誕生花はりんどう
ようやく飲み会…!
さあ、飲むぞ!どんとこい!
俺は一応、くたびれたスーツを無駄に整えて、彼女に声をかけた。
「二海さん、」
「あ、部長。」
彼女の愛嬌のある顔にぱっと笑顔の花が咲いた。
俺も負けじと精一杯の無い爽やかさをムダに演出した笑顔をつくる。
「ごめんね、遅くなって。ほんとに。」
「いえいえ、山内工業さんの対応をなさっておられたのは知っていましたから。本当にお疲れさまでした。それで…。」
彼女も担当部局の社員だ。結果が気になっていたようだ。
「うん、お陰さまで、なんとか光二さんが決心してくれたよ。よかった。今までお通夜に行ってたんだ。」
「そうですか、よかった…。」
彼女のほっとした顔に思わず見とれる。
…いかんいかん!
ナニコイツ。じっと顔見て。しかも、にやけてて、マジキモーw
とか絶対に思われてる…気がする!
…いかんいかん!!
「さ、待たせてごめん。行こうか」
「はい!!」
俺達は夜の繁華街にむけて歩き出す。週末の夜はたくさんの人で賑わっている。
東京や大都市のそれとは比べ物にならないほど、静かだなのだろうけど。
「本当に俺がいつも行ってる居酒屋でいいのかい?」
「はい!行ってみたいです。お腹ペコペコです」
と手をお腹に当てて笑顔で答える。
「そうか、」
とだけ言って、店へ歩く。少し無言が続いたが、夜の街の騒がしさが気まずさを紛らわせてくれた。
引き戸を開けると、テーブル席に数組のお客が居た。もちろん若い女の子はいない。
「らっしゃい!」
おかみさんが威勢よく迎えてくれ、我々はカウンター席に座った。
「あんまり、お洒落な店じゃないけど、いい店だよ」
きょろきょろと周囲を興味深げに見渡す二海はなんだかミーアキャットみたいでほほえましい。
「洒落た店でなくて悪かったね」
パンチパーマでモミアゲの濃い大将がカウンターごしに言う。なにやら嬉しそうに、ニヤニヤ顔だ。
「らっしゃい。蒲生さん。今日はえらい可愛い子つれてるね。蒲生さんのコレかい?」
小指をたててクイクイとする大将に、渡されたおしぼりをアチチとほぐしながら俺は
「違いますよ!会社の同僚です!」
と否定しつつ、彼女のほうを見る。彼女はおしぼりを手にしながら、なにやら顔が赤い。まだ飲んでないのに。ドン引きしてたらどうしよう…。
「なんだい違うのかい。まあそうだと思ったさ。お嬢ちゃん、この界隈で一番お洒落な店、藤太郎へようこそ!がはは!」
と、大将は豪快に笑いながら注文を聞く。
「大将、とりあえず生と、えーと…」
「私も生で!」
「あいよっ!生2丁!」
「大丈夫かい?生ビール飲めるの?」
「テレビで見て美味しそうだなーと思ってたんですよー」
ビールの泡はホイップクリームと違うのだよ!
…と言おうと思ったがやめた。
「ハイ、生2丁お待ち!」
キンキンに冷やしたジョッキ、7対3の泡の比率、きめ細かくクリーミーな泡。これこれ、これだよ。いかん、ヨダレが。
彼女はというと、目をまんまるにして、ビールを見つめている。
そして、ゴクンと喉を鳴らした。
「じゃあ乾杯しよっか」
はい、と彼女もグラスを両手で持つ。
「二海さん、誕生日おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う。また花が咲いた。
…ゴクゴク
くー!!これだよ。これ。あとの人生オマケみたいなものだと思わせてくれる瞬間!!!
…で、彼女の方はさらに目をまんまるにして、少し減ったジョッキを見つめている。ちょっとうっとりとした目で。こんな目線今まで見たことないわ!
さっそく上司、ビールに負けるw
「美味しい…」
「美味しいです!ほんとに。」
彼女が俺の両手を握ってぶんぶんと振り回してきた。
ち、近い!顔が、うるうるした瞳が目の前にあるよ!近いよ!
「そ、そりゃよかった」
「ビールでこんなに嬉しそうな顔をするのはお孃ちゃんが二人目だ!一人目は蒲生さんだがね」
…へ?オレ?
「いつも仕事終わりにビール飲む顔。いい顔してるぜ。ほら、食いもんどうするね。コレよかったら食ってみな。ワシからのサービスだ」
大将が置いたいつもの筑前煮。鶏肉、人参、牛蒡、蒟蒻、里芋…じんわりと優しい味が染み込んでいて最高だった。
「おいしい…!!」
二海も喜んでいるようだ。
あとはいくつか食べ物を注文しようかな…。
…あ、そうだ。大事なことを思い出した。
「そうだ、酔わないうちに。二海さん」
「はい?」
「ハイ。これ、誕生日プレゼント。」
俺は妹に「プレゼントはムードが大事。ちゃんと場所もよく考えてで渡すように!」等と中学生がされるようなマナー講座なんて、すっかり忘れていた。
「え、いただけるんですか?」
「せっかくの誕生日だからね。気に入ってもらえるといいけど。」クソ上司につき合わせて誕生日つぶしちゃったしね。
「ありがとうございます!!!」
ガタンッ!!とイスを鳴らし、立ち上がって何回も頭をさげる。
恐縮してくれるのはわかったから!酔いがまわるよ!そんなに頭振ったら!
「まあまあ座って座って…」
「あ、すみません!」
「開けても…いいですか…?」
そして、上目遣いで尋ねる。ごくり。かわいい。
「ああ。いいよ」
やっぱここで開けるかあ~。ドキドキしてきた。
‥‥無言
‥‥‥‥‥やっぱり、ダメだった?‥
「…ありがとうございます…」
沈黙がずっと続いていく気がした。
下を向きながら、包装紙を優しく開くと彼女は静かに言った。
かすれそうなくらい、小さな声で。
あかんかったかあ~!!
終ったよ!えーん。
頭の中でドラクエの呪いのメロディが流れてるよ。
妄想ではすでに三回くらい藤太郎のカウンターに自分で自分の頭を打ち付けて流血事件になっている。
「蒲生部長‥?部長!」
「へ?」
「部長‥、本当にありがとうございます」
うるうるした真ん丸な瞳からはぽろりと雫が落ちた。
「な、なかないで‥!ごめんね、何か傷つけちゃったかな‥」
「いえ、こんなステキなプレゼント、嬉しすぎて‥」
嬉しいんかい!嬉しくて泣くんかい!
ホッとしてこっちも泣きたくなるやないか。
ドラクエの教会で復活させる時の呪文のメロディが流れてくる。そんな気がした。
俺がプレゼントしたのは、小さなアイボリーホワイトの革製のカードケース(名刺入れ)。
小さくリンドウの花の刺繍があしらわれている。
もうひとつは同じくホソバリンドウをステンドグラス風にイメージしたスチールのブックマーカー(栞)だ。
「…こ、このプレゼントは…ど、どうして私に?」
しゃくりながら二海は聞いてきた。
「え?リンドウは君の誕生花だろ?それに、就職して1年半。これからは外回りの機会も増えるし、名刺を今度渡すから、それを入れてね。
えーと、もうひとつのブックマーカーは、二海さんよく休み時間に一人で本を読んでるなと思ってね。本が好きなんだなーと。栞として使ってよ」
気がつけば二海由樹はポロポロと涙を流して、嗚咽を漏らしていた。
これはマズイ!かなりマズイ展開だ!オレの少ない恋愛経験では全く良くわからない現象だ!
ただひとつわかることは、居酒屋で(しかもカウンター)で、上司が部下(しかも若い女性)を泣かしているというのは、端からみるとほんとにひどい光景だということだ。
「わたし…幼い頃に父を亡くして…ほんとに部長がお父さんみたいだなって思ってました…。
いつも優しくしてくださって…私のことを気遣ってくださって…今日も私のワガママを聞いてくださって、
そして、こんなステキなプレゼントいただけて…ほんとに幸せだなって思います…すみません」
「そうか。そうか。喜んでくれてよかった。上司と部下は、親子みたいなもんだよ。大丈夫。大丈夫。このくらい気にすんなって、ほら涙を拭いてさ、」
俺はおかみさんからもらったおしぼりをほぐして渡した。
そうか、「好き」だなんて、おれの盛大な勘違いだったんだな、そらそうだ。親子ほど歳が離れてんだもんな。
俺は彼女が落ち着くまで、なんとなく寂しい思いのやり場にこまりながら、ビールをあおっていた。
「落ち着いたかい?」
「ありがとうございます…はい。落ち着きました、嬉しくて泣くなんて、なんかわけかんないですよね。ははは。」
「そんなことないさ。ささ、今日はせっかくの祝いだよ。さあ飲もう!」
「はい!」
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