1.奴隷法
二○二三年、日本は存続の危機に陥っていた。
増え続ける国債、歯止めが利かなくなった少子高齢化、生活保護受給者の増加、下がり続けるGDP、理由を書き出せばキリがないだろう。
様々な社会保障制度や公的サービスはすでにボロボロであり、いつ破綻してもおかしくない。
税金もこれ以上増やせない所まできており、国の収入を税金以外で入手する方法が必要である。
では支出を減らせば良いと、生活保護や年金制度などは数年前に廃止されたが、その時にはすでに手遅れで、一時的な時間稼ぎにしかならなかった。さらにこれまでの政策により、国民の政府に対する不満は爆発寸前だった。
では、どうしたらいいのか?
このままでは日本は国としての体を成さなくなってしまう。
その一番の原因は何か。解決策はないか。
議論は白熱した。
そしてついに政府は、とある法案の強行採決に踏み切ったのだった。
様々な方面から反対の意見が挙がったが、それらを全て黙殺。
政府は弱者を切り捨て、日本という国を守る事を優先させた。
可決された法案は人権剥奪法。
通称、奴隷法である。
当然のように憲法違反であるとの声が多数上がった。しかし『義務を果たさない者は国民にあらず』というのが政府としての見解であり、強引ではあったが制定されてしまった法律を簡単に変える事は出来なかった。
この法案により、国が一定以上の不利益を被ると判断した十八歳以上の人物に対して、人権を剥奪する事が可能になった。
ここで問題となるのが『国に対して一定以上の不利益を与える者』の解釈である。
条文には次のように記されている。
一、禁固十年以上に相当する凶悪な罪を犯した者
二、納税義務を負いながらも、税金を三年以上納めておらず、今後も納める事がないと判断された者
三、理由の如何を問わず、返済出来ない程の借金を負ったと判断された者
四、自立する事が不可能だと判断された者
そしてこの法律が適用され人権の剥奪対象となった者は特別な施設へと搬送される。
白を基調とした塔のような建物で四百メートル程の高さがある。正式名称は人権剥奪者管理塔であるが、行われる内容から奴隷製造塔と呼ばれている。
奴隷製造塔へ送られた者には、ナンバーが割り振られると共に居場所を特定する為のマイクロチップが埋め込まれる。このマイクロチップには居場所の特定以外にも幾つかの機能が備わっているが、ここで特質すべきは犯罪行為や自傷行為の禁止、設定された対象への絶対服従等、行動が完全に制御される点であろう。
脳に埋め込まれたマイクロチップからの電気信号により、その制御が可能となるのだが技術的な話は奴隷法とは関係ないので、説明を省く。
この処理が行われた者達に人権は存在しない。
なぜならマイクロチップが埋め込まれた者は人ではなく、人為的制御によって動くロボットだと認識されるからだ。
つまり物だ。一般的に言うところの奴隷として扱われるようになる。
奴隷となった者の行先は三つ。
一つ目は、ヒューマノイド販売所、通称奴隷販売所にて販売される。
最初の一年は個人向けであり、売れ残りは価格を下げて企業向けとして売り出される。
どちらの場合も買い主により扱い方は天地の差があり、地獄のような生活を送る事になる物もいれば、奴隷になる前よりも豊かな生活を送る物もいる。
二つ目は、国により表向きに所持される。
清掃やボランティアなどの慈善事業を行うなど、民間人向けのパフォーマンスとして使用される。これらの場合は当然ながら自由はなく、贅沢な暮らしも出来ないが、最低限度の生活が約束される。
三つ目は、国により極秘裏に所持される。
危険な新薬の被験体から新技術の実験体、または移植の為の臓器提供など公に出来ない事が行われる。ここに送られた物に未来はない。
どのように扱われるかは、マイクロチップを埋め込む際に行われる身体検査や、人権剥奪に至った経緯等により決定されるが、ヒューマノイド販売所での売れ残りは最終的に国が買い取る事となる。
この人権剥奪法は国際的にも大いに問題視されたが、法律が制定されてからの日本の急成長により真似する国が続出するようになった。
この法案によって何が起こったのかは、すでにご存じだと思うが一応書き出す事にする。
・奴隷販売による国の収益の大幅な増加
・奴隷化を恐れた犯罪率の大幅な減少
・真面目に働く者が増えた事でGDPの増加
・不能者または働く気のない者の労働力化
・最下層を作る事で国民の自尊心の保護及び、不満の捌け口の確保に成功
・奴隷を得た独身者により、少子化に改善の兆し
・高齢者の介護を奴隷にやらせる事で国にも利用者にも負担が少ない介護の実現
・自殺者の減少(※奴隷になる事が決まった者が、政府に拘束される前に自殺するケースは後を絶たないが統計上反映されない)
これらの理由により、現在日本はかつてない程の好景気に沸いている。
調子に乗ったこの国が、本来奴隷になれない子供をも平気で売買するようになるのに時間はかからないだろう。
こうして日本は本当の破滅への階段を下り始めるのだが、それはまた別の話。
これは狂ってしまった世界で、何とか幸せを掴もうと足掻いた男の物語である。




