第三話「竜人、その国と、頭突きの母」(後編)
多少の誤字等修正しました。
夜が明けようとしている。夜空の彼方から生まれる朝焼けが紅いラインのグラデーションを描き始め、しだいに夜の紺を塗り替えようとする瞬間だった。
「こっちよ、急いで。ったく・・・ここまでしぶといなんて」
夜の明けきらない薄い暗がりの中、そんな声が聞こえた。どうどう、と大小いくつもの滝の音が響き渡る山間の谷を進む者がいる。数人の竜人の巫女達だ。その中の巫女二人が“何か”を担ぎ上げ飛び、滝つぼの前の岩場に降り立った。
「・・・せーのっ!」
息を合わせ巫女達が“何か”を滝つぼに放り投げた。
バシャーン!!・・・・・・・・バシャバシャバシャシャシャシャ!!!!
“何か”はいったん水底に沈むと勢いよく浮かび上がり、そしてわめき散らす。
「びええええええーーーーッ!!?? なにここどこーッ!? 冷たい寒い溺れるーーーッ!!! びえええーーーッ!!!」
「おはようコロナ」
「はっ!?母上ッ!?ガボガボボボボ・・・あたしを・・・ガボボボ・・・殺すつもり!?ブクブクブク・・・・ゲホォッ!」
何度も浮き沈みを繰り返しながらコロナは溺れまいともがき続ける。
「おだまり!この程度の水温くらい修行をしていけば慣れます!そもそもそこは足がつくでしょうに!」
「はっ!?ほんとだ!」
はっと気づいたコロナが震えながら立ち上がる。その様はまるで生まれたての小鹿だ。
ここの滝と川の水はそこらの川の水よりずいぶんと温かい。いわゆる温泉である。とはいえ、このぬるい温泉は火竜族の身ではまだまだ応えるものがあるのだった。水による体温の低下に極端に弱い火竜族にとってここは極限の状態で体を清める、いわゆる禊の場だ。
「母上ひどいっ! いったいなんだってこんなところに! それに服だっていつの間にか白いひらひらした服になってるし・ ・・」
「これも巫女の修行です! 始祖竜様をお迎えする前にその身を清めなければなりませんからね。それにしても・・・つねってもひっぱたいても眠り続けるなんて寝起きが悪いにも程があります! とりあえず禊用の装束に着替えさせて、滝に放り込むことにしました」
そういえばなんだかやたらほっぺたがひりひりしている。人が寝てる間になんとやりたい放題な母親か、と恐怖度が増したコロナだった。
「さあ、早くそこの滝の下にいきなさい。私も身を清めます」
震えながらしぶしぶと滝の下へ移動したコロナの隣にフレアが並んだ。他の巫女達もそれぞれ滝の下で手を組み、じっと目を閉じて瞑想をしている。
「冷たいと思うから冷たいのです。『心頭滅却すれば水もまた熱し』です」
「あの・・・母上・・・」
コロナはこわばった体でぎこちなく顔をフレアに向ける。
「なんですか、まだ水から上がるには早いですよ」
「“しー”が出そう、“しー”が」
コロナは滝に打たれながら股を押さえモジモジし始める。
「・・・コロナ、ここは神聖な禊の場です、ここでは“しー”は慎まなければなりません」
「もう、限界・・・」
「だめです! 私だって出そうなのです。しかしながら司祭長である手前、そのような事は決してしないし、してないと言います。例えしようとも滝に紛れて分からないでしょう、けれども私は司祭長の立場として『するな』と言っておきます。今後はそのようなことを口に出さぬように。・・・はぁ・・・」
「は、はい・・・では母上、あたしも・・・ううっ・・・我慢します・・・・・・はぁ・・・」
やがていろいろと穢れを洗い流し、共にすっきりした表情で滝から上がる親子。そばに立てられた小屋の中で先に上がった巫女達が着替えを用意して待っていた。装束を脱ぎ、体を拭き、巫女達がてきぱきと儀式用の服を着せていく。白色を基調とし、赤や金の刺繍がところどころに織り込まれた絢爛な衣装だ。
「大事に着なさいよ、あなたはただでさえ服を何着も破ってるんだから」
そう言い聞かせながらフレアはコロナの襟元を正す。
「えー、じゃああたしはいつもの自分の服でいーよー」
「何を言っているの。きちんと正装をし、身だしなみを整えるのも巫女の務めの内です。それにあなたが普段着てるやつはなんだかんだで貴重なものなのよ。あ、ちょっとそこのあなた、櫛を持ってきて頂戴、ほら、髪を乾かした後はちゃんと櫛を通さなきゃだめよ。まったくこの子は・・・」
「うー、別に髪なんてそのままでいいのにー」
「だめよ」
巫女から櫛を受け取ってコロナの後ろに回り、その髪を丁寧に整え始めるフレア。コロナはめんどくさそうな顔をしているが、髪を梳くフレアの表情が少しだけ微笑んでることに周りの巫女だけが気づいていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
太陽が完全に姿を表し、まもなく神託の儀が始まろうとしている。
ここはナロコ山の頂上の火口。湧き上がるマグマがゆらめき、しぶきを上げるその傍らの広く開けた岩場の上に巫女達が並んで座っている。かなりの高温の場所だがそこは火竜族、皆この極限の高熱にすら平然としている。が、その中におよそ平静さとは程遠い表情の男がいた。巫女達とは一回りも違う大きな羽と筋骨隆々とした体を帷子と鎧で包み、髭をたくわえた厳い顔立ちの男だ。が、その顔つきに似合わず男はおどおどした表情であたりをキョロキョロと見回し、しきりに湧き立つマグマを気にしている。
「んんー?? おじさんだあれ?」
男と同じく最前列にちょこんと座ったコロナがその落ち着きの無い顔を覗き込む。
「ちょ!コロナ!・・・それはあなたのお父上ですよ・・・」
隣にいたフレアがすかさず男の正体を明かす。
「びえっ!? よくよく見たら父上だーーーー! 髭生やしてたから分からなかったー! ごめんね父上ッ!」
ぺろっ☆と舌を出して男に飛びつくコロナ。父上と呼ばれた男の表情が少し和らぐ。
「おお! コロナ! わが娘よ! しばらく会ってなかったな・・・うっ、うっ・・・いいんだ、髭なんか生やした俺が悪かったんだ・・・ところでフレアよ、どうだ、変わりは無いか・・・?」
コロナの頭を撫でながら若干涙を浮かべた男はフレアに向き直る。
「はい、あなた・・・いえ、我らがエクスハーティ王。本日も変わりなく。儀式においでになるのは久しぶりでございますね 。・・・なんか落ち着かない様子ですね、情緒不安定といったところですが、大丈夫でございますか?」
王と呼ばれた男は妻の心配そうな顔をみて再び表情を曇らせる。
――火竜族の王 エクスハーティ――
コロナの父親にして火竜族を統べるヴァルカンの345代目の王。勇ましくも人情味あふれる性格であり民から慕われている良き王である。コロナたちと同じくこの神殿に住まうのだが、ここしばらくは各地の河川の治水、農地の開拓、他の竜人族とのいざこざを治めたりと王自ら出向いて取り仕切っており神殿には不在がちである。一人娘のコロナを溺愛し、いつの頃からか内政を補佐させている妻のフレアには頭が上がらなくなったとか。がんばれ王様。
「大丈夫、だ。前々から顔を出すようにと始祖竜様がおっしゃっていたのでな。まあ、その、今日へし折られるのは心であって決して肉体ではない。この頑強な肉体がきっと俺の最後の鎧となるであろう!ふははは・・・はは」
「ごめんなさい何を言ってるのか分かりませぬ」
「ううっ・・・」
妻にあしらわれたじろぐエクスハーティ王。普段は勇猛果敢な王と知られる彼がどうしてこうも怯えているのか?その元凶がもうじき現れようとしている。
――その時、突如としてマグマがいっそうしぶきを上げ、巨大な火柱とともに何かとてつもなく大きなものが浮かび上がろうとしていた。
「・・・・しっ! 皆のもの! 始祖竜様がお出でになる! 伏せよ!」
フレアが声を上げると即座にその場にいた全員が土下座をした。コロナだけがきょとんと顔を上げたままだったがフレアが角を掴み無理やり地面におでこをつけさせた。
――ドバアアアアアアアアッ!!――
けたたましい音と共にマグマの中から大きな二本の腕が伸びた。巨大な鉤爪が岩を掴み、ゆっくりとさながら鯨が海からそのまま陸に上がるかのように、顔、角、胴、腕よりも二周りも大きな後ろ足、やがて尻尾の先までとしぶきを撒き散らせながら悠然と姿を現した。マグマから上がるとコロナたちの目の前、大きく平たい石の台座の上まで、どしり、どしり、と歩み寄るとその形に座り込んだ。
――始祖竜ヴォルケオス――
マグマの中を住処とし、悠久の時を火竜族の歴史と共に生き続ける巨大なドラゴン。羽は無く、大きく後ろに反り曲がる角は火竜族の角に酷似し、伝説ではこのヴォルケオスが火竜族を生み出したとも言われている。それゆえに一族の始祖、そして神と崇め奉られてきた。この山に設けられた祭壇に姿を現し、月に一度ほど、こうして神託を伝えにやってくる。
「皆のもの、苦しゅうない」
低く、どこまでも響く声があたりにこだまする。一同がその姿を見上げるが、エクスハーティだけがヴォルケオスから目をそらしていた。しかし、目を合わせようとそらそうと無意味である。それもそのはず、
「フン、フン・・・・・以前の儀式とは違う匂いを二つ感じるな。ワシは光が見えぬが耳と鼻はするどいぞ。・・・そうだな 、エクスハーティよ」
名指しで呼ばれた王はいっそう体を強張らせた。見えないはずの白くなった眼で射すくめられ、火竜族ではめったにかかない汗をだらだらとかいている。
「ははっ!左様でございますなヴォルケオス様!えー・・・その、お久しゅうございます・・・はい!」
王の威厳をまるで感じられないなんともしどろもどろな返答である。そのとき横槍が入った。
「じぃじーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
ピトッ、っとヴォルケオスの鼻先に虫のように何かが張り付いた。コロナである。
「じぃじだぁーーーー!! コロナだよーーー!! 儀式に来たよぉーーー!!」
すりすりと頬ずりするコロナに対しヴォルケオスは振り払う様子も無く、その白くなった目を細めた。
「わっはっはっはっは!やはりこの匂いはコロナか!久しぶりだのぅ、会えてうれしいぞ火竜の娘よ」
一瞬和んだ雰囲気にエクスハーティの顔が少しほころんだ。しかしそんな感動の再会(?)を切り裂くような叫びが遮る。
「こぉおおおんんのおバカがあああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!! 『じぃじ』じゃなくて『ヴォルケオス様』でしょうがあああああーーーー!!!! 勝手に飛びつくんじゃなあああーーーーーい!!!!」
ヴォルケオスに負けじと響き渡る怒号と共にフレアが飛来する。鼻先からコロナをベリッと引き剥がすとそのまま空中で必殺の頭突きをかまし、元いた場所へ華麗にシュートした。そしてすかさず巨体の前に跪く。
「申し訳ありませんヴォルケオス様!我が娘が大変ご無礼をいたしました!どうかご容赦くださいませ!」
「ふっ、はっはっは! よい・・・よいのだ。このような慕い方はされたことがないからの、なかなかに面白い娘よ」
「はっ、恐れ入ります・・・ですが、巫女としてこれでは示しがつきませぬ、あとで厳しく叱り付けておきます故」
「ふぅむ、そうか。なるほど、わかった」
微かにうなずいたヴォルケオスが再びエクスハーティに顔を向ける。
「さて・・・神託、と言いたい所だがその前にだ、エクスハーティよ。以前からお前を呼びつけていたのは他でもない、この 山の西方に流れる大きな河の氾濫の事だ。数年前から治水に着手し始めたとの話だったが一向にその後の音沙汰が無いのが 気にかかっておってな。・・・聞いたところ未だに氾濫の被害が及んでいるということだが、一体どうなっておるのだ?」
フン!と熱風とともに大きく鼻を鳴らし、グルル・・・と低くうなりながらヴォルケオスは巨大な顔を王に詰め寄らせる。対する王は今にも噛み付かんとするその強烈な威圧感に大きな体をみるみる小さくさせる。いつの間にか巫女達は王から遠巻きになって伏せていた。
「はっ!・・・その、ミャコダ河の件でございますか!これが、あの、我々火竜族の身では思うように河での工事が進まず、 度々の豪雨で氾濫また氾濫と工事が進められず、また人手も足らぬ状況でこれまた工事が滞るばかりで・・・一向に捗らず非常に手を焼いております、火竜族だけに。・・・ということでは無いですけどねっ!ヴォルケオス様!」
つらつらと言い訳を並べ、王のこの最後のいらん一言がこの竜の逆鱗に触れたことは想像に難くない。王以外の一同が次に来る災害に備え耳をふさいだ。
「こぉおんの大たわけがあああああああーーーーーーッッ!!!!! ふざけおってーーーーーーーーーーッッ!!!!!」
「ひいいいいいいぃぃーーーーーーー!!!???」
視界を覆うほど開く口から放つ怒号の衝撃波が王の鎧を一部歪め吹っ飛ばし、周辺の岩にビキビキと亀裂を走らせる。
「なにをモタモタしておるか貴様ッ! わしら火の眷属はいかにして水を制するか、そこに永きに渡り心を砕いておるのだッ! 水によりその生を断たれた者をわしはこの眼に光ある頃に何千、何万と見てきたのだッ!! よいか! そこを断じて軽んじてはならんッ!! 断じてだ!! 分かったかたわけッ!!」
「あわわわわ!!! も、申し訳ありませんヴォルケオス様!! 今一度! 今一度この身を粉にして善処いたします故!」
必死に頭を地にこすりつける王。折れまくったその心はもはや砂状態であろう。
「フンッ! まったく王としての自覚の無いやつめ! よいか! 次からは必ず神託の儀に顔を出すのだ、逐一報告を聞くでな。覚えておけエクスハーティよ」
「ぎょ・・・御意・・・」
怒り心頭の強烈な熱波と威圧感からやっと解き放たれ、王は燃えカスのように崩れた。
「ふぅむ・・・儀式が滞ってしまったな。ではこれより神託を授ける。皆、心して留めよ」
フレア一同、始祖竜のあまりの剣幕に呆けていたが、すぐにハッとし慌てて石版を用意し始めた。
「ここよりはるか東方の地だ、あそこは・・・雷竜の民の地であるな。そのさらに北の山間部あたりに地脈の乱れを感じた。おそらくは今より一月以内に大きな地揺れが起ころう。地脈の乱れはしばし続く、わしがマグマを通じて乱れが治まるまで見守ることとしよう。儀式を待たず急ぎ現れる時があれば再び雷竜の民へ速やかに伝えるのだ、よいな」
朗々たる言葉一つ一つを巫女達が石版に書きとめていく。コロナはその様子をただぼんやりと見ているだけだった。
「御神託、確かに承りました。急ぎ書簡をしたため彼らの長へと届ける所存にございます。他の民にも随時書簡を送ります故、ご安心を」
うやうやしくフレアが頭を下げた。
――ヴォルケオスの神託、それはすなわち地震予知だ。地の下に滾るマグマを果てしない住処とするこの竜はその地脈の乱れを察知し、こうして儀式の際に巫女達に伝え、今度は巫女達が他の竜人族へと種族間の隔たりなく情報を伝播する慣わしとなっている。
それからは今度はフレアが巻物を読み上げ、近況を報告する。ヴォルケオスはその一つ一つに耳を傾け頷いていた。やがて長い巻物を読み終わり、ふぅ、とフレアが大きく息をついた。
「・・・では此度の報せは以上にございます。皆、“コルナ”を」
フレアの言葉に一同は膝を立て、真っ直ぐに『神』ヴォルケオスを見据えた。両の手を握り胸の前で交差し、人差し指と小指を立てた独特のサインを以って神が去るのを見送るのが神託の儀の最後だ。
「コロナ、何をしてるの、あなたも同じようにしなさい、ほら!」
フレアは小声でぼけっとしたままのコロナを肘で小突く。
「びえっ!? あ、えーと、こうかな?」
コロナがたどたどしくポーズを作るのを合図に、フレアの力強く高らかな声が唱和される。
「永久に始祖の御加護のあらんことを。永久に祝福を。永久に繁栄を。永久に友愛を。竜の民はとこしえに一つ」
鳴り響く声の中、ヴォルケオスは目を細め、見えぬ光を探すかのように天を仰いだ。
「・・・一つであれ子供らよ。分かたれることなかれ」
立ち上がり、静かに言葉を放つと再びマグマの中へとその巨体を沈めていった。
かくして神託の儀は終幕を迎えた。真っ白に燃え尽きた王の心に深い傷(?)を残したまま・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「びええーーーーっ!? なんでなんでーーーーー!? あたしが雷竜族のとこ行くのーーーーーっ!?」
「当然です!! 本当なら今回の儀式はあなたに仕切らせようとしてたところを三日も四日も姿をくらませるもんだから、いろいろと作法云々を教え損ねてしまったわ! まだまだ巫女の仕事をしてもらいますからね、これも修行よ! というわけで書簡を雷竜族のところに届けること! 場所は知ってるでしょ?」
フレアは石版から羊皮紙に書き写された書簡を筒に納め、ずいずいとむずがるコロナに押し付ける。
「うえぇーー。こういうお手紙は伝書竜で届けたりしないのー?」
「あのねぇコロナ、いい? こういう重要な内容の書簡は必ず巫女の手によって届けないとだめなの。他の大きい竜に伝書竜が襲われて書簡が届かない事だってあるんだから」
伝書竜とはその名の通り伝書鳩のドラゴンバージョンである。種族間の情報は大抵この伝書竜を使ってやり取りされるのだ。
このように、竜人たちは様々なドラゴンを農耕、建築、運搬、愛玩用等、生活の至る所で使役し暮らしている。伝書竜をはじめ竜人たちの暮らしに役立つドラゴンを彼らは総称して『役竜』と呼んでいる。
コロナはふと考えた。わざわざ行くのはめんどいし、あとでこっそり伝書竜を飛ばしてそのままよそへ出かけちゃおう。そしてはちみつとカニを探しにいこう、と。
ふっふっふ・・・とずるい考えが渦巻く頭の中をフレアの次の一言が一掃した。
「あなた一人じゃ何しでかすか分からないから、お目付け役を一人付き添いに付けます。ちゃんとその者の言うことを聞くように!ドミネ!」
「は、はい!お呼びでしょうかフレア様」
ドミネ、と呼ばれた若い官女の一人がおどおどとフレアの前に出て跪く。整った顔立ちにスラリと華奢な体つきで髪は長く、コロナと並ぶと姉と妹といった感じを受ける。
「ドミネ、コロナの付き添いをして頂戴、きっとこの子の事だから後で伝書竜で届けさせて自分ははちみつとカニを探しに行こう、なんて考えそうな気がするのよね」
超能力に近いほどドンピシャに考えを読まれコロナはどっと冷や汗が出てきた。母上恐るべし。
「び、びえぇ!ち、違うよそんな事しないよぅ、やだなぁ母上まったくもぅ」
「(図星か・・・)」
目が泳ぎまくるコロナと共にドミネも困惑した面持ちだった。
「はわわわ!? 私がコロナ様とですか!? そのあの、どうしても私ですか!?」
「そうです。くれぐれもコロナが雷竜族の、特に“あいつ”の前で粗相をしないように見張ってて頂戴。もしもの場合は殴ってでもして止めていいから。あ、ハンマー持って行くかしら?ふふふ」
「びえええーッ!?」 「はわわわわーッ!?」
ガコリ、とどこからかぶっ太いハンマーを差し出してくるフレアにコロナとドミネはそろって驚愕した。はたして冗談なのかガチなのかその不気味な笑顔からは読み取れない。
「はわわわ! コロナ様ならきちんとできますよ! ね? ね? コロナ様!?」
「だ、大丈夫だよ母上! ちゃんとやるから! うん!」
「そう、じゃあ頼むわね。あ、ついでにこの書簡もお願い、こっちは風竜族にね」
物騒なハンマーを収めたと思ったらもう一つの書簡をコロナに手渡そうとする。
「びえええーーーっ!? 仕事増やさないでよ母上ーーーッ!! 今回風竜族に関係ないじゃない! 第一、風竜族は・・・」
「はいはい、関係なくても書簡は届ける決まりになってます! 根気よく探して届けること! いいですね?」
そう言い放ち書簡を押し付けたフレアは執務のため神殿の奥へと消えていった。残されたコロナとドミネは互いに顔を見合わせる。
「コロナ様、その・・・一緒に頑張りましょう」
「うえぇー、ドミネぇー。やっぱこれ伝書竜で飛ばすから母上には黙っててぇーーー! お願いー!」
「はわわ! ダメですよ! バレたらコロナ様だけじゃなく私もお叱りを受けてしまいます!」
「びえぇ・・・頭突きは嫌ぁー・・・」
果たしてハンマーと母上の頭突きとではどちらが痛いだろうか?そんなことを考えながらしぶしぶと出発の準備を始めるコロナ達であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、フレア様。水竜族への書簡、確かに承りました」
「いつも悪いわね、アクアちゃん、ここ暑いのによく来てくれるわね」
ここはコロナ達が禊をした滝である。その傍らでフレアがアクアに書簡を手渡していた。
「あや、少しの間なら大丈夫ですので。ところでコロナちゃんはいます?」
「コロナだったら、今雷竜族のところに書簡を届けに出かけたわ。そのあと風竜族のところに行くはずだから、帰りは遅くなるかしらね。何か用事があったら、戻ってきたときに伝えとくけど?」
「そうですか、じゃあこれ、コロナちゃんに渡しておいてください」
そういってアクアは“あの瓶”を手渡した。底のほうにはうっすらと黄色い液体が溜まっている。
「あら? これは一体・・・?」
「それではこれで失礼いたします」
ペコリとおじぎをし、アクアはその身を滝つぼの中に投げた。長い尻尾をくねらせながらすいすいと泳ぎ、ここから川を下り海へと帰って行くのだ。
「はぁ・・・なんというか、よくできた子ね。うちの子もあんな風に育って欲しかった」
雷竜族への使いを任せたものの、あの子の事だ。なにかやらかしてしまうような気がし、若干の後悔とともに再び大きなため息をつくフレアだった。
後編お待たせです。次回は雷竜族の地へと赴きます。ヴォルケオスは大体シロナガスクジラくらい(20m~34m)の大きさです。でかいです。あと、王は「部族長」的な立ち位置で考えるとしっくりするかなと。で、〝あのサイン”は話に組み込もうかどうかギリギリまで迷いましたが、自分の中に流れる熱き鋼鉄の血がそうさせろとのお告げがありましたw ライブ会場などでどうぞw