかったような気がするのだが。どうやら彼女には、それは通用しないらしい。


「言いますよ、そりゃあ。先輩がそんなんだから、余計言いたくなります」


「そんなんだからって、どんなんだよ……」


「……すみません。やっぱり今、寝起きで話したくないので、出て行ってもらえませんか?」


「え。いや、また唐突だな君は」


「いいから! ……出て行ってください」


 彼女の声が震えている。どうやらまた、何かしらの理由で怒らせてしまったらしい。ここは、大人しく従ったほうが良さそうだ。


「はいはい……、分かったよ。じゃあ、また後で来る」


 そのまま、渋々引き戸を開いて、寝室を出ようとした。


「……村木先輩」


 そんな矢先――再び本城さんが、俺の名前を呼んだ。


「何?」


 未だに背を向けたままの彼女に問う。

 今度は一体、何を言われるのかと少し身構えてしまったが、そんな彼女の一言に、俺は思わず拍子抜けしてしまった。


「その……えっと……。ま、また寝るんで、後でまた起こしてください!」


「へ。……あ、あぁ。まぁいいけど」


 ――というより、最初からそのつもりだったけど。


「それと……私が先輩のうどんを食べるまで、帰らないでくださいね。一体どんなゲロマズうどんなのか、直接言ってやりたいので」


「いや、なんで最初から君はそうやって、俺のうどんをゲロマズと……」


「いいから! お願いしますよ!」


 俺の言葉を遮って彼女が叫ぶ。どうやら、家主のお言葉は絶対のようだ。


「はぁ。はいはい、分かったよ。……おやすみ」


「……おやすみなさい、先輩」


 そっと引き戸を閉じて、本城さんと一時(いっとき)別れる。特にすることもなくなってしまった俺は、リビングのソファーへと座った。


 ――暇だな……。テレビもないみたいだし、することもないや。


 少しの間、何もせずにただボーっとしていると、急激な眠気にドッと襲われた。思い返せば、今日は色々と動き回っていた気がする。ずっと気が張っていたこともあるのだろう。

 まるで誘われるように欠伸を一つすると、そのまま腕を組んでゆっくりと目を閉じた。



 ◇ ◇ ◇



「ん……」


 ぼんやりと視界が開く。頭がボーッとして、なんだか首が痛い。どうやら、変な体勢で寝てしまっていたようだ。


 ――あれ……。俺、何してたんだっけ? ……あぁ、そうだ。本城さんの家に行って、うどん作って、それから……。


 ゆっくりと視界がクリアになる。途端に、思わず口から「うわっ!」と声が出てしまった。そしてそれは、目の前のそれも同じだったらしい。


「ほ、本城さん!? 何してるの?」


 目を開いた瞬間に、マスクを着けたままの本城さんの顔が目の前にあった。思わずビックリしてしまったおかげで、眠気が吹き飛んでしまったじゃないか。どうやら、寝顔を見られてしまっていたらしい。

 そんな彼女は焦った様子で、あたふたと視線を泳がせていた。


「いや、だって、起きてきてみたら、先輩がソファーに座って、腕組んで座って寝てるから……」


「でもだからって、そんな近くで顔覗く?」


「なっ……なんですか? 文句あるんですか?」


 焦った顔から一変、咄嗟にいつもの仏頂面をして、彼女が強く言い放った。


「じゃあ聞きますけど、さっき先輩だって、絶対私の寝顔を近くで見ましたよね?」


「うっ、それは……」


 否定はできない。確かに俺も、本城さんの寝顔をドアップで見ていたのだから。


「ふんっ。先輩はいやらしい目で私のことを見ていたのかもしれませんけど? 私はただ、先輩の汚らしい顔が、一体どんなものなのかを観察してただけですよ。ストーカーの先輩と、一緒にしないでください」


「汚らしい言うな、汚らしいと。それと、俺はストーカーじゃない!」


「どうだか。縁を切ったのに、わざわざ家にまで来て帰ってくるのを待ってるなんて、ストーカーどころか変質者ですよ」


「だから、それは偶々で! ……」


 寝起き早々、またもお互いに罵り合いが始まってしまった。

 寝起きの彼女はあんなにも素直だったくせに、起き上がったらすぐこれだ。本当に、対応のギャップが激し過ぎてこちらも疲れる。普段からずっと、素直でいてくれたらどれだけありがたいことか。


「はぁ……。ホントに懲りない男ですね。こんなに散々言っても、まだ先輩はやめないんですか」


「何度も言わせないでよ! 俺は、君のストーカーじゃ……」


「じゃあいいです、先輩。分かりました」


 俺の言葉を遮って、彼女が告げる。急にそんな態度を取られると、一体何事かと言葉を詰まらせてしまう。


「以前に、私が傘を貸した時の借り、まだ返してもらっていませんでしたよね。今日の件は、それでパアとしましょう。……わざわざお見舞いに来てくれたお礼です」


「……え、それでいいの?」


「よくはないですよ。けれど、今日のところはそれで許すって言ってるんです。聞こえませんでしたか?」


「あ、いや……」


 まったく、なんだって言うんだ。散々俺のことを罵ったと思えば、今度は許すだって? 本当に、根っから気ままなお姫様じゃないか。さながら俺は、お姫様に仕える家来か?






「はぁ。先輩のことイジメてたら、お腹空きました。うどん、できてるんですよね?」


 腰に手を当てながら、本城さんが大きくため息を吐く。


「イジメてたらって言うなよ……」


 彼女は俺の言葉を無視して、スタスタと台所まで歩いて行った。本当に自由過ぎて、こちらが疲れる。


「ちょっと、冷めてるじゃないですか。イジメですか?」


 そして次第には、鍋の蓋を開いてそんなことを言ってくる。


 ――いや、俺のことをイジメておいて、君はイジメられるの嫌だってどういうことだ。


「いやあの、出来上がってから時間経ってるんだから、冷めてるのは当たり前だと思うんだけど」


「時間経ってるって、何時間くらいです?」


「そうだなぁ……。って、え?」


 左腕に付けた腕時計を見て、時間を確認する。そこに表示されていた時間に、思わず声を出して驚いてしまった。


「どうしました?」


 台所越しに彼女が問う。


「いや……。いつの間にか、もう夜の十時前なんだって思って」


「そうですね」


 さも当然のように、彼女が相槌を打った。


「そうですねって……。やばいな、寝過ぎちゃったのか」


「なんなら、泊まっていきますか? 寝る場所はそこのベッドか床になりますけど」


「え。……君は、自分が襲われるかもしれないっていうリスクは考えないの?」


 この間、アレだけ散々ラブホにGoだのと言っていたくせに、よくそんな口を叩けるもんだ。彼女に限って、誘っているワケでもあるまいし、俺をどうしたいのかが全く分からない。


「大丈夫ですよ。そんなときのための、イチイチゼロじゃないですか。本当に押さなきゃいけない事態になったら、ちゃんと電話かけますから」


「はぁ……。いや、いいよ。万が一何かがあって、君にイチイチゼロを押されるようになるのはごめんだし。もう少ししたら、ちゃんと帰るよ」


「……そうですか」


 つまらなさそうに短く呟くと、彼女は手元を見て作業を始めた。チッチッチという、ガスコンロの火がつく音が聞こえ始める。


「じゃあ、せめてご飯くらい食べていきますよね。……とは言っても、先輩が作ってくれたうどんを二人で分けることにはなりますが」


「うーん、そうだなぁ。一人分を想定して作ったから、そんなに量は多くないんだけど」


「じゃあ、少しうどん足しますか。余ってますよね?」


「あ、うん。冷蔵庫に入れておいたよ」


「えっと……」


 本城さんが、冷蔵庫を開けて中を覗いた。


 ――……なんだこれ、まるで同棲してるみたいだな。


 いま俺の目の前で起こっているのは、よく見る同棲カップルの絵図だ。こんなのを、まさか付き合ってもいない後輩の女の子と、俺が過ごすことになるとは。


「ところで先輩、汁は濃い目なんですね」


 鍋の中を覗きながら、彼女が告げる。


「あ、うん。本城さんの好みを聞くの忘れちゃったから、取り敢えず濃い目にしておいたんだけど。……マズかった?」


「いえ? 私、基本好き嫌いはないので、なんでも大丈夫です」


「そっか。それならよかった」


 ――そういえば前に、食べることについて本城さんに熱く語られたっけな……。


 あの時は、何故彼女にそんなことを言われなくてはならないのだと半信半疑で聞いていたが、今なら何となく分かる。

 きっと、一緒に過ごしていたおじいちゃんやご両親に、色々と言われて育ってきたのだろう。だから彼女は、あんな風に俺へ言ったのだ。






「……なんか本城さんって、良いお嫁さんになりそうだよね」


 ぼんやりとその姿を見つめて、俺は呟いた。その言葉を聞いた彼女は、大きく目を見開いて、まるで別人のように驚いてみせる。


「はっ、はいっ?」


 そんな彼女の返事は裏返っていた。


「いや、なんとなくそう思っただけだよ。気にしないで」


「……そう、ですか」


 俺から目を逸らしながら、ボソッと呟く。どうやら、照れ臭いようだ。


「まぁ、もう少しその捻くれた性格を見直せば、本城さんも良い男の人を捕まえられるって」


「……急に先輩ぶってなんですか。気持ち悪い」


「先輩ぶるも何も、俺は君の先輩だからね」


「……あっそ」


 珍しく反抗せずに、憎たらしい一言でその話題を終わらせてしまった。また余計なことを言ってしまったかと少し反省はしたものの、どうやらそれ以上何かを言うつもりは無いらしい。しかしそれきり、二人の会話は途切れてしまった。


 あの彼女の家で二人きりという状況の割には、不思議と居心地が悪いわけでもなく、ただただ不思議な感覚だ。俺はぼんやりと天井を見つめながら、彼女が温めているうどんが出来上がるのを待っていた。

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