浦野聡美の失恋
引き続き浦野聡美視点です!
こんな展開になるとは私も想像してませんでした!
「北木!総務部長!昇進おめでとー!」
「お前も東京営業所行き中止おめでとう!」
ヒロカズさんが東京異動取り止めになった夜、シゲさんが総務部長に一躍出世した夜。
もちろん当然のように大宴会が行われた。相変わらずこの二人のやりとりがちぐはぐでほほえましい。
これからも一緒に仕事できるんだ、理不尽な要求を突っぱねたんだ。
「ヒロカズさん、ほんとにお疲れさまでした」
ホッとして、ついつい涙腺が緩む。
30歳すぎたら、涙もろくなるってホントかも。
「ありがとう。みんな心配かけたね」
ほんとに心配しましたよ。なんて言葉しかでてこない。
本当によかった。彼の思いが叶ってよかった。
「やはり常務ががんばってくれたのか?」
シゲさんがおでんをほほばりながら聞く。そりゃ勘九郎さんががんばったに違いないと思う。
しかし、「そんなことありませんよ!」といきなり一升瓶抱えて入ってきた勘九郎さんは、
「僕はなにもしてないんですよ、しかし先輩も何もしてない!ほら、祝い酒!」
そうなの?
あ、“酒一筋特別大吟醸”…このお酒美味しい。
「すべてはひとりの隠密と、ムードメーカーのおかげなんです。ほら、飲んで呑んで!‥あれ、そういえば、まだいらっしゃらないみたいですね?」
隠密とムードメーカー?
みんなの頭に“?”が浮かぶ。
ふと、階段を上がる音がする。
「‥お気をつけて‥」
「‥だいじょうぶ‥この程度平気さね‥」
襖がガラッと開き、二海由樹ちゃんと平手取締役顧問!
「密偵っていうのは由樹ちゃんのことなんですか?」
私が聞くと、由樹ちゃんは恥ずかしそうにこたえた。
「はい。蒲生さん…いえ、部長に言われて、密かに連絡を取り合ってたんです」
「まさか新入社員が顧問と連絡取り合っているなんて思わないだろ」
とヒロカズさんが付け加える。
ことの顛末を聞かされた私は納得した。誰よりもヒロカズさんのことを想っているはずの由樹ちゃんが、誰よりも落ちついていたことを。
慌てるより先に、ヒロカズさんと一緒になって問題解決に走っていたのだ。
私にはできなかったことを由樹ちゃんはしていた。
「しにぃゆく男たちは~♪ しにーゆく~♪ 何を~♪♪♪」
藤太郎からタクシーに乗り込む平手さんを見送ったあと、私たちはいつものごとく、カラオケに。
いつものごとく、ヒロカズさんはよくわからないロボットアニメの歌を熱唱している。
いつも「ロボットだよね?」って聞くと「違う!モビルなんとかだ!」なんて、ヒロカズさんとシゲさんは口を揃えて言う。
「どう違うの?」って聞いたときがあったけど、延々と語られて、結局、オトコってバカよねえ。という結論にしか至らなかった。
「生き延びてえー血へどはくう~♪」
ヒロカズさんの熱唱を見つめてる由樹ちゃんに言う。
「ねえ、由樹ちゃんの好きな人って、あの人でしょ」
私はこぶしを効かせている中年オトコを指差す。
由樹ちゃんは、肩をすくめて、顔をあっというまに真っ赤にさせて、小さく
「ハイ」
と頷いた。
そっかあ、そうだよねえ。
自分で確かめて自分で落ち込んでちゃしょうがないよね。
「由樹ちゃん」
彼女は私を見つめてる。
「しっかり捕まえなきゃね!」
と私は精一杯のほほえみで言う。
「は、はい!」
と素直に言う彼女。かわいいなあ。
かなわないかなあ。
…
…
「「今日はお疲れ様!!」」
長い一日が終わろうとしている。
「じゃ、また、来週な」
コートを羽織ったヒロカズさんが背を向けて、駅に向かって歩き出す。
追いかけるなら今かな。
でも追いかけるのは私じゃない。
「由樹ちゃん、」
と私は彼女の背中を小さく押す。
きゅっと小さな唇を結んで彼女は走り出した。
彼女がヒロカズさんに追い付いたみたい。同じ歩幅で歩き出した。
これでいいんだ。これで。
「おい、浦野係長、大丈夫か。」
おどけた口調で、そっとハンカチを差し出してくれたのはシゲさんだった。
「うまいラテとチーズケーキの店を知ってるんだ。付き合えよ」
「…こんな時間から食べたら太っちゃいます…」
と精一杯の強がりをした私は、たぶん涙声ではなかったはずだ。




