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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
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思い出の場所

 その後――せっかく交換したはずの彼女の連絡先は、どうやら削除されてしまっており、こちらからの連絡手段は絶たれてしまっていた。

 挙句には、アレほど好きだと言っていた学食にも姿を現さなくなり、どこかで奇跡的に遭遇を果たさない限り、彼女と再び話すことはできなくなってしまった次第だ。


 もちろん、一度彼女の家には行っているので、最後の手段として突撃することも可能だ。だがそれだと、本当にただのストーカーになり兼ねないので、今回その手段は禁忌とせざるを得ないだろう。そこまでして、彼女に嫌われるような行為はしたくない。やはり、今はただ運命に身を任せるしか、方法はないのだ。






 ――はぁ……。本城さん、ホントになんで急にあんなことを言い出したんだろ。


 あの日から四日後。淡い期待を寄せて、今日もあの学食へ向かってはみたものの、やはりそこに彼女の姿は無かった。


 ――俺だって少し悪いことを言っちゃったかもしれないけど……それにしたって、急過ぎるよ。


 女の子というのは、本当につくづく分からない。

 初めて付き合った元カノだって、付き合って四ヶ月目の日に突然、別れを切り出されたという経験がある。

 あとから仲直りして事情を聞いてみると「あの時女の子の日が来てて、イライラしててつい言っちゃった」だそうだ。


 結局、復縁を望んではみたものの、すぐに別の彼氏へ乗り換えてしまっており、既に時遅しだった。あの時のショックは、今でも鮮明に覚えている。


 ――まさか、あの日本城さんも、女の子の日が来てたのか? ……でもそれにしたってなぁ。俺男だし、生理のことなんてよく分かんないし……。増してや、陰キャって名乗ってる人のことなんてなぁ……。


 いつも彼女と向かい合わせで座っていた、四角いテーブルの席に座った。



『陽キャと陰キャが友達になんて、なれるわけがないんです。私達は、生きている世界が違うんです。先輩は先輩で、私は私で、それぞれがそれぞれの世界で生きるべきなんです。お互いが交じり合って、関わるべきではないんです。こんなのやっぱり、間違っています』



 彼女の言葉を思い返す。

 言われてみれば俺は、ずっと部活仲間や、スポーツ系の他部活に入っている男女とばかり絡んでいた。インドア系の部活の人や、帰宅部ですぐに帰ってしまうような、クラスではあまり目立たない人達とは、ほとんど絡んでこなかった気がする。


 ――確かになんか、そっち系の人達って、自分から他人を遠ざけてる感じがあるんだよなぁ。こっちだって別に、取って食うワケじゃないのに、みんな誰かを怖がって、一歩下がって見てるというか……。


 自分に自信がない。この一言に尽きると思う。

 でもそんなことを言っていたって、何かをしなくちゃいけないのなら、最終的には行動をしなきゃいけない。いつまで経っても怖がって、ずっと殻に篭っているのは、正直甘えだと思う。



『そもそも、先輩はどうかしていると思いますよ。私って、結構トゲがある性格でしょう? それなのに、そんな風に陽キャのノリで接してこられたら私、困っちゃうんですよ』



『腹黒いだとか、自己中だとか、お姫様だとか、クソビッチだとか、散々言われるような人間ですよ? ――それでもいいんですか?』



『そうして入学式の日、偶々演劇サークルが部員募集しているのを見かけて、興味本位で入ってみたんです。けど色々と考えた結果、やっぱり入部はやめました。私は、先輩みたいに……強く、ないんです』



「……強くない、か」


 そんなの、みんな誰だってそうだ。俺だって、自分のことを強いだなんて思っちゃいない。辛いことや、悲しいことがあるとすぐ泣いてしまうし、目の前を見ていられなくなる。


 きっと本城さんは、俺との間に明らかな差があるんだと思い込んでいる。決定的な何かが自分には欠けているんだと、そう思い込んでしまっている。

 だから、自分のことを陰キャと称し、俺のことを陽キャと称える。そこには確実に何かの有無があるのだと、決めつけてしまっているのだ。






「そういえば……」


 以前まで彼女が座っていた、彼女御用達の個人席が目に入った。

 立ち上がって、今度はその個人席へと座ってみる。ここから見える景色を見てみれば、もしかしたら何か分かるかもしれないと思ったからだ。


 目の前には、綺麗な青空と、たくさんの木々が見えた。疲れているときにはもってこいの、リラックスできるような自然の景色だ。この建物自体が高いところにあることもあって、遠くには少しだけ、町並みも垣間見られる。――そしてもう一つ、異質に目立つ建物が、その場所から見えた。


 ――アレって……なんだ? あんな建物、あったっけ?


 右奥にギリギリで見える、レンガ造りの背が高い建物。屋根は異様にも黄色で、明らかに他とは違う雰囲気を漂わせている。


 ――……もしかして。


 咄嗟に立ち上がって、隣の個人席へと座る。そこから見える窓からの景色には、今度は角度のせいでギリギリその建物は見られない。その隣の席からも見てみたが同様だ。


 ――あの建物は……。調べてみよう。


 ポケットからスマホを取り出して、マップを表示する。

 今じゃ、実際の航空写真から建物を割り出せるのだから、凄い時代になったものだ。大学の場所を表示させてから、その建物の概要が判明するまで、それほど時間はかからなかった。


 ――演劇館? しかも市内の劇団の本拠地だ。なんで、あんなところ?


 演劇嫌いの本城さんが、何の理由も無くあんなこところに執着するなんてことはあり得ない。この席からしかあの建物が見えないということは、きっと何らかの理由があって、あの建物を眺めたくなるのだろう。

 本城さん、演劇嫌い、演劇サークル、演劇館――。これらはやっぱり、何かしらの関係があるんだと思う。


 そしてつまり、彼女は演劇というものに対して、何か特別な感情を持っているということ。それが良し悪しどちらなのかは分からないが、彼女がこの席を好き好んでいたところを見るに、あの建物が思い出の場所なのだということは、なんとなく分かる。

 まぁ、それら全てが俺の考え過ぎで、ただ単にこの席が好きだった、なんてオチも彼女の場合なら大いにあり得るかもしれないが。


 ――そういえば、演劇が嫌になった理由って、もう一つあったんだよな……。もしかして、それなのかな?


 あの時は片方の話しか話してくれなかったが、どうやらそれと同等か、それ以上の理由が彼女にはあるらしい。もしかすると、その理由はあそこにあるのかもしれない。


 ――放課後、行ってみるか。


 この後の講義は、昼休み後の三限までだ。今日はサークルもバイトも無いため、すぐにあの場所へ向かえる。


 もう一度改めて、スマホのマップであの場所を把握する。覚悟を決めると、ゆっくりと俺はその席を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 三限目の講義が終わると、俺はすぐに駐輪場へ向かった。停めてあった自転車に(またが)って、ペダルを漕ぎ始める。場所は大体だが、なんとなくの位置はもう分かる。


 ――でもホントに、何があったんだろ。あそこに、前の元カレがいたとか? いや、それだと辻褄が合わないよな……。


 あれだけ大嫌い、忘れたと言い張っていたのだ。それなのに、まだ未練があるんだとしたら、彼女は根っからのおバカさんだ。彼女に限って、きっとそんなことは無いと思う。

 そうだとしたら、一体なんだ? 友達がいた? 家族がいた? ……そういえば既に、彼女の両親は他界していると言っていた気がする。


 ――親御さんが演劇をやってたとか? ……でもそうだとしたら、嫌いになる理由にならないしなぁ。


「……ああもう、分からん」


 とにかく、あの場へ行けば何かしら分かるはずだ。急ぎ俺は、自転車を演劇館へと走らせた。






 大学から約十分。そう遠くない場所に、その演劇館はあった。


「ここか……」


 自転車を建物裏の駐車スペースに停めて、入口へと向かう。

 不気味と周囲には人の気配は無く、町並みの中、異質にそびえ立つそのレンガ造りの建物は、余計に恐怖心を煽る。


 ――ホントにこんなところが、劇団の本拠地なのか? 聞いたこと無いけどな……。


 確かに自分も、演劇に関わり始めたのは去年、黒澤に演劇サークルへ誘われて入ってからだ。それ以前の演劇についてはあまり詳しくないし、市内に劇団がいたということも知らなかった。


 ぐるりと回って、入り口らしき場所を見つける。しかし、自動ドアのガラスから中を覗いてみるも、明かりは一切点いておらず、やはり人の気配は無い。


 ――やってないのか?


 偶々、今日は休館日なのかもしれない。自動ドアと書かれたシールが貼られるガラスの前に立ってみるも、案の定そのドアは開いてくれることはなく、中に入ることを拒まれてしまった。


 どこかに、建物の詳しい貼り紙はないだろうか。一度入り口を離れて、周囲を探し始める。


 ――……あれ。この掲示板って、もしかしてここのやつだよな? ……何も貼られてないけど。


 入り口手前に設置されていた、鍵付きのガラスが付いた形の掲示板。その中には、ポスターの一枚すらも貼られていない状態だった。つまり、すっからかんだ。


 ――……もしかして、もうここって廃館になったのか?


 これらの状況を見るに、そう考えることは容易いことだ。けれどまだ、決定的な証拠が無い。

 もう一度改めて、スマホで建物について検索をかけてみる。……しかし、それらしい情報は出てこずに、再び足止めを食らってしまった。


 ――となると……誰かに聞くしかないか……。


 誰か、この演劇館について知っている人はいないだろうか。演劇館の辺りを、キョロキョロと見渡してみる。

 ふと、道路を挟んだ向かいに、一軒のラーメン屋が見えた。丁度良い、あそこでいいだろう。俺はそのまま、車道に車が通っていないことを確認すると、道路を渡って、向かいのラーメン屋のドアを開いた。






「らっしゃい!」


 昼下がりということもあって、お客さんはご年配のおじさん一人しかいなかった。こんな中で、食事目的ではない自分が入るのは申し訳ないことだが、今回ばかりは仕方がない。


「すみません。少しお聞きしたいことがあって、お邪魔させて頂いたのですが」


 厨房に一人、四十代半ばくらいの威勢の良いおじさんに、俺は問うた。


「おう? どうした、あんちゃん」


「向かいに、レンガ造りで黄色い屋根の建物があるじゃないですか。あそこって、演劇館だっていう風に聞いて、ちょっと来てみたんですけど、やっていないみたいなんですよね」


「なんだぁ、あんちゃん。なんも知らねぇのか? あそこは確か……三年くらい前に、潰れちまったっぺよ」


 ラーメンのスープを煮込みながら、おじさんが告げる。


「え。そうだったんですか?」


「あぁ。前は劇団の人らが色々演劇とかやってたみたいだけどな。講演も子供向けから大人向けまで色々やってて、結構この辺の人らには人気があったんだわ」


「……あそかぁ、アレだっぺよ。三十年くらい前からあった劇団だったけどよ。六、七年くらい前に建物改装して、あんな派手ぇな見た目になったんだわ。でもそれが不評で不評で、みるみる入る人が減っちまったって話だわなぁ」


 ラーメンを食べていたおじさんが、話に割って入ってきた。


「そうなんですね……。じゃあ、その人達が今どうしてるとかは、分かりませんか?」


「さあなぁ。四、五年くらい前から、しばらく休館が続いてたと思ったら、いつの間にか潰れちまってたんだわ。何があったのかは知らねぇけど、噂では劇団のリーダーの女性が病気で亡くなっちまったとかなんとかって聞いたな」


 ラーメン屋の店主が告げた。


「そうなんですか……」


「最近じゃ、劇団の名前も聞かねぇし、解散しちまったんじゃねぇか? 昔は劇団の人らや、お客さんが寄ってくれてたから、結構ウチにも人が来てくれてたんだけど、今じゃなかなかねぇ……。ここら辺は、特に何もねぇしな」


「まぁ……。観光名所ってわけでもないですからね……。分かりました。すみません、突然食事もせずにお邪魔してしまって」


「あぁ、いいよいいよ。また今度、近くに寄ったらラーメン食ってくれや」


「おい兄ちゃん。ここのラーメンはうめぇぞぉ? 食わねぇなんて勿体ねぇなぁ」


 箸を持った手を挙げながら、再びおじさんが割って入る。


「お、褒めてくれるねぇ。嬉しいこったぁ」


 店主のおじさんが、嬉しそうに笑う。どうやら二人は、かなりの顔見知りのようだ。それほど常連さんが言うのなら、味は間違いあるまい。


「ははっ。じゃあ今度、友達と寄らせてもらいますね。それじゃあ、今日は失礼します」


「はいよ! また来てくれ!」


 彼の元気な声に見送られながら、ラーメン屋を後にする。

 特にお客でもない自分のことを、ここまで優しく迎えてくれるとは、相当優しいおじさんだったと思う。また近くに寄ったら、今度こそ彼のラーメンを食べてみたいものだ。






 ――さてと。本城さんのことを知ろうと色々探ってはみたものの、結局は振り出しかぁ。やっぱり本人に直接聞いてみないと、分からないよなぁ。


 演劇館の裏に停めた自転車に跨って、しばらく動かずにボーっとしていた。特にこの先どうするか、見当なんてついていない。

 もしかすると、このどうにもならないモヤモヤはもう消せることなく、終わってしまうのかもしれない。そう思うと、なんだかもどかしく感じる。他に何か、手がかりは無いものだろうか。


 ――……待てよ。


 あの一件のせいで、すっかり忘れてしまっていた。咄嗟にポケットからスマホを取り出すと、彼女の連絡先を画面に表示させる。……と、同時に。


「ミノルン先輩! 大変大変! 大変だよーーー!」


「うわっ」


 思わず声に出して驚いてしまった。それはきっと、向こうとて同じことだろう。


「って、ミノルン先輩! 既読早いー! さすがー!」


 こちらが返事をする前に、向こうがメッセージを連投する。そりゃあそうだ。突然連絡を送ってみたら、なんの突拍子もなく既読が付いたのだから、恐怖すらも覚えるだろう。


「ごめんごめん。実は、こっちも今連絡しようとしてたところだったんだよ」


「え、そうだったんですかー? うわー、何それ。もしかして、運命ってやつかな!?」


 同時に、嬉しそうに飛び跳ねるウサギちゃんのスタンプが送られる。


 ――運命とかなんとかは知らないけど……。まぁ、ある意味奇跡だよな。


「って、そうじゃなくてー! 大変なんです、ミノルン先輩!!!」


 そんなわけで。突然の連絡は、あの日和ちゃんからだった。改めてそんな文章と一緒に、青ざめた表情のウサギちゃんスタンプが送られてくる。


「どうしたの、そんなに慌てて」


「あのねあのね! さっき綾乃から連絡があって――」


「……え?」


 再び、思わず声を口に出してしまった。それと同時に、半ば妙に納得してしまった自分もいた。


 彼女のメッセージに俺は急いで返事を返すと、思いっきりペダルを踏んで、次の目的地に向かって自転車を漕ぎ出した。

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