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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
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陰キャの気持ち

「ずっるーい! 私も、ミノルン先輩と連絡先交換するー!」


「え、えぇ……?」


 しばらくして。日和ちゃんが、トイレから戻ってきた。その顔は先程と同じく、笑顔が絶えないニコニコ顔だ。

 そんな彼女が開口一番、俺達の連絡網事情についてを聞き出してきた。


「だってだって、せっかくお友達になれたんですもん! 私だって、ミノルン先輩とお話したい!」


「あぁ……えっと……」


 本城さんをチラッと見て、助け舟を要求する。けれど彼女は知らん顔で、スマホに視線を向けてしまった。なんて奴だ、まったく。


「あー、まぁ……。うん、いいよ。交換しようか」


「わーい! やったぁ!」


 嬉しそうに手をパチパチと叩きながら、益々ニコニコ顔になる。これがもし父親だったら、喜んで頭を撫でていただろうが、そうはいかない。


 そうして結局、日和ちゃんに流されるがままに、俺は彼女と連絡先を交換した。早速トーク画面には、彼女から可愛らしいウサギのスタンプが送られてくる。






「ところで日和。もうそろそろ九時になるけど、電車大丈夫なの?」


「ふぇ?」


 ぼんやりと首を傾げながら、日和ちゃんがスマホを見る。同じくして俺も腕時計で時間を確認してみると、今は八時四十八分だった。


「わぁー、ホントだぁ! ヤバいよヤバいよ、リアルなやつだよぉ! 私、もうそろそろ帰らなきゃあ!」


 ――どこのリアクション芸人だ、君は。


 相変わらず楽しそうにしながら、あたふたと荷物をまとめている。どうやら、二人ともこの場を離れるらしい。いい頃合いなので、俺も同じく荷物をまとめ始めた。


「日和ちゃん、電車なんだ?」


「はい! 普段は那珂湊(なかみなと)に住んでるんです! 今日は綾乃と会うから、電車でこっちに来てたんですー!」


「そうなんだ、一人暮らしなの?」


「いえ、実家です! ウチ、両親がなかなかに晩婚でしてー、弟も一人いるんですけど、まだ高一なんですよぉ。二人とも仲は良いんですけど、もう歳だから心配で心配でー。だから、弟に任せられるようになるまでは、実家にいてあげようって思ってて!」


「へぇ、そうなんだ。優しいんだね、日和ちゃん」


「えへへー、そうですかぁ? ミノルン先輩に褒められちゃったぁ、やったね!」


 ――あざとい。


 ここまであざとい女の子は、人生の中で初めてだ。こんな風にあざとくされると、思わず頭をわしゃわしゃと撫でてやりたい衝動に駆られる。

 もちろんそんなことをした途端に、今まさに隣で気持ち悪いものを見るような目でこちらを見ている、本城さんがイチイチゼロを押すのだろうけど。






「あ、二人とも。せっかくなら俺送るけど、大丈夫?」


 お盆などを回収ボックスに片付けながら、俺は目の前の二人に問うた。


「本当ですかぁ! でも私、すぐそこのバス停で駅に行っちゃうんですけどぉ」


「あ、そうなんだ。そうなると、本城さんとも真逆なんだね。どうしたものかな……」


「あー、私はいいですよぉ。どうせすぐそこで綾乃と別れる予定でしたしぃ。ミノルン先輩は、綾乃のことを変な男から守っちゃってあげちゃってくださぁい! 私はこう見えて、昔からおじいちゃんのところで合気道やってるので!」


「え? ……合気道?」


「はい! だから、もしミノルン先輩も、私や綾乃へ襲ってきたときは、私の手で一発けーおーですぅ!」


 KOの発音が可愛らしい日和ちゃんが、両手を構えてみせる。こんなに華奢そうな体なのに、その構えは本格的で力強い。撫子なんて名前とは裏腹に、自分で自分の身を守れそうだ。


「そうなんだ……。でもせっかくだし、バスが来るまででも……」


 と、言いながら店を出てみると、今まさにバス停へ到着せんとするバスが、すぐそこに見えていた。それを見て、日和ちゃんが「あぁー! 来ちゃうぅ!」と叫ぶ。その叫び方は、如何なものかと思うが。


「と、いうことなので! 私はこれで、失礼しますぅ! 綾乃も、また今度会おうね!」


「うん……また今度、連絡する」


「じゃあ先輩、仲良くなってくれて、ありがとうございましたぁ! 二人とも、おやすみなさぁい!」


「おーおー、転ぶなよー?」


「はーい!」


 勢い良くその場から走り出した日和ちゃんを、本城さんと見送る。バスに乗り込もうとした時に、改めて日和ちゃんがこちらに手を振った。

 二人で見送るそのバスは、そのまま駅に向かって走り去っていった。






「さてと、俺達も行こうか。送っていくよ」


「いえ、別にわざわざそんなことしてもらわなくても……」


 俺からそっぽを向きながら、本城さんが躊躇いを見せた。


「いいんだよ。こんな時間に女の子一人じゃあ、心細いでしょ。少し遠いけど、俺も最近身体動かしてないから、運動だよ運動」


「そう、ですか。……じゃあ、お言葉に甘えて」


 珍しい。てっきり罵倒されるかと思っていたが、すんなりと彼女は首を縦に振った。あんまり気乗りしない様子だったが、それでも了承してくれたみたいだ。


 そのまま二人で並びながら、夜道を歩き始める。なんだか、高校生の時に元カノと夜中まで遊んだ帰り道みたいで、少し気まずい。


「……本城さん。今日はやけに静かだったね」


 静けさが漂う路地で、ポツリと呟いた。


「先輩が、日和と楽しそうに話していたから、邪魔しないようにしていただけですよ。第一、私はマンガを読まないので、話が分かりませんから」


「そういえば確かに、本城さんの部屋にマンガは無かったなぁ。ゲームはするのに、マンガは読まないんだね。なんか意外」


「やめてください。その、陰キャはゲーム・マンガ・アニメの三拍子っていう固定概念は、今すぐにでも捨てるべきです」


 キッパリと本城さんが言いきってみせた。


「え、違うの?」


「違います。私が愛しているのは、ゲームだけです。アニメは好きなアニメ以外あんまり見ないし、マンガは買ったことがありません。確かに部屋にフィギュアはだいぶ飾っていますが、ほとんどがゲームに登場するキャラクターのフィギュアばかりです。それ以外のグッズを集める趣味はないですし、ポスターなんて以ての外です。先輩も、私の部屋を見て分かってるでしょう?」


 なんだかやけに熱く反論する本城さん。そんなに、ショックを受けるようなことを言ってしまったのだろうか?


「わ、悪かったよ。謝るよ」


「理解できたのならいいんです。そのくだらない固定概念は、今後一切口にしないでくださいね。ムカつきます」


「はいはい、分かったよ」


「ホントに分かってます? 気持ち悪い」


「いや、今の気持ち悪いは余計じゃないかな君?」


「いいんですよ、ホントのことですから。何も間違ってなんかいません」


「……悪かったな」






 それからしばらく、お互いに口を開くことなく歩き続けていた。普段とは違う本城さんの姿を見てしまったせいか、なんとなく口を挟みにくい。だがそれは向こうもきっと、同じことを考えているはずだ。


 路地を出て、大通りの道に出る。それなりに通る車の音を繰り返し聞いていると、珍しく彼女のほうから口を開いた。


「……先輩は、結構マンガを読むんですね。今日初めて知りました」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「言ってません。聞こうともしませんでしたがね」


「じゃあ言うわけないじゃん。……そもそも俺達って、まともに自己紹介はし合ったんだっけ?」


「いえ? お互い苗字を教え合っただけで、それだけです。先輩の下の名前、今日初めて知りました」


「……そういえば俺も、本城さんの下の名前初めて知ったな」


 言われてみれば、ずっと本城さんのことは「本城さん」と呼んでいたから、下の名前なんて必要無かった。彼女が綾乃という名前なのは、初耳だ。


「……おかしい。名前も知らない人と、二ヶ月も話してるんだ、私達」


 フッと本城さんが笑う。


「確かになぁ。学年も違うし、お互いどこの学科なのかも知らないや。高校がどことか、何もかも」


「あら、知りたいんですか? 先輩。私が一体どこの学科で、どこの高校出身なのか」


 またまた珍しい。この間は、プライベートなんて教えないと言い張っていたくせに、聞いてもいいような雰囲気を醸すとは。


「なに、教えてくれるの?」


「教えるだなんて、一言も言っていませんよ。ただ、知りたいのかなぁって思っただけです」


「うーん。……別に知らなくても、こんな風に仲良くなってるしなぁ」


「っ……私は先輩と仲良くなってるだなんて、一ミリたりとも思っていませんがね」


「でも友達なんでしょ? 俺達」


「否定はしませんよ。ただ肯定もしたくありませんが」


「何それ、どっちなの?」


「ただの陽キャです。いつも言ってるでしょ」


「なんだそりゃ。答えになってなくない?」


「答えも何も、それが答えです。そのお粗末なおつむを使って、よく考えてみてください」


「お粗末言うな、お粗末と……」


 相変わらず、彼女が俺のことをどう思っているのか、サッパリ分かりやしない。こういうのは、いちいち考えるだけ無駄だろう。


「まぁでも、それだけでもいいや。こうして話ができてるなら。俺はそれだけで満足だし」


「……変な人」


 本城さんの小さな声が漏れた。


「えー、そんなに変かな、俺って」


「ええ、変態並みに変人です。こんな私のことを、ここまで気にするなんて、おかしいです。きっと頭がどうかしてます。良い病院をお勧めしてあげたいくらいです」


 ――病院ってなんだ、俺は精神疾患患者か。


「こんな私って……。ネガティブだなぁ、相変わらず」


「先輩には、私の気持ちなんて分かりませんよ。例え百万年経ってもね」


「でもそれを言ったら、本城さんだって、俺の気持ちは百万年経っても分からないだろ? 同じだよ、誰だって」


「……すぐそんなことを言う。ホントに」


 彼女が口をぽっかり開けて驚く。そんなに驚くことでもないと思うのだが。


「え? なんで?」


「なんでもないです、気にしないでください」


「ん……そっか」


 自分の意見に反論されたのが、よっぽど悔しかったのだろうか? もしぐうの音も出なくて、何も言葉が浮かばなかったのならば、それはそれでやってやったという気分だ。






「それはそうと、さっきも日和ちゃんが言ってたけどさ。本城さんって、ホントに男の子と関わろうとしてなかったの?」


「ええ、そうですよ。あの日以来、ずっとただの種製造機だと思ってました」


「種製造機って……。それ言ったら、君達は卵製造機だよ……」


「あ、セクハラだ。訴えよ」


 サッとポケットからスマホを取り出す。画面は既に、番号入力の画面だ。


「いや待てや! それは無しだろ!?」


「知りません、気持ち悪いのでやめてください」


「分かった! 分かったからやめてください! すみませんでした!」


 やけくそになって、謝罪を叫ぶ。日和ちゃんも日和ちゃんだったが、彼女の場合は、冗談も冗談に聞こえないから怖いのだ。本当にこのまま、警察に通報だってされかねない。


「……なんだか、面白いくらいに素直になりましたね、先輩。そんな態度をとられると、もっといじめたくなります」


 そんな俺の恐怖など知らない本城さんが、楽しそうに肩を揺らした。


「はぁ!? 今なんて!?」


「さぁ、なんでしょ」


 ふふんと鼻を鳴らして肩をすかす。やめてくれ、これ以上からかわれると、流石に精神的にくる。


「そうやって他人を弄んでると、人が寄り付かなくなるぞ?」


「いいんですよ、寧ろそのためにやってるんですから。先輩だって、いい加減嫌になってきたでしょう? 早いうちに関わり切っておかないと、もっと面倒なことになりますよ?」


 スマホをポケットに仕舞いながら彼女が告ぐ。


「そうやって、なんで自分から他人を遠ざけるかなぁ。こっちがせっかく仲良くなろうとしてるのに、突っぱねられちゃ意味がないよ」


 ふと、そんな俺の一言に、本城さんが体をピクリとさせた。


「……誰も仲良くしてくれだなんて頼んでいません。先輩が、勝手にやっていることです」


 ほんの少し前まで楽しそうにしていた本城さんの仏頂面が、いつにも増してムッとしている。なんだなんだ、どうしてそんな顔をする?


「じゃあ、自分は一匹狼だから関わらないでくれって言ってるの?」


「一匹狼でもなんでもいいです。とにかく私のことなんて、先輩だろうが誰だろうが、分かってくれるわけがないんです。分かりっこないんですよ、誰も私の気持ちなんて」


 彼女の口調が強くなる。それは先程日和ちゃんにお説教をした時よりも、更に強い口調だった。


「……本城さん、なんで怒ってるの?」


「怒ってなんかいません。先輩の被害妄想です」


「いや怒ってるじゃん、絶対」


「どうして怒ってるって分かるんですか。やっぱり先輩は、私のストーカーだから分かるんですか? 私が何を考えてるとか、そういうところまで分かるくらい、ストーカー極めてるんですか?」


「だから! ストーカーなんてしてないって! ただ俺は、本城さんの友達だから、本城さんのことはなんとなく分かるって程度で……」


「嘘です。先輩は、私の気持ちなんて、何一つ分かっちゃいない。やっぱり陽キャの先輩には、陰キャの私のことなんて分かりっこないんですよ。いくら努力して分かろうとしたって、絶対に理解なんてしてくれない。そんなの、友達なんかじゃありません。友達になろうよ、うんいいよで友達になれる? ははっ、笑わせないでくださいよ。そんな都合の良い人間なんて、いるわけないじゃないですか。


 それに、陽キャと陰キャが友達になんて、なれるわけがないんです。私達は、生きている世界が違うんです。先輩は先輩で、私は私で、それぞれがそれぞれの世界で生きるべきなんです。お互いが交じり合って、関わるべきではないんです。こんなのやっぱり、間違っています」






 先日、本城さんと遭遇した、ワ◯ダーグーの前へと着いた。ここから本城さんの家は、歩いてそう遠くない。


「……先輩。やっぱり私達、もう関わるのはやめましょう。友達なのも、今日で最後です」


「え、なに突然……」


 立ち止まってくるりとこちらを振り向く。彼女の鋭い眼光が、こちらをジッと見つめていた。


「いつの間にか、サークルの勧誘もサッパリなくなっちゃってますし、精々していますよ。もう、私と関わる理由なんてないんでしょう? じゃあいいじゃないですか。先輩とは、もうここでお別れです。ここから家までは、一人で行きます」


「え、いや、待って……」


「それじゃあ先輩、ありがとうございました。お元気で、おやすみなさい」


「ちょ、ちょっと! 本城さん!!」


 こちらの言葉になど耳を傾けずに、さっさと背中を向けて、立ち去ろうとしてしまう。追いかけなければ。そう思ったのだが、刹那に思いとどまった。


 今、彼女を追いかけて止めたら、一体どうなる? 今の彼女なら、本当にストーカーとして通報しかねないんじゃないか? そう思ったら、それ以上足を踏み出すことができなくなってしまった。


「本城さん……」


 一人、暗闇の中を悠々と歩き去る彼女の背中を、俺はただジッと見つめることしかできなかった。

因みに、那珂湊はあの「ガー◯ズ&パンツァー」で有名な町のすぐ近くですよー。

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