鈍色の聖女
初投稿です。
魔法のある世界を舞台にしております。
豆腐メンタルを通り越してちり紙くらいのメンタルなので、ご指摘のある方はソフトな取扱いをお願いいたします。
異世界〔恋愛〕の日間ランキングが最高3位になりました。これも読んでくださる皆様のおかげです、ありがとうございました。
「クリスタ・シュタールベルク。今日この場をもって、貴様との婚約を破棄する! 今までリリー・ヴィルト男爵令嬢に行ってきた非道、公爵令嬢の立場を鑑みてもあまりにも目に余る。貴様のような女がこの栄えあるアルブレヒツベルガー王国の未来の王妃となるのは国にとっても損害であろう。そのようなことになってはこの国の未来がない。罪人風情がいつまで無様な姿を晒しているつもりだ。即刻この場から、去れ!」
アルブレヒツベルガー王国王太子であるヒルデベルトがそう高らかに宣言すると、舞踏会の会場はシン、と静まり返った。
彼のすぐ傍らには、儚げで可憐な顔の、ふわふわしたピンクブロンドの美少女がヒルデベルト王子にすがるような形で佇んでいる。
二人の視線の先には、濃紺から水色へのグラデーションが鮮やかなドレスを身にまとった、美しい銀髪に意思の強さを秘めた紫の瞳の美少女。アルブレヒツベルガー王国宰相を務めるシュタールベルク公爵の一の姫であり、王国の銀の薔薇とまで称えられ、周りからの賛美の声が絶えなかった高い教養と美貌を誇る。しかしその表情は、今は驚愕で凍り付いている。
「待ってください殿下、私はリリー嬢に非道な行為など、恥すべき行いなど、何もしておりません・・・!」
「黙れ! すべてはリリーから聞いているぞ。 彼女の母親の形見であるネックレスを壊し、身分の低い女には不釣り合いだと嗤ったそうだな。他にも校内での彼女のノートや教科書、制服を破ったり、二階から水をかけたり。しまいには、階段から突き落とすなどと・・・。 一歩間違えればリリーは命の危険すらあったのだぞ!」
私は何もしておりません! とクリスタが叫びながら二人を見るが、それを見たリリーはビクリと顔を強張らせ、さらにヒルデベルト殿下に縋り付く。
それをみて、殿下はクリスタがリリーに、なぜ告げ口をしたのかと睨み付けたと誤認したらしい。さらに射殺しそうな視線をクリスタに向けた。ますます顔色を悪くするクリスタ。
周囲ではリリーを崇拝する貴族令息たちが、口々に非難の言葉を浴びせかけた。リリーを侮辱することは許さない、そう叫ぶ彼らが、どれだけクリスタを貶め、辱める発言をしているか認識しないままで。
「どこまで根性が腐っているんだ! 一時でも貴様のような女と婚約していたなど、このようなこと自体が忌まわしい。貴様は学園および社交界から追放する。すでに父たる国王陛下にも了承は頂いた。衛兵! 即刻この汚らわしい女を叩き出せ!」
何かの間違いです、どうか話しを、と泣き叫ぶクリスタを、複数の兵士が地べたに這いつくばらせ、そして罪人を引きずるように連れ出していく。
それを冷やかな目で見送ったヒルデベルトは、一変して優し気な笑みをリリーに向けた。
「これで君を傷つけるものはいなくなった。もう心配することはない。安心していい、君のことは私が守るから」
「ヒルデベルト様・・・」
二人は頭からクリスタのことを完全に追いやり、熱い視線を交わした。
舞踏会に出席した人々も、叩き出されたクリスタのことなど忘れ、またはその無様さに冷笑を浮かべながら、それぞれダンスへ、会話へと戻っていく。
この日、一人の令嬢が王国の舞台から姿を消した。
そのことについて、気に留めたものなど一人としていなかった。
***********************************
「この愚か者! アルブレヒツベルガー王国の建国から続くこのシュタールベルク公爵家の名を汚し、公衆の場で恥をさらすとは! 貴様にはわが家の誇りも、覚悟も、何もかもを学ばなかったようだな、これほどまでの愚者に育つとは、何年もかけて教育したことを何も生かさなかったか!」
「待ってください、お父様、私は何も・・・! 何もしておりません、信じてください!!」
フライエンフェルス王国で一、二を争う名門であるシュタールベルク公爵家当主であり、またアルブレヒツベルガー王国宰相でもあるバルリングは、自分と同じ稀有な髪と瞳を持つ愛娘を、まるで虫けらでも見るような目で見やり、吐き捨てた。
「クリスタ、お前のしたことはすべて殿下からわが家に伝えられているのだよ。まったくもって嘆かわしい。貴様のような厚顔無恥な人間が血のつながった妹だとは思いたくはないな。シュタールベルク公爵家の血筋である銀髪紫眼は受け継いだが、貴族としての矜持を受け継がなかったとは、この恥さらしめ」
「お兄様・・・」
シュタールベルク公爵家嫡男であり、次期アルブレヒツベルガー王国宰相の地位にもっとも近い場所にいると目されているヴィンフリートも、絶対零度の眼差しを妹に向ける。
それを見守る使用人たちも、今まで受けていた愛情など何も感じられないような冷やかな眼差しを向けるだけで、誰一人庇うそぶりすら見せず、中には憎悪の眼差しを向け、またはこれほど冷たく扱われていることをさも当然というように見やる者もいる。
クリスタは、どれほど自分の身の潔白を主張しても、愛する家族が、今まで自分に敬意と信愛をもって接してくれた使用人が、その誰一人として自分を信じてくれないことを感じ取り、絶望のあまり言葉すら発することすらできなくなり、最後はただむせび泣いた。
そのあまりに憐れな姿にも感銘を受けることなかったようで、父と兄はな冷たい眼差しを向け、昨日までの自分の娘に、妹に対して、苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てた。
「貴様は今日限りでシュタールベルク公爵家の人間ではない。誰か、すぐにこの女を放り放り出せ!」
「むしろこの場で自害を命じられなかっただけ、ありがたいと思え。貴様はもうわが家とは何の関係もない。もしわが家との繋がりをさらして恥の上塗りなどを重ねてみろ、その場で殺してやる。さあ、今すぐ出ていけ!」
クリスタは涙が枯れるまで泣き続けたが、無常にも荷物も金銭も一切持たない、文字通り無一文の状態で門から叩き出された。
門を守る騎士からすら侮蔑の表情を向けられ、クリスタはふらふらと立ち上がり、よろめきながら夜の街に消えていった。
************************************
「なんだ、これは」
「・・・・・リリー様の、ここ数日の授業内容と、それに対しての達成率です」
ヒルデベルトは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
リリーはその愛くるしさで王太子であるヒルデベルトだけではなく、国王および王妃を魅了し、無事にヒルデベルトと婚約するに至った。
何の心配もなく、未来は一層輝かしいものに違いない。そう誰もが思っていた。
だが、そこからが問題だった。
未来の王太子妃としての勉強が一向に進まないのだ。
最初は誰もが、学び始めたばかりなのだから焦らずに進めればよい、と考えていた。続けていけば、リリーもきっと王太子妃としての知識を、教養を身に着けるだろうと。
忘れていたのだ。
かつての婚約者が、どれほど王太子妃となるべく努力していたか、など誰も見ていなかったが故に気が付かなかった。
男爵令嬢に過ぎないリリーが、今求められるレベルに達するためには、クリスタが10年間かけて死にもの狂いで身に着けたものを短期間ですべて行わなければならない。
クリスタは常に難解な課題を与えられ、それをすべて成し遂げてきた。目に見えない場所で文字通り血を吐くような努力を重ねることで。
通常考えて、それは只人が行える量ではない。
リリーもそれに気づき、今ではすっかり未来の王太子妃としての勉強を嫌がるようになった。
何故私がこのような苦労をしなければならないのか、私を愛してくれていたのではないか、とヒルデベルトに対して泣き嘆くばかり。
その状態に気づいた高位貴族の中には、自分の娘こそを王太子妃としてねじ込むことができるのではないかと考えるものが多数おり、現在宮廷内では複数派閥による分裂が起きている。
このままではヒルデベルトが王として立つときに、国内が弱体化している可能性すら示唆された。
早急に対策を取るべきだが、リリーはこのままでは使えない。
かといって、ただ私利私欲に血走った眼を向ける貴族の家から新たな婚約者を立てるという策はパワーバランスを考えると現状では取れない。
周辺諸国では現在婚約者のいない王女のいる国はないため国外から婚約者を得ることは難しく、弱体化しているアルブレヒツベルガー王国に他国の血を混ぜることは、他国の影響力を高め、最悪の乗っ取りの危険性がある。
未来の側近候補達が退出した後も、報告書を見て思わずため息をついたヒルデベルトは、王太子執務室の扉を開けて入室したシュタールベルク公爵家嫡男である、ヴィンフリートの顔を見て目を見張った。
氷の宰相と呼ばれるシュタールベルク公によく似た、あまり表情を浮かべない無表情が常のヴィンフリートが、苦渋の表情を顔に浮かべていたからだ。
「殿下、ご報告しなければならないことがございます」
「何事だ、ヴィンフリート」
「・・・・妹の、ことです」
「・・・・・・・・妹?」
ヒルデベルトは、何を言われたのか全く分からず、しばらく考えてから漸く彼には妹がいたことを思い出した。
かつてそれが自分の婚約者であったことも。
「・・・何か、問題でも起きたのか? またあの女が何かしたのか」
あの女、という言葉をヒルデベルトが口にしたのは、クリスタの名を口にしたくなかったからではない、ただ単純に、彼女の名前すら失念していたからだ。
だがヒルデベルトの疑惑に対して、ヴィンフリートは沈痛といった表情で口を開いた。
「過去にクリスタがリリー様に対して行ったとされるいやがらせですが、証言者たちが今になって口を割りました。ヴィルト男爵に金で買収され、嘘の証言を行ったと。娘を王太子妃とすることができれば、将来王太子妃としての提言によって、金も地位も思うが儘にできるはずだから、と唆されたそうです」
「な・・・・!」
「しかし今になって、リリーは王太子妃としての教育に根を上げ、その地位から逃げ出したがっています。このままでは男爵家から王太子妃がでることはないだろうと考えた一部貴族から、罪の免除と引き換えでの情報提供がありました。あの断罪で上げた内容はすべて、リリーを裏で操ったヴィルト男爵のでっち上げです」
ヒルデベルトはあまりの内容に片手で顔を覆い、呻いた。
「なんということだ・・・、リリーは、リリーもまさか、わざと嘘の証言を・・・」
「いえ、こう言っては何ですが、リリー様にそこまで思いつくだけの頭はないでしょう。父親に言われた内容を、愚かにもそのまま鵜呑みにしたと考えるべきかと」
遠回しにリリーには頭が足りない、と表現してみせたヴィンフリートだが、表情には皮肉など欠片も浮かんでいなかった。
男爵家の讒言に唆され、踊らされ、いいように操られたのはヴィンフリートも同じなのだ。
そして、その愚かしい言葉にもっとも踊らされたのはヒルデベルトだ。
「なんてことだ、私はクリスタに、酷いことを・・・」
「殿下がご自分を非難する必要はございません。我ら臣下一同、皆が同様のことを行いました。その状態で、殿下が嘘の証言を疑う余地などなかったはず。すべては我らの、そしてわが家の失態です」
かつて、妹を追放したときですら、ここまで痛みをこらえるような顔はしていなかったはず。ヴィンフリートの表情は悲痛を極めた。
だがヒルデベルトは、その言葉すら耳に入っていなかった。
自分はいったいクリスタに何をした? たとえ傲慢であっても、常に自分を支え、寄り添い、ともに歩んでくれた彼女に、いったい何を・・・
ヒルデベルトはその場で蹲りたくなるような脱力感を感じ、目の前が真っ暗になった。
「クリスタは、今どこにいる? 公爵家ではクリスタの足取りをつかんでいるか? 私は、彼女に謝らなければ・・・」
「いえ、当家では妹がいた記録すら抹消したため、その後の足取りを追うようなことは一切致しませんでした・・・」
「だが、渡した金品の額から、どの程度まで移動可能かは判断できるだろう、それにクリスタはアルブレヒツベルガー王国の名門貴族特有の銀髪紫眼をしている。探せば目撃者は出るはずだから、さらに捜索は容易になるのではないか?」
「いえ・・・ 実は、クリスタには一切の金品等、生活に立て替え可能なものも含め何も持たせずに家から追い出したのです。その・・・文字通り、『野垂れ死にしても関知しない』という通達通り・・・」
そう、『クリスタに自分の罪の重さを認識させるため、一切の金銭や換金可能な品は持たせずに無一文の状態で放り出せ』と指示をしたのはヒルデベルトなのである。
その当時は、『悪女を成敗する為なのだからこれは善なる行いだ』と胸を張っていたが、彼女の無実を知ったいま、それがどのような問題を引き起こすか漸く思い至り、血の気が引いた。
公爵令嬢として常に身の回りの世話をされていた令嬢が、市井に降り、手元に金銭が何もない状態で、まともに暮らしていけるはずがない。
・・・・・今、クリスタはまだ生きているだろうか。
・・・・・・・・本当に生き延びているのか?
「・・・クリスタを探しだせ、なんとしてでもだ」
「かしこまりました」
生きていてほしい。
どこにいるかもわからない元婚約者の無事を、ただ祈ることしかできなかった。
***********************************
馬車は王都を出て、王国南西部に位置する地方、クンツェンドルフ領に入った。
ヒルデベルトは、逸る気持ちを何とか宥めながら馬車から見える風景を見やった。
馬車に同乗しているヴィンフリートは、資料を眺めながらいつも通りの無表情のまま説明を続けた。
「まさかクリスタが、王都からここまで離れた場所に隠れ住んでいるとは予想だにしませんでした。現在、妹はクンツェンドルフ領の深遠の森、ルフナ村にある修道院にて修道女として暮らしているとのことです」
「クリスタは放逐時、金品は所持していなかったんだろう。なぜ、王都から馬車で数日もかかるような場所に移動することができたのだ。それにクンツェンドルフ領は、シュタールベルク公爵家との繋がりは何もないはず」
「クリスタが生誕した際、誕生の祈りをささげたというシスターが現在はこの修道院に在籍しているそうです。それを頼ったのだと思われます」
「それ以降も繋がりがあったということか? だが、それならば公爵家で気が付くだろうに」
「そのシスターは2年前まで、王都にいたとのことです。クリスタは修道院およびそれらが管理する孤児院の慰問を度々行っていたようですので、その際に繋がりを持ち、放逐当時にそのシスターの元を訪れて尼僧として迎え入れられたのでしょう。この修道院へと移ることになったときに、同行することを提案したのもそのシスターでしょう」
「・・・そうか」
自分は何も婚約者のことを知らなかったのだな、とヒルデベルトはつぶやいた。
表面上の笑みだけを浮かべて、自分の家の権力を笠に着て、自分の王太子殿下の婚約者としての権力を頼みに居丈高なな振る舞いをする、傲慢で心は冷たい女なのだと思っていた。まさか、そのような心優しい一面を持っているなど、考えてもいなかったのだ。
「ヴィンフリートは、クリスタが慰問を行っていたことは知っていたか?」
「・・・いえ」
「クリスタは、なぜ慈善活動を行っていたことを私たちに知らせてくれなかったんだろうな。私たちに秘密にしなければならない理由など何もあるまい」
「・・・わが家の方針として、『常に強者たれ』とクリスタは教育されました。誰かの手を差し伸べられないと生きていけないような人間に手を差し伸べることは、罪悪だと。おそらく、慈善活動を行っていたことがばれれば、父から厳しい叱責を受けたでしょう。それを逃れるために、常に妹も高位貴族としてふさわしい居丈高な振る舞いすることで、隠れ蓑にしたのだと思われます。常日頃公爵家の名前を全面に出して振る舞う女が、まさか弱者への救済を行うなど思いもよりません」
「・・・彼女の、いつも鼻持ちならない傲慢な態度も、隠れ蓑でしかなかったということか!? あの常の私へ見せた態度も?! 私に対する振る舞いすら、利用していたというのか!」
あのクリスタの下位者を見下すような傲慢な振る舞いが、常にヒルデベルトを苛立たせてきた。彼女が常に自分よりも勉学でも魔力でもヒルデベルトの努力では到底追いつけないほど高みにいた。常にコンプレックスにさらされ、それゆえにヒルデベルトの態度も刺々しいものにいつしか変わり、二人の仲は急速に冷え切っていった。
なぜ、クリスタは自分に打ち明けてくれなかったのだ。
打ち明けてくれさえすれば、自分はこのような劣等感に苛まれることはなかった、もっと優しく接してやることもできたのに。
「おそらく、殿下の立場を慮ってのことでしょう。当時の殿下は立太子されることが陛下より正式に定められ、味方だけではなく敵も多く、また甘い汁を吸うためにすり寄ってくる者共の対応に苦慮されれておられた。その大事に、さらに自分の都合で迷惑をかけく真似をしたくなかったのではないかと。あれは、常日頃は公爵令嬢としてふさわしく振舞えるよう、下位の者に対するのにふさわしい態度をとっておりましたが、殿下に対しては常に敬意を払っておりましたから」
「・・・」
そうだった。常日頃から公爵令嬢としての地位を笠にかけるような態度をとっていたが、ヒルデベルトに対してだけは優しかったのだ。
ヒルデベルトの立場を考慮して振る舞い、ヒルデベルトが将来の国王となるための教育で疲れたときには真っ先に労りの言葉をくれた。
二人の関係が破綻する前は、いつもふわりと微笑んで、公務のための勉強につかれたヒルデベルトを慰めたり励ましたりしてくれていた。
その笑顔は、ヒルデベルトが嫉妬や苛立ちをぶつけるようになってから、だんだんと無くなってしまい、ついにはクリスタの笑顔すら思い出せなくなるほど、遠い記憶になった。
「クリスタは、私の謝罪を受けいれてくれるだろうか。あれだけ酷いことを言ったのだ。もしかしたら、許してくれないかもしれない・・・」
「大丈夫ですよ。クリスタはあんなに殿下のことを愛していたんです。たとえ過去に何があろうと、クリスタはそれを引きずるような娘ではありません。それに、あれには公爵家の娘として相応しいようにと常日頃から教育しておりました。まさか殿下相手に無礼なことなど考えもしないでしょう。何より、再度殿下が婚約してくださるのですから、喜びこそすれど、拒否するなど考えもつかないでしょう。きっと泣いて喜びましょう」
「・・・そうだな」
昔、クリスタの誕生日にヒルデベルトの碧眼の色に合わせたネックレスを贈ったときのことを思い出した。
あの時クリスタは、美しい瞳から一粒涙を流しながら、大輪の花のようにほほ笑んでいた。
ああ、早くクリスタに会いたい。
会えなくなってからずっと、自分の心は安らぎなど得られなかったんだ。
君がいなくなって、初めて自分は君のことがなにより大切だと知ることができた。
謝るから許してほしい。
君以外とともに生きるなど、もう考えることもできない。
************************************
たどり着いた修道院では、案内役のシスターは無表情を保ったまま、一言も言葉を発することなく院内の一室へ案内してくれた。
そのときに、ここにいるはずのクリスタについて尋ねたところ、なぜか親の仇を見るかような氷の視線を向けただけ、やはり無言のまま。
あまりにも無礼ではないか、とヒルデベルトたちは気分を害したが、現在二人は正式な身分は伏せ、「とある下級貴族でクリスタの知己」とだけ名乗っているため、咎めることはできない。
カーテンを引かれた薄暗い部屋の中、手元には差し出された茶が温かく湯気を出しているが、一口のんだだけで、今まで飲んだことのないような粗悪品であることがわかり、それ以上は飲まずにカップをソーサーに戻した。
建物に入る前か感じていたことだが、この修道院は全体的に薄汚れ、建物の劣化が目立つ。窓からは普段の食事を賄うための畑が見えるが、畑の作物は全体的に萎れて見える。おそらく、この修道院自体が寄付の少なさゆえに困窮しているのだろう。
「クリスタは、こんなとこで生きるしかなくて、さぞかし苦労しただろうな。本来、何不自由なく生きていけるはずの令嬢が、こんな辺鄙な場所で生活するしかなかったんだ。慣れない暮らしを強いられて、さぞかし辛い思いをしただろう・・・」
「殿下、それ以上はおっしゃいますな。それを私たちが救い出すために、今日はここに迎えにきたのではないですか。それに、わざわざ殿下御自身に足を運んでいただいた上、もう一度婚約者として迎えていただける、それ以上の喜びなどあるはずがありません」
「そうだな、クリスタに謝罪したら、いままでの無礼を償うために、できる限り我がままを聞いてやろう」
「きっと、そのお言葉を頂けるだけでも、至上の喜びでしょう」
その時、ドンドンと無造作なノックの音がした後、二人が返事をする前にガチャリと無粋な音を立ててドアが開いた。
ヒルデベルトは扉を開けた人間の不作法さに顔をしかめたが、入ってきた人物の顔をみた瞬間、その不快感は全て吹き飛んだ。尼僧としてのベールに頭を包んだ髪色をうかがうことはできず、また部屋が薄暗いために瞳の色も判明できない。
それでも。あの意思の強そうな瞳と秀麗な顔を、姿形をヒルベルトが見忘れるはずがない。
クリスタ
クリスタ・シュタールベルク
私の唯一の婚約者
「クリスタ・・・私は・・・」
無事に出会えたこと、今日まで生きていてくれたこと、様々な感情がこみ上げ、言葉が詰まってしまったヒルデベルトだが、『彼女』はそれに気づくことはない。そもそも、瞳には何の感情も宿っていなかった。
無機質な瞳を前に向け、単調に言葉を紡ぐ。
「私のような一介の尼僧の元に、『高貴な貴族様』がわざわざおみ足を向けて頂けるなど恐れ多いことです。私のような下賤なものに、どのような御用でしょうか、『貴族様』」
目の前にいる『彼女』は、慇懃無礼としか言いようのない言葉を述べると、口元に冷笑を浮かべていた。
ヒルデベルトは、今まで見たことのない『彼女』の様子に息をのんだ。いつも自分の婚約者は自分に対しては心からの笑顔を浮かべ、それをしなくなった後も常に敬意を払って対応していた。
平たく言えば、正しく王子様として常に敬われて育ったのヒルベルトはいまだかつて一度も無礼な態度での対応をされたことなどなく面食らったなかったのである。
とっさに言葉がでなかったヒルデベルトだが、おそらく目の前にいる『彼女』は自分たちが迎えに来たこと、婚約破棄が冤罪だと証明されたことを知らないために、さらに罪を追及されるのかと脅え、警戒しているのだろう。そう思いつき、無理やりに笑みを浮かべて優しい言葉を紡いだ。
「今まですまなかった。クリスタ、君のことをずっと誤解していたんだ。婚約破棄したときに君が弁解のために発した言葉が真実だとようやく証明されたよ。君の言葉を疑ってしまって、弁明も聞かずに追放してしまったために、いままでずっと苦労をかけた。だがそれももう終わりだ。私と一緒に帰ろう。もう一度私とやり直してくれないか。皆もそれを望んでいる」
「・・・・・」
「君の名誉は守られたんだ。今ではもう君のことを貶める人間など王都には存在しない。安心していいんだ。さあ、おいで?」
「・・・・・」
「もう一度誓うよ、君だけを愛し守り抜くことを。だからもう一度婚約者として共に・・・・クリスタ?」
「・・・・・」
ヒルデベルトが必至に言葉を紡いでも、目の前の『彼女』に何の反応もみられないことに訝しんでいると、『彼女』は下を向いてかすかに震えている。
喜びの余りに泣いているのか、今までの苦労が唐突に報われたことに驚愕しているのか。そのように安易に考えて、慰めようと手を伸ばしたヒルデベルトは、自分の耳にかすかに届いた音に耳を疑った。
「ふ、ふふ、くっ・・くっく、・・・ふふふ・・・・・!」
わずかにしか聞こえない、しかしれっきとした笑い声は、そのうち「あはは、あっはははははは!」と耳障りな甲高い哄笑へと変わる。
その笑い方は淑女のそれではなく、また王太子たる自分に向けられるにはあまりにも非礼で。
完全に温室育ちでこのような不慮の事態に免疫のないヒルデベルトは、茫然として立ちすくんだ。
「クリスタ、お前はいったい何をしているんだ。殿下に対してそのような態度をとるなどあまりにも非礼だろう! 大体そのような大声で笑うなど、シュタールベルク公爵家令嬢として恥ずかしいと思わないのか!」
同じくあまりのことに茫然としていたヴィンフリートは、『彼女』の哄笑が終わらず、腹を抱えてまだ笑い続けている様に、厳しく叱咤した。
だが『彼女』の嘲笑は止まらない。
それどころかヴィンフリートの声を聴いて、さらに大きくなったようだ。
「あはは、おっかしい! 態度からしてよほど高位の貴族様なんだと思ってたけど、まさか王子様だなんて! しかもその王子様はどうやら自分の婚約者に逃げられた上に自分の婚約者の顔すら判別できないド阿呆とは! 隣にいる男もどうやら自分の妹を連れ出しに来たつもりが、目の前に座っているのが『本当に自分の妹か』すら分かってないんだものね。いやあ、笑えるわぁ!」
ようやく顔をあげた『彼女』の顔は、明確に侮蔑の表情を浮かべていた。
余りの態度に絶句するヒルデベルトとヴィンフリート。
「なにか誤解なさっていませんか? 私は生まれてからずっと、修道院で生きてきました。ここの先代の修道院長である、シスター・マリアに赤子のころに拾われてからずっとね。そんな女が、どうやってあなた方の婚約者や妹をやれるっていうんですか?無理がありすぎますよ」
何か声を上げなければ、そう思うのに目の前の『彼女』の剣幕に圧倒され、ヒルデベルトは声を発することすらできなかった。
しかし、ヴィンフリートは彼よりいち早く茫然自失の状態から解放され、『彼女』を睨み付けると吐き捨てるように口にした。
「クリスタ、これくらいの短い時間で公爵令嬢としての振舞いを忘れたか。最後通告だ、今すぐその無礼な態度を改めろ! 大体、どんなに下賤な平民を装っても、そのベールで隠した髪と瞳は、れっきとした公爵令嬢としての証だろう!」
そういうと、ヴィンフリートは目の前の『彼女』のベールをはぎ取った。
そして、公爵令嬢としてのあかしである銀髪紫眼をはっきりわかるようにと、部屋のカーテンを無造作に全開にした。
「さあ、これでも自分が公爵令嬢ではないなどと下らない嘘をつき続けるつもり・・か・・・・・・!」
「ば、ばかな、そんな、クリスタ! その髪の色は!」
そう二人に同様されながら指さされた、『彼女』の髪色は。
高位貴族を示す銀髪紫眼などでは決してなく。
・・・・・・この国で、忌子として蔑まれている、鈍色の髪に黒の瞳。
かつて、この国の民として生まれ、英雄として国の為民の為に戦いながらも、その人間離れした力のために全て人間の憎悪を受け、人でありながら魔へと落ちた古代の呪われた英雄の存在を象徴する色彩であるが故に、この国では鈍色の髪の子供は嫌悪と冷遇の対象だ。
生まれた赤子が鈍色の髪をしているとわかると、外聞のために病気などを表向きの理由にして、親が自ら手をかけることが当たり前のように起きる程には。
ましてやこの国には、黒目の人間など一人も存在しない。
そのため黒という色は、それだけでこの国では魔を連想させる、禍々しいものとされていた。
「・・・まさかクリスタ、お前は自分の境遇を悲観して、自分の髪を染めたのか? このような、忌色に染めるなど・・・、貴様には公爵家の人間としての誇りはないのか?!」
ヴィンフリートは怒りのあまりに顔を真っ赤に染め、表情を歪めながら詰問する。
それも当たりまえだろう。いくら王太子殿下との婚約破棄されて絶望したからと言って、自分の髪をよりにもよって忌色などに染めては、王太子殿下との再婚約などできるはずもない。
それどころか、公爵家令嬢にふさわしい相手との婚姻を結び、公爵家に有利に進めることすらできないではないか!
ところが、『彼女』は相変わらず顔には侮蔑の表情を浮かべたまま、あっさりと吐き捨てた。
「バカじゃないですか。この国のどこに行けば、自分の髪を鈍色に染めることのできる染料が手にはいるんですか。そもそもそんな需要のない製品なんて、作る人がいるわけないじゃないですか。あなた今言いましたよね、忌色って。この髪の色って本当に忌み嫌われているんですよ、道を歩いているだけで石もて追われるような扱いを受ける。それなのにこの髪に染める阿呆がこの世に存在するとでも?」
「しかし、現にお前の髪は鈍色に・・・」
「だから、生まれつきですよ。なにを勘違いしているんだか・・・」
ヒルデベルトとヴィンフリートの余りの食いつきにややあきれ顔だった『彼女』だが、ふと何かに思いついたのか、はっと顔を一瞬だけ真剣な表情にしたが、そのあとはまたクスクスと嘲笑を浮かべた。
「ああ、もしかしてあなたたちがおっしゃっているのは私たちが王都から離れてここに来る前に新しく尼僧として入ってきた、『クリスタ』のことを言っているの? なーんだ、ちょっと姿形が似ているからって婚約者や妹の顔がわからない阿呆ってわけ? なるほど、こんな馬鹿が相手じゃ、『クリスタ』が自分の心身ともに追いつめられて病気になって、最後まで呪いの言葉を吐きながら死んだのも頷けるわー」
いったい何を言っているのか。
ヒルデベルトは、足元がぐらつくのを感じた。
クリスタが、死んだ?
今目の前にクリスタは立っているではないか。
「あの子、修道院に入ってから毎日泣きながら暮らしていたのよね。『私は名誉を傷つけることなんて何一つしていない』『愛していたのに誰も話を聞いてくれなかった』『信じていた人すべてに裏切られるなんて辛い』ってずーっと言い続けて。最後には死病にかかって、どんなに苦しくても『もうお金はないし、これ以上生きていたくないから』って自ら治療を拒否して。でもをこんなバカに冤罪を着せられて辛酸をなめただなんて、確かに消極的に自殺したくもなるわよね。あの子ったら可哀想~」
口でこそ可哀想などと表現しているが、その表情は明確に彼ら二人に対する侮辱であることは明白である。
だが、目の前の『彼女』は何を言っているのか。
理解ができない。
目の前が真っ暗になっていく。
「当時、あの子と似た『クリスタ』という洗礼名を持っていた私は最後まで『彼女』と一緒にいた。だから、『彼女』の嘆きも絶望もずっとそばで見ていたのよ。でも、正直『彼女』は嘆き死ぬ必要なんかなかったと思うわ。だって相手がこんな馬鹿どもなんて、自分の人生を全てあきらめて死ぬような価値ないもの。バカな娘よねぇ」
クリスタと同じ顔をした女が、『クリスタ』のことを侮辱している。
「つまんない人生よねぇ。人生の楽しい子供時代も青春時代もすべて棒に振って勉強漬けにされて何の自由もない。それほど自分のすべてを代償にしたのに、そのお礼にすべてを否定されて、心を殺しつくすような形でサヨナラ、だなんて」
・・・やめてくれ
「ああ、それとも貴族様にとっては、娘一人が絶望しするのなんか普通のことなのかしら? あはは、確かにあんた等、人間のことを見下してそうな顔してるもんね」
・・・・・やめてくれ
「そうやって一人の人間を追いつめて殺しておいて、今頃になってさも親切顔して手を差し伸べるなんて、なんか新手の詐欺みたいだよね~。ああ、原理は同じか。つまり、一度追いつめて弱らせてからもう一度優しくして、自分たちのいいように動かせる奴隷にでもするつもりだった、と」
・・・・・・・やめてくれ
「きゃ~怖い! 悪趣味~! 『どこまで根性が腐っている』のかしら~。それとも貴族ってみんなこうなのかしら。『がこの栄えあるアルブレヒツベルガー王国』の王侯貴族ってみんなこんなだったとしたら『この国の未来なんてない』わね。どうしましょ~」
・・・・・・・・・やめてくれ!!!
「・・・ク、クリ、す・・」「殿下!!!」
耳に入れることすら耐えがたい『彼女』の暴言を遮ろうと、強張った声で名前を呼ぼうとしたヒルベルトの声は、ヴィンフリードの絶叫に遮られた。
「殿下! 帰りましょう!!! ・・・この女はクリスタではない。これはたまたま姿形だけがよく似た、まがい物、粗悪な偽物です! このような女がシュタールベルク公爵家の血を引く娘であるはずがないんだ!!!」
はっとして振り向くと、ヴィンフリートの顔は土気色をしており、まるで生き返った死人でも見たかのような表情をしていた。
口元を抑えているのは、震えているのをごまかすためか。
ヒルベルトはいまだかつて、ヴィンフリートがここまで狼狽した姿など見たことがない。
だが、クリスタが髪を染めたからと言って、何故自分よりもひどい顔色をしているのかが分からない。
「私からしたら、『クリスタ』のほうが偽物なんだけれど、ね」
「黙れ!!!」
ヴィンフリートの魂切るような絶叫が目の前の『彼女』の言葉を若干食い気味に否定した。
だが、それだけ必至になるのはなぜなのか。
しかしヒルベルトの疑問は、強い力でヴィンフリートの手を引き、室外へ出ようとしていることで中断される。
「まて、ヴィンフリート。クリスタを置いていくのか?!」
「いいえ殿下、この紛い物の女が言った通りです。私の妹であるクリスタは死んだのですよ、この女はその姿を装って我らをたぶらかす忌子、悪魔ですよ!! 耳を貸してはなりません!!!」
ヒルベルトはとっさに手を振りほどこうとするが、ヴィンフリートのすさまじい形相に思わず怯んだ。その隙にヴィンフリートは部屋の扉を開け、ヒルベルトを外に無理やり連れ出そうとしている。
「・・・その悪魔の言葉を信じて『クリスタ』が死んだことに納得したみたいだけれど、信じていいのかしらねぇ」
「貴様のような悪魔の甘言に乗ると思ったか、この化け物!!」
軽い皮肉に返したのは、聞くに耐えない罵声であったが、その中に込められているのは魂からの絶叫であった。
扉を潜り抜けながら、ヴィンフリートは憎悪の眼差しで目の前の『彼女』を見やり、呪詛をつぶやいた。
「妹を殺した貴様を決して許しはしないぞ。必ず償わせてやる・・」
「殺したのはあんたたちでしょ。目の前に忌子がいるからって責任転嫁はやめてよね。そう考えれば、自分たちの罪から目を逸らせられるからって、どんだけ根性ないのよ」
「・・・・・・・」
ひと睨みして、ヒルベルトを引きずりながらヴィンフリートは出ていった。
*****************************************
ヒルベルトを引きずるようにして馬車に乗せよとするヴィンフリードと、それに抵抗してまだ自分の元婚約者の名前を叫んでいるヒルベルト。
その様子を、『彼女』は窓のカーテンの隙間からそっと眺めていた。
口には、凄惨な笑みを浮かべたままで。
「馬鹿は一生踊っていればよいのだわ。『私達』が受けた苦しみは、こんなもんじゃなかったのだから」
『彼女』は、もうこの世にはいない『片翼』の少女たちのことを思い浮かべながらそう独り言ちた。
『クリスタ、様。私は・・・』
『もう、アンナったら。私のことは〝お姉さま”って呼んでって前も言ったじゃない。私と貴女は血を分けた双子の姉妹なのよ? たとえ家がどのような態度をとっていたって、私たちは血をわけた『片翼』なのだわ』
『でも、お姉・・クリスタ様。貴方さまは王太子妃候補として立たれているのでしょう? だとしたら、私の存在はきっと足枷にしかなりません。もし貴女さまが忌子の姉だとばれれば、どれだけ謂れのない侮辱を受けるか。最悪、王太子妃としての未来も失われてしまうかも・・・!』
『アンナ、優しい私の『片翼』。大丈夫よ、いつか私が王太子妃として力をつけたら、あなたを迎えに来るわ。権力を、力を、人脈を、全てを使って、誰にもあなたへの文句言わせなくして見せる。それまで待っていて?』
『お姉さま・・・』
『お姉さま、疲れた顔をしてどうしたのですか?』
『いえ、何でもないわアンナ、貴方の顔を見たら安心しただけ』
『・・・お姉さま、私は何の力もありません。でも、貴方の『片翼』として、お姉さまの心の負担を減らしたいのです。心の内をさらけ出すだけでもきっと楽になりますわ。それとも、それすら許されないほど私は役者不足ですか?』
『ふふふ、貴方には負けるわね。実はね、最近ヒルベルト様の様子がおかしいの。具体的には話せないのだけれど、あんなの、普段のヒルベルト様じゃない・・・』
『ずっと私はお姉様の味方ですわ。何があっても・・・!』
『ありがとう、私の『片翼』、大切な妹』
『お姉様、迎えに来ました。私とともに参りましょう』
『駄目よ、アンナ。私は公爵家から、国からの追放を受けた身なのよ。貴方に迷惑がかかってしまう・・・』
『いいえ、お姉様は今までずっと私の心を救ってきて下さったのですわ。だからどうか、今度は私にお姉様を守らせてくださいませ。 私もあなたの『片翼』として、貴方の力になりたいのです』
『・・・でも私は、貴女との約束を守れなかった。守るって言ったのに、必ず迎えに来るって言ったのに!・・・あなたを救うって・・・約束したのに・・・』
『いいえ、お姉様。あの言葉があったからこそ、私は永劫の孤独から解放されたのですわ。他の誰も見向きもしない私をお姉様が見てくださった。それだけで私は幸福なのですわ。だから、今度は私がお姉様に幸福を与える役目をくださいませんか?』
『・・・ありがとう・・・』
『ねえ、見てみてアンナ!』
『え、何ですかお姉さ・・ま・・・・』
『どう、似合う?!』
『ギャーーーーー!!! お、お姉様! その髪の色はどうしたんですか~?!』
『ふっふっふ、魔法学で習った光魔法と空間魔法を応用して、自分の髪色を変える魔法を新しく作ってみたのよ! これで髪の色はお揃いね!』
『いや待って! 落ち着いてお姉様今すぐ!! 正気ですか!? 何もよりによっても忌色に染めなくっても! あんなに美しい銀髪でしたのに、もったいないですわ!』
『あら、私はもう貴族の娘じゃない。アンナ、貴方の『片翼』なのよ? なら、貴女と並び立つのにこの髪色は最適だと思うわ! もし貴女を髪色の為に苦しめる者があらわれても、私が目の前に立ちふさがって防波堤になって見せるわ! 瞳の色以外はこれでお揃いね! ますますこれで私達は近しくなったのだわ!』
『お姉様、すっかり開き直ってしまって・・もう・・・・・・ふふふ』
『ええ、開き直ったかもしれないわね、・・・・・ふふふ』
『ふふ、ハハ、アハハハハハ! もう、お姉様ったらおっかしい~! おなか苦しい~!』
『ふふふ、アハハハハハ!! ああ、私もうこんなに笑ったのは久しぶりだわ!』
『私も、こんなに愉快な気分になったのは初めてかも・・・!』
『ねえ、どうせだから私達、二人合わせて一つの名前を名乗らない?』
『どういうこと?』
『これからずっと一緒にいるんだもの、私達は二人で一つ。そのことを示すために、私達の名前を足して二人で1つの名前を使うの。姉である『クリスタ』と妹である『アンナ』を組み合わせて、『クリスティアンナ』と名乗るのはどうかしら。』
『二人で一つの名前かぁ。確かに素敵かも』
『ええ、だって私達、いつかここを出ていったほうがよいと思うんです。だっていつかは公爵家に見つかってしまうかもしれないから。でもその時に、活動するのに前の名前をそのまま使ったら見つかる可能性は高くなるし。まあ公爵家から最悪刺客が差し向けられたって負けないけど』
『そうね、『右翼』たるクリスタの強力な攻撃魔法と防御魔法、『左翼』たるアンナの誰も到達できないほどの『神聖魔法』。この二つがあれば、だれも私達二人にはかなわないものね』
『ええ、そうよ! 私達は二人で一つ。そうやって一つの名前で表して、そして生きて行きましょう。ずっと一緒に』
『ええ、私の『片翼』。永遠に私達は一緒よ・・・!』
『ねえ、お願い、早く病気を治して元気になって、お願いだから私を一人にしないで・・・!』
『泣かないで、私の『片翼』。大切な私の唯一の姉妹。大丈夫よ、一人になんかしないわ』
『じゃあ、この病気も治るわよね? また今まで通りに、一緒にいられるわよね? お願い約束してよ、どこにもいかないって、ずっとそばにいるって! 貴方に先立たれたら、私だってもう生きていけない!』
『大丈夫よ、・・・たとえ私が死んだって、『私達』はずっと一緒にいられる』
『私は、貴女と二人で生きたいの! 死ぬなんで言わないで、お願い!!』
『違うわ、違うのよ』
『・・・・何が、違うの?・・・う、ううう・・・』
『泣かなくていいの。私が死ぬことで、私達は本当の意味で『二人で一つ』になれるのだから』
『・・・どういうこと? 死んじゃったらもう会えないじゃない。貴女だけが、私の孤独を、一人ぼっちの絶望を癒してくれたのに・・・!』
『なんだか分かるの。 私は貴女を一人ぼっちにするために死ぬんじゃない。貴女と溶け合って、本当の意味で一人の『クリスティアンナ』になるの。私の心も知識も記憶も全て貴女にあげる。貴女の心の傷は、私の魂がまじりあうことで本当に癒され、そして私の孤独だった魂も癒される。私達は永遠に一緒にいられるのよ』
『私の『片翼』。なにを言っているの?』
『大丈夫、貴女は寂しくなんかならないわ。永遠に一緒にいましょう・・・・・』
そして、私の『片翼』が天国に旅立った日。
『私』の心の中に、確かに『片翼』の全てが溶け込み混じり合って、私達は『二人で一つ』になった。
髪の色は『アンナ』と『クリスタ』の髪色が混じった結果か、少し銀の混じった『鈍色』に。
瞳の色まで、『アンナ』の碧眼と『クリスタ』の紫眼の色が混じり合い漆黒に変わってしまった。
公爵家令嬢として扱われながらも、常に家族とも、婚約者とも、友人とも、使用人とも距離を置かれたために、周りに常に人がいたにも関わらず、ずっと孤独だった『クリスタ』。
公爵家から忌子として捨てられ、周りから蔑まれ忌み嫌われたために孤独だった『アンナ』。
二人の孤独な魂が二つに溶け合い、そして知識も記憶も能力も、全てが合わさって『私』になることで、この胸を占めていた焼き尽くすような孤独感を、圧倒的な万能感で埋め尽くした。
『片翼』しか持っていなかった私たちは、本当に『両翼』を得ることができ、ようやく空に羽ばたくことができるようになったのだ。
「もう、公爵家も王子様もいらないわ。『両翼』を持つ私には、もう不要のものだもの」
カーテンの隙間から見える、ヒルベルトとヴィンフリートの醜態を見ながら、『両翼』を持つ『クリスティアンナ』はそう独りつぶやいた。
無理やり馬車に乗りこんでからも自分の元婚約者の名前を叫ぶヒルベルトを、失笑して見やりながら。
嗤うのも当たり前だ。もうこの世に、『クリスタ』も『アンナ』も存在しないのだから。
魂が融合したとき、きっと、二人の少女は死んで、私に生まれ方ってしまったのだろう。
今の世にいるのは、二人の全てを共有して持っている、『クリスティアンナ』だけ。
「ああ、これから忙しくなりそうねぇ・・・」
とても楽しげに、くすくす笑いながら『クリスティアンナ』は口の中で小さくつぶやいた。
おそらくヴィンフリートは、自分のことを公爵家から捨てられた忌子である『アンナ』だと誤解したままだろう。
そうなれば、すぐに暗殺者が差し向けられるはずだ。公爵家から忌子が生まれたなどという醜聞を隠すために。
だが残念なことに、ここにいるのは『アンナ』ではなく、『クリスタ』の記憶すら併せ持つ『クリスティアンナ』だ。
公爵家がどのような手段にでるかも、その場合どのように切り抜ければよいかも全て想定済みだ。
高々暗殺者程度に遅れをとるつもりはないが、最悪不覚をとったとしても神聖魔法で傷を癒してしまえば問題ない。
それに、公爵家ごときにいつまでも煩わされるわけにはいかないのだ。
『クリスティアンナ』は、今まで多くの人が苦しめてきた、『アンナ』と『クリスタ』の二人の無念を晴らすために、そして二人の知識を、能力をこの世に不動のものとするために。二人の能力の全てを使って、この世に知らしめたいのだ。
今まで蔑ろにされていた『私達』の力がどれほどのものなのかを。
無能な輩に貶められるような存在などでは決してなかった、誰にも到達できない程の素晴らしい力の持ち主であったことを。
それを、確実な実績でもって、『クリスティアンナ』として証明してくれる。
これが、私達の復讐の仕方だ。
クスクスと笑いながら、『クリスティアンナ』は窓から離れ、一人歩き出した。
*****************************************
内紛により荒れ、その影響で魔物の出現も多く発生したたアルブレヒツベルガー王国に、一人の少女が現れ、その類を見ないほどの高レベルな力でもって多くの命を救った。
少女の名前は、『クリスティアンナ』。
シスター服に、本来ならば忌まれるはずの鈍色の髪と、漆黒の瞳を有した類いまれなる力をもった少女。
病魔に苦しめられ、危うく一地方の人間全てが死滅するかと思われるほどに蔓延した疫病を、神聖魔法を駆使してたった一人で全ての命を救い。
死霊系の魔物がスタンピードを起こした際は、神聖魔法と高レベルな攻撃魔法を自在に操り、魔物に呑み込まれようとしていた都市を救った。
彼女はそれだけではなく、太古の昔に失われたとされる神代魔法を復活させ、常人には取得不可能とされていた最高峰の精霊魔法を習得することによって、病魔や貧困、魔物に苦しめられ、飢餓に喘ぐ多くの人々を救ってみせた。
シスターベールからときおり覗く鈍色の髪すら神秘的に輝かせ、たった一人で魔物に立ち向かう彼女の凛とした美しさに、誰からともなく、民は彼女のことを『鈍色の聖女』と呼ぶようになった。
『鈍色の聖女』の名声が高まるとともに、その力と求心力に目を付けた王家は、『鈍色の聖女』を王太子妃として迎え入れることを強制的に決定した。
当初こそ民たちは聖女が王家に輿入れするという慶事に喜び祝ったが、聖女が
『私が王家に囚われていても誰の力にもなれない。野にあって、一人でも多くの人を救うことこそが私がこの世に存在する唯一の意味である』
と強く表明。不敬罪ともいえる発言に貴族は大いに反発したが、この発言に民衆は深く感銘を受け、めでたいと祝う声がクルリと一転して『無理やり聖女を自分たちの私利私欲のために王家に囲い込もうとした』と激しい怒りとなり、一時は大規模な暴動にまで発展した。
それでも聖女を娶ることを希望し続けた王太子は、やがては民だけではなく貴族からも強烈な反発と非難を浴びせられることになり、王家の求心力は底辺まで下落。それを危惧した国王によって、王太子は廃嫡の上幽閉され、王家の聖女囲い込み行わないことを宣言したことで、民は喜びの叫びをあげ、ようやく暴動は終結した。
なお、この一連の騒動の中で、複数の高位貴族の家から一族の娘を王太子妃の座につけるために、秘密裡に聖女を葬り去ろうと刺客を放たれたことが判明し、これ以上の王家の求心力低下を危惧した王家は、その複数の高位公爵家の処罰を決定。中には王家に次ぐ力を持つ公爵家なども存在したが、当主の蟄居や領地没収、爵位の返上などに追い込まれたものもいた。
そのような騒動があったその後も『鈍色の聖女』は自分の力全てを使って、命尽きるその時まで、ずっと民のために戦い続け、癒し、民を国を守り続けた。
聖女は生まれてすぐ修道院に預けられた孤児であるとされ、血縁はいないとされている。
しかし、これほどの高位魔法の使い手が平民の中から現れるとは到底思えず、後年の史学者たちは、聖女の生まれについて様々な説を上げた。
高位貴族の庶子であるという説から、実は王族のご落胤であったとする説、高位貴族の令嬢が民を救うためにあえて野に降りたとする説。
しかし、当時の王侯貴族の中に、聖女と合致する令嬢が見つからず、また諸説を証明するような資料が一切残されていないため、これらは推測の域を出ない。
そしてある時、聖女とかかわりの深かった一地方の修道院から、聖女のものとされる日記が見つかった。
しかしその内容は王家および複数の高位貴族への罵詈雑言が延々と書き殴られており、また読んでも意味が分からない言葉が飛び交っているという大変意味不明なものであった。
そのため、この日記は当時の聖女の知名度を利用することで反逆罪を免れようとした、王侯貴族への恨みを持った者による王政への非難書であったのではないか、という説が有力である。
【登場人物】
クリスタ・シュタールベルク
銀髪紫眼の絶世の美少女。アルブレヒツベルガー王国屈指の名門であるシュタールベルク公爵家長女。強めの瞳が性格悪そうだと誤認させるのに役立っている。
周りに対しては、自分の家の権力を楯し傲慢・高圧的な態度をとっていたが、実はそれは全てフェイクであり、とても愛情深い優しい性格。忌色を持つために赤子頃にの修道院に捨てられた自分の双子の妹をとても愛しており、その居場所を手掛かり0の状態から執念でもって探し当てた根性の人。妹に会うためだけに、修道院やその付属施設である孤児院への慰問や寄付などを積極的に行い、周りにばれないよう裏工作は完璧だった。
父親からは政略結婚の駒としてのみ扱われ、兄には未来の王太子妃にふさわしい振る舞いをすることだけを求められていたため、家の誰にも本音や不安を口にだせなかったため、双子の妹が唯一の心の寄る辺だった。
放逐後は、修道院で愛する妹と暮らすことで公爵家にいるよりも心にゆとりができたのか、髪を忌色に変えたり令嬢らしからぬ口調になるなど、大分弾けた性格になった。もともと魔法能力は高く、特に攻撃魔法が得意だったが、妹と暮らす上ではそれだけでは足りないと防御魔法にも力を注ぎ、それが転じて髪の色彩変化など数々の新魔法を確率させた。
アンナとは、互いを『私の片翼』と呼び合う。
アンナ
鈍色の髪に緑の瞳。クリスタの双子の妹。
顔立ちはクリスタそっくりだが、忌色の髪を持つために赤子のころに修道院に捨てられたため、修道女としてひっそりと生きてきた。
忌色の髪のために修道院の中でも外でも常に差別され孤独に過ごしていたが、姉のクリスタが執念でアンナの居場所を突き止め、修道院への寄付や慰問を理由にしてたびたび会いに来るようになり、自分への愛情を示してくれたことでやっと自分の心を平穏に保つことができた。クリスタに対しては、崇拝といってもよいほどの憧れを抱いていて、クリスタの振る舞いを真似てお淑やかに振る舞っているが、通常はもっと平民らしい砕けた話し方をする。また、差別に立ち向かってきたので結構逞しい性格をしている。
クリスタの放逐後は、不遇の身に落とされた姉を守るために生まれつき適性のあった光魔法を根性と気合でさらに強化し、最終的に神聖魔法にまで昇華させた。
クリスタとは、互いを『私の片翼』と呼び合う。
『クリスティアンナ』
アンナとクリスタ、そのどちらかが病で死亡し、その魂が生き残ったもう一人と混じり合って誕生した少女。アンナとクリスタの両方の記憶を持ち、二人の高い魔法能力を一身に引き受けた結果、もともと姉及び妹の通常よりも高かった魔法要素がさらに爆発的に上昇。本来ならば人間では到底たどり着けないほどの凄まじい魔法力を身に着けた。
姉と妹のどちらが死亡したのかは、本人が明かしていないので不明。もしかしたら両者の記憶を所持しているせいで、本人にも自分が元はどちらだったのか分かっていないかもしれない。本人的には、自分は二人の記憶を引き継いでうまれた『第3の妹』だと考えている。
その高い能力をフルに駆使して数々の実績を叩き出し、魔物や病魔相手に無双しまくり、後に『鈍色の聖女』とまで呼ばれるようになる。
実はアンナもクリスタも、二人一緒に暮らせるようになったのでそれほど王太子や公爵家に恨みに思っていないが、クリスティアンナは『お姉様たちを蔑ろにするなんて許さん!!』と二人を遥かに上回る凄まじい恨みを王家・公爵家に向けているため、その復讐をできる機会があれば嬉々として乗り出すような、姉妹のなかで一番攻撃的・過激・結構いい性格をしている。
ヒルデベルトがクリスタと誤解して何度もアタックしてきたが、全て『恋よりお仕事』を合言葉にサラリと躱しては高笑いしている。
ヒルデベルト・アルブレヒツベルガー
アルブレヒツベルガー王国の長男であり王太子。クリスタとは婚約関係にあったが、「身分を笠に着てる傲慢女」「嫉妬に狂って見苦しい権力欲の権化」などとしか考えていなかった。
リリーと恋愛関係に陥ってからはクリスタがリリーに度重なる嫌がらせをしていると勘違いし、事実関係をろくに確認せずクリスタへ婚約破棄を突き付け、今までの鬱憤を晴らすために劣悪な条件で放逐させた。だが、クリスタの嫌がらせが虚偽であったと知ってからは一転、クリスタを誰よりも愛おしいと発言するような、はっきり言って考えの足りない人。
自分に酔っているため、現在は「憐れにも公爵令嬢という身分を剥奪された愛する人」を助けようと必死になっていらっしゃる。
早く目を覚まそうか。
リリー・ヴィルト
ヴィルト男爵家の令嬢。ふわふわのピンクブロンドに小動物のような瞳、庇護欲を掻き立てるような姿をした可憐系美少女。その愛らしさでヒルデベルトを始め数々の高位貴族令息達を虜にし、クリスタからの嫌がらせを受けたとヒルデベルトに訴え、一時は見事ヒルデベルトの婚約者の座を手に入れた。しかし嫌がらせとは全て単なる勘違い・自分が貴族としての礼儀作法をマスターしていなかっただけ・父親であるヴィルト男爵に唆された結果である。
だが、自分に酔っているヒルデベルトとは違い、本気でヒルデベルトのことを愛している、おバカだけど恋に一生懸命な少女。
正し、王太子教育のあまりの難しさに挫けそうになり、どんなに頑張っても甘やかられて育ったヒルデベルトが労いや褒める言葉を口にせず、ただ「これしかできないなんて」としか言わないことに心がすっかり折れてしまった。
ハーレムを作らず相手を間違えなければ、幸せになれたかもしれない。
ヴィルト男爵
野心的であり、おバカな娘を利用して王太子を籠絡させ、自分の地位を不動のものにしようとした。後にその企みが全てばれて失脚する。
ヴィンフリート・シュタールベルク
シュタールベルク公爵家嫡男。アルブレヒツベルガー王国宰相の地位に最も近しいと噂される優秀な青年。怜悧な美貌を誇るが、妹に対しての愛情は皆無で公爵家の栄達に必要な駒としてしか見ていない。クリスタの冤罪に対してはろくに調査をしていなかったが、騒ぎ立てるよりも妹を切り捨てるほうが楽と判断してあっさりと妹を見捨てた。
冤罪の証明がなされた後は、自分の浅はかな行動に後悔する、ふりをしてまったく反省せずにもう一度クリスタを駒として利用しようとするが、目の前に現れた『クリスティアンナ』を忌子であるアンナと勘違いし、後に公爵家の醜聞をもみ消すために何度も刺客を差し向けるが全て失敗する。
確かに仕事はできるし優秀なのだが、自分に不利な状況になると無意識的に周りが悪いと思い込むというお坊ちゃんゆえの悪癖あり。
後年、聖女を王太子妃とする動きがあった時に、焦って刺客を差し向けるが裏での準備不足のために刺客を差し向けたのが公爵家当主および公爵家嫡男だとばれ、公爵家の力はそがれ、ヴィンフリートは公爵家次期当主の座から完全に降ろされてしまった。
バルリング・シュタールベルク
シュタールベルク公爵家当主であり、アルブレヒツベルガー王国宰相。クリスタとヴィンフリートの父親。
だがクリスタに対しては政治の駒としか認識しておらず、常に王太子妃としてふさわしい振る舞いをすることを要求してきた。子供への愛情皆無である。
アンナが生まれたときは、すぐに「双子の妹は死産」にしようとしたが、今は亡き妻からの当時の必至の懇願により、赤子の時に放逐するにとどめた。子への愛情は絶無だが、妻に対しては溺愛劇甘だったそうな。
その愛情、少しは子供にも分けようか。
クリスティアンナの存在発覚後は、息子とともに画策し何度も刺客を差し向け亡き者にしようと暗躍するが全て失敗した。失敗した刺客は暗殺対象本人から毎回手紙を持たされ、そのあまりにこちらをバカにした内容に、何度か頭の血管が切れて倒れており、後年下半身不随となる。また、聖女を王太子妃とする動きがあったとき、公爵家と聖女の関わりが漏れるのを恐れて刺客を放つが裏での対応が不十分となって暗殺未遂の実行がばれ、公爵家当主は責任を取って政治からは完全に引退、公爵家は裁かれ大きく力をそぐこととなった。
シュタールベルク公爵夫人
故人。クリスタとアンナを生み落して数年で亡くなった。アンナが殺されそうになったときに、必至の懇願によって命を救った。病弱だったが自分の主張は最後まで貫き通し、アンナの処遇についてもがんとして譲らずシュタールベルク公爵の主張を退けたことから推測すると、アンナやクリスタの根性強さは母親譲りかもしれない。
愛情深い人で生後すぐ引き離されたアンナのことを気にかけ、死病のために床についているときに、クリスタに「貴女には本当は妹がいるの」と呟いたことが、後年のクリスタによるアンナ大捜索に繋がった。