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奴隷法  作者: 鈴本耕太郎
17/17

17.幸せのかたち

 不公平なこの世の中で、時間だけは常に平等に過ぎ去っていく。

 どこで、誰が、何をして、何を想っていたとしても……。

 止めどなく流れていく時の中で、何をして、何を想い、どう生きるか。

 限られた時間の中、過ぎてしまった時は決して戻らない。

 だからこそ誰もが必死で足掻くのだろう。

 それぞれに違う形の幸せを求めて……。



「三回目か……」

 ポツリと呟き車窓から外を眺める。

 凛の呟きは車内に流れる音楽に紛れて、運転手に聞こえる事はない。

 坂谷から田中に変わり、再び坂谷。

 そして今度は白石になる。

 新しい家族と上手くやっていけるだろうかと、これからの生活に想いを馳せた。


「着いたよ」

「ありがとう」

 車から降りた凛は背筋を伸ばして歩き出す。

 まさかこんな日が来るとは思ってもみなかった。


 母に捨てられたあの日。

 幼かった凛は、死ぬ事を考えた。

 しかし走っている車に飛び込もうとしたその時、ふと思い出したのだ。

 亮司お父さんが、去り際に言った『またね』という言葉を。お母さんが言った『バイバイ』とは違う言葉。それは凛にとって一筋の希望となったのだ。

 その希望にすがるように訪ねた亮司お父さんの家。

 受け入れられなかったら死のう。

 そう思っていた凛の頭に大好きだったその手が置かれた。

『大きくなったな』

 そしてかけられた言葉は、たったそれだけ。

 でも、それで十分だった。

 あの時の事を凛は今も鮮明に覚えている。


 準備を終えて向かった先では、大好きな両親が待っていた。

 二人とも血は繋がっていなくても、凛にとっては誰にも代えがたい大切な家族なのだ。これから離れて暮らす様になっても、その事実は変わらない。

「行ってくるね」

 凛の言葉に二人が笑顔で頷いた。こうして見ると仲の良い似た者同士の夫婦にしか見えない。涼音お母さんが奴隷だなんて、一体誰が信じるだろうか。

 凛は涙を堪えて真っ直ぐに前を見た。

 そして新しい人生を歩む為に、小さくも大きな一歩を踏み出した。


 大好きな両親から離れ、大好きな彼の元へと。

 純白のウェディングドレスを着た凛のベールを涼音が下ろし、バージンロードを亮司と共に歩いたのだった。


 式の終わりに凛が手紙を開いた。

 もちろんそれは、大好きな両親に宛てたもの。


「亮司お父さん、涼音お母さん。今日までお世話になりました。血が繋がっていない私を本当の娘のように大切に育ててくれた事、心から感謝しています。本当にありがとう。こうしてこの日を迎えられたのも二人のおかげです。


 初めて三人で出かけたピクニックの時、亮司お父さんが、私が作った不格好なおにぎりを美味しいと言って食べてくれた事を、今もはっきりと覚えています。あの時、涼音お母さんと一緒にハイタッチをして喜んだ事は、私の大切な思い出です。その後起こってしまったショックな出来事も、二人が傍で支えてくれたから無事に乗り越える事ができました。


 ねぇ亮司お父さん、あの時、玲子お母さんを助けてくれてありがとう。どこまでもお人好しで優しい亮司お父さんが私は大好きです。そしてどんな時も私の味方でいてくれた涼音お母さん、これからもぜひ味方でいてください。涼音お母さんが見方でいてくれれば、きっとどんな事でも乗り越えられる気がします」

 

「お人好しだそうですよ?」

 照れくさそうに頬を掻く亮司に向かって涼音が微笑む。

「あれは玲子の為じゃない。自分の為だよ。あんな所見せられたら後味が悪くて仕方ないから」

 早口で言い訳を並べる亮司を見て、涼音は良い人に買って貰えたモノだと改めて自分の幸運に感謝した。奴隷になって、一度は諦めた自分の幸せを、今こうして噛み締める事が出来ている。それは全て隣にいる亮司のおかげなのだから。


 あの時、玲子が搬送されたその後で、亮司はすぐに問い合わせを行い、所在を突き止めて借金の肩代わりをした。亮司自身、自らの起こした行動が信じられなかったが、今ではあれで良かったと思っている。

 肩代わりした金額は当時の亮司からしたら、生活に支障がないレベルであったし、放置して、後から後悔する事だけはしたくなかったのだ。

 玲子とは、もうほとんど連絡すら取る事はないが、未だに肩代わりしたお金が毎月のように返済されてきている。おそらくは玲子なりの誠意なのだろう。

 玲子の不倫相手の親友だった彼は、今どこで何をしているかは分からない。

 しかしそれを知るつもりはないし、きっと上手い事やっているだろうと亮司は信じている。


 亮司を裏切った二人に対して、当時は復讐する事も考えたが、結局はしなかったし、出来なかった。それどころか助けてしまうのだから、凛が言う通り、とんでもないお人好しなのだろう。

 それでも亮司自身、それで良かったと信じて疑わない。

 胸の中のモヤモヤは綺麗に消えて、大切な家族と心から幸せだと思う家庭を築く事ができたのだから。


 涙ながらに手紙を読む凛を見ながら、亮司は涼音へと問いかけた。

「なぁ、あの時の命令通り幸せになれたか?」

「――はい」

 はにかむように涼音が頷いた。

「そうか」

 全ては涼音を買ったあの日から始まった。

 どん底にいた亮司がこうしてここにいれるのは、全ては隣にいる涼音のおかげだ。

  

 視線の先で、手紙を読み終えた泣き笑いの表情をしている凛と目が合った。

 そして隣を見れば、凛と同じように泣き笑いの表情の涼音がいて……。


 悪くない人生だ。


 そして二人と同じように、亮司は泣きながら笑ったのだった。



これで完結になります。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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