表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
105/123

無自覚の悪

「ただいまー」


 無事に火曜日のバイトも終えて、くたくたになりながら俺は家へと帰ってきた。

 普段なら帰ってきてもこんなことを言わないが、今だけは特別だ。何故なら今は、家に従妹の七泉が泊まっているからである。

 こうして帰宅をすると、いつも七泉はこちらへやってきては、笑顔を見せてくれる。その笑顔のおかげで、俺も勉強やバイトを頑張れるというものだ。今日だってきっと、彼女はすぐにやってきて、笑顔を見せてくれるはず……そのはずなのだが。


「……あ、おかえりお兄ちゃん」


 どうやら七泉はイヤホンをして、何かを聴きながらタブレットで絵を描いていたようだ。こちらに気付いた様子の七泉が一言、片耳だけ外しながら告げた。

 するとそのまま、再びイヤホンを付けてタブレットと睨めっこを始めてしまう。


 ――……やっぱり七泉、昨日からちょっと冷たくなったような気がする。どうしたんだろ。


 理由は分からないが、昨日本城さんと別れて帰った頃から、こんな風に態度が冷たい。

 確かに七泉の忠告を無視して、本城さんを追いかけてしまったことは事実だが、それにしたってここまで冷たくなるものなのだろうか。


 ――このまま七泉が帰るまで、ずっとこの調子ってのも嫌だしなぁ。話してくれるかは分かんないけど、聞き出してみるか……。






「なぁ、七泉」


 荷物を置き、彼女と向かい合うように椅子へ座る。……しかし、イヤホンのせいで聞こえていないのか、彼女の反応はなかった。


 ――集中してるなぁ。なんかいま声かけるのは、申し訳ない気がする。


 七泉は黙々と、タブレット用のペンを持って絵を描いている。

 今はどうやら、少し早いクリスマスパーティをしている様子の、キャラクター達を描いているようだ。画面には楽しそうな男女が数人、笑顔で映っていた。


 ――うめぇな、ホントに。そのまま漫画家とか、イラストレーターにでもなればいいのに。


 そうはいっても、彼女の家庭がそれを許さないのだから仕方がない。せっかくここに将来有望な卵がいるというのに、なんだか凄くもったいない気がする。

 俺は特に何も言わずに、ひたすら絵を描き続けている七泉の手元を、ジッと見つめてしまっていた。


「……あの、お兄ちゃん。そんな風にジッと見られると、なんか凄くやりづらいんだけど……」


 どうやらようやくこちらに気付いたようで、七泉は両耳のイヤホンを外しながら、俺と向き合った。


「えっ。あ、ごめん……。ずっと集中してたからさ。声かけちゃ悪いかなぁと思って、黙ってたんだけど……」


「ごめんね。どうしてもこの絵は、今週中には描き上げたくて。ちょっと焦っちゃってたのかも」


「あ、そうなんだ。……今週に何かあるの?」


「何かっていうか……この絵、依頼された絵なんだよね。来週末が提出期限だから、今週中にザッと仕上げちゃって、最終調整を来週ゆっくりやろうと思ってて」


「依頼……? お金貰ってるの?」


「お金っていうか、ネットで使えるギフトカードだけどね。絵一枚につき、千円から三千円ぐらいで交渉するようにしてるんだ」


「マジで? それって、どこかの会社からとか依頼されたりするの?」


「会社からは依頼されたことないけど……。ほとんどが一般の人だよ。ほら、ネットで動画を投稿してる人とか。あとは、Web小説を書いてる人から、挿絵の依頼をされたりとかね。他にも観賞用で欲しいっていう人もいたりとかするかな。そういうところから、イラストの依頼を受けてるんだ」


「へぇ、そうなんだ。凄いね」


「そうかな」


「あぁ。流石は七泉だなぁって思うよ」


「……そっか」


 小さく笑みを浮かべると、それからすぐに七泉はまた、絵の作業に戻ってしまった。普段ならもっと喜ぶはずなのに、やはり今の七泉はなんだか冷たい。


 ――俺、何か変なこと言ったかなぁ。そんな覚えはないんだけど……。


 全く身に覚えはないのだが、七泉にとってはショックだった出来事でもあったのだろうか。そうだとするならば、益々それを聞き出して謝るしかない。






「あ、あのさ七泉」


 彼女に呼びかける。すると、今度こそイヤホンを付けていなかった彼女は、すぐにこちらを向いてくれた。


「その……俺、何か変なこととか、言っちゃったかな?」


「変なことって?」


 七泉が首を傾げた。


「それは……分かんないけどさ。昨日から七泉の態度が、いつもよりも冷たいような気がして。もしかしたら俺、何か酷いことでも言っちゃったかと思って。もしそうだったのなら、謝るよ。……ごめん」


 彼女に向けて頭を下げる。すると彼女は、そんな俺の態度が意外だったのか、クスッと小さく笑ってみせた。


「ううん、そんなことないよ。お兄ちゃんは、何も悪くない。まぁ確かに私も、ちょっと色々考えちゃってて、冷めちゃってたかもしれないね。……ごめんね」


 そう言って、七泉も俺に頭を下げた。


「そ、そっか……。大丈夫だよ、それならよかった」


 どうやら、七泉が冷たくなっていたのは、俺のせいではなかったらしい。それを聞いて、俺は一安心だった。


「ところで、考え事ってのは、なに考えてたの?」


「んー? ……お兄ちゃんには、内緒の話」


「内緒……? 俺には話せないの?」


「うん。これだけはどうしても、お兄ちゃんには言えないかな。申し訳ないとは思うけど、心配してくれるだけでも、私は嬉しいよ」


「そっか……」


 七泉にそう言われてしまったら、これ以上聞き出してみてもきっと無駄だろう。俺では力になれないという事実が悔しいが、彼女が言うのだから仕方ない。


 ――俺に言えないってことは、俺の知らない何かだろうけど。……もしかして、十八禁の絵でも描いてんのか? いや、まさか……。


 そんな考えても意味のない憶測だけが、頭の中を巡っていく。ダメだと言われてしまうと、余計に気になってしまうのは、やはり人間の性だと思う。






「じゃ、じゃあさ。直接教えてもらわなくても構わないから、何か俺にできることとかないかな?」


「お兄ちゃんに、できること? なんで?」


「いや、それは……。七泉が何か困ってんのなら、助けてあげたいとは思うから……」


「……どうして、そう思うの?」


 目を細めながら、七泉が問うた。


「え? そりゃあだって、七泉は大切な従妹だしさ。そう思うのは、当たり前のことだろ?」


「……はぁ。相変わらず、お節介だよね。実お兄ちゃんって」


 今度こそ渋い顔をしながら、七泉が告げる。それは果たして呆れ顔なのか、苦笑いなのか。どちらとも取れるような顔をして、七泉が言葉を続ける。


「この間さ。お兄ちゃんが、思わせぶりだっていう話はしたよね?」


「うん? まぁ、したね」


「今だから付け加えるけどさ。まさに今の、お兄ちゃんのそういうところだよ。思わせぶりだっていうのは」


「そういうところって?」


「だからね。相手が誰だろうと、お兄ちゃんって何振り構わず手を差し伸べてあげようとするでしょ? そういうのを繰り返されちゃうと、相手は『この人は私のことが、こんなに大切なんだ』って、思い込んじゃうんだよ」


「思い込む……?」


 七泉は持っていたペンを机の上に置くと、静かに俺の顔を見つめてきた。


「そ。お兄ちゃんがその人のことを、一切そんな風に思ってなかったとしてもね。相手はそれだけで“特別感”だとか、そういった正の感情を持っちゃうの。


 お兄ちゃんはそれを、一度に複数人に向けてやっちゃうから、当然勘違いもされるだろうし、場合によっては裏切られたとも思われるかもしれない。……度が過ぎる優しさは、ただの悪にしかならないんだよ」


「……俺ってもしかして、みんなからそう思われてんのかな」


「少なくとも、私にはそう見えるよ。だから誰かを助けるのと同時に、自分の知らないところで誰かを傷つけてることだってある。もしかすると一つか二つくらい、お兄ちゃんも心当たりあるんじゃないのかな」


「……心当たりね」


 ――あいつにも言われたな、そんなこと。



『どうして関係ないことも全部、実が抱え込もうとするの? そうやっていつもいつも、自分よりも他の人のことばっかり。……実を見てると思うんだ。実にとって私って、何なんだろうって』



 以前付き合っていた彼女にも、そんなことを言われたことがある。

 あの頃から自分も、少しは成長できていると思ってはいたが……もしかすると、当時から俺は何も変わっていないのかもしれない。


「お兄ちゃんがそうやって、心配してくれる気持ちは凄く嬉しい。でもそうやって、お兄ちゃんが優しくしてくれる度に、私の心が痛くなるの。辛くなっちゃうの。……誰に対してもそんな態度ばっかりだから、一体どれがお兄ちゃんの本音なのか、全然分かんないんだよ」


「……そうだったんだ」


 俺はただ、身近にいる大切な人達を、助けたいと思って動いているだけだ。それが少しでも相手のためになれば、悩みが晴れれば、それだけで俺は嬉しかったし、何より俺も満足だった。

 だがそれは、俺が一人勝手に思い込んでいただけに過ぎなかったのかもしれない。先程俺が告げた言葉も、七泉にとっては辛い言葉だったのかもしれない。そんなことにも気付けなかった俺はやはり、情けない男だと思う。






「ごめん、七泉。……きっと、嫌だったよな?」


「嫌? はぁ……本当にお兄ちゃんって、何も分かってないよね」


「分かってないって、何を……?」


 すると七泉は突然、椅子から立ち上がった。そのまま俺の元へと近寄ると、椅子に座る俺の背後に回って、両腕を俺の首に回してくる。


「なっ……なんだよ、急に。……七泉?」


「うるさい」


 耳元で囁くように、七泉が小声で告げる。心做しかその声は、今にも泣き出しそうなぐらい脆い言葉だった。


「……私が今まで、一度でも嫌だって言ったことある?」


「え。それは……ない、けど」


「だったら、いい加減早く分かってよ。……鈍感過ぎるんだよ、バカ(にぃ)


「鈍感って……まさか、お前……」


 俺の首元に顔をうずめていて、彼女の表情は見えない。だが恐らく、そこまで彼女が言うということは――きっと、そういうことなんだと思う。


「……別にね、返事を待ってるわけじゃないの。私達は従兄妹同士だし、そんな関係になったとしても、色々と難しいことが多いだろうから。それに、お兄ちゃんもあんまり、気乗りはしないだろうし」


「……まぁ、それはそうかも」


「ただね。私の気持ちがそうだっていうことに、もっと早く気付いてほしかった。本当は怖かったけど、私だって色々と、頑張ったんだよ? それなのにお兄ちゃんは、全然気付いてくれないんだもん……」


「ごめん。元々七泉も知ってたとは思うけど、茜とか色んな人からバカにされるぐらい、俺ってホントに鈍感だから……」


「まったくだよ。優し過ぎる上に鈍感で、そのくせお兄ちゃんには悪気なんて、一切無いんだもん。……なんで君みたいな人のことを、好きになっちゃったのかな」


「……申し訳ない」


 そうして。しばらくの間、七泉は何も言わずに、ただただ俺の背中にくっ付いていた。泣いてはいないみたいだったが、色々と思うこともあるのだろう。今は彼女の気が済むまで、そっとしておいたほうがいい。






「……ねぇ、実お兄ちゃん」


 しばらくして。ポツリと七泉が、俺の耳元で囁いた。


「どうした?」


「お兄ちゃんはさ。昨日の、あの子のこと……どう思ってるの?」


「どう? どう、ね……」


 またまた急な質問だ。そんなことを聞かれても、すぐにはパッと答えられない。


「……放っておけないというのかな。あの子はきっと一人になったら、また自分のことを傷付けるようになっちゃうだろうから」


「元々、そういう子だったの?」


「うーん、そうだね。凄くネガティブで、自分のことはこの世で一番底辺の存在だと思い込んでる、っていうのかな。普段はあんな風に強気で口も悪いけど、本音は全部真逆だったりするんだよね。それを分かってる人が少ないから、あの子もずっと損しちゃってるっていうか」


「それで、お兄ちゃんも心配なんだ?」


「うん」


「……そっか」


 俺が頷くと、七泉はずっと俺の首に回していた両腕をそっと離した。そのまま、改めて先程まで座っていた席に座り直す。


「私はあんまり、その子のこと分かんないけどさ。そう言われてみると、なんか似てるね。……()()()とさ」


「っ……七泉も、そう思う?」


「うん。あの子はあんなに口は悪くなかったけどさ。気が強い部分とかは、なんだかそっくりかも」


 どうやら七泉も彼女の話を聞いて、()()()のことを思い浮かべたようだ。俺以外の人にもそう感じられるということは、二人は相当雰囲気が似ているということだろう。

 当時の記憶を思い出すように、七泉が天井を見上げている。そんな彼女を見て俺も、一緒に過去の記憶を遡り始めていた。


「……まだ、気にしてるの?」


 ふと、唐突に七泉が俺に問うた。


「気にしてるって?」


「とぼけないで。お兄ちゃんがずっと()()()()を引きずってるの、私だって知ってるんだから。気付いてないとでも思ってる?」


 表情をムッとさせながら、七泉が強く言い放った。


「い、いや。悪かったよ」


「もう。……それで、どうなの?」


「……そうだなぁ」


 あの日の出来事を思い返す。――あの瞬間。三人で一緒に、公園でボール遊びをしていたときの風景が、俺の脳内に何度もリピートされていた。


「……多分もう、ずっと引きずったままなんじゃないかな。これまでだってそうだったし、きっとこれからもそうなんだと思う。……今更もう、起こったことは変えられないから」


「お兄ちゃん……」


 七泉が俺のことを、まるで同情するかのような目で見る。そんな視線が、今はとても痛々しい。

 今この瞬間だけは、そんな彼女の表情も、同情も全て、俺にはうっとおしく感じてしまっていた。






「だってさ。……あれは全部、俺が悪いんだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ