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19歳にオレが好かれるなんて、どんな妄想だよ

蒲生和弘

 年齢 38歳


アダ名 ヒロカズ 由来 不明

将来の夢 結婚すること 一戸建てを建てること


「好きです」


「へ?」

「蒲生和弘さんのことが好きです。」


「…えーと?…罰ゲームかなにか「違います」?」


「仕事にひたむきに取り組む部長の姿見ててカッコいいな、と思ってました。そして、こんな感じに酔ってる部長も、その…かわいいな…と。」

少し頬を紅潮させているようにも見えるが、たぶん酔っぱらいの目の錯覚だ。

あ、?この子、飲んだくれの38歳のオッサンに何言ってるの?


「うわっちちっ!!」

思わずホットコーヒーのボタンを押し続けてしまい、盛大に溢れさせてた。

「ああ!大丈夫ですか?部長!」

彼女はハンカチを上着のポケットから取り出して、私の手を押さえた。

秋桜だろうか、美しい薄赤紫色の花が目にはいる。

「いかんいかん、ハンカチがコーヒーの染みだらけになっちゃうよ「ダメです。じっとしとかないと、火傷になっちゃう」」


彼女はドリンクバーから氷を取り出して、ハンカチに包んで当ててくれた。

髪を後ろで束ねた、二海由樹の横顔に思わずドキっとする。


「二海さん、もう大丈夫だよ。ご、ごめんな。ありがとう」

「病院とかいかなくてもいいんでしょうか?」


「大したことないよ、さ、戻ろうよ。ほらもう、何ともない」

私は手をヒラヒラと振ってみせた。実はちょっと、いや、けっこうじんじんするけど、痛くないふり。


307号とかかれた扉を開け、彼女に中にはいるよう促す。

「あなただけ~に~アイラブユー♪」

大音量の音楽が容赦なくぶつかってくる。瀬尾が熱唱していた。第2ボタンまで開けて、ズボンからだらしなくシャツを出している。

二海は女性社員のグループの中には入る。

上司の係長をしている浦野聡美が声をかけているようだ。


二人で何やらこっちをむいてコソコソと話をしている。

俺は「コーヒー事件はもう気にしないで」という意味で静かに人差し指をてて、「シー」というジェスチャーをする。

だって、恥ずかしくてたまらん。


二人は顔をみあわせてこっちを見て笑ってる。何やら釈然としないものの、まあいいか。



「おい!ヒロカズ!」

あ?耳元でイキナリ大声でアダ名を叫ばれた。耳が痛いじゃないか。

俺を呼ぶのは事業部の北木だ。

「あ!?」

瀬尾の下手くそな歌のせいでまともに聞こえん。

「ヒロカズ!お前えらく時間かかったと思ったら、二海と何で一緒に入ってきてんだよ!それにお前が手に巻いてるの女物のハンカチ!」

「酔っぱらって、ホットコーヒー出しすぎて、火傷して、二海に助けてもらったんだよ!」

…北木は目を細めてこっちをジトーと見ている。

「セクハラはするなよ…。」


するわけないだろボケ。できるわけないだろボケ。

俺は無言で北木の腹に軽くパンチを入れてやった。



毎年うちの会社で行われる一大イベント、企業経営フォーラムが無事に成功し、今日はその打ち上げだ。

二次会は“若手”だけでのカラオケ。何故か、俺と北木はギリギリ30代ということで若手に入れてもらい、若者たちに紛れてついてきた。

まあ体のいい金づるだ。


二海とのやりとり以後は聞き役に徹することにした。冗談か聞き間違い、もしくは幻聴と解っていても年甲斐もなくドキドキしているのがばれないように。


中年の心に波風をたてた本人は、楽しそうに女性同士でおしゃべりをしている。何ごともなかったかのように。


予定した時刻の10分前を室内の内線電話が報せた。


私は幹事に1万円を渡し、待ってましたとばかりに幹事に「あざーす!」と頭を下げられた。

渋る北木からも財布を取り上げ1万円を出したのは言うまでもない。


カラオケ店から出ると、心地よい秋風が吹いてくる。


ふと、二海と目があった。さっきの発言の真意を聞こうと思い、声をかけようと思ったが

「ぶちょー!」

と瀬尾がまとわりついてきた。

駅までの帰り道をひっぱられ、「ねえ、ぶちょー!さっきのオレの歌どうでした!?」と聞いてきた。

…なぜ俺に聞く。

「あ?見かけのわりにクサイ曲いくんやな」

「クサイって、なんすか。ロマンチストなんすよ。好きな子の前では!」

「瀬尾!お前、社内で付き合ってるのか!?誰や教えろよ!」

「まだそこまでじゃないですけど」体をくねくねさせながら、聞いてくれと言わんばかりに。


まあ駅まで歩く道すがらだ。聞いてやる。


地方都市の街のネオンはキラキラと秋の澄んだ夜空を照らしている。


「二海由樹ちゃんです」

ぶー!!!

口に含んでいた缶コーヒーを吹き出してしまった。

うわっきたねっって顔で北木がこっちを見る。いやいや、悪いのは瀬尾だ。


え、二海とお前良い仲なのか…、年を感じさせる台詞を言おうと思ったとき、


「いや、まだ片想いなんですけどね、なんかオレだけに優しいっつうか、たぶん向こうも…「気のせいだ」」

北木が口を挟んだ。


「気のせいだよ。二海はみんなに優しいんだよ。ああいう天然系な女は男を勘違いさせるプロなんだよ。第一おまえ、仕事しか接点ねーだろ、しかも30前のオッサンで、そんな仕事ぶりの奴になんで惚れるんだよ。ボケ。そんな勘違いでボケボケせずに仕事しっかりできるようにならんかい」

と辛辣な言葉に瀬尾はえー!そうですかねえと口を尖らせている。

ここで挫けないのがやつの良さだな。


そうか、勘違いか、そうに違いないわ。「好き」だと言われたのも、たぶん仕事上の人間関係としてに違いないわ。あぶねえ、危うく騙されるとこだったぜ。ほんとにその年にして、男を勘違いさせるプロだな。いかんいかん。


北木、ありがとよ。

と、頭のなかで考えながら、私は電車へと乗り込む。快速電車で10分。その先の駅前に俺のマンションがある。


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