度重なる嘘と、垣間見える本音
「はぁ……確かこの階だよ!」
その後。私達三人は急ぎ足で、演劇サークルの部室がある棟へとやってきた。あとはこの階の奥へと進めば、部室にたどり着けるはずだ。
そのまま廊下を突き進んでいくと、T字路の突き当りへと出た。廊下が左右に分かれており、このどちらかに進めば部室があるはずなのだが……。
「あれ? えっと……どっちだったっけな……?」
分かっていたつもりではあったのだが、すっかり部室の場所を忘れてしまったようだ。ぜぇぜぇと息を切らせながら、半年前の記憶をたどり始める。
確かに以前部室へ来たときは、この辺りまで来たはずだ。ここまでは間違っていないだろう。問題は、この先どちらに部室があったのかが、思い出せないということだ。
「因みに綾乃お姉ちゃん。実際部室には、何度か行ったことあるんですか?」
そんな私とは打って変わって、全く疲れた様子を見せていない茜ちゃんが、左右をキョロキョロと見ながら私に聞いてきた。
「えぇ……? ううん、四月に一回来たきりだよ?」
「あー、それじゃあ忘れちゃってても無理ないかぁ。なら時間ももったいないですし、一先ず左から行ってみましょうか」
「それも、そうだね……。時間もないし、急ごうか」
茜ちゃんの提案に、疲れた様子の七泉が乗ると、早速二人は左側の道へと進み始めた。そんな彼女達から少し遅れて、私もその後ろを歩き始める。
「……あれ、本城さん? おーい」
「ふぇっ?」
ふと、背後から突然私のことを呼ぶ声が聞こえてきた。そんな声につられて、咄嗟に後ろを振り向く。
するとそこには、普段からは想像もつかないような、茶色いカーディガンを着た村木先輩の姿があった。
「あ、む、村木先輩!」
今日ようやく、彼と出会うことができた。急ぎ足で私は、彼の元へと駆け寄った。
「よかったぁ。もしかしたら、迷ってるのかもと思って迎えに来たんだ」
「す、すみません。特に迷ってたわけではなかったんですけど……」
「……っていうか、なんか息切れしてる? 急いで来たの?」
「まぁ……はい。ちょっと話し込んでたら、遅くなってしまったので。先輩のこと待たせてるし、急がなきゃと思って」
「そんな、無理しなくてもゆっくりでよかったのに。……でもありがとうね、わざわざ来てくれて」
そう言うと村木先輩は、ニッと口元を緩めて笑った。――そんな笑顔を見た途端、胸がギュッと詰まるような感覚を覚えた。
「い、いえ……」
――ちょっと、何また緊張してるの? やめてようもう、こんなときに。
いい加減どうして、彼に対してコミュ障を発揮してしまうようになったのだろう。以前まではこんなこと、ほとんどなかったというのに。
「えっと……お昼買ってきてくれたんだよね? ちょっと急がなきゃいけないけど、一緒に食べようか?」
「あ、はい。それは、そうなんですけど……」
「あれー? おーい、綾乃お姉ちゃーん?」
彼と話していたのもつかの間。またも背後から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら彼女達とは、すっかり行き違いになってしまったようだ。
「ん? ……本城さん、誰かと一緒にいたの?」
そんな声を疑問に思った様子の彼が、「はて?」と首を傾げる。――しまった。そういえばまだ、彼には私と七泉が和解しているとは伝えていないんだった。
「あっ、いや、それが、その……」
「あ、いたいた! 綾乃お姉ちゃ……って、お兄ちゃん!?」
「うわっ、茜!? お前なんでいるんだよ!?」
私のことを見つけると同時に、茜ちゃんが声を上げて驚いた。そして同じように、彼女の兄も驚いているようだった。
「はぁ、待ってよー、茜ちゃん……。私、そんなに体力ないんだってば……」
それから少し遅れて、とうとう体力が限界に達した様子の七泉が、壁を伝いながらこちらに戻ってきた。どうやら向こうで、だいぶ茜ちゃんに振り回されてきたようだ。
「七泉まで!! いや、七泉が来ることは知ってるんだけど……なんで三人一緒にいるんだよ?」
「えーっと……それは……」
私達三人が一緒にいるのを見て驚く村木先輩に、茜ちゃんは苦笑いを浮かべながらこちらを見てくる。どうやら、フォローを入れてくれと言っているようだ。
――っていうかそもそも、私達を二人きりにさせるつもりなら、ここまで三人で来る必要なかったよね? なんか色々面倒くさくなってきた……。
渋々彼女へ無言で頷き、了承の意を伝えた。
「あ、あのね! まず私は今日、七泉ちゃんから呼ばれてきたんだ。それでね……」
そのまま私達は、話の通り村木先輩へ少しだけ嘘の内容を吹き込み始める。
七泉が茜ちゃんのことを誘って、今日やってきたこと。この文化祭で私と七泉は再会し、茜ちゃんのおかげで和解することができたこと。そんな事実とは異なる話を、村木先輩へ話した。
果たしてそれで納得してくれるかと心配だったが、どうやら彼はすんなりとその話を受け入れたらしく、「あ、そうだったんだ!」と声を上げてみせた。
「それじゃあ茜のおかげで、二人は仲直りできたってことなんだ? いやぁ、よかったよ。この前のことがあったから、どうなることかと心配だったんだよね」
「え、えへへー……。そうだよ、大変だったんだから!」
「そっか。ありがとな、茜。二人のことをまとめてくれて」
「うん!」
目の前の兄妹二人は、そんな会話を繰り広げてはニコニコ顔で楽しそうにしている。――対して、私の隣にいる七泉はというと。
「……ねぇ。なんかアレはアレで、茜ちゃん一人のおかげみたいになってないかな?」
と、そんなことを私に小声で問いかけてきた。
「ま、まぁ。一応話としては、そういうことにしようって決めてたわけだし……」
「でもそれにしたって、お兄ちゃんってば茜ちゃんのこと褒めすぎじゃない? なんかズルい」
「あ、あはは……」
どうやら彼女は、彼に問題児扱いされていたことが気に食わなかったようで、密かにその様子を頬を膨らませながら見ていたのだった。
「……あっ、そんなことよりさ! お兄ちゃん、もうすぐ本番でしょ? 早くお昼ご飯食べちゃいなよ!」
そんな話をしていたのもつかの間。茜ちゃんは自身の腕時計を確認すると、咄嗟に彼へ呼びかけた。
「おっと、そうだったな。本城さん、買ってきてもらったお昼ご飯は?」
「あ、はい。これです」
私は彼に、買ってきたお好み焼きの袋を手渡した。
「お。お好み焼きかー。久しぶりだし、いいかも」
「なら良かったです。因みにこのお好み焼き、友達の秋那が作ってくれたんですよ。向こうの広場で、出店やってて」
「そうなんだ。へぇ、上手く出来てるなぁ」
そんな他愛もない会話を繰り広げている私達をよそに、茜ちゃんが咄嗟に一歩引き下がった。
「……それじゃあー。私達は一旦、ここらでお暇させてもらおっかなー」
――あ、ホントに行っちゃうんだ……。
先程言っていた言葉は、どうやら冗談ではなかったようだ。彼と二人きりになるのは慣れているはずなのに、なんだかそう思うと、不思議と心細く感じてしまった。
「ん、二人はどこか行くのか?」
「どこかっていうか……まぁ、ちょっと小腹空いたし適当に? あ、でもでも、お兄ちゃんの演劇はちゃんと見に行くから!」
「うっ……そういえば、茜にも見られるのか……。なんだかそう思った途端、急にやる気が……」
「なにバカなこと言ってんの! ちゃんとそれ食べて、元気出すこと! いい?」
「じょ、冗談だって。分かったよ」
半ば冗談には聞こえなかったが、彼は苦笑いで言葉を訂正した。
「それでよし! じゃあ七泉ちゃん、私達は行こ?」
「う、うん。それじゃあ二人とも、また後でね」
「あぁ、また後でな」
「ま、またね……」
そうして。彼女達二人は本当に、この場を立ち去ってしまった。先程までやかましかった空間が、嘘のようにシーンと静まり返る。
「……えーっと、それじゃあどうしよっか。食べるの、部室でもいいかな?」
後頭部をカリカリと掻きながら、村木先輩が告げた。
「私は構いませんけど、いいんですか? 部外者が入っちゃっても」
「まぁもう、ほとんどみんな体育館行っちゃってるから。長居はしないし、大丈夫だと思うよ」
「そうですか。なら、早めに行きましょうか。遅刻したら、元も子もありませんからね」
「そうだね、行こう」
そうして私は、彼の後ろを付いて歩いていく。
演劇サークルの部室は、この廊下の一番奥にある。突き当りにあるガラス張りの扉は、体育館へと渡り廊下で繋がっており、直接向かうことができるようになっているようだ。
彼が開けてくれた扉をくぐると、私はじつに半年ぶりに、演劇サークルの部室の中へと入った。
他の教室とは違い、椅子や机もほとんどなく広々とした白い空間。床には紺のカーペットが敷かれており、激しい動きをしても問題ないようになっている。
そして何よりも、他の教室にはない独特の香りが、部屋の中を漂っていた。
――この香り……やっぱり懐かしい。演劇館の練習部屋も、こんな感じだったっけ。
サークルの練習部屋でもあるおかげでここは、様々な香りが混ざりあって、独特の香りを醸し出している。特別良い香りではないのだが、この香りは私にとって、無性に懐かしく感じる。
昔はよく、私も演劇館の練習部屋で、練習に励んでいた。この部屋にいると、そんな当時のことを鮮明に思い出してしまう。
まるで当時のように、演劇の練習をしに来たかのような――お母さんに叱られながら、何度も何度も演技の練習をしていたのも、こんな香りのする部屋だった。
――……やっぱりダメだな。良い思い出もあるはずなのに、悪いことばっかり思い出しちゃう。ネガティブすぎだよ、私。
嫌気が差してしまった私は、そんな余計な考えを振り解く。
ふと気が付くと、村木先輩は中に残っていた一人の男性と、何やら話を始めていた。
「だから、彼女じゃねぇっつーの。何度言えば分かんだよお前」
「んなこと言ったって、ずっと一緒にいたらもう彼女のようなもんだろ?」
「いくらなんでも、それは違うと思うぞ……?」
そう言いながら、村木先輩は呆れの表情を見せた。
――なんか私、ここでも彼女と間違われてる……?
またか……そんな風に思ってしまう反面、恥ずかしさを覚える自分もいた。
以前までは、恥ずかしさなどあまりなかったはずなのに。今日は何故だか、無性にこの場にいることがもどかしい。やはり最近の私は、どうかしている。
「あ、ねーねーそこの君。実の友達っしょ?」
「ひゃいっ!?」
ボーっとそんなことを考えていると、突然村木先輩と話していた男性が、私に話しかけてきた。あまりにも突然だったので、変な声が出てしまった。
「ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」
「い、い、いえ! だ、大丈夫です!」
度重なる恥ずかしさに、思わず大きな声を出してしまった。とうとう恥ずかしさもマックスになり、思わず顔を伏せてしまう。
「そう? ま、いいだけどさ。それより君、あいつのことどう思ってんの?」
「へ!? ど、どうって、どうですか!?」
「いや……『どうって、どうですか』と聞き返されても困るんだけど……」
「はっ、す、すみません……」
――あぁもう、なんでそんなこと聞くのこの人……!? ただでさえコミュ障発揮しちゃってるのに、そんなこといきなり聞く? バカじゃないの!?
「おいおい、やめろよ。困ってるだろ?」
そんな質問に困っていた私を見兼ねて、村木先輩がすかさずフォローに入ってくれた。
――あああっ、先輩ありがとう! ありがとおおおっ!
普段は頼りない彼だが、今この瞬間だけは、なんだかとても頼もしく感じた。……不本意だけど。
「えー、そう? ただ率直にどう思ってるのか、聞いてみたいだけだったんだけど」
「バカ野郎。初対面の相手にそんなこと聞かれて、素直に答えられると思うか?」
「それもそうだけどよー、でも実も聞いてみたくない? この子がお前をどう思ってるのか」
「それは……思わないと言えば嘘にはなるけど」
――え。
心の中で、絶句してしまった。
「だろだろ? だったら聞いてみようって、せっかくの機会なんだし」
「え、え、え? い、言わなきゃ、ダメですか?」
「いいじゃんかー。どうせ二人きりのときは言えないんだし。な?」
「えぇ……」
ニコニコ顔で、男性がそう告げてみせる。もうこうなってしまったら、何でもいいから言うしか逃げ道がないじゃないか。どうしてくれるんだ。
――もうっ、先輩が余計なこと言うから……! このことは絶対根に持ってやる……。
「わ、私は……」
生唾をゴクリと飲み込んで、何を言おうか即座に考える。
一瞬正直に言おうかとも考えたが、これ以上言うと恥ずかしさで死んでしまいかねない。――ここは少し、“以前の私”に頼るしかない。
「……だ」
「だ?」
「だ――大っ嫌いです」
「……え」
彼は素っ頓狂な声を上げた。
「だってそうじゃないですか。あり得ないぐらい鈍感だし、超大バカの鳥頭なせいで、大事なことはいつも絶対忘れてるし、陰キャのことをことごとく下に見てバカにするし。
あとこっちは大切なもの失くして困ってるっていうのに、自分はお昼ご飯食べた後に行くって言って、全然協力しようとしてくれなかったし。中年親父かってぐらいネットには疎いし、急に一緒に夏祭り行こうとか、ナンパみたいなことしてくるし」
「え、あの……本城さん……?」
勢い任せでつらつらと語る私に、村木先輩が呆気にとられながら呟く。しかし、それでもまだ“以前の私”は、止まることを知らない。
「それに、寝てる私の頬っぺた突いて喜んでて気持ち悪いし、友達だからって馴れ馴れしく隣の席座ってこようとするし、妹の誕生日プレゼントを女々しく私に相談してくるし。
あとすぐ心配かけないように嘘吐くし! 超絶お節介でいつもしつこいぐらい焼いてくるし! 全然私の気持ち分かってくれないし! とにかくもう、色々大っ嫌いなんです!!」
そんな言葉を大声で叫んだところで、“以前の私”の悪口大会はフィニッシュを向かえた。演劇サークルの部室に、そんな私の声が虚しく木霊する。
語り終わったのもつかの間。私がハッとした頃には、村木先輩は酷く落ち込んだ様子で、しょんぼりと突っ立っていた。
――うわ……なんか色々と言いすぎちゃった。大丈夫かな……?
「あ……あはは、そうなのか。ま、まぁ、君がどんだけ実のことを知ってるのかはよく分かったわ」
彼は苦笑いを浮かべると、瞬間私には聞こえない大きさで、村木先輩に向かってボソッと呟いた。恐らく何か、励ましの言葉でもかけているのだろう。
「突然、悪かったな。それじゃあ俺、先に行ってっから。実も、早めに来いよ? ほんじゃ!」
すぐさま急ぎ足で扉の近くまで行くと、彼は右手を挙げながら逃げるように部室を出ていってしまった。
あの様子だと、きっと彼は私以外にもあんな調子なのだろう。村木先輩があのようなタイプと一緒にいるのも、なんだか分かるような気がした。
「あ、あの……村木先輩……?」
とうとう本当に、部室に二人きりとなってしまった。私のせいで落ち込んでしまった彼に、慌てて声をかける。
「……いや、うん。分かるよ、確かに本城さんが言ってたことは全部、俺が悪いんだよね。ごめん……」
いつも以上に小声で細々と彼が告げる。どうやら冗談抜きで、本気で落ち込んでしまっているようだ。
――そうだった。この人意外と、メンタル弱いほうなんだった。どうしよう……。
「あいや、えっと……私こそごめんなさい! 急にあんな風に言われて、なんて言えばいいか分かんなくなっちゃって……思わずその、前の私が出ちゃったっていうか、なんていうか……」
「ううん、いいよ。本城さんのことは、ちゃんと分かってるから。……でもまぁ、いざ言われると、まぁまぁ心にくると言うか、なんというか……あはは」
彼が苦笑いを浮かべる。そんなことを言われたって、こちらとしては嬉しさよりも申し訳なさが勝る。
――だ、ダメだ。もうこうなったら……恥ずかしいけど、言うしかない。
「……もちろんそりゃあ、嫌だなって部分も偶にあったりはしますけど……。でも、その、本音を言うと……村木先輩と一緒にいると、今は凄く楽しいんです。話題こそ合わないけど、ノリは合うし、雰囲気も好きだし、話してて苦じゃないし……」
そこまで言って、彼のことをチラッと見る。彼は私のことを、いつにもなくまじまじと見つめていた。思わず恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。
「前なら絶対思えなかったけど、今は思うんです。――村木先輩と友達になれて、よかったなって。これは嘘じゃなくて、ホントのことです」
「本城さん……」
「だ、だから、えっと……さっきのは、ほとんど嘘ですから。……何個かだけ、ホントのこともありますけど……」
「……ふっ、ふふ、あはは! そういう正直なところも、本城さんらしいや」
すると村木先輩は、楽しそうにクスクスと笑ってみせた。どうやら、元気になってくれたようだ。
「ありがとう、そう言ってくれて。嬉しいよ。俺も本城さん友達になれて、ホントに良かったと思ってる」
「そう、ですか」
「うん。まぁさっきみたいのは、流石にメンタルにくるけど……でも、それも含めて本城さんだから。――ちゃんと分かってるから、平気だよ。だから、あんまり気にしないで」
「……はい。ありがとうございます」
そんな彼の言葉にホッとする。思わず安堵して、私は胸をなでおろした。
「……あ、やば。もう二時過ぎちゃった! 急いで昼飯食わなきゃ!」
ふと、自身の腕時計を見た途端、彼が驚愕の声を上げた。マズい、本番は二時十五分からだったはず。もうほとんど時間が残っていないじゃないか。
「嘘!? ちょ、先輩、急がなきゃ!」
「あぁ! ……あ、そっちの席に座っちゃって。この机使っていいから」
「はーい!」
村木先輩に指示された椅子に座って、急いでお好み焼きを取り出す。買ってからかなり時間が経っていたおかげで、すっかり熱も冷めてしまっていた。
「そうだ、さっきはごめんな。あいつ、俺の高校からの友達で、黒澤って奴なんだけど……」
お好み焼きを一口食べながら、村木先輩が告げる。
「あの人、ずっとあの調子なんですか?」
「あぁ。結構な女ったらしでさ。付き合ってる彼女とは仲良いんだけど、あいつがあの性格だから、ちょいちょいケンカばっかしてるらしい」
「でしょうね。村木先輩とはまた違った意味で、放っておけない男って感じです」
「……ん? それはどういう意味?」
「そのまんまですよー。……あ、このお好み焼き美味しー」
私の言葉を聞くなり、意味が分からんと言いたげな表情で彼が首を傾げる。
当然だろう。先程私が自棄になって言った言葉の意味を、彼は全く分かっていないぐらい鈍感なのだから。
――ホント……私の気持ちなんて、全然分かってないんだから。
私は村木先輩と出会ったことで、人生が百八十度変わった。まだまだ不甲斐ない部分も多いが、それでも私は彼のおかげで、少しずつ前を向いて生きることができるようになった。彼には、感謝してもし切れないぐらいだ。
だが今は、もう少しだけ“以前の私”にも頼ることになるだろう。この不器用な関係が、今の私にはちょうどいい。
静けさが残る演劇サークルの部室で、彼と談笑しながらお昼ご飯を食べる。
いつもとは全く違う風景のはずなのに――隣に彼がいるというだけで、私は不思議と安心することができた。




