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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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勘違いの延長線上で(1)

 ――……で。あんなこと言って、ホントに来ちゃったわけだけど……。


 あれから数十分。次に大学へ来たバスに乗って、私は村木先輩の部屋の前へとやってきてしまった。


 ――村木先輩、怒るかな? 先輩からのメッセージに既読も付けずに、無視してここまで来ちゃったし。


 バスに乗ってここに来る間、彼から二件ほど十分おきぐらいでメッセージが送られてきていた。だが敢えて私はそれを見ずに、知らん顔でここまで来てしまったのだ。

 もしその間に、彼がお怒りの声を上げていたとするならば、私は間違いなく今度こそ、彼から本気のお説教を食らうだろう。これが原因で、彼とは疎遠になってしまう可能性だってある。

 もしそうなってしまったら、彼との仲は本当に亀裂が入ってしまうかもしれない。だが例えそうだったとしても、私はここに来たいと思ってしまった。――いま私は、自分の意思でここにいるのだ。


 彼の部屋の前に立つ。前回ここへ来たときも、こんな風にドアの前でずっと考え事をしながら、立ち往生してしまっていた。

 しかし今回は、前回来たときとはワケが違う。例えこのドア横にあるインターホンを押したところで、中に入れるわけではない。怒られた挙句、追い返されてしまう可能性だってあるのだ。


 ――どうしよう、ここまで来たのに。……やっぱり、怖い。


 恐怖のあまりに手が震えてしまい、なかなかインターホンへ指を伸ばせない。もっと堂々としなければならないのに、これから起こるであろう出来事が怖くて、最初の一歩を踏み出せない。

 こんなことだから、やはり私は人間カーストの底辺なのだ。もっと村木先輩や秋那のように、しっかりしなくてはいけないのに。――少しでもお母さんのような、強い大人にならなくてはならないのに。


 ――ダメだダメだ、こんなところで。せっかくここまで来たんでしょ。ただ今回は、村木先輩にプリントを渡すだけ。ただ、それだけなんだから。


 ガクガクに震えた人差し指を、そっとインターホンの前まで伸ばす。ボタンを優しく触ると、あとはそれを強く押し込めばいいところまで至った。――が。






「じゃあ私は、お兄ちゃんが連絡くれるまで外にいればいいんだよね?」


「っ……」


 ドアを介した部屋の中から、そんな会話が聞こえてくる。そんな声にビックリして、あとちょっとのところだった指を、インターホンから離してしまった。


「あぁ。多分もうすぐ来るとは思うんだけど……。そこまで長話はしないだろうし、すぐに呼べるとは思うから」


「うん、分かったよ」


「ごめんなわざわざ。こんなことに付き合ってもらっちゃって」


「いいんだよ。それが実お兄ちゃんのためになるなら、私は全然大丈夫だから」


「……ありがとうな」


「えへへ、どういたしまして」


 一歩、また一歩と足を引いてしまう。これは怖気づいているのではない。ただ、これから開く扉に当たらないように、後ろへ下がっているだけだ。……そう、自分に言い聞かせる。


「それじゃあ、待ってるね」


 そんな声と共に、目の前の扉が開く。――私はその瞬間、一人の女の子と視線が合った。


「あっ……」


 お互いに、短い声が口から出る。それ以上のアクションをどう起こせばいいのか分からずに、二人してその場に立ち尽くしてしまった。


「あれ、どうした? なな……あっ」


 そんな彼女の様子に違和感を覚えたのか、部屋の中から村木先輩が玄関へとやってきた。今度は彼と視線が合い、とうとう目のやりどころを見失ってしまった。


「本城さん。もう、来ちゃったんだ」


 半ば苦笑いを浮かべながら、ポツリと村木先輩が告げた。


「……そんなに、嫌でしたか? 私が来るの」


「あいや、そういうわけではないんだけど……。連絡したのに返事くれないから、ホントに無視して来ちゃったんだなって思って」


「それは……すみません。無視したことは、謝ります」


「……そう、だね。普通に考えたら、それって酷いことだからね。――例え友達だったとしてもさ」


「……ですよね」


 ごもっともな彼の言葉に、私は返す言葉を見失ってしまう。案の定私は、彼からお説教を食らってしまった。


「でも、その、先輩も授業来ないなら、連絡してほしかったなって。ちょっとはその、何かあったのかなって心配しましたから……」


「それは……。そうだね。それは確かに、俺も悪かったと思う。ごめんね」


「いえ……」


 それを最後に、お互い口をつぐんでしまった。こんな状況の中、どんなことを話せばいいのか、全く分からなかったからだ。そしてそれは、彼にとっても同じだろう。

 しばらくの間、重苦しい雰囲気が私達を包み込む。そんな雰囲気を打開したのは――私が投げやりに言ってしまった、心無い一言だった。






「……二人はその、同棲でもしてるんですか?」


 目の前の二人へ向けて告げる。そんな言葉に、ずっと無言のまま立ち尽くしていた、女の子がハッとした表情を浮かべていた。


「ち、ちがっ! 私達は、そんなのじゃなくて……」


「じゃあなんですか、彼女ですか? わざわざ授業をサボって、女の子と二人でイチャイチャでもしていたんじゃないですか?」


「おい、待ってくれよ。そんな言い方はないだろ?」


 そんな私の言葉が気に入らなかったのか、村木先輩が一歩前へ出て強く告げる。


「言い方も何も、それぐらいしか思いつかないでしょ。これまで授業なんてサボったことなかったのに、初めてサボってたから心配で見に来たらこれですよ。彼女ができて浮かれてるから、そんなサボりなんてしでかすんでしょ」


「あのなぁ。お前もう少し言い方ってのがあるだろ。誤解してるなら言うけど、この子は俺のイトコだよ」


「イトコ……? へぇ。先輩って、イトコでもそんな関係になれるタイプなんですね。知らなかったです」


「だから! 俺達はそんなんじゃないの。ただ偶々この子が事情あって、俺のところに泊まり込みしてるってだけなんだよ」


「それにしては、よほどその子が大事なんですね。わざわざ授業サボってまで、家に帰る事情がおありなんでしょう? そんなの、彼女でもそうじゃなくても、さほど変わらないじゃないですか」


「だから、あぁもう……」


 私の口から、次々と憎たらしい言葉が出てくる。その度に私の中では「言ってやった」という自分と、「どうしてこんなことを言っているのか」という自分の、二種類が存在していた。

 そもそも、いま彼と接しているのは、“村木先輩と友達の私”なのだろうか。それとも、別の私なのだろうか。それすらも、今の私には分からない。――これが果たして、本心なのか嘘なのか、何一つとして私には分かっていなかった。


「とにかく。何度も言うけど、この子とはそういう関係なんかじゃないの。ただのイトコ同士であって、それ以上でも以下でもないの。分かる?」


「以上とか以下とか分かりませんけど、一応イトコ同士でも結婚はできるじゃないですか。そんな言葉だけでは、全てその通りだと確信するに至れませんね」


「お前なぁ……」


 村木先輩が、頭を抱えながらムシャクシャしている。そりゃあそうだろう。私は今、村木先輩に何故か強く当たってしまっているのだから。今更やめろと言われたって、ここまでやってしまったらもう、私にはどうしようもできない。


「……まぁ、もういいです。先輩がそういう事情をお持ちなのは分かりましたから」


 そう言うと私は、トートバッグの中から先輩に渡すプリントを入れたファイルを取り出した。彼がイトコだと言う彼女の横を通り過ぎて、半ば強引に彼へファイルごと手渡す。


「取り敢えずこれ。今日と来週の授業分です。分からないところがあったら聞いてください。そのときにまた、教えますんで」


「……それはまぁ、ありがとう」


「えぇ。……それでは。用も済んだので、私は早めに帰りますね」


 再び彼女の横を通り過ぎて、今一度彼と向かい合う。彼の苦い表情をこの目に焼き付けると、私はクルリと背中を向けた。


「……じゃあ、また、です」


 震える口から、精一杯の言葉を振り絞る。そしてそのまま私は、逃げるように早足でその場を去った。






 ――なんでだろ。こんなことになるって、最初から分かってたはずなのに……。


 早歩きでバス停へと向かいながら、不思議と募る後悔を噛みしめる。

 ここに来ればどうなってしまうのか、初めから予想はついていたはずなのだ。そのはずなのに、どうして私はわざわざこうして、この場所にやって来てしまったのか。――決心はちゃんと、ついていたはずだというのに。


 ――なんだよもう……なに泣いてんだよ。ここ大通りなんだよ? 人いっぱいいるよ? 恥ずかしいからもう、涙なんて出てこないでよ……。


 自分の意思とは関係なく、自然と目から涙が溢れ出てくる。その理由が、私には分からなかった。

 これでハッキリと、自分の気持ちとは決別できたはずだ。彼を救えるのは私ではなくて、彼女だということ。弱い私はただの友達がお似合いで、彼のそんな存在になどなれっこないのだ。いいことじゃないか。秋那にもハッキリしろと言われていたのだし、これで全て分かったはずだ。――分かった上で、理解しているはずなのだ。


 ――どうして私は、こんなに村木先輩のことを助けたいって思っちゃうんだろう。最初はただの、アホな陽キャとしか思ってなかったはずなのに。


 いつの間に私は、こんなにも彼に侵されてしまっていたのだろう。いつの間に私は、こんなにも彼のことを大事に思ってしまっていたのだろう。

 ちゃんと決心したはずなのに――自分には彼を助けられない。そんな事実が今、とても苦しくて、悔しかった。


 ――どうしちゃったの、私。他人にこんな気持ちになるなんて、今まで一度もなかったじゃん。やめてよ、そんなの……。どうせなら、レン君のときにこんな気持ちになってあげたかった。


 あんなにも大事にしていたはずの彼には、こんな気持ちにならなかった。それに対して、これまでただの友達だと思っていたはずの彼に、ここまで気持ちが侵されている。

 神様とはじつに残酷だ。自分がそうしたいと思ったときにさせてくれずに、嫌だというときにそれをさせようとしてくる。そうして、後悔ばかりを人間に覚えさせて、辛い思い出を積み上げ続けようとする。そんなのは、皆が願う神様への願いじゃない。


 ――……もういいや。村木先輩のことも怒らせちゃったし、これできっちり最後にしよう。今後学校で見かけても、声は掛けないようにして、自然と疎遠になるようにして……。そうすればあの人だって、私のことなんか忘れてくれるでしょ。


 そんなことをブツブツと、滲む視界の中で考える。これで今度こそ、きっちり彼との関係は最後だ。それでもうこれ以上、辛い思いをすることはない。……私も。そして彼だって。


 ――それでいい。もう、それでもいいや。それができればもう、他はどうなったっていい。私は昔から、そうやって生きてきたの。今も、きっとこれからだって、そんな風に生きていくんだ。……もう、どうしようもないんだよ。


 ようやく収まってきた涙を拭いながら、バス停の前にたどり着く。どうやらちょうどバスが到着していたようで、このバスに乗ればそのまま家に帰れそうだ。


 数人ほどいた乗客の、最後尾に並ぶ。一人、また一人と整理券を取りながら、バスの中へと吸い込まれていった。






 ――……でも。


 私の目の前にいた乗客が中へと入り、最後に私一人となった。バスはまだかまだかと鈍い音を響かせながら、私のことを待っている。


 ――お別れするならもうちょっと、お互い笑ってしたかったなぁ……。


 こんな突然の別れになるのなら、もっと笑ってお別れしたかった。こんな悲痛な別れ方など、ドラマの中だけで十分だ。


 ――……さようなら、村木先輩。……今までありがとう。


 心の中で一言唱えると、私はバスへと乗車すべく、乗り口の一段目に足を乗せた。そのまま整理券を取ろうと、発券機に向けて右手を伸ばす。――そのときだった。


「……さん!」


 突如背後から、誰かが何かを呼ぶ声が聞こえてきた。そんな謎の声にひかれて、私は咄嗟に背後を振り向いてしまう。


「っ……!」


 それが誰なのかが分かった瞬間――やはり私には、彼がいなくちゃいけないなと、不思議と確信してしまった自分がいた。

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