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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
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君の癖はお見通しらしくて

 そうして、訪れてしまった週末の土曜日。俺は予定通り、演劇サークルの活動のために、大学へ来ていた。

 今回の活動は、九月の頭に東京(とうきょう)で行われる演劇祭についての会議だ。ウチのサークルと、隣町の大学の演劇サークルが共同で出演することが決まっており、五月の半ばからずっと、両者の打ち合わせの日々が続いている。






「それじゃあ村木(むらき)。前に話した通り、お前はテレスの友人のウッズ役と、火災が起こったシーンで、野次馬として出てくれ。後半、リーラとテレスと三人で残る際に、リーラを庇って負傷するシーンがあるから、特にそこを重視して欲しい。それから、テレスと共にリーラに恋してるという、三角関係の設定も意識するように。いいかな?」


「あ、はい! 分かりました!」


 部長の早川先輩に告げられて返事をする。

 嬉しいことに、俺は主人公とヒロインの次に重要な役を貰ってしまった。一番の理由は、今回演じるウッズというキャラの体格に、俺が一番適っているということらしい。


「よし、これで粗方決まったな。あとは、気が強い性格のリーラ役を、どの子がやってくれるかなんだけど……」


 部長が頬杖をつきながら、資料をパラパラとめくっている。どうやら、その役に適していそうな女性を迷っているようだ。

 無理もない。こちらのサークルと、あちらのサークルの裏方の人も合わせて、女性は十人しかいない。そのうち、普段から演者として出ているのは、向こうの四人と、こちらの二人だけだ。そのうちの四人は、もう既に役が決まってしまっている。

 はたまた、先輩達や先生のコネで役者を仕事としている女性を呼ぶことも可能だろうが、それだと十七歳という設定のリーラとは、かなり歳が離れてしまうことが問題だ。


 ――こんな時、本城さんがいてくれればなぁ……。このリーラの役なんて、本城さんにうってつけなのに。


 同じく俺も、資料と台本をパラパラとめくってみる。

 リーラのセリフは、かなり強がったような言葉が多く、プライドが高く接しづらい印象なキャラに仕上がっている。それをそのまんま本城さんに当てはめても、まるで違和感が無い。

 なんだか、本当に本城さんの言葉を書き写しているみたいで、クスッと笑ってしまった。


「……村木、どうした?」


「うぇ!?」


 一気に現実へ引き戻される。どうやら、笑ってしまったところを部長に見られていたようで、一体何事かと目線を向けられてしまっていた。


「あぁ、いや! すみません、ちょっと思い出し笑いしてしまって」


「なんだよ、そりゃ」


 周囲から、薄らとした笑いが上がる。変な目で見られてはしまったが、まぁ変な話にならなかっただけマシか。


「……仕方ないな。リーラ役は、向こうの駒木(こまき)さんにお願いしてみようか。みんな、それでいいかな?」


 部長が聞くと、一同から賛成の声が多数上がった。

 そうして、一通り各々が演じるキャラについての話し合いが終わると、今度は裏方サイドの話し合いへと議論は移った。


 一人、ぼんやりと今回演じられるであろう彼女のリーラ役をイメージして、なんとなく納得のいかない俺が、そこにはいた。



 ◇ ◇ ◇



 夜の七時過ぎ。ようやく話し合いと、その後の発声練習や簡単な演技合わせを終えて解散になった。

 俺はいつものように、途中まで友人の黒澤に車で送ってもらい、家の近くのコンビニ前で降ろしてもらった。彼とはその場で別れて、一人夜道を歩いていく。


 ほどよい疲れもあったので、正直このまま家へ直行してもよかったのだが、今日は普段から帰り道に通りかかるファストフードのマ○クを見た途端、思わず立ち止まってしまった。なんだか無性に、ここのハンバーガーを食べたくなってしまったのだ。

 まるで引き寄せられるようにそのまま店内へと入り、レジでビックマ◯クセットを頼んで、店内で食べると告げる。しばらく待ってから、お盆に乗せられたハンバーガーとポテト、コーラの三人衆とご対面を果たした。

 そうして、一体どの席で食べようかと、店内を歩き回り始めたときだった。






「あ、そうだぁアヤノー! デジクエ、結局どこまで進んだのー? 私まだ、五章のボス前でレベリングしててさぁ。サブクエ回ったりしてて、全然進めてないんだよねぇ」


 恐らく、ゲームについての会話だろう。威勢のいい、元気な女の子の声が聞こえた。


「んー? まだ八章だよ。ウィキによると、八章がメチャクチャストーリー長いらしくてさ。サブクエ回収しながらだと、全然終わらないったらありゃしない」


 ――……ん?


 他愛も無い会話の一端に、不思議と耳がついた。一体どこの席からだろうと、キョロキョロと辺りを見渡してみる。しかし、それは見つからない。


「あ、そうそう。六章のボス行く前に、キャルロット育てておいたほうがいいよ。あいつ、レベル三十八になると雷属性の技覚えるんだけど、ボスの弱点が雷なんだよね。一番低いレベルで雷属性の技覚えるのが、キャルロットしかいないんだって。その時点だと、推奨レベルより六くらい高いからちょっと大変なんだけど、いるとメッチャスムーズだからおすすめ」


「へぇ、そうなんだぁ。ありがとー。さっすがぁ、アヤノは一流ゲーマーだなぁ」


 一番端のグループ席。その向かいの個人席しか、どうやら空いていないようだ。疲れからか、若干の眠気に襲われながら、その場所へと向かう。


「そんなに褒めないでよ。あの大会で優勝できたのだって、最後HP(エイチピー)勝負になった時偶々――」


 その声の主と目線が合う。思わず叫びそうになった声を、喉元で必死に抑え込んだ。

 お互いがお互いに固まっている。両者どちらもどうすればいいか分からないまま、しばらく無意味に見つめ合ってしまっていた。


「……綾乃(あやの)ー?」


 向かい席に座る彼女が、そんな俺達を見て不思議そうに呼びかける。


「あぁ、いや……。ごめん、なんでもない……」


「んー? そっかぁ」


 咄嗟に俺から顔を逸らして、前を向き直す。俺もそちらをなるべく見ないように、視線を逸らしながら、その個人席へと座った。






 ――……気まずい。


 振り向けば、俺の命が確実に終わる。こんなところで、余命宣告なんかされたくない。

 必死に知らんぷりを貫きながら、冷や汗でビッチャビチャになった手で、ハンバーガーを箱の中から取り出そうとした。

 しかし、それを阻むように、背後から恐怖の声が聞こえてくる。


「……ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」


「んー? いいよー」


 そうして、その声は奥のトイレのほうへと向かった。それと同時に、ポケットからスマホを取り出す。――予測しよう。あと十秒程で、確実にメッセージが届くはずだ。


 ブブッとスマホが震える。画面に表示されたのは、あの本城さんの名前と、メッセージが一言「先輩、死にたいんですか?」だけが表示されていた。


 ――死にたくねぇよ! だから声かけなかっただろ!?


 ポテトを摘みながら、文字を打つ。


「いや、んなわけないでしょ! 偶々ここに来てみたら、君達がいたんだよ!」


「じゃあなんでわざわざ、私達の目の前の席に座るんですか? やっぱり先輩は、ストーカーなんですか? ストーカーなんですねる」


 ――うわぁ、本城さん誤字っちゃってるよ。マジで焦ってるよあの子……。


「だから違うって! 他の席探したけど、ここしか空いてなかったんだよ!」


「そもそも、なんでお持ち帰りじゃなくて店内で食べようとしてるんですか!? お昼休みのOLじゃないんだし、ここはス◯バじゃないんですよ!? 陽キャだったら、普通オシャレにス◯バに行くでしょ!! わざわざぼっちでマ◯クなんて、どこの陰キャ極めし者ですか!?」


「勝手に陽キャのイメージ押し付けないでよ! 別に一人でマ◯クに来てもいいじゃん!」


「ダメに決まってるでしょ!!」


 ――いやダメってどういうことやねん……。


 相変わらず主張が激しい子だ。次は一体何を言われるのか、ヒヤヒヤしながら言葉を待った。


「とにかく、先輩。死にたくなかったら、さっさと食べて帰ってください。それと、絶対にこちらを見ないこと! 絶対聞き耳立てないこと!!」


「分かった! 分かったから! なるべく早く食べるよ!」


「ホンッッッゥゥッッッゥッットにお願いしますよ!?」


「分かったよ! もう!」


 ――また誤字ってるし、小さい“ッ”多いし、ホントに会いたくなかったんだな……。


 そうして、本城さんからのメッセージが途絶えると、背後から足音が聞こえてきた。恐らく、本城さんが戻ってきたのだろう。


「ごめん、お待たせ」


「あ、おかえりー」


 先程とは、明らかに声のトーンが違う。確実に、怒りを含んだ声だ。もしかすると、表情もとんでもないことになっていそうだが、今はそれを確認する手立ては無い。


「……ちょっとヒヨリ? 私のポテト食べた?」


「えへへー、バレちゃあしょうがない。そうだよ、私が食べたのだよ! どうだぁ、悔しいかぁ!」


「はぁ……。ごめん、今ちょっと、そのノリキツい……」


「えー? どうしたのさ綾乃ー? 元気出してー?」


 恐らく、その原因は俺である。仕方ない、早いところ食べ終わって、撤退しよう。改めて俺は、ハンバーガーを手に取ってかぶりついた。






 聞き耳を立てるな、と言われても、この距離ではどんなに努力しても聞こえてしまうものだ。今日はイヤホンも持ってきていないため、耳を塞ぐ手段が無い。


 ――それにしても……敬語じゃない本城さんは、なんか新鮮だなぁ。


 背後から雑談を(たしな)む本城さんは、普段と違いタメ口だ。

 彼女もこんな風に気を遣わずに話すのだと思うと、なんだかちょっぴり嬉しく思ってしまうのは何故だろうか。


「あー!」


 ふと、背後から甲高い声が聞こえた。恐らく、本城さんのお友達だろう。


「な、何? 急にどうしたの?」


「いやさぁ? 綾乃、まだその癖直ってないんだぁって思ってさ」


「癖?」


 ――癖?


 俺の心の中の声と、本城さんの声がハモる。


「うん。綾乃ってさ、いつも飲み込んでから話し始めるとき、いつも手の甲で口拭くじゃん? それ、幼稚園の頃からずーっと直ってないよねぇ」


「ぶっ!」


 思わず、吹き出してしまった。

 途端にハッとして、咳払いをして誤魔化したものの、きっと本城さんはこちらを睨みつけているに違いない。


「嘘、私ってそんな癖あった?」


「あったよぉ、あったぁ。大人になったら直るのかなーって、ずーーーっと観察してたんだけど、まだ直ってないんだぁって思ってー」


「いや、じゃあなんでそれを今このタイミングで言うの!?」


 ごもっともである。


「えー? だって、綾乃と会うの超久しぶりじゃーん。前に会ったのって確か、高三の二月だよねぇ? そろそろ直ったのかなぁって」


「いや、それ四ヶ月前だし! それその時に言えし!」


 ごもっともである。


「あれー? 今日よりその日のほうが良かったー? ごめんごめーん」


 ゆるっとした声で、彼女が謝る。なんだか、こっちまで気が抜けそうな喋り方だ。






「はぁ……。ヒヨリはいいよね、呑気でさ。私なんか……」


「こーら。ネガティブにならなーい。綾乃だって、良いところいっぱいあるんだからー。中三の誕生日の時、サプライズでプレゼントくれた時とかー。あ、あと小五の時、転んでケガしちゃった私のことおんぶしてくれたりとかー、それからー」


「やめて! 今ここでその話はやめて! あとでじっくり聞いてあげるから、ここではやめてぇ!」


 あの本城さんが、必死に頼み込んでいる。なんだか、珍しい絵図だ。

 後ろを振り向いてその様を見てみたいものだが、その瞬間に俺の命は吹き飛ぶと思う。


「えー? どうしたの綾乃、さっきから? なんか、トイレから戻ってきてから変だよー? なんか、変な薬でも飲んだのー? 最高にハイになる薬とか飲んじゃったのー?」


 ――いや、それアウトだから。


「違う、違うのヒヨリ……あのね?」


「んー? あ、分かったぁ!」


 楽しそうに両手をパンっと合わせると、彼女は次の言葉を告げた。


「あそこに座る男の人に、恋しちゃったんでしょー?」


「ぶっ!」


「はぁ!?」


 恐る恐る振り返って、後ろを見てみる。やはりその指は、俺のことを指していた。まさか本城さんのお友達から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。


「え、あの……?」


「違う違う違う違う! 絶対に違う! あり得ないから! あり得ないから!!」


 俺が否定するより先に、本城さんが全力で否定する。そんなに全力で否定されてしまうと、どうしてか俺の心が痛む。


「えー? だって綾乃、さっきからチラチラあの人のこと見てたよー? 絶対そうだって! さっき、目と目が合った瞬間に、恋に落ちちゃったんでしょー?」


 こんな話し方だが、目の付け所は鋭いみたいだ。だが今は、その目が逆効果になっていると思う。


「それは! その、変な人だなぁって思っただけで!」


「変な人言うな、変な人と」


「だって変な人でしょ!? 初対面なのに、こんな風に自然と話しかけてくるし、馴れ馴れしいし、絶対頭のおかしい陽キャのパリピだって!」


「あのなぁ……」


 言わせておけば、言いたい放題だ。これ以上言わせておくと、俺は本当に変な人で完結してしまいそうだ。


「はぁ……。本城さん、もういいでしょ。ちゃんと話したら?」


「あ、ほら! 苗字なんて言ってないのに知ってるよこの人! 絶対頭のおかしいストーカーなんだって!」


「言いたい放題だな、君は……」


「知りませんよ! 私は、先輩みたいな人なんて知りません!」


 ――あっ。


 その途端に、俺は心中でお察しする。本城さんはきっと、必死のあまり気付いていないのだろうが、すぐにその答えは出るはずだ。


「……ねぇ、綾乃ー?」


「何!?」


 ギラリとお友達のことを睨みつける。しかし彼女は怯むことなく、ぼんやりと首を傾げながら、質問を投げるちびっ子のように問うてみせた。


「今さぁ、先輩みたいな人って言ったー?」


「……あっ」


 ……そして数秒後には、本城さんは唸りながら頭を机に伏せてしまった。こちらとて色々と言われてしまったが、今回は流石に彼女に同情する。


「……まぁ、そういうこと。俺は本城さんの通ってる、大学の先輩」


「あー、なるほどー。綾乃の恋する人は、大学の先輩だったんだぁ」


「違う! 納得するとこ、そこじゃない!!」


 本城さんの涙混じりの叫び声が、店内に大きく響いた。

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