ただいま。
オレは6日間の予定を超過した出張を終え、ようやくこの街に帰ってきた。
社長への出張復命は、ただひたすら報告に相づちをうち、目を閉じて聞くだけだった。
何を考えているのかは読み取ることができなかった。
ただひとつ、「ご苦労様」と最後に社長はつぶやいた。
社長復命を終え、ようやく解放されたのは夜18時をまわっていた。
「ただいま」
駅前の金太郎像の前で待つ彼女にオレはそう告げた。
「はい。おかえりなさい」
彼女は笑顔で迎えてくれた。
なんとなく、泣きそうな、こぼれ落ちそうな、笑顔。
「ご自宅にもどらなくて大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だよ」
君に早く会いたくて、という言葉が出てこないのは、やっぱり年のせいだろうか。若い頃のように歯が浮くような言葉がスラスラ出てきたらどんなにラクだろう。
「行こうか」
「はい!」
オレたちはいつもの藤太郎に入り、いつものように乾杯する。
今日は里芋といんげんの煮物が付きだしとして出てきた。ほっとする味に体がOFFに切り替わる。
「あ、コレ。土産。」
オレはまたもやムードもへったくれもなく、土産を渡してしまった。
そして彼女はいつものように、綺麗に包装紙を外して中を覗きこむ。
ホテルの近くの雑貨店で見つけた、木製の小さなフォトフレームだ。秋桜が脇に小さく彫り込まれてあり、細部まで作り込まれているのに目を惹かれた。
彼女は一言「嬉しい」というと、またポロリと涙を溢した。
彼女の涙にまたもや動揺し、あわわあわわと、大慌て。おろおろするオレ。
藤太郎の大将が「もう、ホンマにいっつも泣かしてんなー!!」と茶化してきたので、ようやく二人ともまた笑顔になる。
そのあとは出張中におきた他愛のない話に花が咲いた。
東京の話に、目を丸くして聞いてくれる彼女。留守中の会社の話題に大笑いをするオレ。
あっという間に時間は過ぎ別れの時間が目の前に横たわる。
「今日はありがとう。二海さんが居てくれてよかった」
「私は蒲生さんのご無事な顔が見れて幸せでした」
彼女のマンションの前でしばらく見つめあい、「じゃあね」とオレが別れをつげる。
「好きだ」
そのたった一言が言えなくて。言えたらどんなにラクだろう。
明日がある、明日がある、と自分に言い聞かせる日々はいつまで続くのだろう。
月は夜空高くのぼり、今日は明るい夜だ。
東京での一件はあっという間に社内に広がりを見せた。
東京営業所と顧客企業社員との癒着、不正な取引関係を正した蒲生。と、まあ、まるでヒーロー扱いだ。
うん、悪くないね。
そんな中、丹羽取締役総務部長から呼び出しがかかった。
「やあ蒲生くん。呼び出してすまない。君、来年1月から急遽ですまないが、東京営業所長をやってみないか」
東京へ異動だって!?




