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浦野聡美は知っている

浦野聡美視点です。時系列的には少し遡ることになります。

たぶん、きっと、そうだろう。


女のカンというほどのもんじゃない。


だってダダモレだもの。二海由樹さんの顔。そして視線。

いつもあの人を追っている。


彼女は、とても優秀で、素直で、可愛くて仕方ない、私の大切な一回りも若い後輩だ。だけど、彼女は、私のとても大切な人を好きになっていた。


見る目があるね!と言ってあげたい。


よく小松さんと一緒に楽しそうに話している話題。

ちょっと割り込んで聞いてみたら、やっぱり恋愛の話。名前はいってなかったけど、やっぱりあの人とのことだった。


ニコニコ顔で知らないフリをしていたけど、心の中は、苦しくて苦しくて張り裂けそうだった。



私があの人、蒲生和弘さんと知り合ったのは今から12年前。

短大を卒業し、当時から急成長株だったネクスト総合経営に就職した。

就職難が叫ばれ、ようやくもらった内定で、私は“勝ち組”になったつもりだった。

でも、いざ就職してみれば、短大で覚えた経理なんておままごとの延長だった。短大で取得した簿記も、電卓もパソコン検定も。


お客様である企業の社長さんからは、若い女ってだけで、受付嬢か電話番。“お茶汲み”なんて言葉がこの不況下で未だに存在するなんて思ってもみなかった。


就職して1月。

役に立たない自分にがく然とする

就職して3月。

先輩に「見ててくれたらいいから、手をださないで」と言われる

就職して5月

「いい加減に仕事覚えて」と言われる。

自分の存在価値がわからなくなってきていた。


就職して8ヶ月

もうダメ。これ以上はやっていけない。年を越せない。

仕事のことを考えると泣きそうになる。吐きそうになる。


就職して1年。

毎日が辛い。

辞めたい。


そして蒲生さんに出会った。



就職して1年、庶務から営業部に配置された。

私は21歳。彼は27歳。

第一印象は“ちょっと頼りない”人。


仕事で大きなミスをしてしまい、途方に暮れていた会社の休憩室。壁かけ時計の短針は10を指していた。


このままどこかへ消えてしまいたい。

でも、もう少し、もう少しだけ強くなりたい。

悔しさと辛さに、涙が零れてきた。


「あれ?浦野さんどしたの?大丈夫?」

バナナロールを覗かせたビニール袋を片手に彼が入ってきた。


彼のまとったゆったりとした優しい風に思わず堰を切ったように涙が溢れてきた。


彼は私が吐き出した悩みひとつひとつを頷きながら聞いてくれた。


「くじけそうな時、苦しくて逃げ出したくなる時、誰にだってあるよね。ほら、オレなんて毎日課長から大目玉!」

とワハハと笑った。ふっと心が軽くなった。


「でもね。そんなときこそ、遠くを見るんだよ。今は単なる数字とのにらめっこだけどさ、その先にはその会社で働く人何百人、そしてその家族やお客さんが何千人?とにかくたーくさんいる。たくさんの人の生活がある。そんな生活を縁の下で支えてる。オレタチスゲー!ってね。そこが見えないと苦しいだけだよね。もうやってらんねーって感じになっちゃうさ」

パンをかじりながら言う彼の目線はすごく真っ直ぐに、遠くを見つめていた。


「ささ、よければ残業ご一緒しますよ。一人より二人のほうが楽しいさ。夜明けまではまだまだ時間がある!」


その日から私は彼の後ろ姿を追うようになった。


ヒロカズさんみたいになりたい。


そしていつの間にか私も部下をもつようになった。


その何人目かの部下が二海由樹さんだった。


彼女はただまっすぐに彼を好きになった。

不器用で、感情表現の苦手な私よりももっと強く彼を好きになった。


そして、私は知ってしまった。

ヒロカズさんも二海由樹さんのことが好きなのだということ。

彼の彼女を見る目は他の誰に対してよりも暖かい。

あーもう!!そんな二人の暖かな心の通いを見せられるほうとしたらたまったものではない。


でも、こないだ女子会で聞いたところによると、どうやら彼女の想いにヒロカズさんは「応えられない」と言ったらしいし。


あー!もう!まどろっこしい!直接電話して説教してやる。


Turu…


「あ~もしもし…」

呂律が回ってない。えー、また飲んでるの?

この男ときたら、仕事してるか飲んでるかしかないの?!

「ヒロカズさん?今どこ?」

「あ~、今中央公園の芝生で寝てるとこ~」


「へ?」


急いで会社を出て中央公園にいく。

池のほとりまで駆けていくと、高いびきが聞こえる。


いたよ。大の字で。


ぐごー


「ヒロカズさん、大丈夫ですか~?」


ぐごー


「起きてくださいよー」


ぐごー


…起きない


「…ヒロカズさん……好きですよー」


ぐごー


…コンニャロ。女の告白をイビキで返すとは。


「こら!蒲生部長!勤務時間中だぞ!」


「…うーん、しゅみませんん…」

効いた。くそ、

「部長、」

むにゃ

「部長ってば」

うーん。

「ヒロカズさん!」

「ん~むにゃ。もう飲めないよう」

「もう、そんなになるまで飲んでっ」


ようやく目をあけた。

もう、このまま目を開けないのかと思ったよ。


「あれ?…なんでここにいるの? あれ?」

「あれ?じゃないですよ!“仕事のことで”電話したら、『今中央公園の芝生で寝てるとこ~』なんていうから来てみたら…」


「オレそんなこと言った?」


「いいましたよ。誰と飲んでたんですか?」

呆れてため息をつく。

「いてて…ミカチャン…じゃなかった…社長だよ」


ミカチャンて誰だよ。


「え!うちの会社の嗣原社長ですか!?」

ミカチャンって誰~!? 


「うん、まあそうね」


「厳格で、厳粛な性格で知られる嗣原社長と“酒席を共にできるのは取締役級以上”だって聞いたことあります。大変な席に呼ばれたんですね」


「うん、まあね。いてて…」

「もう。酔っぱらってそんなとこで寝るからでしょ…」

私が手を出すと、彼は手を握り返して、よいしょと起きる。


胸がドキンと跳ねあがる。…ただ酔っぱらいの起きるのを助けてあげてるだけなのに。


「ふぁーあ。なんかお腹空いたね。」


呑気だなあ。もう。人の気持ちも知らないで。


「私も今日は残業だったので、お腹空きましたよ。」

「ラーメン屋でもいくか」

「おごりですか?」

「しゃーねーな」

「やった!」


説教はまた今度にしよう。

 

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