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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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自分のために

 次の日の放課後。俺は講義が三限目までしかなく、更にはバイトも休みの日だ。

 だが今日は、いよいよ今週の土日に迫った文化祭に向けた、サークル全体の最終調整が行われることになっていた。

 流石に最終調整ともなれば、サボりなんて許されるはずがない。明日俺はバイトが入っているので、今日は絶対に参加しなければならなかった。


 それからようやく解散となったのは、夜も深まる九時頃だった。みんなヘトヘトになりながら、帰宅するための準備をし始めている。それに紛れて俺も、帰宅するためになるべく急いで支度を始めていた。


「なぁ実。この後ラーメンでも食いに行かね?」


 そんな折。先に支度を終えた黒澤が、俺を晩飯に誘ってきたのだ。

 正直お腹はペコペコであったし、行きたい気持ちは山々だった。ラーメンなら、もはや俺の行きつけとなった美味丸を、彼にも紹介したいところだったのが……。


 ――普段なら余裕で付いて行くんだけど……。帰りも遅くなっちゃうし、何より心配されるよなぁ。


「あー、悪い。ちょっと今日は帰らなくちゃ行けないんだわ」


 そんな彼の誘いを泣く泣く断り、俺は帰るほうを選んだ。申し訳ないと思いながらも、彼に別れを告げて部室を出る。

 そのまま駐輪場に停めてあった自転車に跨ると、急いで家へと帰るために自転車を漕ぎ出した。



 ◇ ◇ ◇



「た、ただいまー……」


 ようやく家へとたどり着き、玄関の扉を開く。重くなった体をなんとか動かして、カラカラになった喉から精一杯の声を出した。


「おかえりなさーい。お疲れ様」


 そんな俺のことを、まるで新妻のように七泉が笑顔で出迎えてくれた。昨日とは違い、いつも通りのご機嫌な様子だ。


「大丈夫? 荷物持っていくよ」


「あ、あぁ。ありがとう……」


 俺からリュックを受け取って、部屋の中へと持っていってくれる。こんなにも優しい従妹に育ってくれて、俺は嬉しい限りだ。


 そんな風に思うのもつかの間。自転車で帰ってきたことも相まって、もはや俺の足は棒のようになっていた。倒れ込むようにベッドへ横になり、疲れた体を休ませる。


「夜ご飯作ってあるよ。もう食べる?」


「あー……。少し休んだら食うよ。いつもありがとうな」


「うん。それはいいんだけど……。お、お兄ちゃん、なんか死にそうな顔してるけど、平気?」


 七泉がベッドの端に座りながら、俺の顔を見つめてくる。心配してくれるのはありがたいが、今はどんな顔をされたって死にそうなのは、残念ながら変わらない。


「平気じゃない……。せっかくバイト休みだってのに、バイトよりも動き回って大変だった……」


「もう。どうせお兄ちゃんのことだから、雑用回されてたんでしょ?」


「回されたというか、自分から雑用やるって言っちゃったっていうか」


「具体的には?」


「備品の買い出しで三時間自転車で走り回って、そのまま大荷物持って店と大学を二往復して……あとは自分の役の練習もして、そのあとは小道具を作る手伝いしてた」


「え、もしかしてその買い出し、一人で行ったの?」


「まぁ……他のみんなは小道具作ってたり、役の練習で忙しそうだったから。今回は一番俺が出番少なかったし、俺がやるしかないと思って」


「はぁ……バカじゃないの?」


「あいてっ」


 そう言って七泉が人差し指で、俺の頬っぺたを突っついてくる。


「お兄ちゃんはもっと、他の人を頼ったほうがいいよ。何でも自分一人で抱え込もうとするから、良いように使われちゃうんだよ?」


「良いようにって……俺って使われてるのかな?」


「自覚ないの?」


「……分からん」


「あぁもう……」


 呆れたように七泉が唸ると、そのまま俺と同じように、ベッドの上に寝転がった。俺と向かい合うような形になり、お互いの距離が近くなる。


 ――うわ、近い近い近い……。


 その距離、僅か十センチ弱。一人用のベッドであることもあり余計だ。このままキスも余裕でできてしまいそうな距離に、思わずドキリとしてしまう。


「昔からそうだけどさ。ちょっとは自分のこと、大事にしてよ。いつもお兄ちゃんってそうだから、見ていられなくなるんだよ?」


「あ、あぁ……。悪い」


「土日が本番なんでしょ? もしその前に体調崩しちゃったら、元も子もないじゃない。お兄ちゃんの枠は、お兄ちゃんしかいないんだよ?」


「そうだな……」


「確か、金曜日も一日文化祭の準備だったよね? 次にまたお兄ちゃんがそうやって、自分のことを粗末にするようだったら、私許さないから。いい?」


「わ、分かったよ。分かったから、その……」


「どうしたの?」


 一体なんだという顔で、七泉が俺の言葉を待っている。こちらはこんなにも緊張しているというのに、どうして君はそんなに平気な顔をしているんだ。


「いや、あのさ……。なんか、近くない? 距離」


「距離? ……別に従兄妹同士なんだし、気にしなくてもいいかなって」


 当たり前でしょと言わんばかりに、すました顔で七泉が告げる。


「えぇ……。この間まで、全然そんな素振り見せてなかったじゃんか。ちょっと性格変わってない?」


「そりゃあだって、昨日までお兄ちゃんには、私の気持ちを伝えてなかったから。もちろん緊張もしてたし、あんまり変に思われたくないなって思ってたよ。でも今はそうじゃないし、例えちょっとケンカしちゃったとしても、私達なら大丈夫かなって」


「なにその自信」


「うーん、なんて言えばいいんだろうね。今まではお兄ちゃんのことを、憧れの人として見てたけどさ。今はもう大切な人というか、絶対切れない関係になれたっていうのかな。もしかすると、茜ちゃんの気持ちと似てるのかも」


「……つまり、言いたいことはハッキリ言えるようになったってことですか」


「まぁそういうこと。一晩寝て気持ちの整理もできたし、これからはお兄ちゃんのことを、助けてあげられるような従妹になりたいなって。これまでお兄ちゃんが、私にそうしてくれたようにね」


 そう言って、七泉がクシャっと笑った。


 ――なんだそれ。嬉しいような、悲しいような……なんか複雑だぞ……?


 普段の七泉は大人しくて、おっとりとした性格だ。あまりハッキリと物言いはしないし、自己主張もそこまで強くはなかった。

 そんな七泉が、今回の一件を経て一皮剥けてしまったということか。ということは、これまで以上に俺へ向けて、厳しいことを言ってくるようになるのかもしれない。それではまるで、第二の茜ができてしまったようなものではないか。


「えーっと……それって俺は喜んでいいのか?」


「えー、酷い! せっかくお兄ちゃんのために、私も頑張ろうって言ってるのに!」


 先程から一変して、七泉がムーっと頬を膨らませる。元々はこんな風に、よく感情を出すような子ではなかったはずなのだが……それほど俺のことを信頼してくれているということで、喜んでもいいのだろうか。


「わ、悪かったって。ありがとうな、七泉」


「むぅ……じゃあさ。私もアレ、してほしいなぁ」


 ジーッと俺のことを見て、何かを強請るように七泉がぼやく。はて、一体何のことだろうか。


「アレって、どれ?」


「ほら。茜ちゃんが、お兄ちゃんによくしてもらってるやつ」


「……え、マジで言ってんの?」


「別にいいじゃない。従兄妹同士なんだし」


「それはそれで、従兄妹をはき違えてる気がするけど……」


 そんなことをぼやく俺のことを、まじまじと七泉が見つめてくる。

 無言の圧力。流石に七泉にやるのは気が引けるが、そうまで言われてしまったら仕方がない。


「はぁ……しょうがないな」


 仕方なく俺は、七泉の頭に右手を伸ばした。そのまま、優しく彼女の頭を撫でる。

 最初こそ彼女は、触れられたことに体をビクッとさせていたが、すぐに慣れたようでニコニコしながら、喜んでいるようだった。



 ◇ ◇ ◇



 深夜一時過ぎ。お互いお風呂にも入り終わり、ほどよい眠気も出てきたことから、そろそろ寝る準備を始めていた。

 初日こそ一緒にベッドで寝はしたものの、以降はちゃんと彼女の分の布団を床に敷いて、お互い別々に寝るようになった。もちろんそれは、今日だって同じだ。


「それじゃあ、電気消すぞー」


 リモコンのボタンを押して、豆電球のみにする。そんな俺の横からは、眠たそうに欠伸をする七泉の声が聞こえてきた。






「……ねぇさ、実お兄ちゃん」


 ふと、ベッドの中に入ったところで、七泉が俺のことを呼んだ。


「んー? どした?」


「気になってたんだけどさ。その、一昨日来たあの女の子と、どうやって知り合ったの?」


「あー、本城さんとか……」


 この質問をされる度に、なんと答えればいいのか返答に困ってしまう。

 あんな出会いから始まった関係なんて、きっとなかなか無いものだろう。俺のほうから何度もしつこく会いに行ったと知れば、七泉はなんと思うのだろうか。


 ――まぁでも、言わないわけにはいかないよな……。


 とはいえ今更になって、言えないだなんて言えるはずがない。あまり気乗りはしなかったが、俺は彼女に、本城さんとの出会いについてを話した。


「……とまぁ、こんな感じなんだけど」


「ふふっ。なんだか、実お兄ちゃんらしいね」


 隣の布団から、クスクスと笑う声が聞こえた。


「そうかな……」


「うん。相変わらず、そういうところでもお節介焼きなんだなぁって」


「それ、褒めてる?」


「半分半分ってとこかな。あの子がお兄ちゃんの気持ちを、分かってくれたから良かったけどさ。もしかしたら、大ごとになってた可能性だってあったんだからね?」


「……まぁ」


 言われてみればその通りだ。超が付くほど嫌がっていた割には、なんだかんだ本城さんの優しさがあったおかげで、俺は何度もアタックすることができていたのだ。それがもし大失敗していたと思うと――思い返してみただけでも恐ろしい。


「それで、今でも演劇サークルに入ってもらいたくて、一緒にいるんだ?」


 七泉が問うた。


「いや……今はそうではないかな」


「そうなの?」


「うん。今はあの子の事情も知ってるし、どうしても演劇に打ち込めないトラウマがあることも知ってる。詳しく聞いたわけじゃないけど、いつかはそれについても、俺に話したいって言ってくれたからさ。……演劇については、あの子が勇気を出したときにまた、お願いしてみようかなって」


「そうなんだ。じゃあ今は、どうしてあの子と仲良くしてるの?」


「そりゃあ昨日も言ったけどさ。放っておけないというか、なんというか……。まぁ、普通に友達にもなれた……から?」


「なんで最後、疑問形なの……?」


 呆れた様子で、七泉が呟いた。


「うーん、何でなんだろうな。もちろん大事な友達だからっていうのもあるけど、なんとも説明しづらいというか……」


「……もしかして、好きなの?」


「……どうなんだろ、分かんないな。でも少なくとも、今ハッキリと言い切れることは、意識して恋愛対象としては見られてないってこと……かな」


「ふぅん。……今後、恋愛対象になる可能性はあるの?」


「それはまだ、何とも言えないよ。今後、何があるかも分からないしさ。……でもどちらかというと、あの子には将来、幸せになってもらいたい……とは思うかな」


「……何その、告白できない陰キャ男子みたいなセリフ。お兄ちゃんらしくないね」


「そうか?」


「そうだよ」


 すると咄嗟に、隣の布団の中身がむくりと起き上がった。そのまま俺に近付くと、グイッと俺の目の前に顔を近付けてくる。


「な、なんだよ……近いな」


「……私はね。実お兄ちゃんには、幸せになってもらいたいと思ってるよ」


「は。……そ、そうか」


 薄暗い空間の中とはいえ、流石にこの距離で彼女の顔を直視するのは恥ずかしい。目のやりどころに悩みながら、視線をうろちょろさせてしまう。

 しかし、そんな焦る俺とは違って、七泉は真剣な眼差しで語り始めた。


「……でもさ。そんな風に思うってことは、同時に自分の幸せを捨ててるってことなんだよね。私はお兄ちゃんとは付き合えないし、当然結婚なんて無理だと思ってる。でも好きになっちゃった気持ちに変わりはないし、この不完全燃焼のままになった気持ちのぶつけどころを、どうすればいいのか分かんないの」


「七泉……」


「だってさ、考えてもみてよ。私、心の底から好きだって思える男の人と、この距離でお話してるんだよ? それなのに、キスすることすら許されない。お兄ちゃんには分かんないかもしれないけど、いま凄く辛いんだ。本当はこのまま、私の全部を受け止めてほしいとすら思う。でも、それも全部許されないから、こうしてずっと我慢してるの。


 何事も気持ちを自覚するっていうのは、凄く勇気がいることだし、大変なことだと思う。でもそんな、君の無自覚な気持ちのせいで、傷付いてる人がいるってことも、忘れないであげて。……君のそういうところが、思わせぶりだって思われる態度でもあるし、ズルいところだとも思う。相手を想ってるだけの、単なる上辺だけの付き合いじゃなくてさ。もっと自分のために行動してみても、君はいいんじゃないのかな」


「……自分のためね」


 言われてみれば、思い当たる節は確かにある。自分が行動する原動の多くは、誰かのために何かをするようなことばかりだ。自分がしたいから動くなんてことは、自分が生活していく上での必要最低限なことだけで、他人を巻き込むことはほとんどない。

 当然友達を誘って、どこかへ遊びに行くことは滅多にないし、どちらかといえば俺は誘われる側だ。休日は家にいるほうが多く、用事がない限り動こうとはあまり思えない。


「きっと私じゃ叶わないだろうけどさ。お兄ちゃんが『この子と一緒にどこかへ行きたい』とか、『この子のために何かをしたい』って、必要以上に動きたいと思えるような子が、お兄ちゃんの好きだって思えるような子なんじゃないのかなって、私は思うよ」


 そこまで言うと七泉は、スッと顔を上げて自分の布団へと戻っていってしまった。


 ――俺が必要以上に動きたいと思える子……か。


 そんな条件に該当する実物を、頭の中で検索してみるものの、パッとは浮かび上がってこない。本当にそう思えるような子が、俺には現れるのだろうか。






「そうだ、実お兄ちゃん。一つ聞きそびれてたんだけどさ」


 そんなことを考えている最中。そんなことを七泉が唐突に告げた。


「土日の文化祭、せっかくだし私も行きたいんだけど、いいかな」


「文化祭? まぁ、来場なら一般の人も平気だし、構わないけど」


「本当? よかったぁ、じゃあお兄ちゃんの演劇も見られるね。一回も見たことないから、見てみたいなぁって思ってたんだ」


「……別にそんな、凄いもんじゃないぞ?」


「いいのいいの。私はお兄ちゃんの頑張ってるところを見たいんだから」


「はぁ……」


 正直、知り合いに演技を見られるのは、未だにちょっと恥ずかしい。去年、初舞台として出た劇の映像を、泣く泣く母と妹に見せたものの、あの二人に見られるのは流石に涙ものであった。

 その分、従妹である七泉のほうがまだ気持ち的には楽ではあるが、それでも見にくるとなるとちょっと気が引ける。


「それでさ。お兄ちゃんの大学の場所、先に聞いておきたいんだけど」


「俺の? あぁそうだな……」


 充電していた自分のスマホを手に取って、マップアプリを起動させる。すぐに自分の通う大学を出すと、周辺の目印となる建物と一緒に、大学の場所についてを七泉に教えてあげた。


「なるほどー、ここね……。オッケー、メモしたからもう大丈夫だよ。ありがと」


 どうやら七泉は、自分のスマホに場所をメモしたようだ。お互いスマホの画面を閉じると、再び部屋が薄暗闇に包まれる。


「ふぁ……。さてと。お兄ちゃんの大学の位置も分かったし、私はそろそろ寝るね」


「ん、はいよ。じゃあおやすみ」


「うん、おやすみー」


 お互いにそう言い合うと、眠りにつくために口を閉ざす。

 シーンとした空間の中、未だに俺の頭の中は雑念だらけのままであり、すっかり眠気も吹き飛んでしまっていた。






 ――……そういや七泉の奴、なんでさっき大学の場所聞いたんだ? 聞くだけなら、金曜日の夜でもいい気がするけど。


 色々と考えを頭の中で巡らせる最中、ふとそんなことを思いつく。特に深い意味はないのだろうが、それにしたって三日前の今に聞くのは、なんだかちょっとだけ不自然だ。


 ――まぁ、考えるだけ無駄か……。


 いずれにせよ、あそこまで俺のことを好きでいてくれる彼女のことを、変に疑うのは悪い。きっと俺の考えすぎなだけだろうし、それ以上考えるのはやめておこう。

 そうしてしばらく長い間、俺はぼんやりと物思いに耽っていた。ようやく眠りにつけたのは、それから恐らく数十分後のことだった。

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