「凄い人は意外と身近に一人いる」という法則
そうして私達はまず、お昼ご飯を食べるために、私がいつも村木先輩と会う学食へとやってきた。普段この学食は土日は閉まっているのだが、どうやらこの文化祭の間だけ、特別に営業しているようだった。
せっかくの機会であるし、二人にもここのハンバーガーを食べてもらいたいと思い、この場所へとやってきた次第だ。
自動ドアをくぐり、あの自販機の前を通って、いつもの学食の中へと入った。
――うわぁ、流石文化祭。いつもの倍以上に人がいるじゃん。
いつもは半分ぐらい空いてるはずの席が、今日に限ってはほぼほぼ満員だった。流石は多くの人が集まる、陽キャのお祭りと言ったところだ。
「うわーお、満席ですねぇ。どっか空いてないかなぁ」
私の後ろから中を覗いた茜ちゃんが、辺りをキョロキョロと見回す。
「……あ、二人とも。そこの席がちょうど今空いたみたいだよ」
すると、その隣で同じく辺りを見ていた七泉が、一つの席を指差した。
「あっ、そこは……」
その先を見るなり、思わず声を上げてしまった。
そう。七泉が指差した先にある席。それはまさしく、私がいつも村木先輩と二人で座っている席だったからだ。
「? お姉ちゃん、どうかしたんですか?」
そんな私を見て、すかさず茜ちゃんが訪ねてくる。
「えっ? あ、ううん。大したことじゃないんだけど……。取り敢えず、座ってから話すよ。じゃああそこに座ろっか」
「はーい!」
元気いっぱいな茜ちゃんを連れて、その席へと向かう。いつもの席にたどり着くなり、私達は三角形になってそれぞれ席へと着いた。
「……それでー? さっき言ってた“大したことじゃない”話って、何なんですか?」
席に着くなり、早速茜ちゃんが私にそう問いかけてくる。
「あ、うん。……この席なんだけどね。いつも私と村木先輩が、一緒にお昼ご飯を食べるときに座る場所なんだ。普段この学食って、あんまり人が入らないから、もはや指定席みたいになっちゃってて」
「へぇ。それじゃあこの席は、二人の特別な場所ってことなんだね」
両手を机の上に乗せながら、七泉が告げた。
「まぁ、そういうことになるのかな……?」
「いいなぁ。大切な人とそういう思い出があるのって、きっと何十年後でも忘れられない大事なものになるんだろうな」
「七泉って、そういうのにこだわるタイプ?」
「そうかも。物でも場所でも、とにかくなんでもいいからさ。大切な人と二人だけに通じ合えるような、そんな掛け替えのないモノがあったらいいなぁって思うよね」
「へぇ、そうなんだ」
「……なんかそう言われてみると、思い当たるものないなぁ、私」
すると茜ちゃんが、ぼんやりと天井を見上げながら口ずさむ。
「ないって、何が?」
「うーん。私、付き合ってもうすぐ二年になる彼氏がいるんですけどね」
「えっ!? 茜ちゃんって、彼氏いたの!?」
あまりにも衝撃的な事実に、思わず声を上げてしまった。そんな私を見て、二人が苦い顔を浮かべている。
「な、なんですか急にぃ。私って、彼氏いるように見えませんか?」
「だ、だって……。あんなに『お兄ちゃん大好き―』ってしてるとこ見てたから、彼氏がいるとは全然思ってなくて……」
「あはは、でも綾乃ちゃんが言いたいことも分かるよ。実お兄ちゃんにいつもベッタリな茜ちゃんを見てたら、他の男の子と仲良くしてるようなイメージ湧かないよね」
すかさず七泉が、私にフォローを入れてくれた。そう、まさに私が言いたいのはその通りなのだ。
「そうかなぁ。確かにお兄ちゃんのことは大好きだけど、同じぐらい彼氏のことだって大好きなんだけどなぁ」
「でもきっと、茜ちゃんって彼氏の前だと、あんな風に甘えられないでしょ?」
「うぐっ、それは……」
どうやら七泉の言葉が図星だったらしく、茜ちゃんは彼女から視線を逸らした。
「前に茜ちゃんの彼氏の写真見せてもらったけど、全然実お兄ちゃんみたいな感じじゃなかったもの。どっちかというと、大人しくて優しい男の子って感じで」
「た、確かに彼氏は大人しかったりもするけど……。でも、そこが可愛らしいというか、偶に男らしくなるところも、ギャップ萌えでカッコいいというか……」
珍しく頬を赤らめながら、茜ちゃんが告げる。
「でもそんな彼氏の前だと、大体は茜ちゃんのほうが主導権握ってる感じでしょ? だから思うように甘えられないから、その分お兄ちゃんの前だとあんな風に甘えちゃうんだ?」
「……はい。まさにその通りです……」
「そっかぁ。じゃあある意味茜ちゃんにとって実お兄ちゃんは、“ガソリンスタンド”みたいな感じなのかな。頭撫で撫でしてもらうと、いつも元気いっぱいになってるし」
「むぅ……何も言い返せない自分が悔しい……」
とうとう恥ずかしくなったようで、茜ちゃんが机の上に顔を伏せた。どうやら茜ちゃんでも、こんな風に恥ずかしがる一面はあるらしい。
同時に、いつもは気弱そうな七泉も、偶には主導権を握るような面もあるようだ。彼女は茜ちゃんを言い負かせたことが嬉しかったようで、ニコニコと満面の笑みだ。
「そういう七泉ちゃんはさー、好きな人には積極的になれるから羨ましいよね。今回だって、お兄ちゃんに会うためにわざわざ福島からこっちに来たわけだし」
「そ、そりゃあだって、お兄ちゃんに、会いたかった、から……」
今度は七泉が頬を赤らめると、段々と声のボリュームを落としていってしまう。
「会いたくても普通、そんな無理して家出しようなんて思わないよ」
「そうなのかなぁ……?」
「そうだよ! それにどうせ七泉ちゃんのことだから、お兄ちゃんと添い寝でもしたんでしょ?」
「へっ、添い寝……?」
またも茜ちゃんの衝撃的な発言に、私は言葉を漏らしてしまった。
「それはっ、まぁ……。で、でもでも、一回だけだよ! 一回だけ! それからはちゃんと別々で寝てるもん!」
――いや一回したの……!? 七泉が村木先輩と!?
もはや聞きたくもないそんな事実が、私の目の前で飛び交った。
「そういう問題じゃないよ! その一回の添い寝が問題なの!」
「いいじゃない別に! 好きな人と添い寝ぐらい!」
「ダメだよ! 私だって恥ずかしくて、ほとんど添い寝なんてしたことないのに!」
――えっ、そういう問題なの……?
「それは茜ちゃんが恥ずかしがってるからでしょ!? 私は勇気出してちゃんと自分から言ったもの!」
「それはっ……それはそうだけど! でも……!」
そんな従姉妹同士とは思えない会話が、いつもの学食、いつもの席で繰り広げられている。周りにはたくさんの人がいるというのに、どうしてこの子達はそんな恥ずかしい話ができるんだ。
――なんか……つくづく凄いな、この親族。
個々の濃さこそ一般的な女の子なはずなのに、それが揃うと飛んでもない力を発揮する。恐らくここに村木先輩も加わったら、それはそれはとても面白いことになるのだろう。……想像するだけでも恐ろしい。
そんな二人の話が落ち着いたのは、それからしばらく経った後だった。
◇ ◇ ◇
「んー! 美味しいですね、ここのハンバーガー」
いつものハンバーガーを一口かぶりつくなり、茜ちゃんがそんな声を上げた。
「でしょ? 食べ過ぎは良くないって分かってはいるんだけど、値段的にも美味しさ的にも飽きなくて、結局いつもこれにしちゃうんだよね」
「これは学食にしては、反則級の美味しさだねぇ。下手したらマ○クとかモ○バーガーのより私好きかも」
それに続くように、七泉も嬉しそうな声を上げた。
「よかったぁ、二人とも気に入ってくれて。あんまり私、おすすめとか紹介したことないから、ちょっと不安だったんだ」
「そうだったの? 美味しいよ。いま綾乃ちゃんが食べられてないのが、もったいないと思うぐらい」
「うぅ……そりゃあ私だって食べたいけど、茜ちゃんがダメだっていうから……」
チラッと茜ちゃんのことを見る。彼女は美味しそうにニコニコしながら、もう一口ハンバーガーにかぶりついていた。
「そりゃあ……だって……この後お兄ちゃんと会うのに、一人だけお昼食べちゃってたら、ダメじゃないですか。せっかくの……機会なんですし」
もぐもぐと食べながら、茜ちゃんが告げる。
「そうかもしれないけど……二人の見てたら私も、お腹空いてきたよ……」
「我慢してください。……デートっていうのは、そういう……ものなんですからね」
「別にデートじゃないし……」
「つべこべ言わない!」
「……はぁい」
ここは言葉通りつべこべ言わずに、彼女に従ったほうが話が早いだろう。本当はめちゃくちゃお腹が減っているが、ここは我慢するしかない。
「……そういえば綾乃ちゃん。さっき言ってた『あそこでは言えない話』って何なの?」
「えっ? あー……その話ね」
ふと、思い出したかのように七泉が、先程の話を持ち出してきた。
――とはいえ、ここでも話づらいんだよなぁ。でもこれ以上引き延ばすと、それはそれで面倒なことになりそうだし……。
「そうだなぁ。……あの、さ。L○NEのトークで話しても、いいかな?」
「え? 別に構わないけど……そんなに口じゃ話づらいの?」
「まぁ……うん。ホントは人のいないところで話すべきなんだけど、七泉も気になるだろうから……」
「……えっ、何々? 二人ともL○NE持ってるの?」
そんな私達の会話に、すかさず茜ちゃんが口を挟んでくる。そういえば彼女とはまだ、連絡先を交換していなかった。
「あ、うん。この間交換してね」
「えぇー、ずるーい! 綾乃お姉ちゃん、私とも交換しよー?」
咄嗟にスマホを取り出しながら、食い気味に茜ちゃんが言う。そんなに私と連絡先を交換したいのか。
「いいけど……そんなに?」
「そうですよー! せっかくお友達になれたのに、私だけ連絡先も知らないのは嫌じゃないですかぁ」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「ほら、早く早く! QRコード出してください!」
「あ、うん」
茜ちゃんに急かされるがまま、QRコードを表示してスマホを彼女へ差し出す。
なんだか成り行きで交換してしまったが、これでいつでも彼女へ連絡ができるようになったということだ。これはこれで良しとしよう。
「それじゃあー、私が三人のグループ作りますねー。ちょっと待っててください」
そう茜ちゃんが告げると、すぐに三人のグループへと招待された。てっきり七泉と二人で話せばいいと思っていたのだが、彼女が加わることで何か面倒になるわけでもないので、まぁいいだろう。
グループに入るなり、早速茜ちゃんが羊のスタンプを送ってきた。ペコリとお辞儀をしながら、「よろしくお願いします」と書かれたプラカードを持っている。なんとも可愛らしいスタンプだ。
「……じゃあまぁ、こっちで話すね」
そう私が切り出すと、早速グループ内で私は文字を打ち始めた。
「さっきも見せたんだけど、私ね。『キャラメル・バンキッシュ』っていうグループのメンバーなんだよね」
「そうなんだ。それって、どんなグループなの?」
七泉が問うてくる。
「メンバーは六人で、みんなネット繋がりの人だよ。基本的な活動としては声劇とか、ショートアニメとか、あとはアニメキャラの声真似とかかな。メインは声の活動をしてるグループだよ。偶にメンバーでゲームもしたりするけどね」
「綾乃お姉ちゃんね、凄く声劇上手なんだよ? 私もその一人だけど、いっぱいファンがいるんだから!」
私の説明に補足するように、茜ちゃんが告げた。
「そんな、褒められるほどでもないよ。まぁ、応援してくれる人がいるのはありがたいんだけどね」
「へぇ、そうなんだ。綾乃ちゃんって、意外と凄い人だったんだね」
「そうだよ! めちゃくちゃ凄い人なんだから!」
「茜ちゃん、そんなにハードル上げないでよ……」
「だって、本当のことですもん!」
「それはありがたいけどさ……」
そんな風にハードルを上げられると、なんだか自分から説明しづらくなるじゃないか。ファンでいてくれるのはありがたいが、そう言われるとどうも調子が狂う。
「ところでさ。どうして『キャラメル・バンキッシュ』ってグループ名なの?」
再び七泉が私に問うた。
「リーダーがシャビって人なんだけどね。その人がグループを立ち上げる時に、シャビさんが『甘いものが苦手だから』っていう理由で、『キャラメルを克服したい』って意味を込めてそんな名前にしたんだって。ほら、キャラクターボイスの略で『CV』って言うでしょ? だから同じように略せるように、『キャラメル・バンキッシュ(CV)』っていう風になったらしいよ」
「面白いねー。ユニークだし、何よりそのシャビさんって人の想いがこもってる感じもするね」
「実際シャビさんも面白い人だからね。動画見てみれば分かるけど、結構喋っててアホだったりするし」
「そうなんだ。じゃあちょっと見てみようかなー、綾乃ちゃんが出てる動画」
「まぁ、自分から見てって言うのは恥ずかしいけど……興味があったら見てみて」
そう文字を打った後に、私は一番大切なことを思い出した。咄嗟に、急いでそれを文字に起こす。
「あ、それから! この話は、村木先輩には絶対に言わないで!」
「えっ、なんで?」
「だって……なんか、見られたくないじゃん?」
「そうかなぁ。私だったら平気だけど。それに私も、あんまり人には言わないこと、実お兄ちゃんに言っちゃったし」
「え、何それ」
それは一体何だろう。そう言われると、なんだか気になる。
「そうだなぁ。せっかく綾乃ちゃんも秘密を言ってくれたんだし、私も言っちゃおうかな。……ちなみにこの話、茜ちゃんにも言ってないことね」
「え!! 何それ!?」
咄嗟に七泉ちゃんが、文字ではなく声で驚いてみせる。すっかり声を出すことを忘れてしまっていたので、ちょっぴりこちらも驚いてしまった。
「ちょっと待ってね、いま画像貼るから」
そう声で七泉は言うと、すぐにグループに一枚の画像を貼った。それはツ○ッターのプロフィール画面だったのだが、この名前は私も見たことがあるものだった。
「『七色イズミ』って、この人わたし知ってるよ? 偶にタイムラインに、絵とか漫画が回ってくるけど……」
今度は文字で、茜ちゃんが告げた。
「私も知ってる。偶に回ってくるの見て、尊いなぁって思いながら見てるよ」
それに続いて、私も文字を打つ。
「……もしかして、これ七泉ちゃん?」
画像と七泉を視線で行ったり来たりしながら、茜ちゃんが声で告げてみせる。……もしかすると、もしかするみたいだ。
「まぁ、うん。これ、私」
「えぇ!?」
そんな私と茜ちゃんの声が、同時に重なった。しかし、こっちはこんなにも驚いているというのに、七泉は不思議と落ち着いた様子だ。
そのフォロワー数、約四万二千人。絵や漫画のツイートには、どれも五千から一万近くのいいねが付いている。凄い人は意外と身近にいるとは言うものの、そんな人がいま自分の目に前にいるとは、まさか思うまい。
「そ、そんなに驚くことなのかな……?」
「驚くよ! だって七泉ちゃんが、そんなに凄い人だなんて思わないじゃん! フォロワー数もとんでもない数いるし!」
声を荒げながら、茜ちゃんが告げた。
「一週間前は一万人ちょっとだったんだけど、なんか急に増えちゃって……」
「増えすぎだって! 七泉ちゃん、なんでそんなよく分かってない感じなの!?」
「だって……私の絵とか漫画なんてまだまだだし……」
「そんなことない! 七泉ちゃんがそう思ってたとしても、数字は嘘を吐かないよ! もっとちゃんと自信持ちなさい!」
とうとう文字ではなく小声で、それでも声を荒げながら茜ちゃんが話し始める。
「うーん、そっか……。やっぱり私の感覚が鈍ってるのかなぁ。最近よく鎌田さんとか、アユムさんとかとゲームをご一緒させてもらったりしてるから、感覚が麻痺してるのかも」
「ちょちょちょ、それってどっちも本だしてる有名な漫画家さんじゃんか! 七泉ちゃん、そんな凄い人とゲームしたりしてるの!?」
「うん。それもつい最近だけどね。絵師仲間で一緒にゲームやろうってなって、偶々私も誘っていただいてね。凄く緊張したけど、楽しかったよ」
「そういう問題じゃなくってぇ!」
まさか目の前にいる彼女が、そんなにも凄い人だったとは。加えて彼女は、こうして堂々と胸を張って自分の活動を言えている。それに対して自分は、いつも陰に隠れながら活動していると思うと、なんだか恥ずかしくなってきた。
活動している界隈こそ違うものの、ファンがいる身としては同じだ。あんな風に軽々しく友達へ打ち明けられる、そんな彼女の肝が据わった性格が、私にはとても羨ましい。
「……まぁだからね。綾乃ちゃんも、実お兄ちゃんに言っちゃっても平気だと思うよ」
すっかりボーっとしてしまっていた私に、そんなことを七泉が告げる。
「えっ。い、いや、それとこれとは話が違うというか、なんというか……」
「? それって、どう違うの?」
「だから……と、とにかく、村木先輩に見られるのが恥ずかしいの!!」
「ふぅん、そうなんだ。……なんか照れてる綾乃ちゃん、可愛いね」
「そ、そういう問題じゃないでしょうが!!」
焦っている私を見て、七泉がニコニコと楽しそうに笑っている。
そんな、ある意味で鈍感な七泉に対して、私は思わず大声で叫んでしまった。




