曖昧な記憶と不安定な魔法の存在
薄暗い部屋の中。カーテンがなびくたびに日光が差しかかり、ガヤガヤガラガラと人が働き始めている騒音が聞こえ始める。
今何時!?
急いで学校に行かないと!!
私は外の騒がしさに焦りを感じて、無理矢理目をこじ開け、更に掛け布団を投げ捨てた。
しかし、馴染みのない柑橘系の香りとベッドの感触と、外からはカラカラとドラマでしか聞いたことがないレトロな滑車が回る音。
カーテンから外を覗くと、モフモフの尻尾があったり、眼の色が違う外人さん。滑車の音の正体は、馬車で木箱や樽が積まれていた。
そうだ。
ここは宿……自分の知らないところ。
学問を学ぶという学生の為の仕事場への順路さえ分からない。
そしてベッドに横たわり、布団を深々と被る。
ココ、イセカイ。
センパイハマッテナイ。
いつもとは違う朝。
私の体がガクガクと震えだす。
思えば登校する時も、昼も、放課後の部活動も、ずっと一緒に居るのは先輩だけ。
他の友達は居るし、遊ぶことも少なくない。けど、控えめで自己主張が激しくない子が多く、自分が相手に対して気疲れしてしまったり、本当に楽しんでいるか分からない。
でも、先輩は遠慮がないというか。
いつもノーテンキで自分に正直で、真っ直ぐで、己を貫いている感じだ。それにムードメーカーで、皆んなを盛り上げることが上手い。
偶にやり過ぎな所もあるし、普段はウザいと感じてしまうが、私はそんな先輩に憧れている。
彼女のように人を盛り上げることや、自己主張が強くなれば。きっと友達に遠慮されることも、気を遣い過ぎて、疲れることも無くなるのだろう。
………でも、時々。
彼女は無理をしていないか不安になる。
偶に大人びた表情の裏に、何か無理をしているのではないかと。
友達と同じように、私と似たように、人に遠慮しているのかもしれない。
「……モヤモヤする」
私は近くにある枕に抱きついた。
違う。
今はそうじゃない。
朝、母親と父親と一緒に朝食を摂り、先輩と登校して、学校で友達と話し、放課後には新聞部の部活動。
当たり前の生活が消えてしまう。
そんな不安が渦巻いて、頭が混乱する。
魔法という曖昧なモノが存在している世界があるなら、私が日常と認識している世界が偽物という可能性だってあるのだ。
もしかしたら、両親や先輩の存在も虚像で、こちらの世界が普通なのかもしれない。
私達は異世界転移していて、複数人が病院で昏睡状態だと説明はされたけど、何かの魔法でそう思うように植え付けられていることもあるかも知れない。
不鮮明で不安定なモノ。そんなものが普通に使える自体、こちらの世界の方が向こうの世界より強い。格差があるのは明らか。
ここの技術が余り発展してなさそうなのも、魔法があるから必要なもの以外つくる必要がないからかもしれない。
私の頭が膨大な妄想や予測を膨らましては、風船のようにパァンと破裂させていく。
その度に頭のグラグラが加速し、気分が悪くなる。考えないようにしても、考えないことをどうするか考えるように悪循環を生み、吐き気が酷くなった。
きっと自分も不安定な者なんだろう。
だから考えないようにしても考えてしまう。
友達と話すときだって、
先輩の悩みを聞き出せないのだって、
私の意思がグラグラと揺れて安定してないからなんだろう。
そして、あの子が変化したのも、自分のせいなのかもしれない。
感情が安定させることが難しいから、感情を爆発させてしまったから。
こうやってぐるぐると1人で考えるのも、不安定だからなんだろう。
……一旦、水を飲んで落ちついた方がいいかも。
真相は分からないのに憶測を張り巡らせたって、答えは証拠が出揃わないと出ないのだから。
意味の無いことを考えたくないなら、他の行動をすればいい。
白くて柔らかい繭から身体を出し、隣のベッドにいる白うさを起こさないように、そーと靴を履いた。
そして、慎重にベッドから立つ。すると、ビンッとクッションの中のバネが伸び、床はギシギシと音が鳴る。
やば!
白うさ、起きちゃったかな!?
彼が寝ているベットの方を覗く。
深々と毛布に包まっていて顔は確認できないが、一定のタイミングで布団が膨らんだり縮んだりしているから大丈夫そうだ。
「セーフ」
私は安堵し、小声でこう言った。
そして足音を立てないように、ゆっくりと扉の方へ歩いて行く。
街の外は草や森が生い茂っているのに、1階のフロントにあるウォーターサーバーしか使える水が無いなんて不思議。
そういや、街中に水路みたいなものも無かったような気がする。
何処から水を取ってきているのだろうか?
「イダッ」
私はドアまで到達していることに気づかず、頭と扉を直撃させてしまう。
「っうー」
前髪を捲りあげ、ぶつかったおでこを触ってみた。指先で強く押すとヒリヒリとした痛みが走る。
「ぐぅ……」
そして打ってしまった悲しみと後悔の余り、口から濁音が漏れだした。
昨日から痛い体験をすることが多い。
運が悪い日なのか?
「おはよぅーございます」
「……お、おはよゔございまず」
音に反応して白うさも起きる始末。
図書室に行く前に、スマホで運勢チェックでもすれば良かった。
いや、普段の私はカルト的なモノを信じるタイプの人じゃないから。運が悪くても何かしらの屁理屈を重ね、苦笑するぐらいだっただろうな。
不可解な事が起こせる魔法が存在した世界のことを、知っていたら話は別だろうけど。
ううん。
それも、屁理屈にすぎないのだ。
私がオカルトチックなものを調べておけば良かっただけの話なのだから。
それにゲームやライト向けの小説は、別世界に飛ばされることが定番だと、友達から聞いたことがある。
私はゲームなんて借りたことがあるぐらいだし、小説も図書室のあるものしか読んだことがない。
もしも読んでいたら、人に刺されて別世界へ飛ばされた場合どうすればいいのか、
上手い魔法の使い方や、どの様な魔法があるのか、
この場合の相手の糸口、目的が予測できたかもしれない。
"無駄な知識も知っておけばいつか役に立つ場合もあるから、後悔しないように調べておくといいみゃ!"
不意に先輩の言葉を思い出す。
「うぅ……」
目の前にある扉に向かって頭突きをし、そのまま凭れかかった。
「大丈夫ですかぁー……お腹でも壊しちゃいましたか?」
白うさは左右にゆらゆらと揺れながら、こう聞いてきた。寝ぼけているのか病院服みたいな茶色いパジャマがはだけさせ、右肩を露わになっている。
真っ白な肌。
あの森を執事服で走り抜けたとは思えない細々とした身体。
体格と寝起きの様子が全く逆な所もあるけど、顔付きは先輩に似てるかも?
"無駄な知識も知っておけばいつか役に立つ場合もあるから、後悔しないように調べておくといいみゃ!"
白うさと先輩に重なる部分があるせいか、私の頭の中でこの言葉も重なり流れ出てくる。
「ゔっ」
また、ドアに後悔の気持ちを頭に込めて衝突させた。当たった本人は痛かったのか、バンッという悲鳴を放つ。
「大丈夫ですかぁーお腹でも壊しちゃいましたか?」
白うさは垂れ耳をピクピクと動かし、同じ言葉を繰り返す。
あっ!
今は彼が見ているのだった!
うーん、どうなんだろう?
情緒が不安定なせいか頭がモヤモヤするし、お腹は痛くないような少し痛いような?
「はい、いえ……大丈夫なような大丈夫じゃないような?」
自分でも自身の体調がよく分からず、疑問を疑問で返してしまった。
「うーん?」
すると白うさは頭を傾け、少し目を閉じて考えだす。
だよね。
自分でもこんなこと言われたら、どう返せば良いか考えるよ。
こう相手の気持ちを自分に当てはめてしまうところも、友達に気を使い過ぎる原因なのかもしれない。
「うゔ」
暗い言葉が暗い言葉を生み出し、私の心に襲い掛かってくる。
何でさっきからネガティブなことばかり思いついてしまうのだろう。
まぁ……自分がこんな性格だからなんだろうけど。
こんな悪循環が続いていると、何かを思い出したのか、白うさの白い耳がピンと立つ。
「どうやら異世界転移の副作用を受けているみたいですね」
そして私が不甲斐ないのが悪いのに、気を使ってくれているのか、こんなことを言ってきた。
「いいのです。いいのです。私に気を使わないでください。
私が不甲斐なくて、空気も読めない。事前に調べておくことすらしない自分が悪いのです。
そうですよ。
気も弱いクズ人間のくせに、銀の鍵事件について調べるなんて……ほんと馬鹿がすることですよ。
まぁ調べている理由すらよく分かって分かってないんですけどね。あはは……はは」
全然、笑えない。
寧ろ、これを白うさに言ってしまったことに今めっちゃ後悔してる。
あぁ……やっぱり自分は何やっても駄目だなぁ。
ドンッ。
また扉へ頭突き攻撃をしてしまった。ドアに八つ当たりしてしまうなんて、本当に駄目になっている。
「……ごめんなさい」
私は何もかにも、全ての人、物に生きていることに謝った。
「はい、謝らなくても大丈夫ですよ!もうご飯の時間ですし、下に行きましょー!」
白うさは冷や汗をかき、無理をした笑顔で私の背中を押してくる。
「私みたいな奴が命を頂いていいのかな?」
こんな疑問が浮かび上がり、言葉として発している。頭の中をこのまま発してしまうなんて……私って本当にダメな人だ。
「はい!大丈夫です大丈夫!早く行きましょ!」
本当に大丈夫なのか?
私がドアを開けてしまったせいで、昨日のような恐ろしい出来事が怒ったりしないだろうか?
白うさの言葉に対して、困惑しながらドアノブに手を触れた。
鉄製のドアノブは、自分の触れた形跡を残し、微かな生暖かさを感じる。
その温度に既視感があり、マグマのようにドロドロと緊張感が音を立てて噴き出した。
嫌なモノを感じる。
何かは分からないけど。
ドアの先へ行くのが怖い。
昨日のような化け物がいるような気がする。
カチャリ。
不安を書き消せないまま、ドアノブを回す。
いつもよりそれは固く、回しにくいように感じた。
「……本当に?」
不安が込み上げてきて、後ろに居る白うさに扉を開けても良いのか確認する。
「大丈夫です。貴方にとって嫌なものはありません」
耳をピンと立たせ、確信するように返事をしてきた。
自分自身の記憶を辿っても、それに対するトラウマは思い浮かばない。
しかし、白うさは……川口彩花は、私に対しての何かを知っているみたいだ。後、夜空蕾もきっと知っているのだろう。
それが銀の鍵事件や別世界に関わることなのか、直接的に自分自身が交わる出来事だったりするのかは分からないが。
きっとあの2人は、私の覚えがないものの正体や、何故覚えていないのか分かっている。
この世界に連れてきた理由も、覚えがないものに関係するかもしれない。
ギギギ、キー。
私は重たい扉を開ける。
そーと確認すると、ランタンが消えていて、薄暗い化け物が居そうな雰囲気を醸し出しているが、白うさの言う通りで嫌なものは無かった。狭い廊下にトランプのマークが掘られている扉が、等間隔に3つあるだけだ。
「よし!」
この世界について、銀の鍵事件について分からないままじゃ嫌だ。
2人の秘密も気になるし、今は進まないとダメだよね!
一歩だけ踏み出してみると、ギギと木が軋む音以外は何もしない。
さっきまで背中を押していた白うさも、歩き出す様子を見て、安心したのかゆっくりと手を離した。
大丈夫大丈夫。
ただの薄暗いだけの廊下だ。
嫌なものは無い。
私はそう思いながら、奥にある階段の場所までゆっくりと歩いていく。
化け物がでてくる様子はなく、外の雑音が聞こえるぐらいで、朝からの不安が何処かへ吹き飛んだ気がした。
そして段々と足早になっていき、意外と呆気なく階段の手前まで辿り着く。
後は降りるだけの所だが、私は階段の前で歩みを止めた。
「あっあの?」
「何も不安なんて無かったじゃん!
さっきまでのグルグルは何だったのだろうか!?」
「……まぁ治ったっのなら、よ、良かったじゃないですか」
白うさは何か後ろ冷たいものがあるのか、目を逸らし言葉を詰まらせていた。
何故、そんな様子なのかが気になるところがあるけど、白うさが私をここへ連れてきた理由。
昨日の夜空 蕾だと名乗る人物がどうなったのか……他にも色々な疑問が沢山ある状況で、人のことまで考えている場合じゃないよね。
「本当に治って良かったですよ!あのままだったら死んでいたかもしれませんね!」
私は気になることがあることを大雑把に笑い誤魔化した。
自分の気持ちを偽ったせいか、なんだか心が虚しい。
この感情を抑えるように、白うさの顔や返事を確認しないまま、早々と階段を駆ける。
「ぁ……」
そして、キギーという木々の擦れる音で彼の言葉を掻き消していく。
「ぇ……ぃ」
今朝の不安も吐き気も治っている分、身体が軽い。
多分、大丈夫だよね!
誤魔化せてるよね!?
いちいち細かいことを気にするなんて、自分らしくないじゃないか!
この世界にきてからごちゃごちゃしてるだけっ。
ダン!
「いだぁ!」
私は階段降りた先にある、木箱に思いっきり足の指をぶつけた。
「ぁあっ足腫れてませんか!?」
すぐ後ろに居る白うさの心配する声がする。
……また心配させてしまった。
……川口 彩花を。
「はい!大丈夫です!」
私は振り向き、無理やり笑顔を取り繕う。それから早々と立ち上がり、タッタッタと白うさを通り越して行く。
「そうですか」
この私の行動に対して、悲しそうな声を返してきた。
胸が縮んで破裂してるように苦しくてシンドい。
でも心の奥底でシュンとした声を聞いて、安堵している自分もいる。
今歩いている道も箱に道幅を狭ばれていて窮屈なようで、窓から光と風を体感でき、心地良いよくも感じて。
「……ユラユラする」
「ゆらゆら?」
心の中が漏れる。
その言葉を聞いた白うさはキョトンとして、どうゆう意味か分からないようだ。
「はい……私にもよく分かりません。川口さんの言葉を聞くと、何故か心がユラユラと揺さぶられているような感覚になります」
「へ?」
「いっいえ、何でもありません」
わざわざ口に出すことでもないか。
確証はないけど川口 彩花や夜空 蕾という銀の鍵事件に深く関わりがある人に会って、少しだけドキドキしているのだろう。
でも、今は銀の鍵事件について調べる場合じゃない?
この世界や自分の置かれた状況について知らなければ。後、家族や先輩が待っている場所に戻る方法、白うさがここに連れてきた理由を奴に恐喝してでも聞き出さねばいけない。
「白うさに刺されたことも。
唐突に別世界に連れていかれたことも。
カフェでわけも分からず魔法にかけられ、目を覚ま すと夜空 蕾の形態が変化するような不可思議について後々の説明もない。
だから彼に対してイラついているのは確かだし……少々手荒な真似をしても私は悪くない!うん!」
「うん、じゃない!手荒な真似って何をする気なんですか!?ほっほら……ドアの向こうには美味しい朝食が待っていますし、一緒に食べましょう?食べながら話をしましょう!?」
私の言葉を聞いた白うさはフォークとナイフの形に彫られている丸い扉を、焦りながら横から指を指す。
……浅い心の声が口にでただけで、深いところでは個人的にはなるべく穏便に済ませようと決めているのだけど。
「今日は見逃してやろう……だが、明日があると思うなよ」
「え?ちょっと!?嘘ですよね!?」
腹が立っているのは確かなので、暫くの間、こんな風に白うさを焦らさせて遊んでやろう。
私はそう決心し、後ろで焦っている白うさにニヤついついる顔を見られないように、振り返らないでドアを開けた。
お読みいただき、ありがとうございます!
続きが気になる!また読みたい!と感じていただけましたら、ブックマークや評価をしてくれたら嬉しいですペコリ((・ω・)_ _))