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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
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撫子日和登場

「じゃーあー。取り敢えず、自己紹介ターイム」


 一人、呑気に手を叩きながら彼女が言う。その隣の本城さんは、未だに机に顔を伏せて、グッタリとしていた。


「なんか……ごめんね、邪魔しちゃって」


「いいんですいいんですー。雑談は、人が多いほうが楽しいですからねぇ」


 結局その後、俺は二人の席にお邪魔することになった。彼女が本城さんの隣に移動して、俺が向かいに座った形となる。身長差のある目の前の二人は、はたから見るとまるで親子だ。


「まずじゃあ私からー。私は、綾乃の幼馴染の、撫子(なでしこ)日和(ひより)って言いまーす! 歳は十九歳でー、B型でー、誕生日は四月四日でー、おひつじ座でー、趣味はゲームとマンガでー、好きな色はピンクと水色と黄緑でー、好きな食べ物は桃とー、辛い物全般でーす! あ、私のことは、日和ちゃんって呼んでくださーい!」


 彼女の見た目を一言で表すと……“合法ロリ”という言葉があったはずだ。もちろん胸の内に留めておくが――胸もぺったんこで、短髪で、くりっとした可愛らしい目が特徴的な元気娘。見るからに小学生にも間違われそうな、まさにロリっ娘である。

 そんな日和ちゃんは、両手の指を折りながら、のんびりとマイペースに話してみせる。これまた、本城さんとは真逆のタイプで、ちょっぴり扱いに困る子だ。


「あはは……よろしくね、日和ちゃん」


「……気持ち悪い。なんでわざわざちゃん付けで呼ぶんですか……。先輩はホントに、ストーカー素質大有りですよ……」


 頭を伏せたまま、本城さんがボソボソとぼやいている。そんなに俺と会ったことがショックだったのか、それとも日和ちゃんに言いたい放題言われたことがショックだったのか。


「じゃあ、本城さんも下の名前で呼ぶ?」


「……呼んだら殺す」


「じょ、冗談だよ……」


 彼女の声はマジだ。大マジだ。間違っても「綾乃ちゃん」などと呼んだら、その後一分命が保てるのかどうか。






「じゃあー、次は先輩のばーん!」


 パンっと手を叩いたあとに、日和ちゃんが俺に手を差し伸べた。正直、本城さんの前では気が引けるが、やらないわけにはいかんだろう。


「あぁ、えっと……。俺は村木(むらき)(みのる)で、まだ十九歳。誕生日は十二月五日で、O型。趣味は体を動かすことと、映画鑑賞とマンガを読むこと……ぐらい?」


「おぉー、先輩もマンガ好きなんですねぇ! 『進撃の女人(にょじん)』とか読んでますー?」


「あぁ、読んでる読んでる。女の子の中でもクリフト派」


「あぁー! 私もですー! ミサカのほうが人気ですけど、やっぱりクリフトですよねぇー!」


「分かる。普段クールなミサカは、ギャップ萌えが人気なんだろうけど、普段から優しいクリフトのほうが、俺は好きだなぁ」


「でもクリフト、こないだの話で負傷しちゃったじゃないですかー? アレ、どう思いますー?」


「んー、そうだなぁ……」


 いつの間にか、俺と日和ちゃんのマンガトークで話が弾んでしまっていた。

 あまりにも趣味の話が合うのか、はたまた日和ちゃんが話を広げるのが上手なのか。一向に話は途切れること無く、しばらく動かない石像のように机に突っ伏している本城さんのことを忘れて、俺達は夢中になって話してしまった。






「あははっ! 先輩、話合いますねー! お酒飲めるようになったら、先輩と飲みに行きたいなぁー!」


「だっ……!?」


 ふと、日和ちゃんがそんなことを呟いたところで、隣の動かない石像が、ようやく動く石像になったようだ。短く音を発すると、石像さんはゆっくりと顔を上げた。


 ――うわ、目が虚ろっ!


 ぼんやりと光沢が消えてしまったような目でこちらを見る。やめろ、どこのホラー映画なんだよ。


「ダメだよ、日和……! こいつは、ストーカー気質高めの陽キャなんだよ? 私達陰キャの敵なんだよ? こんな奴に付いていったらきっと、そのままホテルに直行だよ? そんなの嫌でしょ?」


 ――いや、だから君の陽キャのイメージは、すぐにラブホへGoするような感じなのか?


「んなワケ無いでしょ。確かに偶にそんな奴はいるけど、俺はそんなことしないよ」


「でも先輩は、そいつらと同じ陽キャの仲間なんですから、あり得ないとは言い切れませんよね?」


「あのなぁ……」


「大丈夫だよ、綾乃ー。ミノルン先輩は、そんな人じゃ無いと思うよー?」


「み、ミノルン先輩?」


「うん! 実って、語尾に“ン”を付けると可愛いから、ミノルン先輩!」


 そんな風にニックネームで呼ばれたのは、約二十年間生きてきて初めてだ。嬉しいような、なんだかもどかしいような感じがする。


「あ、あはは……。まぁ、呼びたいように呼んでくれ……」


 どうにも本城さんと似て、この子も考えてることがよく分からない。類は友を呼ぶとも言うが、きっと二人が繋がっているところは、こんなところなんだと思う。


「あれぇ? じゃあ綾乃はアヤノンでー、私はヒヨリンになるのかなぁ?」


 ぼんやりと日和ちゃんが呟く。


 ――いや待て、かなり拾いづらいぞ、その話。


「日和に呼ばれるのは構わないけど、先輩がそう呼んだら殺します」


「え、アヤノンって? ……ごめんって! 悪かった! 悪かったから、その拳下ろしてっ!!」


 机を乗り上げて、今にも殴りかかってきそうなアヤノンを、ミノルンこと俺とヒヨリン二人で、必死になだめた。






「ところで日和ちゃん。さっき聞いて思ったけど、かなり面白い名前だよね」


 ようやく彼女の殺気が収まったところで、改めて話題を変える。


「あはっ! 先輩もそう思いますー?」


「うん。撫子日和なんて、面白い名付け方だなぁって思ってさ」


「でも、撫子日和って、撫子(なでしこ)日和(びより)とも読めるんですよねぇ。だから小さい頃はずっと、“ビヨリ”って呼ばれてイジメられてましたぁ」


「え、イジメ?」


 ニッコリスマイルで、恐ろしいことを易々と言ってのける。……もしかすると、そういう子なのかもしれない。何かとは言わないが。


「はい! なんか知らないけどー、小学生の時から、中学生の時まで、ずっとイジメられてたんですよぉ。だから、友達はずっと綾乃しかいなくてー。まぁ私は、綾乃がいれば十分幸せだったんですけどねぇ」


「そ、そうなんだ……」


 なるほど。敢えて何とは言わないが、イジメられていた原因は、きっとそういうことなんだと思う。……敢えて何とは言わないが。


「でもそれにしたって、撫子なんて苗字も珍しいよね?」


「そうなんですー。実は私、出身は石川県なんですよぉ。どうやらこの苗字は、石川県にしかほとんどいないみたいでぇ。幼稚園の頃に、お父さんの転勤で引っ越してきてー、その時の初めての友達が、綾乃だったんですぅ」


「へぇ。じゃあ、本城さんとはだいぶ付き合い長いんだね?」


「はい! だからー、あんなこともこんなことも、あんなところや、こんなところまで、隅々まで綾乃のことは知ってますー!」


「そ、そうなんだ……」


 ――あの、日和ちゃん。それはちょっと色々と誤解を生みそうだけど大丈夫かな……?


 そんな一言に、いけない想像をしてしまった俺は、きっと心が汚れている。






「じゃあー、ほら! 最後綾乃だよー?」


 彼女の肩を叩きながら、日和ちゃんがそう言った。


「は、え? 私もするの? なんで? する意味無くない?」


「意味あるよー! 大有りだよー! だって、ミノルン先輩と仲良くなれるチャンスだよー? 普段なら絶対綾乃はこんなこと話さないだろうし、またと無い絶好のチャンスだよぉー!」


「だから! 別に私は先輩のことなんて、これっぽっちも、米粒なんかよりも興味無いから!」


「またまたぁ? そんなこと言っちゃってぇ、実はちょっと興味あるんじゃないのー?」


 本城さんのことを、肘で突いている日和ちゃん。


「い、いいよ日和ちゃん。本城さんが嫌だって言ってるんだし、俺だってそれなりに本城さんのことは知ってるからさ」


「えー? でも先輩、知らないんですかぁ? 綾乃って、今までこんな風に男の子と一緒にいることなんて、まぁ無かったんですよー? 『男なんて、種植えするソーセージぶら下げてるだけの気持ち悪い生き物だー』なんて言っちゃって、ずーっと毛嫌いしてたんですからー」


「日和!!」


 恥ずかしそうに顔を伏せながら叫ぶ本城さん。こんな風に思ってしまう俺も同罪なのだろうが、普段こちらが辱めを受けている分、少々清々しい。


「あ、でもー。一度だけ、男の子と付き合ったことあったんだよねー?」


「……え」


 ――付き合う? 本城さんが? ……へぇ、やっぱり人って分からないな。


「一時期だけ凄く仲良くしてたよねー。アレっていつだっけ?」


「知らない! あんな奴、もう顔も忘れた!」


 益々顔を真っ赤にして叫んでいる。彼女がこんな風に必死になる姿は、やっぱり意外だ。


「確かー、付き合うってことになってー、最初のデートで入れられる寸前で逃げたんだっけー?」


 ――入れられる? ……あぁ、うん……。そういう話、男の前で堂々とするんだ……。しかも外で……。


「ホントにやめて! 私帰るよ!?」


 咄嗟に立ち上がろうとする本城さんの腕を、日和ちゃんがガシッと掴んで阻止する。……ホラー映画では無いというのに、なんだかそれを見ているだけで恐怖だ。


「まーまー、そう言わずにー。綾乃、それ以来リアルでは、男の人とは絶対まともに関わろうとしてこなかったんだもんねー」


「知らない! 聞いてない! 聞きたくない!」


 再び机に顔を伏せて、両耳を手で塞いでいる。その様子を見るに、本当に嫌な思い出らしい。


 ――へぇ……本城さんの男嫌いは、そのせいでもあるのか。男嫌いというか、ただの陽キャ嫌いなのかもしれないけど……。






 ふと、ゆっくりと顔を上げて、俯いている本城さんの顔を見て、俺はハッとした。

 あの本城さんが、本気で目に涙を浮かべていたのだ。これ以上は、本気で泣き出してしまいそうだ。そろそろ止めてやらないと、一体どうすりゃいいか分からなくなる。


「ひ、日和ちゃん。もういいよ。今ここでわざわざ強引に話してもらわなくたって、今後本城さんが話したいと思ったときに聞くからさ。まぁ、本城さんが話してくれるかは別だけど……」


 自分だって、こんな風に元カノ事情を友達から強引に聞き出されたら、涙目にだってなる。やっぱり日和ちゃんがイジメられていた原因は、申し訳ないけどそういうところなんだと思う。

 それでも本城さんがずっと関係を断ち切らずに一緒にいてあげている理由は、彼女なりの優しさなのだろう。そしてそれは、日和ちゃんだって同じはずだ。


「えー? まぁ、先輩がそう言うならいいですけどー……」


「大丈夫だよ。例え本城さんがどんな過去を持ってたって、大事なのは今なんだし。俺は今の本城さんが好きだから、こうして仲良くしてるんだしさ」


「おぉ! ミノルン先輩、それってもしかして、まさかのカミングアウトですかぁ!?」


「え……?」


 やめてくれ。いま俺が言いたいことは、そういうことじゃあない。そんな純粋な笑顔でニコニコされたって、こっちのほうが気が狂う。


「日和? あなたいい加減にしないと殺すよ?」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、本城さんが日和ちゃんのことを睨みつけた。こんなにも憎まれ口を叩かれている俺ですら見たことの無い、まさに鬼の様相である。


「わぁー、ごめんごめんー! 冗談、冗談だよぉー!」


「あなたの冗談は、冗談に聞こえないんだって、昔から言ってるでしょ? そうやって調子に乗って、うだうだと勝手に話を進めるから、周りから人が離れてくんだって。全然あなた分かってないよね?」


「わっ……分かってるよぉ、ちゃんと」


「絶対分かってない! あなた、仕事始めてから全然自分のこと話してくれなくなったよね? あなたが何を考えてるかなんて私、大体分かるんだから。どうせ職場で浮いちゃってて、上司から仕事押し付けられて、濡れ衣着させられてるんでしょ?」


「うっ……」


 日和ちゃんが、短い音を口から出した。


「あなたはプライド高いから、なんだかんだ言ってるんだろうけどさ。そんなんじゃ前と何も変わらないよ? 周りが大人になったからって、イジメが無いとは限らない。省かれないとは限らない。人間なんて、幾つになってもやることは変わらないんだから」


「っ……う、うぅ、綾乃ぉ……」


 本城さんが日和ちゃんのことを叱りつけると、途端にうるうると涙を浮かべて、日和ちゃんが彼女に抱き着いた。


「ごめん綾乃ぉ! 私、綾乃に心配かけないようにってぇ、ずっと相談しないで我慢してたのぉ! でもずっと、ずっと辛かったぁ……!」


「はぁ……。ほら、泣かない。いま外だよ? 先輩だって困ってるし。愚痴でもなんでも、話なら後でじっくり聞いてあげるから」


「うん……うんん……!」


 優しく頭を撫でられている日和ちゃん。それはもはや、母と子だ。身長差があることも重なって、益々親子に見えてくる。


 ――あれ……俺いま、何を見せられてるんだろう……。


 おかしいな。先程まで俺は、後輩とそのお友達と三人でお話していたはずなのだが。間違って演劇場にでも迷い込んでしまったのだろうか。


「ごめんねぇ、綾乃ぉ……。ありがとぉ、安心したぁ。でも少し、トイレ行って一人で落ち着いてくるよぉ……」


「うん……。行ってきな、待ってるから」


 ようやく本城さんから離れると、日和ちゃんは席を離れていってしまった。二人、気まずい雰囲気のまま取り残される。






「……だから、会いたくなかったんです。あの子、初対面の人とはフレンドリーなんですけど、一度自分のペースになると、とことん他人を巻き込むので。本人に悪気は、一切ないんですけどね」


 ため息混じりに彼女が告げる。


「あはは……。だいぶ、キャラが濃い子だよね。確かに本城さんが言いたいことも分かる」


「アレが原因で、女の子ウケは最悪なんです。逆に、特定の男の子ウケは良いので、男友達は高校で何人かできたみたいなんですけど……。四月から就職して働き始めたんですが、やっぱり予測通りでしたね」


「でも、それでも本城さんは、日和ちゃんと一緒にいてあげてるんだね?」


「まぁ……。腐れ縁なんですよ。あの子とも、あの子が教えてくれた、撫子の花ともね」


「腐れ縁、ねぇ……」


 腐れ縁と言っても、“切っても切れない関係”では無いだろう。どちらかと言えば、“切りたくても切れない関係”だと思う。

 お互いがお互いに優しくて心配性だから、なんだかんだで安心し合える存在同士なのかもしれない。きっとこの二人こそが、おばあちゃんになっても友達同士でいられるんだと思う。


「それから、また変な話を聞かせてしまいましたね。忘れてください」


 そういえばそうだった。できれば忘れたままでいたかった記憶が、その一言で蘇る。


「あぁ、いや……。本城さんも、嫌なことたくさんあったんだなぁって思ったよ」


「おかげさまでね……。たださっきもあの子が言ったように、その時はギリギリで抜け出すことができたので。まだなんとか、処女膜は無事ですよ」


「……躊躇いないんだな、君達は」


「うん? 何がです?」


「そういうところだよ……」


 不思議そうに首を傾げている本城さんに、今度はこちらがため息を吐いた。

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