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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
15/123

雨には負けず、風邪には負ける(1)

 ポツリ、と鼻に水滴が落ちる。空を見上げてみると、さっきまで青空だった空は、いつの間にか薄暗い雲に隠れてしまっていた。どうやら、これから一雨降ってくるらしい。

 急がなくては。ペダルを漕ぐスピードを上げて、俺は自転車を走らせた。






 演劇館から自転車を走らせること、実に二十分。かなり急ぎで走ってきたため、本来ならもう少しかかるだろう。息を切らせながら、ようやく目的地へと到着した。

 駐輪場に自転車を停めて、階段を上がる。その一番奥の場所が、今回の終着駅だ。


 ゴクリと生唾を飲み込んで、覚悟を決める。一体、何を言われるかなんて分からない。けれどもう、来てしまったのだ。今更ここまで来て、後戻りなんてできやしない。

 人差し指をドアの隣のインターホンへゆっくり伸ばすと、そっと鳴らした。


「……?」


 中からは音がしない。こんなことをするのは非常に失礼だが、ドアに耳を近付けて聞き耳を立ててみる。……しかし、それらしい音は聞こえない。

 まさかと思って、ドアノブを回してみるものの、どうやら鍵はかかっているらしい。つまり、今は留守のようだ。ホッとするような安心感を抱いてしまうと同時に、大丈夫なのかと不安も募る。

 そうは言っても、一体どこに行っているのかなんて分からないのだから、ここで待っている以外の選択肢はない。


 ――大丈夫かな……。


 降っている雨も、段々と強くなってきている。どこかで力尽きて、倒れてしまっていなければいいが――。






 ……ツ、コツ、コツ……。鈍く、地面に高音が響く。

 もしやと思って、上ってきた階段のほうに目を向ける。やはり、誰かが上ってきているようだ。

 その音は段々と、大きくなってきた。あと数秒後には、確実に出くわすだろう。迫り来る影に備えて、ジッと階段を見つめていた。そして――。


「……っ」


 目が合った。


 目の前のそれは、ピタリと進む足を止めた。手には二種類のレジ袋を持っており、被っているグレーのパーカーのフードは、雨のせいでビショビショだ。


 少しの間、静寂が続いた。特に何を言うわけでもなく――いや、何を言えばいいのか分からないまま、お互いに無言を貫いてしまっていた。その時間が続くほど、目線のやり場に困る。

 とうとうもどかしくなって、こちらが目線を外へと移した時、目の前のそれは静寂を壊した。


「……最悪です」


「……え」


 開口一番、彼女は嫌そうにそう告げた。マスクをしていて、その表情はハッキリと分からないが、恐らく口をへの字に曲げていることだろう。


「どうしてアレほど縁を切ろうって言ったのに、風邪をひいて帰ってきたらあなたがいるんですか。まさか私の風邪を、余計に酷くするつもりなんですか? そうなんですね?」


 告げ終わると同時に、(たん)が喉に絡んでしまったようで、彼女がむせ返る。相変わらず、風邪をひいてもその憎まれ口は減らないらしい。


「いや、そんなわけないでしょ」


「じゃあなんですか? 大体、どうしてあなたがここにいるんです? もう縁は切ろうって、この間言ったじゃないですか。私は、あなたと話す気はもうありません」


 コツコツと床を響かせて、段々とこちらに近寄ってくる。


「でもだからって、あんなの唐突過ぎるよ」


「唐突も何も、始まる前から終わっていたんです。言葉の意味、分かりますか?」


「そんなこと、あるわけない! 始まる前から終わってたなんて、どう考えたっておかしいでしょ!」


「おかしくなんかありませんよ。あなたは陽キャで、私は陰キャなんです。それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、それだけです」


 俺の横を通り過ぎて、彼女がドアの前へとたどり着く。ポケットから鍵を取り出すと、ドアノブへと挿し込んだ。


「それがおかしいんだよ! どうして人間を、陽キャと陰キャで分けなきゃいけないわけ? 人間は誰だって、みんな一緒だろ!?」


「……じゃあそんな、何も知らない無知なあなたに、特別に教えてあげましょう。世の中には、二種類の人間がいます。何か分かりますか?」


「……まさか、陽キャと陰キャ、だなんて冗談は言わないよな?」


「えぇ、そのまさかです。その二つの生き物は、まるで生き方や考え方が違うんです。比べれば比べるほど、面白いくらいに。そんな二つの生き物を、一つの人間と称するほうがおかしい」


「“みんな違ってみんな良い”とか、“十人十色”なんて言葉はどうなるんだよ」


「そんな古臭い言葉、今じゃ通用しませんよ。“人生をバカ楽しく謳歌している”か、“現実を見据えてただただ堅実に生きている”か。その二種類しか存在しないんです。あなただって、ホントは分かっているんでしょう? 昔、クラスで学校生活をバカみたいに楽しんでいた集まりと、クラスの隅っこでぼんやりと生きていた集まりの二つが存在していたなって」


「それは……そうかもしれないけど」


 俺の言葉を半ば無視する形で、彼女がドアを開く。


「じゃあ、それが答えです。言いたいことはそれだけなので。もう二度と、私にその汚らしい顔を見せないでください。それでは」


 そう言って、彼女はドアを強引に閉めようとする。


「ちょ、ちょっと待てって! まだ話は終わってない!」


 ドアを足で止めて、強引にそれを阻止する。すると彼女は、面倒くさそうにため息を吐いた。


「なんですか? 懲りない男ですね。ホントのホントに、ストーカーだって警察に通報しますよ?」


「別に、構わないよ。そんなにしたいならすりゃあいい。……君に()()()()()()ね」


「……どういう意味ですか」


 彼女が眉をひそめる。


 ――あの日、あんな風に言われてから、ずっと考えていたんだ。この子が言う、陽キャと陰キャの違いって、例えばなんだろうなって……。本当にこんな答えで合っているかなんて分からないけれど、恐らくこういうことなんだと思う。


「だって――君は、陰キャなんでしょ? 前だって、『今後のために克服しなければいけないとも思ってる』って言ってたよね。それってつまりさ――警察に通報する勇気も、今の君にはきっと無いんだよね?」


「っ……」


 彼女が大きく目を見開く。どうやら、その通りだったらしい。


「何が怖いのか、俺にはサッパリ分からないけどね。ただイチイチゼロを押して、電話をかけて、警察の人と話して要件を伝えればいい。ただそれだけのことなのに、どうしてそれが怖いんだか。……でも君達陰キャは、それすらも怖いって思う。だろ?」


「……先輩は、そうやって人を見下さない人だと思ってたんですが、違ったんですね」


 久しぶりに、彼女の口から先輩という単語が出てきた。


「いつも本城さんには、散々見下されてるからね。少しはお返ししないとさ」


 そんな俺の口からも、久しぶりに本城さんという単語が呟かれる。すると本城さんは、呆れた様子で、小さくふんっと鼻を鳴らした。






「……それで? 結局先輩は、何をしに来たんですか?」


「あぁ。日和ちゃんから、本城さんが熱出して寝込んでるから、助けに行ってあげてって言われちゃってね。急いで駆け付けたってわけ」


「……日和のバカ」


 そっぽを向きながら、小さく呟かれる。


「それより、このままずっとこの状態を続ける気? ……風邪、もっと酷くなっちゃうよ?」


「だったら、先輩がさっさと帰ればいいじゃないですか」


「まだ言うか。せっかくか弱い乙女のために、心強い先輩が駆け付けてやったんだから、感謝しろって」


「誰がか弱い乙女ですって?」


 彼女がギロリとこちらを睨む。


「君がこの間、自分で言ったんだろ」


「言ったけど、私が自分で言ったからいいんです。他人に言われるのは好きじゃありません」


「なんだそりゃ」


 そんな自分勝手な感情を持ち出されても困る。そんなのは、いくらお姫様でも許されない。


「で、どうするの? 入ってほしくないの?」


「当たり前じゃないですか。先輩が帰らないから、こうしてイライラしているんですよ」


「俺だって、君がなかなかに自分勝手だから、凄くイライラしてるよ」


「なんだ、お互い様なんですね。じゃあここは、家主の私の権限で、先輩には帰ってもらうって形で」


「アホか。そんなの通じるわけないでしょ」


 いくらなんでも、そんな強引な話でケリをつけられても困る。どうにかして、お互いが許容する形で話を終わらせたいのが本望だ。

 一体どうしたものかと、頭を悩ませていると、再び彼女が大きなため息を吐いた。


「はぁ。……じゃあもういいです。勝手にしてください」


 自棄になったのか、そう言うと彼女はようやくドアから手を離して、さっさと中へ入っていってしまった。どうやら、本当に勝手にしていいらしい。


「なんだ? 勝手にしていいなら、入っちゃうよ?」


「勝手にしろって言ってるんです。どうぞ、ご勝手に」


 奥から気怠そうな声が聞こえた。


 ――ホント、素直じゃない奴だな。……まぁ、そこが本城さんらしいけどね。


「じゃあ、勝手にする。お邪魔しますよっと」


 玄関のドアを閉めて、そのまま靴を脱ぎ中へと入った。






 部屋の中身は、以前来た時と変わらず、やっぱり殺風景なリビングが出迎えてくれた。さっき彼女が持っていたレジ袋は、テーブルの上に置かれたままだ。


 ――病院と、スーパーの買い物の後だったのかな?


 片方の袋には、錠剤が入っているであろう紙袋が入っていた。もう片方には、ネギが三本ほど袋から飛び出していることから、買い物をしてきたことが分かる。

 そして肝心の本人はというと――本城さんは寝室のドアを閉めて、一人中へ入っていた。


「……本城さん?」


「いま着替えてるんです。いくら勝手にしろって言っても、か弱い乙女の着替えを覗き見するのは、流石にドン引きしますよ」


「わ、分かってるって……。流石にそれはしないよ」


 流石に彼女でもない女性の着替えを覗くなど、冗談でも通じやしない。ここは、大人しく待つとしよう。


 数分程リビングで待つと、ようやく彼女は寝室から出てきた。相変わらずマスクは付けたままだったが、服は何かの男キャラクターのTシャツになっており、完全なおうちモードとなっていた。






「……それで? 駆け付けてくれたのはいいですけど、具体的にはどうしてくれるんですか?」


 洗面所へ濡れた服を置きに行くと、腰に手を当てて、鼻を(すす)りながら彼女が問うた。


「そういえばそうだなぁ。……あ、どうせだし、ご飯作ってあげようか?」


「は。先輩が作るんですか?」


 再び彼女が大きく目を見開いた。


「え? うん」


「……冗談はよしてください。万が一、先輩のご飯がゲロマズで、せっかく買ってきた食材が無駄になったら、どう責任取ってくれるんですか」


「言いたい放題だな君は……。俺だって一人暮らしだし、それなりに料理はできるよ」


「例えば?」


「例えば……そうだなぁ。ちょっと、買ってきたもの見てもいい?」


「どうぞ、ご勝手に」


 ――好きだな、ご勝手にって言葉。


 ぼんやりとそんなことを思いながら、ガサゴソとスーパーの袋を覗く。


「んー。ネギ、ニンジン、しいたけ、ショウガ、豚肉にうどんに、チョコにグミに……カフェオレってあなた、寝室の物置きにたくさん入ってなかったっけ?」


 袋の中に一本。半分飲みかけのカフェオレが入っていた。アレほどストックしているくせに、まだ飲み足りないというのか。


「いいじゃないですか、飲みたかったんだし。好きなときに、好きなものを飲み食いするのは、人間の至高のひと時ですよ」


 人差し指を立てながら、彼女が告げた。


「はぁ……。まぁいいけど。それより、うどん作ろうとしてたんだ?」


「まぁ、ど定番ですけど」


「そっか。うどんくらいなら、俺も自信持って作れるな。よし、じゃあ本城さんは寝てていいよ。その間、俺が作っておくから。台所、借りていいよね?」


「構いませんけど……。変に扱わないでくださいよ?」


「分かってるって。ちゃんと本城さんのご期待に沿えるように、頑張らせていただきますよ」


「……まぁ、それなりに期待しています」


 そうして、本城さんから簡単に料理道具とお皿の場所の説明を受けると、まず俺はシンクで手を洗った。






「それじゃあ、待ってますので。私眠いんで、布団に入ってます。もし寝ちゃってたら、起こしてください」


「うん、分かったよ」


 そうして、彼女は寝室の中へと入っていった。一人、しんとした部屋の中に取り残される。


 ――それなりに期待しています、ね。アレほど縁を切ろうとしてたくせに、よくそんな言葉が出てくるもんだな。


 やっぱり、突然縁を切ろうとしたのには、何かしら理由があるんだと思う。きっと彼女はそれについて、絶対に話してくれないとは思うが。

 まぁ、それでも今はこうして、再び彼女と話せているのだ。一旦それはよしとしよう。


「さてと……やりますか」


 正直、普段から料理はあまりしないのだが、今回ばかりは全力で腕を振るうしかあるまい。

 材料と調味料などをざっと眺めて、一体どんなうどんにするか決めると、早速包丁を手に取って、食材を切り始めた。

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