6.身請け
契約から二日後。
入金を済ませた亮司は、そのまま販売所へと向かった。
受付で、ヒューマノイドを引き取りに来たことを告げるとすぐに斎藤がやってきた。
「お待ちしておりました。準備は出来てますので、こちらへどうぞ」
案内された部屋は、応接室と言うのだろうか。少しだけ豪華な部屋だった。
促されるままソファーに座ると、ノックの音が響く。斎藤が返事をするとメイド服を着た可愛い女の子がお茶を持ってやってきた。そして丁寧な動作で亮司の前にそれを置くと、洗練された動作で頭を下げて後ろに下がった。
顔を見れば亮司が買った奴隷だった。
「いかがですか?」
驚いている亮司に斎藤がにこやかに話しかけた。
「驚きました。まさかこんなに素敵な女性だったとは予想外です」
亮司の言葉に斎藤は満足げに笑い、奴隷の子は褒められて照れたのか耳が赤くなっていた。
「ではさっそくですが、彼女に名前を付けてあげてください。その名前を登録して完了となります」
斎藤の言葉に亮司は頷き、奴隷の子に視線を向ける。
すでに耳の赤みはひき平常心を取り戻しているようで、凛とした姿で立っていた。
「涼音。涼やかな音と書いて涼音。君の綺麗な声にピッタリだと思うんだけど、どうだろう?」
奴隷の子は少しだけ驚いた顔をした後、すぐに笑顔で頭を下げた。
「はい。ありがとうございます」
「良い名前ですね。それでは涼音で登録させていただきます。何か質問等はありませんか?なければこれで完了となります」
「はい。大丈夫です」
「かしこまりました。先日ご説明した通りクーリングオフは出来ません。しかし三年以内に彼女が故障をしてしまったり、不慮の事故等により機能停止してしまった場合は保険が適応されます。しかしお客様が故意に起こした故障や機能停止に関してはその限りではありませんし、四年目以降に関しては保証期間外になります。また不要になった場合に買い取る事は可能ですが、状態により買い取り額が変動しますのでご承知ください」
「わかりました」
亮司が返事をすると斎藤に促された涼音が、亮司の傍へとやってきて頭を下げた。
「不束者ではございますが、どうぞ宜しくお願い致します。ご主人様」
ご主人様。
本物の奴隷から言われるその言葉は、亮司が思っていたよりも遥かに高い破壊力を持っていた。
僅かな沈黙の後、再起動した亮司は涼音に向けて微笑んだ。
「こちらこそ宜しく。涼音」
販売所からの帰り道。
運転をしながら隣を見れば、助手席には少し緊張した顔の涼音が座っている。
メイド服はサービスで貰える事になったのだが、そのまま帰るのはさすがに恥ずかしかったので、通常の服に着替えて貰った。今着ているのは、チェックのシャツとショートパンツの組み合わせで、涼音に非常に良く似合っていた。
どこから見ても普通の女の子で、奴隷に見られる事はないだろう。
最近では奴隷に首輪をはめるのが流行っているようだが、法律上はそういったルールは定めれていない為、涼音に首輪は付いていない。
「せっかくだから何か食べていこうか。何か食べたい物はある?」
「なんでも大丈夫です」
「本当に?嫌いな物はない?」
「――あります」
回答の前に僅かな空白があった事に亮司はしっかりと気づいていた。
設定して貰ったルールの一つ。亮司に対して嘘をつけないというのが、しっかりと機能しているようである。効果の確認を終えた亮司は満足げに頷いた。
いくつかの問答の後、結局亮司が決める事にした。ここで命令権を発動しても良かったが、何となく面倒臭くなったからだ。適当に目についた店の駐車場へと車を入れると、涼音を促し店に入った。
昼時のピークからは少し外れていたおかげか、店は思ったよりも混んでいなかった。
待たされる事無く席に案内される。案内された席が壁側にあった為、向かい合うようにしてソファーと椅子が置かれていた。互いにソファー席を譲り合う事になったが、亮司の一言で涼音がしぶしぶ従った。
同じようにメニューの向きでも多少のバトルがあり、その状況を亮司は内心で楽しんでいた。
法律の施行から十年程が経ち、奴隷の存在が随分と受け入れられるようになってきた。しかし亮司にとっては、奴隷とは企業が所有しているというイメージが強く、個人で所有した際の扱いがいまいち分からなかった。その為、どうしても普段女性に対するような扱いになってしまうのだった。
対する涼音は教育されたはずの事が、最初から覆されてしまった為にどうしていいか分からなくなってしまった。亮司の反応を見るに悪い人ではなさそうだが、主人相手にあまり砕けた態度をとるわけにもいかない。
少しの逡巡の後、しばらくは様子を見ながら言われた事に素直に従う事に決めた。
料理の注文を終えると亮司が切り出した。
「とりあえず簡単に自己紹介するね」
「はい。お願いします」
亮司が喋るのに合わせて、涼音の背筋がスッと伸びた。それに関心しつつ亮司は自己紹介を始めた。
「えっと、名前は坂谷亮司。歳は二十八で、バツイチ。仕事は電化製品を作る会社で設計を担当している。趣味は読書。何か質問はあるかな?」
にこやかに話す亮司に釣られて涼音の頬も緩む。最初に作り笑いのように感じていたものが、今は普通の笑顔に見える。涼音は亮司に対して不思議な安心感を感じていた。その為、特に意識せずに最も気になっている事を亮司に尋ねた。
「私を買ってくれたのは、何をさせる為ですか?」
あまりにストレートな質問に亮司は思わず苦笑いしてしまった。しかし特に不愉快に思う事もなくしっかりと答える。
「そうだよな。気になるよね。一応料理や掃除といった家事全般をお願いしたい。後はこうしてたまにデートして貰えたら嬉しいかな」
「デートですか!?」
「そう、デート。嫌かな?」
「そ、そんな事はありません」
こんな些細な言葉に反応してしまう初心な涼音を亮司は可愛く思った。
涼音はデートという言葉に反応してしまった自分を恥ずかしく思いながら、平常心を取り戻そうと必死だった。色々と教育されたため、恥ずかしい事も当然のように覚悟していた。にも拘らず、返って来たのは想定外の言葉。
もちろんそれが口先だけの嘘である可能性はあるのだが、女子高に通っていた涼音は男性と付き合った事がなく、またそういった免疫があまりなかった。その為、亮司のさりげない気遣いやストレートな誘い文句、褒め言葉は効果覿面だったのだ。
目の前の亮司を見れば、涼音の気持ちを知ってか知らずか、平気な顔をしている。
涼音は思わず出そうになる溜息を飲み込み、主人となった人物を観察する。
まず、外見はどう見ても二十八歳には見えない。大学生と言った方がよっぽど納得できるだろう童顔。決してイケメンとは言えないが、それなりに整った顔をしており、爽やかな見た目は涼音の好みではある。
しかし、彼は涼音を奴隷として買ったのだ。
騙されないように気を付けなければ。
涼音は自らにそう言い聞かせ、心の防御を固める決心をした。




