女子チームで
お久しぶりです。活動報告でもお話しましたが、だいぶ予定よりも遅い更新となってしまいました。
皆様には申し訳ないと思うと同時に、それでも楽しみに待ってくれていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。いつも本当に、ありがとうございます。
今後、進捗報告などはその都度、活動報告のほうでお知らせしますので、そちらをご確認していただければと思います。
それでは、本編のほうへどうぞ!
大学って、こんなに人が入るもんなんだ。その光景を見て、まず初めにそんな感情を私は抱いてしまった。流石は高校までと違って、一回りも二回りも規模の大きい大学の文化祭だと思う。
日曜日。私は村木先輩と約束したとおり、文化祭へとやってきた。普段降りる大学前のバス停からたくさんの人で溢れており、大衆が苦手な私には初っ端からかなりの地獄絵図である。
――うっ……覚悟はしてたけど、大学の文化祭ってこんなに人来るもんなの? ちょうど今が正午過ぎだから、余計に多いのかな……?
スマホの時計を確認しながら、続々と大学の中へ入っていく集団に紛れて歩く。ザッと目視で人数を数えただけだが、それだけでも軽く三桁は歩いていそうだ。
「ご来場ありがとうございまーす! こちらでパンフレットのほうをお配りしていますー!」
校門を通り過ぎようとしたところで、人混みに紛れそんな声が聞こえてきた。どうやら、緑色の法被を着た女性が数人がかりで、文化祭のパンフレットを配っているようだ。
取り敢えず、一枚貰っておいて損はないだろう。人とぶつからないように人混みの中を歩きながら、その女性の前へと向かう。
「すみません。あの、一枚いいですか?」
「はーい、どうぞー!」
「あ、ありがとうございます……」
ひと際声の大きい女性から、一枚のパンフレットを受け取る。そのまま私は、逃げるように再び人混みの中へと紛れた。
――取り敢えず、先輩に連絡入れておかないと。今の状況がどうか分からないし。
大通りから外れて、人気が少ない場所へと逸れる。ようやく一息を吐くと、彼へメッセージを送るためにスマホを取り出した。
「大学着きましたよ。今、どんな状況です?」
彼へ向けて一言、メッセージを送る。すると、それから十秒も経たない早さで既読が付いた。どうやら、良いタイミングだったようだ。
「ごめん、昨日今日とで使ってた小道具がガタきちゃって、手直しの手伝いしてるんだ。もう少しだけかかりそうだから、適当に回っててもらってもいいかな?」
すると、そんなメッセージが彼から送られてきた。この土日で計四回も公演するのだ。小道具の直しが必要なのは、仕方のないことだろう。
「あ、そうなんですね。どのぐらいかかりそうなんですか?」
「そう長くはかからないと思うけど。俺も昼飯食ってねぇし、終わらなかったら途中で交代してもらうよ」
「了解です。それじゃあ先に、適当にぶらぶらしておきます」
「そうしてくれると助かるよ。また連絡するね」
「お願いします」
そこで一旦、会話が切れた。スマホをバッグの中へ仕舞い、一つため息を吐く。なんだか今の会話で、ちょっとだけ気持ちが沈んでしまった。
――先輩だって忙しいもんね、仕方ないよ。
今回私は、村木先輩に誘ってもらえたから、こうして文化祭へとやってきた。こんなお祭り騒ぎな場所など、一人では絶対に来ようとは思わない。
正直なところ、高校時代の文化祭では、面倒くさくてずっと人気の少ない教室にこもっていた。わざわざ陽キャのお祭りに付き合う必要はないと、そう思っては一人孤独に黙々とスマホをいじっていた経験がある。
もちろん今でもその気持ちは大きく変わっていないし、今後もその根が絶えることはないのかもしれない。……だが。
――なんでなんだろうなぁ。先輩となら、別にいいやって思えちゃったの。
こんな人の多い場所でも、友達となら一緒に回っても構わないと思えたのだろうか。それとも――村木先輩だからこそ、そんな風に思えてしまったのだろうか。その真意は、今の私には分からなかった。
――まぁいいや。取り敢えず、先輩が来るまで暇つぶししなくちゃ。あんまり動きすぎても楽しみなくなっちゃうし、適当に座って待ってようかな。
パンフレットを開きながら、構内の出し物を調べ始める。そのまま私は、その場から歩き出そうと一歩を踏み出した。――するとそのとき、突如遠くのほうから、私の名前を呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。
「あぁー! いたいた、綾乃お姉ちゃん!」
「うん?」
咄嗟に声がしたほうを向く。するとそこには、私が見知った顔が二つほど、こちらへ向かい歩いてきていた。
「あれ、茜ちゃん。それに七泉も。来てたんだ?」
「やっほー、綾乃ちゃん」
右手を振りながら、ほんわかした様子で七泉が告げた。
「よかったぁ、会えて。人が多い中だから、会えたらいいなーって話をしてたところなんですよー」
安堵した様子を見せながら、茜ちゃんが気になる一言を告げた。
「ん……っていうことは、二人は私が今日来ること、知ってたの?」
「あぁ、それはですねー。七泉ちゃんが、お兄ちゃんから聞いたんですよ。『今日は本城さんも来るけど、万が一出くわしたとき大丈夫か?』って」
「あぁ、そうだったんだ。確かにそういえば、あの人にはまだ仲直りしたって、言ってなかったんだっけ」
「そうなの。だから、話を上手く誤魔化すために、私が茜ちゃんを呼んだんだ。茜ちゃんに仲介人として入ってもらったって言えば、お兄ちゃんも納得してくれるかなって」
付け加えるように、今度は七泉が告げる。その様子だと、茜ちゃんは既に私達二人の関係について知っているようだ。
「なるほど、そうだったんだね」
「でもでもお姉ちゃん、聞いてくださいよ!」
すると茜ちゃんが、私の右腕を掴みブンブンと振りながら、興奮気味に告げてみせる。
「な、なに、どうしたの?」
「私ね、土日に文化祭があるっていうのを、昨日七泉ちゃんから聞いたんです。お兄ちゃんってば鳥頭だから、去年も今年も文化祭の日付を、全然教えてくれなかったんですよ? 酷くないですか!?」
「え、昨日知ったんだ?」
「そうですよ! 去年アレほど『来年は絶対行くから教えてね!』って言ったのに、あのバカ兄貴はすっかり忘れてたんですよ! もうやんなっちゃいます」
茜ちゃんが腕組みをしながら、彼に対して怒ってみせる。その様子だと、どうやら割と怒っているらしい。
ブラコンである茜ちゃんからすれば、大好きな兄の演劇は絶対自分の目で見たいと思うはずだろう。二度も約束を忘れられるだなんて、それはいくら鳥頭でも許されない。
「それは酷いね。私からも後で、一言言っておくよ」
「あ、お願いします! まったく、二日間あるならどっちも来たかったんだけどなぁ。お兄ちゃんの部屋泊まり込みで」
「あー、それ楽しそう。私も茜ちゃんと一緒に、お泊りしたかったなぁ」
茜ちゃんの言葉を聞いて、七泉が両手をパンッと叩き賛同してみせる。
「でしょでしょ? 絶対楽しかったのになー!」
「……あれ、でもさ。寝る場所って、二人分しか無かったよね?」
「確かに。じゃあその場合はどっちかが、お兄ちゃんと一緒のベッドになるね」
「うっ……それはちょっと、恥ずかしいかも……」
――えっ? いや、じゃあ先輩が一人で寝て、二人で一緒に寝ればいいんじゃないの?
「えー? でも七泉ちゃんだって、お兄ちゃんと一緒に寝たいでしょ?」
「それは……まぁ……うん……」
そんな恥ずかしい話を、さも当然の如く繰り広げてみせる。なんだか聞いているだけで、こっちのほうが恥ずかしくなってくるじゃないか。
「じゃあいいじゃん! でもそのときは、恨みっこなしだからね?」
「わ、分かってるよ! 私だって負けないもん」
「あははっ、言ったなー?」
七泉が顔を赤くさせながら、声を大きく上げた。それに対して茜ちゃんが、楽しそうに笑っている。
この二人が絡む場面は初めて見るが、流石は従姉妹と言ったところだろう。彼との関係と同じように、二人もどうやら仲良しのようだ。
――でも何なんだろう、この家系は。親族揃って、なんか変なところが狂ってるというか、なんというか……。
一体どこの誰の血が、彼女達をこんな風にしているのだろう。ある意味では、非常に興味深いものだ。
「……あ、お姉ちゃんごめんなさい! 話置いてきぼりにしちゃってた!」
咄嗟に私が視界に入ったようで、すぐさま茜ちゃんが謝罪をしてきた。そう謝られても、私はただただ可愛らしい会話を聞いていただけなので、特にそれほど気にしてはいない。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「よかったぁ。……ところで綾乃お姉ちゃんは、昨日は来てないんですよね? 何か用事でもあったんですか?」
話を切り替えるように、茜ちゃんが私に問うてきた。
「ん? あー、昨日? その……『デジクエ』の半年記念アップデートが被っちゃって、みんなで遊ぼうってなっちゃったんだよね」
あまり大きな声では言いたくなかったので、思わず小声になってしまった。それに対して茜ちゃんも、私に小声で返事をする。
「あーそういえば、シャビさんのチャンネルで、お昼から生放送してましたね! まだ見られてないけど、お姉ちゃんも出てたんだ?」
「まぁ……うん」
「……え、何々? 二人とも、何の話してるの?」
ふと、次に置いてきぼりとなってしまった七泉が、私と茜ちゃんの肩を叩きながら告げる。そういえば七泉にはまだ、私の活動について説明していなかったはずだ。
「そのー、なんというか、えっと……。ここではなかなか、言いにくい話といいますか……」
「うん?」
首を傾げる七泉を見て、私はスマホを取り出しソーチューブの画面を引っ張ってきた。それを右手で隠しながら、七泉と茜ちゃんにだけ見えるように出す。
「これ……」
「『キャラメル・バンキッシュ』……? 聞いたことはあるけど、あんまりソーチューバ―は詳しくないからなぁ」
しかし七泉は、その画面を見てもなお、変わらず首を傾げたままだった。
「えー、七泉ちゃん知らないの? いま結構キテるグループ系ソーチューバ―なんだよ?」
そんな彼女を見て、すかさず隣の茜ちゃんが声を上げる。
「そうなの? 私、プロのイラストレーターさんが絵を描く工程の動画とかは、参考になるから見るんだけど……エンタメ系っていうのかな? そういうのは、あんまり見ないなぁ」
「そうなんだ……」
そう言われてしまうと、これ以上の説明はここではしづらい。どこか、人の少ない別の場所へ移動しなければならなくなる。
――と言ってもなぁ。文化祭なわけだし、説明できそうな場所なんてなさそうだし……。
今日に至っては、どこへ行っても人で溢れかえっている。この状況で、この話をするためだけに時間を費やすのは、なんだかもったいなさそうだ。
「えーっと……それじゃあ、それについてはまた後で説明するよ。ここじゃその、説明しづらくて……」
「んー? そっかぁ。なんかよく分かんないけど、教えてくれるなら別にいいよー」
「うん……ありがとう」
適当に誤魔化してしまった私に、七泉はニコッと笑って許してくれた。そんな彼女の懐の広さに、今はただただ感謝だ。
「因みに、そういう七泉は昨日も文化祭来てたの?」
改めて今度は私のほうから、彼女へ問うた。
「私? ううん、昨日は一人になるって思ってたから来てないよ。私、あんまり人が多いところに一人で行くのって苦手で……」
「七泉ちゃんは昔からそうだよねぇ。私にはよく分かんないけど」
しみじみと告げながら、茜ちゃんがうんうんと頷いている。
「あ、そうなんだ……。じゃあ今日だけなんだね」
「そうなの。昨日はずっと、絵を描いてたかな」
「そっかぁ」
――よかった、ここに人混み嫌いの同士がいた……! もう、七泉大好き。
敢えて口には出さなかったが、彼女とのちょっとした共通点に、思わず心の中で喜んでしまった自分がいた。
「……それでそれでー? 綾乃お姉ちゃんは、これからお兄ちゃんとデートなんですよね?」
「へっ、で、デート!?」
ふと、突然茜ちゃんがニヤリと笑みを浮かべながら、そんなことを言い出した。
「聞きましたよー? お兄ちゃんのほうから、直接誘われたって」
「それはっ! そのっ、確かにそうだけど! 別に、そういう深いワケじゃなくて……!」
「いいなー、実お兄ちゃんとデート。私も一緒に回りたかったなぁ」
「な、七泉まで!」
「あはは! お姉ちゃん、顔真っ赤だよー。そんなに照れなくてもいいのにー」
「だって……。そういう、なんていうか………チヤホヤされるていうか、そういうのって、あんまり慣れてなくて……」
「もー。純粋だなぁ、お姉ちゃんは」
「でもそういうところが、お兄ちゃんが綾乃ちゃんを好きになったところなのかもね」
「ねー」
私のことを散々言っておいて、二人は「ねー」と言い合いながら顔を合わせていた。まったく、従姉妹揃って酷い奴らだ。
「それで? お姉ちゃんはこれから、お兄ちゃんと会うんですか?」
茜ちゃんが私に問うた。
「会うけど……。でも、次の公演の準備があるから、少し暇つぶしててって言われたんだよね。だから、適当に場所見つけて待ってようと思って」
「あー、そうだったんだ」
そう言うと茜ちゃんは、一瞬七泉と目を合わせた。そのまま続けて、こんな言葉を口にする。
「じゃあじゃあせっかくだし、その間は私達と一緒に回りませんか?」
「えっ? でも、いいの?」
「当たり前じゃないですか! 女子チームで回るのも、絶対楽しいですよ! 七泉ちゃんも、いいよね?」
「もちろんだよー。私も綾乃ちゃんがよかったら、一緒に回りたいな」
そう言って七泉も、私が加わることを喜んでオーケーしてくれた。
「ってことで! ほらほら、お姉ちゃんも一緒に行こー?」
「わわっ! ちょ、ちょっと……」
楽しそうに笑いながら、茜ちゃんは私の後ろへと回り、背中を押してくる。半ば強引な気もするが、こうして友達に連れられるのも、不思議と悪い気はしなかった。
――なんだか不思議な気持ち。こんな風に私のことを、求めてくれる人もいるんだ。……初めてだな、こんなこと。
「……二人とも、ごめんね。ありがとう」
「なんでお姉ちゃんが謝るんですかー! そういう湿っぽいのはなし! ね?」
「……うん」
そんな彼女の優しい言葉に、私はコクリと頷いた。
「よーっし、それじゃあどこ行こっか! 七泉ちゃん、何か食べたいものある?」
「また食べ物ー? ついさっき、たこ焼き食べたばっかりじゃない」
「だ、だって! もうお昼なんだよ!? たこ焼きだけじゃあ、お腹は膨れないよ!」
「もしかして茜ちゃんは、食いしん坊さんかな?」
「あ、綾乃お姉ちゃんまで!」
そんな声を上げる茜ちゃんに、私達は思わず笑ってしまった。それ見て茜ちゃんは、不貞腐れるように頬を膨らませている。
まだ会って数回。言うほどお互いの距離は近くないはずなのに――こうやって自然と笑い合える人がいる。それは私にとって、とても大きなことだった。
――『友達との距離感は時間じゃなくて、どれだけ相手を知ろうと思えるか』……か。村木先輩には、教えられてばっかりだな。
あの日彼が言った、そんな言葉を思い返しては、一人でクスリと笑ってしまう。つくづく彼には、こうして頭が上がらないものだ。
早く私自身も、もう少し彼と対等に、分かり合えるような存在にならなければ。――それがきっと私なりの、彼への恩返しなのだから。
日曜日のお昼過ぎ。たくさんの人で賑わっている文化祭は、まだまだ始まったばかりだ。




