じいさん、ドッキリ大成功な件
役員会を退出し、オレは一方的なトバシだけは回避できたような手応えだけは感じていた。
役員会はその後も一日かけて続けられ、その日のうちに人事異動が発表された。すでにオレが営業所長になるという噂が広まっていただけに、それを打ち消す意味でも結論が急がれたようだ。
取締役 東京支社長 丹羽長平
取締役 東京支社副社長兼事業部長 柴田勝男
総務部長 北木重樹
事業部副部長 細川‥
総務部副部長 池田
オレの異動は発表されなかった。留任が決定したのだ。
ヒキガエルは名誉ある東京支社初代社長に。ヒゲモジャは東京で、事業部の新規事業をテコ入れするためという理由での兼務措置となったようだ。
名を与え実を与えぬ社長の絶妙な人事にまたひとつ、唸る。
「北木!総務部長!昇進おめでとー!」
オレと北木はジョッキをぶつけ藤太郎で生ビールを思いっきり空ける。
いつもはカウンターだけど、今日は2階の座敷を大将がとってくれた。
「お前も東京営業所行き中止おめでとう!」
北木は真っ赤な顔をして言う。オレにとってはめでたいなたしかに。
「どちらもオレたちにとってはめでたいっふよ!」
瀬尾がジョッキをあげながら言う。溢れるから汚いから、ジョッキを口から話してからしゃべれよ!
「ヒロカズさん、ほんとにお疲れさまでした」
浦野もホッとしたのか涙ぐんでいる。
「ありがとう。みんな心配かけたね」
北木、浦野、そして瀬尾ら気心しれた仲間たちが集まってくれた。
「しかし、ヒロカズ、お前もほんとに危ない橋をわたってたな。やっぱり常務がだいぶがんばったのか?」
「そんなことありませんよ、新総務部長!」
北木の声にオレが答える前に勘九郎がふすまを開けて入ってきた。手には一升瓶を持って。
「僕はなにもしてないんですよ、しかし先輩も何もしてない!ほら、祝い酒!」
勘九郎は“酒一筋特別大吟醸”をさっそく自分のコップに注いで煽る。
奴は誰に似たのか、酒にめっぽう強い。さっそくコップに大吟醸を注いでまわる。
「おい、何もしてないってわけないじゃないか?」
北木は不思議そうな顔をして、注がれた酒を煽りながら、かつての後輩、今の上司に聞く。
「すべてはひとりの隠密と、ムードメーカーのおかげなんです。ほら、飲んで呑んで!‥あれ、そういえば、まだいらっしゃらないみたいですね?」
ふと、スマホを見る。
新着メールなし。
もう来るはずなんだけどな。
と思うと、階段を上がる音がする。
「‥お気をつけて‥」
「‥だいじょうぶ‥この程度平気さね‥」
おっ、隠密とムードメーカーのお越しのようだ。
襖がガラッと開き、二海由樹とひとりの老人、平手取締役顧問が現れた。オレと勘九郎以外のメンツは驚いて声が出ないようだ。
北木は鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてかつての上司を見つめている。
「よいしょと、失礼するよ。シゲ、総務部長か、立派になったのう。おめでとう」
「平手さん、なんで…?」
「実はね」
勘九郎がニヤニヤしながらことの顛末を語った。
「こんな年寄でも役に立つんじゃな。ヒロカズもシゲも儂らの子どもみたいなもんじゃ。ワシの子どもを苛める高慢な丹羽や柴田の鼻が折れてスッキリしたわい」
「平手さん、イタズラが成功した子どもみたいですね」
とオレが言うと、大成功じゃな、と、大きい口開けてガハハと笑う。
はははと北木も気の抜けたように笑う。
「で、密偵っていうのは由樹ちゃんのことなんですか?」
「はい。蒲生さん…いえ、部長に言われて、密かに連絡を取り合ってたんです」
「まさか新入社員が顧問と連絡取り合っているなんて思わないだろ」それにこのじいさんも美人に弱い。…と言おうと思ったら
「ワシもこんなカワイイ娘に泣きつかれると、ほっとけれんわい」
と自分からいうあたり、社長とそっくりだ。




