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奴隷法  作者: 鈴本耕太郎
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7.買い物

 昼食を終えて店を出ると、すでに一時半を回っていた。

 少し早いがこのまま夕飯の食材を買いに行く事にしよう。亮司はそれを涼音に告げて車を発進させた。

 亮司が住んでいる地域は都市部から離れており、何をするにも車がなければ不便な所だ。隣にいる涼音を見て気になった事を口にした。

「涼音は車の免許持ってる?」

「はい。持ってます」

「奴隷でもそれは問題なく使えるの?」

「はい。運転すら出来ない奴隷に価値はないと、販売所の人が言っていましたから問題ないはずです」

 涼音の言葉に亮司は苦笑するしかなかった。

「じゃあ、必要になったら運転を頼むから宜しくね」

「かしこまりました」

 シートベルトで上手く動けないながらも、しっかりと頭を下げてくれた。そんな姿に亮司は感心するばかりだ。


 運転して十分程で目的のスーパーに着いた。

 涼音と共に店に入り、どちらが買い物かごを持つかのやり取りがあったが、今度は涼音に軍配が上がった。両手が空いて手持無沙汰の亮司だったが、大人しく涼音の後を付いていく事にした。

「夕飯のメニューは何に致しますか?」

「涼音の得意料理をお願い」

「得意料理ですか?」

「うん。ってやっぱり困る?」

「はい。出来れば何か指定してください」

「そうだな。じゃあ肉じゃがなんてどう?」

「はい、大丈夫です。他には何が宜しいですか?」

「後は味噌汁と焼き魚かな。季節的に秋刀魚なんかいいかもね。大丈夫そう?」

「もちろんです。それくらいなら任せてください」

 自信たっぷりに見えたので、亮司は安心して任せる事にした。


 必要な食材を選びながら涼音と並んで歩く。なんでもないその光景が、不意に元妻である玲子との思い出と重なった。

『ねぇ、りょう君は何が食べたい?』

『秋刀魚なんかどうかな?』

『旬だもんね』

『えー、お肉が良い』

 娘の凛が不満顔をしている。

『しょうがないなー。お肉もメニューに入れてあげよう』

『ほんとに?やったー』

 嬉しそうな顔でお菓子コーナーへと駆けていく後姿を見送り妻に尋ねる。

『お肉って何にするの?』

『肉じゃがでどう?ジャガイモ余ってるし』

『凛が拗ねても知らないぞ?』

『お肉多めにすれば大丈夫!』

 そう言って舌を出して見せた元妻の顔がグニャリと歪んで現実に戻った。


 胸の奥の方を何かにギュッと掴まれたような何とも言えない気分になり、僅かに鼓動が早まる。

 涼音の方に目を向ければ、変わらず前を歩いており、こちらに気づいた様子はない。

 亮司はそれに安堵しながら、涼音にばれないように深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。どうして?」

「いえ、何となく……。大丈夫なら良いです」

 何かを感じたのだろうか。涼音が突然振り向いたので若干焦ってしまったが、問題なく誤魔化せたはずだ。

 何となく買い物かごの中を見る。豆腐、ワカメ、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、秋刀魚、牛肉。

 ん?

「なぁ肉じゃがって牛肉なの?」

「え?違うんですか?」

「豚肉だと思ってたから」

「私は牛肉だと思ってました。豚肉に代えますか?」

「うーん。牛肉でいいや。今日は涼音に任せるって決めた訳だし」

「わかりました。牛肉の方が良いって思って貰えるように頑張りますね」

「よろしく」

 笑顔で小さくガッツボーズをしてみせる涼音を見て、亮司も笑顔になる。

 こういった些細な違いが今の亮司には嬉しく感じた。ここにいるのは涼音で、玲子ではないのだ。

 これからもこうやって、彼女達との思い出を上塗りしていってくれる事だろう。

 失恋を癒すなら新しい恋をしろ。なんて言葉を聞いた事があるが、しばらくまともな恋愛など出来る自信のない亮司にとっては、奴隷という存在がやはり必要だったのだろう。涼音に対する罪悪感と共に買って良かったという思いがこみ上げてきた。


 必要な物を揃え終えてレジに向かおうかと考えていると、突然前を歩く涼音のスピードが遅くなった。何事かと視線を追えばデザートコーナーのある一角を凝視していた。その姿に好感を覚えた亮司は、わざと涼音を追い越すようにして彼女の視線の先へと向かった。

「涼音はシュークリームとエクレアだったらどっちが好き?」

 亮司の質問に涼音は今日一番の笑顔でエクレアを指さした。


「ありがとうございます」

 亮司が買い物かごにエクレアを二つ入れると、涼音は先程以上に良い笑顔をした。まるで花が咲いたような、という言葉がここまで似合う人がいるのだなと亮司は感心した。そして同時にちょっとだけ意地悪をしたくなった。

「ん?涼音も食べたいの?」

「え?」

 一瞬にして笑顔が凍り付き、まるで人生のどん底だというような表情に変わる。今にも泣きだしてしまいそうな涼音に亮司は弄りがいを感じつつも、少しだけ申し訳なく思った。

「冗談だよ。後で一緒に食べよう」

 亮司の言葉に涼音はあからさまな安堵の表情を見せた。そしてすぐにからかわれた事に気づくと抗議の声を上げた。

 そんな涼音の反応が可愛くて、亮司は笑ってしまう。

 そしてふと気づいた。そう言えば今日は良く笑うな。

 涼音といる事で自然と笑顔になれているような気がした。まだ買ったばかりの奴隷ではあるが、何となく上手くやっていけるような気になってきた。

 そんな事を考えながら、涼音を見れば眉間に皺を寄せていた。

「そんな表情していると癖になるぞー」

 言うと同時に涼音の眉間の皺を指でぐりぐりとする。

「やめてください」

「考えとく」

「へ!?」

 涼音の反応に再び亮司は笑ってしまう。


「もう、苛めないでください」

「わかった。ほどほどにするよ」

「それってちょっとは苛めるって事ですか?」

「バレた?」

「バレバレです。って笑って誤魔化さないでください」


 買った当日にこれだけ打ち解けれるならば問題ないか。

 そう思いながら涼音の顔を見れば、笑顔の中に僅かな緊張が見て取れる。自分の言動で機嫌を損ねないか気にしながらも、こちらに合わせてくれているのだろう。それなりに機転が利いて適応能力も高い。

 亮司は涼音の評価をさらに上げると、これからの接し方について考えを巡らせた。



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