この世界からの脱出を
「離れるなよ、本城さん……」
「分かってますよ! もう……なんでこんなことになっちゃったんだろ……」
ため息を吐きながら、珍しく本城さんが弱音を吐いている。まぁ無理もないだろう。
足音をなるべく出さないように、一歩、また一歩と静かに銃を構えながら歩いていく。こんな薄暗闇の中では、いつどこで何が起こるかが分からない。慎重に行かなければ。
ゆっくりと扉を開きながら、左右を確認する。何も異常がないことが分かると、俺は本城さんを引き連れて部屋の中へと入った。
「ここは……解剖室か何かかな?」
室内には様々な医療道具らしきものが並べられており、中央には大きな台座が置いてある。そしてその台座の上には――。
「うわぁ……しっかりとお亡くなりになってるじゃないですか。これ、動きませんよね?」
本城さんが恐る恐る台座を覗きながら呟いた。
台座の上には、シートを被せられた遺体らしきものが乗っていたのだ。
「分からん。取り敢えずそれは最後にして、この部屋を調べてみようか」
「うぅ……こんな中で調べるのやだなぁ……」
何か役に立ちそうなアイテムがないか、二人で手分けしながら慎重に探していく。しかし、辺りには特にめぼしいものはなく、この先で使えそうなものは何もなかった。
「そっちは何かあった?」
「いえ……何も」
渋い顔をしながら、彼女は首を振った。
「そっか。じゃあ、あとは……」
二人して、中央の台座に視線を向ける。
「……わ、私は絶対嫌ですからね!? 村木先輩が調べてください!」
必死に抗議するかの如く、台座を指差しながら本城さんが告げた。
「まぁ、そうなりますよね……。分かったよ……」
俺だって本当は、こんなことをするのは嫌だ。だがこんなところで、彼女を危険に晒すわけにはいかない。
渋々俺は台座に近付くと、そーっとそのシートをめくった。
「……あれ。これ人形じゃんか」
「えっ? ……あ、ホントだ。これはこれで気持ち悪いですけど……」
台座の上には、人間を模した人形が置かれていた。顔以外はほとんど塗装されておらず、この大きさの人形としては、中途半端な出来上がりとなっている。
「なんだよ、緊張して損したなぁ」
「……あっ。村木先輩、この人形、右手に何か持ってませんか?」
「うん? あ、ホントだ。これ、鍵だね。どこのだろ?」
人形の右手には、どこで使うのか分からない鍵が握られていた。わざわざこんな仕掛けをするだなんて、仕向けた人間はかなりのやり手かもしれない。
「分かりませんけど、取り敢えず持っていきましょうか。どこかで使えるかもしれませんし」
「そうだね。……それじゃあそろそろ、この部屋を出よう……っ!」
「っ! うわぁ!?」
そんな会話をしていると、突然本城さんの背後にあったロッカーの中から轟音を出して、一匹のゾンビが飛び出してきたのだ。向こうは本城さんに探索を任せていたので、まさかそんなところに隠れているとは思わなかった。
――マズい、このままだと本城さんが……!
咄嗟に銃を構えて、照準をゾンビに合わせる。しかしこの距離では、本城さんにも弾が当たりかねない。とはいえ、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
――クソッ……間に合え……!
一か八か、彼女を助けようと俺はその銃の引き金を引い――。
パァン! ……途端、俺の銃ではない何かから、解剖室内に銃声が響き渡った。
「ふぅ……危なかった。危うく殺されるところでしたよ。あのロッカー、さっきは開かなかったので、まさかとは思ってたんですけどね。……あれ、村木先輩?」
銃を片手でこちらに見せびらかしながら、本城さんが俺を見て問いかけてくる。どうして君は、そんな風に平然としていられるんだ。
「いや、なんというか……。本城さん、反射神経凄いね」
「あぁ、まぁ……。結構前に私、VRでやるFPSが楽しくてやり込んでたので、それで鍛えられたのかもしれません。自分でこうして、銃を使うのは初めてですがね」
「え、FPS……? よく分かんないけど、そうなんだ……」
「はぁ……相変わらずですね。じゃあここを出られたら、あとで教えてあげますよ。一先ず今は、さっさとここを抜けましょう。ここ、暗くて怖いです」
「あ、うん。そうだね……」
彼女はそう言うと、さっさと解剖室を出ようと出口へ向かっていってしまう。なんだか、言っていることとやっていることが全く違うような気がする。
――もしかしてこれ、俺がいなくてもクリアできるんじゃないか? なんか、一気にワクワク感がなくなったような……。
始まる前は、あれほど本城さんに頼み込んだというのに……。これでは先輩としての立場がないじゃないか。
ため息を吐きながら、彼女の後ろを続いて歩く。毎度毎度情けない自分に、今回もまた嫌気が差してしまった。
◇ ◇ ◇
十分前――。
「えぇ……付いてこいっていうから、仕方なく付いてきてあげたっていうのに、お化け屋敷ですか?」
お化け屋敷の入り口まで俺に連れられてきた本城さんは、開口一番に受付を見ながらそんなことをぼやいた。
「文化祭といったらやっぱり、お化け屋敷じゃない。名物の一つぐらいは入っておきたくない?」
「そう思うのは、陽キャの人だけですよ。陰キャの私には、その気持ちは一ミリも分かりませんね」
「えー、なんでよ。楽しいじゃん、お化け屋敷。しかも今回のは、実際に銃でゾンビを倒しながら進んでいく、シューティング要素もあるんだってさ。やってみたくない?」
「嫌です」
そっぽを向きながら、キッパリと彼女は言い切ってみせた。
「またまたキッパリだな……。もしかして、怖いの?」
俺がそう告げると、そっぽを向いている本城さんの肩がピクリと動いた。
「別に……そんなんじゃないですよ。ただ単に、動き回りたくないだけです」
「へぇ……」
――相変わらず、分かりやすいなこいつ。
「そっかぁ。でも、さっきは本城さんの行きたいところに付いていってあげたんだし、俺のお願いも聞いてほしいんだけどなぁ」
「な、なんですか。またそういう嫌らしい手口を」
「お互い様じゃんか。な、いいだろ?」
「うぅ……い、嫌って言ったら嫌です!」
そう言って、彼女は体ごとぷいっと背を向けてしまった。
「もう……頑固だなぁ」
「あのー、そちらのお二方! 入場希望の方ですか?」
ふと、そんな俺達のやり取りをずっと見ていた受付の女性が、いつの間にかこちらへとやってきては声をかけてくれた。
「あー、まぁ。ちょっと見ての通りなんですけど……」
「それでしたら、もうすぐ文化祭も終わってしまうので、お二人が恐らく最後になりそうなんですが……どうしますか?」
「え、そうなんですね。それならやっぱり入ってみたいなぁ……。ねぇ、本城さん?」
彼女がやってきてもなお、こちらに背を向けている本城さんへ問いかける。するとようやくその気になってくれたのか、渋々こちらを向き直しては口を開いた。
「はぁ……。まったく、あなたって人は。行けばいいんでしょ行けば!」
「お、そうこなくっちゃ! それじゃあ、俺達入ります!」
「分かりました! ではこちらへどうぞ!」
そうして俺達は、受付へと通された。彼女から入場の際の諸注意や、銃 (もちろんおもちゃだが)の使い方などを聞くと、最後に紐の長いネックレスのようなものを二人揃って背中側に掛けられた。
「このネックレスがお二人のライフです。このネックレス、非常に留め具が緩くなっておりますので、ちょっと引っ張られるだけでこの通り……取られてしまいます」
「おぉ、ホントだ。すぐに取れた」
「なのでこのネックレスをゾンビから取られないように、お二人で背中を守り合いながら進んでいってください。もしネックレスを取られた場合は、その時点でリタイアとなり退場となってしまうので、気をつけてくださいね」
「だってさ」
俺の隣で嫌そうに話を聞いている本城さんに問いかける。
「聞いてますよ! まったく……」
「あはは……。道中にはアイテムの探索や、謎解きなどもありますので、隅々まで探索してクリアを目指してくださいね」
「分かりました! ありがとうございます」
「それでは、こちらが入口です。頑張ってください!」
そうして、受付の女性に見送られながら、俺達はお化け屋敷の世界へと飛び込んでいったのだった。
◇ ◇ ◇
「結構進んできたけどなぁ。出口まであとどのぐらいなんだろ」
おもちゃの銃にスポンジ製の弾を装填しながら、本城さんに問いかける。腕時計で時間を見る限り、中に入ってから二十分は経過していた。
「さぁ、分かりませんね。そろそろ私も疲れてきたましたよ」
「意外と中も広かったもんなぁ。多分これ、この棟の二階から上、全部を使ってるよね?」
「だと思いますねぇ。何回か階段の上り下りさせられましたし、作り込みが半端ないですよ。まったく、文化祭のためだけに本気でアトラクションのお化け屋敷作るなんて、よほどの物好きですよね。これの制作者」
「あはは……」
そう言いながら本城さんは、残弾が入れられたポーチの中に手を入れる。
「あ、先輩。弾って余ってますか? 私もう、あと数発しかないです」
「あるけど……さっきからほとんどのゾンビを本城さんが倒してるよね。俺も撃ってるんだけど、狙いがなかなか定まらなくてさ。あんまり役に立てなくてごめんよ」
数発の弾を手渡しながら、俺は本城さんへ謝った。
「いいんですよ。先輩はただ、死なずに私のそばにいてください。それだけで構いませんから」
「うん。……ん? それって、どういう……?」
「い、いいから! ほら、さっさと行きますよ!」
彼女は突っぱねるように告げると、そのまま早歩きで先に行ってしまう。
――あー……。多分怖いんだな、ああ見えて。
彼女のあの態度は、恐らくいつもの強がりだ。本当は心の底から、早くこんな場所から出たいと思っているに違いない。
それならば俺も、彼女と一緒にここから出るために頑張らなければ。一人で先に逝かないよう、気をつけて進むことにしよう。
「あっ! 村木先輩、見てください!」
曲がり角を進んだところで、突然本城さんが俺を呼んだ。
彼女はこちらを向きながら、背後にある奥の閉ざされた扉を指差している。その扉の上には、大きく出口と書かれているのが見えた。
「お、ようやくあそこが出口か。長かったぁ」
「早くこんなところ出ましょ! ほら、早く早く!」
「分かってるってば。そんなに急かすなって……あっ!」
「? どうしました?」
突然の俺の声に、本城さんが首を傾げている。
「後ろ、後ろ!」
「後ろって……わぁ!?」
本城さんが背中を向けている出口のほうから、二体のゾンビが彼女へと近づいていたのだ。咄嗟に銃を構えながら、俺は彼女へ呼びかける。しかし――。
「あっ!」
「本城さん!」
突然の出来事にビックリしてしまったのか、本城さんが銃を床に落としてしまったのだ。
ゾンビは既に、彼女に手が届く距離にまで来てしまっている。彼女が銃を拾っているヒマはない。
――ここまできて……もう俺がやるしかない!
「本城さん、伏せて!」
「えっ、は、はい!」
咄嗟に彼女へ指示しながら、照準をゾンビへと合わせる。そのまま半ばやけくそに、俺は弾切れになるまで思いっきり引き金を引いた。
「……当たった?」
彼女へ襲いかかってきた二体のゾンビは、鈍い声を出しながらその場に倒れ込んだ。どうやら、やけくそに撃った弾が当たってくれたらしい。
なんとか彼女を救えたことに安堵して、俺は胸を撫で下ろした。
「本城さん、大丈夫? ケガとかない?」
急いで彼女の元へと駆け寄り、ゆっくりと立ち上がる彼女へ問うた。
「いえ……。っていうか、ケガはしないでしょ。ただのアトラクションなんだし」
「あ。あはは……それもそうか」
「……って、先輩! 後ろ!」
「ん。うぉ!?」
そんな会話をしていたのもつかの間。気付いたときには、俺達の背後に複数体のゾンビが近寄ってきていた。これだけ数が多いのも、もう出口が目の前にあるからだろう。
流石に本城さんと一緒でも、残り少ない弾数でこれらを相手するのは難しいかもしれない。
「ど、どうしますか、村木先輩!? もうそんなに弾も残ってないですよ!?」
弾を銃に込めながら、本城さんが叫んだ。
――もう出口も目の前なんだ。わざわざ一体一体、危険と隣り合わせで丁寧にやるんだったら、いっそのこと腹を決めたらほうが早いよな。
「……分かった、逃げるぞ! 止まるなよ!」
「え、ちょっと、村木先輩!?」
咄嗟に俺は本城さんの腕を掴むと、急いで出口へと向かって走り出した。
彼女を引き連れながら、出口の扉の目の前までやってきた。あとは、このドアノブを回せばクリアだ。
「よし、これで……あれっ、開かない!? 鍵掛かってる!」
よくよくドアノブを見てみると、そこには鍵穴がぽっかりと開いていた。どうやら、これまでのどこかに出口の鍵があったらしい。
「嘘だろ、鍵なんてどこにあるんだよ……!?」
ゾンビはもう、すぐそこまで迫っている。ようやくここまで来たというのに、こんな最後の最後でゲームオーバーだなんて。まさかこんなにも人間は、容易くやられてしまうものなのか……?
「……あ、さっき拾った鍵! 先輩持ってますよね!?」
「はっ、そういえば!」
急いでポーチの中から、あの時拾った鍵を取り出す。まさかあの時の鍵が、こんな最終局面で役に立つというのか。
――頼む、これで開いてくれ……!
最後の願いを込めながら、焦る手付きでそれをドアノブに挿し込む。すると、ガチャッという良い音を出しながら、ようやく出口の扉が開いた。
「開いたっ! 行くぞ!」
「はい!」
再び彼女の腕を掴みながら、二人で出口の中を走っていく。
ようやく見えてきた光へと向かうと、気がつけば一番最初にいた受付の場所へと戻ってきていた。どうやらようやく、あのゾンビ世界を抜け出すことができたようだ。
「おかえりなさーい。脱出、おめでとうございます!」
先程の受付にいた女性が、拍手をしながらそんな俺達のことをお出迎えしてくれた。
「はぁ……はぁ……なんとか、クリアできたみたいだね……」
「ですね……。あー、疲れたぁ……」
弱々しく呟きながら、本城さんがその場にベッタリと座り込んでしまった。あれだけのことがあったのだ、仕方ないだろう。
「はぁ……大変だったぁ。でも、クリアできてよかっ……」
大きく深呼吸をしてから、座り込んでいる本城さんを見て、ようやく我へと返る。そんな俺の様子に違和感を覚えたのか、こちらを見る彼女と視線が合った。
思わずハッとした瞬間、俺は咄嗟に彼女の腕を離した。
「あっ! ご、ごめん! ついあの場の勢いで……」
「い、い、いえ……。だ、大丈夫です……」
お互い恥ずかしくなって、顔を背けながら告げる。あの場の勢いだったとはいえ、俺は一体なんてことをしてしまったんだ。
――やっちまった。あとでなんか言われるかな……。
とんでもないことをやらかしたことにヒヤヒヤしながら、何か話題を変えられないかと考える。
「あの、さ。少し、外で休もうか。その……頭も、冷やしたいし」
「そ、そうですね……。疲れちゃったし、そうしましょ」
そう言うと、本城さんが忙しなくその場に立ち上がる。その瞬間、またも視線が合ってしまったが、今度は彼女のほうから顔を逸らしてしまった。
心做しか、彼女の顔はいつも以上に赤く火照っているように見えた。
「いやぁ……一時はどうなるかと思ったよ」
文化祭の終了時刻も近いことから、すっかり人も減ってきているようだ。ちょうど空いていた近くのベンチに本城さんと座りながら、俺はそんなことをぼやいた。
「ホント……まさかあの状況からクリアできるとは思いませんでした。村木先輩も、やるときはやるんですね」
「だろ? ……とはいっても、あの時は俺も倒せるとは思ってなかったんだけどね」
「お手柄でしたよ。珍しく先輩らしく、カッコよかったと思います」
「珍しくは余計だけど……。まぁ、ありがとうね」
「お礼を言うなら、こっちのほうですよ。その……あの時助けてくれて、ありがとうございました。焦って銃を落としちゃったせいで、もう死んだかと思いました」
「あはは……偶々だったけど、助けられて良かったよ」
ベンチの背もたれに背を任せながら、空を仰ぐ。すると、隣の彼女もまるで真似するかの如く、同じように空を仰いだ。
「……こんなことを言うのは、恥ずかしいですけど。ちょっとはその、楽しかった、です」
「お、だろ? お化け屋敷って怖いけど、楽しいのが多いんだよなぁ」
「みたいですね。……まぁ、結構怖かったですけど……」
――あ、やっぱり怖かったんだな。
小声でボソッと彼女は呟いていたが、その声はしっかりと俺の耳に届いていた。
「それじゃあ、本城さんもお化け屋敷の楽しみが分かってくれたみたいだし、これからは色んなお化け屋敷に行けるな」
「それはないです! 絶対に! 断じて! 普段なら絶対に入りませんから!」
「えぇ……そっかぁ」
それも仕方ないか……そう思っていたのもつかの間。咄嗟に本城さんは、体勢を戻しながら小声でポツリと告げた。
「……でも、まぁ。村木先輩となら、別に……いっか」
「ん? ……今、俺とならって言った?」
俺が問うと、そっぽを向きながら本城さんが無言でコクリと頷いてみせた。
「だって……男性の友達って、先輩ぐらいしかいないし……。男の人と一緒にいたほうがまだ、安心できるというか、なんというか……」
「……ふふっ、そっか。じゃあ、また本城さんと一緒にこうして遊びに行けるのを、楽しみにしてるよ」
「……ホントバカ」
「んぇ? なんだって?」
「なんでもないです!」
恥ずかしがった様子で、本城さんが俺の言葉を一蹴する。
そんな強がりなところもまた可愛らしいと思いながら、俺は彼女のことを見ていた。
わざわざ描くほどでもなかったので省きましたが、一応お化け屋敷の中には数本出口の鍵がある設定です。流石に序盤に出口の鍵を置いておくのは、鬼畜設計ですからね……。
その中でも序盤に隠されていた鍵を、二人は見つけたって感じです。




