殺された獣の咆哮
扉を開けた先には、小さな部屋の中が半分以上埋まるぐらいの長方形のテーブルが、真ん中に主張するように置いてある。
更にテーブルの周りを囲うように置いてあるアンティークな木製の椅子が6つ。
壁には見たことあるようなないような形をした獣の剥製や、植物などの写真が机を見下ろしていて。
周りに置いてある複数の剥製達は、料理を残さないように見張っているみたいだ。
「……凄い、威圧感」
自ら私達が足を運んでここまできたのではなく、この部屋が私達に料理を味わうよう、誘導しているような錯覚に陥ってしまう。
「えーと……席は、あっあそこ、みたいですね!」
白うさは剥製が怖いのか、タタタッと駆け足で一番奥の席に向かい、机に置かれているハートのマークが描かれた札を凝視しながら座る。
私もその向かい側の席に着き、机の上を見渡した。
うすだいだい色のランチマットが4つ。後、同じ様に木札が1つ……。
「まだ、他の人達はきてませんね」
「んー」
白うさは扉の上にある振り子時計を見て、
「ああ……少し時間が早かったようですね。今は、水を買いに行くかな?」
と少し震え声で言い、顔をまたテーブルへ向ける。
「水を買いに?」
「ええ、この街の水は地下水を組み上げる装置がある、お役所で買わないと手に入れられませんからね」
「お水が貴重な場所みたいですね。お役所?真ん中のお城みたいな所ですか?」
「はい、だから収入不安定な冒険家の人々は、狩り終 えた他の生き物の体液や、森の樹液を飲むのが主要だとか。 まぁ……言っちゃえば王様みたいな存在も居ますし、お城なんですけどね」
冒険家という職業柄があって……お城には王様がいる。先輩が好きそうな世界観で、良くしているゲームの内容にも似た状況。
「魔王がいそう……あっもしかして!その魔王を倒せば銀の鍵事件の真相と共に元に戻れるとか!!」
それなら希望が見えてくる!
最近は神的な存在に物凄く強い力を貰い受けてから、別世界に飛ばされる話が多いとも先輩から聞いた!
ああっそう思うと、また何故そのジャンルを触れなかったかと思ってしまう。
「違います」
「あっ……はい」
白うさは私の憶測を全否定し、ボソッと小さい声でこう言った。
「……僕にとっては、あなたが魔王だと思いますがね」
「えっと……どうゆう意味でしょうか?」
白うさの返事は来なかった。
そして彼は何か嫌なことでも思い出しまったのか、頬杖をついて呆然としだす。
この言葉に対して、何か突っかかる。
……いや、違う。
本当は自分でも予測はついているのだ。
白うさの言動といい、この世界に来てからの不安感も。
あの魔法の時の夜空 蕾と川口 彩花が私を発見して驚いた理由も。
昨日の夕方に言おうとして閉ざされてしまった言葉を言えばいい。
けれど言葉を言うと、先輩と一緒にいたあの日常を否定し、個人的に好ましくない魔法の存在を肯定するようで嫌だった。
でも……。
「白うささん」
「……はい」
彼は察したのか耳ををたらんと下げて、肩の力を落とした。
その様子を見て、やっぱり違う話題に切り替え、誤魔化そうかと考えてはいた。
「もしかして」
でも口は一向に止まろうとしない。
人間の好奇心という本能が剥き出しになっている状態から抜け出せない。
「私とお知り合いでしたか?」
この質問に対して白うさは、深いため息を吐く。そして、額を思いっきりドンッと机にぶつけ、顔を上げた。
「その答えは……イエス?」
「……はい」
やっぱり、知り合いだったのか?
自分で言ってみたものの、まだ信憑性がない。
でも、魔法というものがあるのなら、私の記憶を消すことも可能。
いや、学校生活があったという記憶を植え付けられ、こっちが本当の自分という可能性もあるだろうし。
そうなると、1番気になるのは、
「あの……学校がある方の世界が偽りということもあるのでしょうか?」
こうなる。
元居たと認識している世界が実在しているかどうか。
居た世界があるなら、白うさがこの世界から連れてきた理由を調べることと、あちらの世界に戻ること。
居た世界がないなら、何故自分があの場所が有ると誤認識している訳と元の生活があったのかの調査と、今後の生活についてどうするか。
というような目的を決めやすい。
「あっちの世界もあってこの世界もありますよ。どちらかが偽物ということはありません。だから私達の居た世界とは、違う場所に行ってしまったのが正しいと思います」
「じゃあ、白うささんとは覚えのない場面で会ったか、魔法の力で記憶を消されたということ?」
「魔法の力?で消されたというのが正しいですかね。 ……事実を言うとお知り合いどころか、私達は貴女とお友達でしたよ」
そう言うと白うさは耳を低くさせ、少し焦燥露わにした表情で凝視する。
友達。
ともだち。
ト・モ・ダ・チ?
「いや……はぁ?うーん」
私は横目で受け流し、近くにあるイタチぐらいの大きさの熊のような生きものの剥製へ目を置いた。
どちら様だろうか!?
覚えていないこと、友達を殺人鬼扱いしたことへの罪悪感なのか、心臓の動きがヤケに速い!!
バクバクという音と、ドッドっと音が混ざりあったような鼓動の速さが渦巻いている。
そして、暑くなった体温を汗が無理矢理冷やそうとして、身体の中は暑いのに表面は冷えて可笑しくなりそうだ。
「あの、覚えてないことに罪悪感を持つ必要は無いと思います。魔王というのも私にとってはだけで……個人的な恨みがあるからでして……」
その様子を見てられなくなったのか、白うさはか弱い声で震えながら弁解するような、攻撃するような言葉を吐いた。
「わっ私……覚えのない所で!?恨みを買う様な真似を!!」
「えぇ……まぁ」
焦って大きな声をだしている私とは対照的に、白うさは言葉数が少なくなり、体も動かなくなっていく。
更に言いたくないのか口を閉じて開かず、口の代わりに白い耳はピクピクと痙攣し始めた。
気になって、気になって、しょうがない!
自分がやらかしたことが何なのか!?
「あっあの!?」
心臓の鼓動も早々としていき、真実を知りたがって仕方がないみたいだ!!
「私が何をしてしまったか教えてください!」
続けてこう言うと心の動きを表すように、振り子時計の音がゴーンゴーンと鳴り響き始める。
鼓動は獣たちの身体を震わせ、時計に返事をするようにこぉぉおおおと吠え返し、白うさに真実を述べるように急かしているよう。
急かされている側は咆哮に対して、身体が無意識にビクッと動いているが、口は頑なに開かない。
その様子を見かねた獣は声を小さくしていき、最終的には白うさと嘲笑うように同じような動きをみせつけ始める。
……白うさも、剥製も、ホラー映画でケタケタと笑う髑髏みたいになってしまった。
まいったなぁ……先に急ぎすぎるのはまずかったかな?
私が何かしたならズバッと言ってくれた方が楽だし、先輩の様に"ぜひこの話を触れてほしい!"と言っているものかとばかり。
大胆な行動を起こす彼女だけど、自分の意思は遠回しに伝えようとする多少面倒臭い人でもあって……。
……あっ!
先輩と似たような見た目をしてるから、無意識に同じような考えだと思い込んでいたのかもしれない。
「いえ、やっぱいいです……私と皆さんに接点があったことは」
ドサドサドサッ!!
"分かりました"と言おうとした時だった。
頭の上から沢山の本が荒々しく落ちていき、机の上に衝突する。
反動でテーブルクロスはクシャクシャな皺ができ、フォークやナイフはシャリーンと音を鳴らし、本は焦げ臭く灰色な塵を撒き散らす。
「真実を知るにはまだはやい」
そして、透き通った男性の声が上から聞こえ、急に人の気配を感じ始めた。
男性の気配に異様な懐かしさと不安を感じ、私は気配がある方を見上げると、
「久しぶり、八重」
灰色の髪のオオカミの様な美形で、鋭い目付きをしたカッコイイ人が不気味に微笑んだ。
私の名前を知ってるなら……白うさの知り合いか、銀の鍵事件の関係者なんだろうか?
そんなことより、この人を見るとすごい鳥肌がたつ。体がこの人を拒絶している気がする。
「あの、怖がってますよ」
白うさは耳を垂れ下げながら、呆れた表情をみせる。
「やっぱ記憶ナシでも八重に嫌われてるのか、私は」
彼は狼の雄叫びをするように高笑いをし、黒い指先で涙を拭き、拭くたびに何処かの民族が付けてそうな線が目元に描かれていく。
いや、嫌いというより……。
「なんか生理的に受けつけない人だなぁ」
タイミングが悪い時に、私の本音が漏れてしまった。
「すっすみません!えってさっきのは……え、えーと!?」
焦りながら言い訳を探していると、彼はさっきより大きな声で笑いだした。
また笑い声で獣が体を震わせ、こおおぉと吠え始める。するとその叫び声を聞くと、急に彼は笑うのをやめて、
「アイツらの死体なんか集め、臓器をくり抜き、飾ってあるなんて、悪趣味な部屋だ」
と小声で言い、訝しげな顔をして隣にある席に座った。
「そういや自己紹介、まだだったね」
また肉食獣のような不気味な笑みを魅せ、頬杖をつく。
異様なほど不快感を感じる笑みだ。
彼らしいくないような。
彼らしく無理をしているように眉を多少顰め、怒りや哀しみ嫉妬を抑えているような。
具体的にはよく分からないのだけど、確か彼はもうちょっと穏やかな笑い方をしていたし、こんなに大人ぽさは無かったと思う。
私はその無邪気さが苦手だったんじゃないっけ?
でも先輩も無邪気なのにどうしてこんなに違うのだろうか?
「私の名前は犬神寮。こっちではラルドと呼んでくれ」
「……あっ僕のことはユキと呼んでください!」
自己紹介?2人の名前を聞いた後、ままならない気持ち悪さに我慢できなくなり、私は無言で席を立って白うさこと、ユキさんの背後にしゃがみながらラルドを見る。
「よっよろしくお願いします。ユキさん」
「え?……俺は?」
「はいよろしくお願いしますね!八重さん!」
「俺は!?」
耳をピクピクさせて笑顔で返事をするユキに対し、ラルドはミステリアスな雰囲気がなくなり、すごい動揺し始めた。
動揺した様子を見ると、大人びているというより、子供っぽい。
ああーこの人は先輩と逆パターンの人?
先輩は子供っぽさを人の気分を盛り上げたり、悲しんでいる人を喜ばせるときに使いながらも、心の中は芯がしっかりしていて色々考慮できる人で……。
これ以上は長くなりそうだからやめとこ。
先輩の事になると長文になるから注意しないと。
「まぁ……いいよ。よろしくしなくても……」
そんなこんなと考えているうちに、ラルドは顔を下に伏せて涙声をだす。
「あっいえ……先程は失礼致しました。よろしくお願いします。ラルドさん」
「ああっよろしくなっ!」
返事をするとラルドは嬉しそうに立ち上がり、目をきらきらと光らせる。それを見ていたユキは、よかったデスねーとラルドを茶化した。
てか犬神寮さんって……
「銀の鍵事件の目を覚ました人ですよね!!なななななんでこんな場所にいるのでしょうか!?」
すると、ラルドは高笑いをし、
「あははっ気になるが私にも分からんな!向こうの自分が目を覚ましたこと自体初めて知ったぞ!」
と自慢げに言い放った。
銀の鍵が異世界に繋がる扉を開くようなものだろうから、鍵をもっていなきゃでれないとかではないの?
それ以外にも。
夜空蕾がバケモノになった訳や……。
川口彩花に何かしてしまったこと……。
犬神寮を拒絶してしまう理由……。
銀の鍵事件の真相も他の人は知っていそうなのに、私には分からない。
そして真相を当事者に聞いても、ラルドみたいに止められてしまうのだろうか?
私を帰らせたくないのか、何かしらの責任をとられたいのか知らないけど、この世界にでるにはラルドが使った方法を使えばいいのか?
いや記憶に障害が入りそうだから安全な方法ともいえないし、先輩との記憶を忘れるなんて絶対嫌だ!
「まぁ要するにラルドさんの場合、正規の戻り方ではないということでしょうか?」
「そうでしょうね。私も起きていたときは驚きましたよ」
ユキは耳をパタつかせて、そう言った。
ここに連れてきた張本人がここにいるのだから、この人に聞けばいいんじゃっ。
「まぁ僕も一定の間と期間でしかあっちに戻れませんからね。詳しくは知りませんが」
「訊こうとしてたことを先読みされた……」
「何となく言われると思ったので先に答えました」
少し嬉しそうに、ふふんとユキは鼻を鳴らした。
そして、黒焦げの本達を自分の手元にひっぱりだし、ペラペラと捲った後、ため息をついた。
「ラルドがこちらに来た理由も、用事も分かりました。昨日のは規約違反によるものですしね」
「ああ!その話も聞きにきたのもあるが……これ」
そう言うと片手で血がついた銀の鍵を強調させ、彼は薄気味悪く微笑んだ。
日光に照らされ、キラキラしている銀色の鍵。
取っ手の部分がひし形に窪んでいるだけのシンプルなデザインで、おもちゃ屋で探せばすぐ見つかりそうなただの鍵なはずなのに。
「返してください!!それっ私のです!!!」
私は叫ばずにはいられなかった。
そうあれは大切なもので、
自分の大切なもので、
他の誰かに渡したくない貴重なもので、
はやく奪い返さないと!
さっきまで怖くて近づけなかったラルドの方へ机を乗り上げ、あの鍵を奪い返してやろうと気持ちに襲われてながら手を伸ばした。
叫んだ拍子に獣たちがごぉおおと唸りごえを上げた。
まるで私の心情を露わにするように。
「あぶなっ!」
だけど思いは届かずラルドは驚いた表情をしながらも、瞬時に手を上げ、胸ポケットに銀の鍵をしまう。
そして乗り上げた時に力を使い切った私は、机の上に右腕だけを伸ばしながら、そのまま身体がへたりこんだ。
「うぅ」
「まっまぁ落ち着いてくれよ。条件次第でちゃんと返すからさ」
「……分かりましたぁ」
「完全にいじめっ子の発想ですね」
ユキはシラケた顔をし、毒を吐く。
「うっうるさい!」
その言葉が少し気がたったのか、大人げない幼げのある怒りを露わにしていた。
最初のクールな雰囲気は、どこかの風に吹かれて綿毛のようにふわふわと消えてしまっているような。
「んで、条件は外にある馬車にでも乗ればいいのですか?」
「そっそうだ。この鍵を返して欲しくば大人しく馬車に乗って着いてきてもらおうか!?勇者よ!!」
「僕達は、ゆーしゃごいっこうじゃないですよ」
ああ、この人ただの中二病とかそうゆうやつなんじゃっ。
「そっその可哀想な目で見るのはやめろ。八重」
なんかこの人に多少大切なもの預けても、悪いことに使われないような気がしてきた。
「ハーイ、あっ朝食食べてからではダメでしょうか?せっかく用意し終わってたり、作って貰ったのに食べれないとかはありませんよね?」
「案ずるな!朝から迎えに行く予定だったから、昨日深夜あたりにお前らの宿泊代の支払いをし、朝食はキャンセルしといたぞ!」
そう言うと、ラルドはしてやったりと言わんばかりのドヤ顔をし、なっははと高笑いし始めた。
「まぁ大丈夫ですよ。多分、昨日の件と、僕達の住処とか、魔法の規約のことを、心配してきただけでしょうしね」
「お人好し?」
私がユキにこう聞くと、うんと頷いた。
なんだよかったぁー……まだ体は拒絶してるけどなんか安心した。
「じゃあ馬車に乗る準備しますね。八重さんも起きてください」
「はっはい」
ユキは席を静かに立ち、私も体勢を整えようとした瞬間、
「やっやえさん……ぁああ」
と耳をピンを上げて変な声をだしながら固まった。
「どうしましたか?」
そういうとユキは顔を逸らし、手をバタバタと動かしてこう言う。
「みみみてないですよ!おおぁ……オレンジのシマシマぁ……なんて!!」
オレンジのシマシマ?
……あっ!
「つぅ!」
私は即座に席に立ち上がり、制服のスカートの裾を手で抑えた。
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