第三話「竜人、その国と、頭突きの母」(前編)
――火竜族の国 ヴァルカン――
北方に連なるガミネーボ山脈、その最南端であり最高峰のナロコ山は未だ炎を噴き続ける活火山である。裾野には火竜族の大きな集落があり、広大な亜熱帯の森と肥沃な大地に囲まれている。このナロコ山の中腹に岩壁をくりぬいて出来た巨大な神殿があった。長い年月、何代にもわたり築かれたこの神殿は『朱焔殿』と呼ばれ火竜族の信仰における聖地である。火竜族の信仰するもの――それはこの山に住まう『始祖竜』と呼ばれる存在だ。
「ただいまーっと!」
その神殿の入り口へと降り立つ小さな影があった。その声を聞きつけ中から一人の竜人の女性が駆け寄って来た。この女性が身にまとう白と赤の入り混じるローブはこの神殿の官女であることを示している。
「あっ! コロナ様! 今までどこへ行ってたのですか!? 司祭長、いえ、フレア様はかなりお怒りですよ!!」
「びえっ! 母上が!? ちょっと3、4日ぐらい姿をくらましてただけなのに!」
「そんなにいなくなったら怒るのはあたり前です! あれほど外出は控えろと言われていたでしょう」
コロナは今後の展開を想像し顔が青ざめてきた。回れ右をして顔を上げ、再び大空を目指す。
「空があたしを呼んでいる! いってきまー・・・」
「呼んでいるのはフレア様です!見つけ次第お連れしろと言付かっております!お覚悟を!」
次の瞬間コロナはガッシリと羽をつかまれた。振りほどこうと必死に暴れまわる。
「やめてー!!放してーーー!!!びえええーーーーっっ!!」
「皆の者!であえであえーー!!!」
張り上げた官女の声を聞きつけ数人の女性が姿を現した。彼女達もまたこの神殿の官女である。
「曲者か!?」
「コロナ様です!」
「大変!!早くしょっ引くのです!早く!!」
まるで極悪人のような扱いで数人で押さえつけられたコロナはそのままずるずると神殿の奥へ引きずられていった・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「くぉぉんの馬鹿娘がーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!」
「びええええええええええええええええええーーーーーーーーーー!!!!!!」
――ドゴガアアアアアアアアアアーーーッッ!!!!!!!!――
官女に拘束されたままのコロナへ地を揺らすほどの強烈な頭突きが見舞われる。その衝撃は官女もろともコロナを吹き飛ばし後方の岩壁にめり込ませた。
「ぐげ・・・げ・・・ごめんな・・・ちゃい・・・・・」
か細い謝罪の言葉を吐き、ベリベリと岩壁から剥がれ床に崩れ落ちる。頭突きを見舞った美しくもパワフルな女性は朦朧とするコロナの角をむんずと掴むと自分の前に正座させた。
「すごい・・・あれで生きてる・・・・」
官女の一人がそう呟いた。
「とりあえず、コロナ。明日は何の日か言ってみなさい」
ガチン!と鋼鉄の額がコロナのおでこにくっつけられた。焼けた鉄のような熱が額から伝わってくる、これは激烈怒っている証拠だ。それに何より顔が近い恐い。
「うぇ・・・え・・・・えーと、あたしの誕生日!!」
――ミシリッ!!――
「ぴぎぃぃい!!!!」
苦し紛れに出した答えだったが案の定不正解のようでメリメリと額がめり込んでくる。
「自分の誕生日すら忘れるほどおバカちゃんになっちゃったのかしらあああ??明日は始祖竜様がおいでになる日でしょおおがあああああ!!」
ミシミシと頭蓋骨が悲鳴を上げ始めている。
「びえええええええーーー!!!そうでしたああああーーーごめんなさいごめんなさい母上ーーーー!!」
「ふん!」
ふいに開放され何とか一命を取り留めたコロナ。頭を抱えてしばらくその場にうずくまる。
「ああもう・・・! 一族の巫女としていろいろ修行させたいのにこの子ときたら・・・」
今度は彼女が頭を抱え始めている。
――司祭長フレア――
他の竜人族の間では火竜族は祭事と伝統の一族と言われている。一年を通して多岐にわたる季節の祭りごとや一族の冠婚葬祭を執り行い、その全てをこの神殿の巫女が担っている。そしてその巫女達の頂点にいるのが、コロナの母親であり司祭長のフレアだ。まだまだ巫女達の長となるには若い身でありながらもその座に就いたのは、この国の王に見初められたのもあるが、単純に巫女として相当優秀な働きぶりがあったためであろう。その優秀さのあまり夫である王にかわってこの国の政を動かしてるとも言われるほどだ。
「あれほど外に出るなといったでしょおッ! あとコロナ! あなた祭壇場にゴミを撒き散らしていったわねッ! あそこはあなたの部屋とは違うんですからねッッ!! ただでさえ自分の部屋もゴミだらけだしッ!!」
「びえっ!!違うよ母上!あれはゴミじゃなくて貴重な松ぼっくりのコレクションを・・・」
「おだまりッ!!あんなもの集める暇があったらお祈りの言葉の一つでも覚えなさい!!コレクションは全部山の火口に捨てましたッ!!」
「びえびええぇっ!?ひ、ひどい母上ーーーーーッッ!!!」
「やかましいッ!!」
ぎゃあぎゃあとわめき合う親子をよそに他の巫女と官女達はそそくさと明日の準備のためその場を離れていく。その中の官女がフレアに跪く。
「ではフレア様、明日は定例の神託の儀ですので我々でひとしきり準備を進めておきます。えーコロナ様ですが・・・いかがなさいますか? 式まで軟禁でございますか?」
「そうね、そうして頂戴。本心を言ったら『軟禁』でなく『監禁』にしたいとこだけどね!」
「やだぁ!監禁はやだぁっ!」
会話を聞いていたコロナが手足と羽を駄々をこねるようにバタつかせる。
「だまらっしゃい! 暴れてるとほんとに監禁しますよッ! ひとまず明日の儀式まで大人しくしてること! 今度という今度は必ず連れて行きますからねッ!! いいですねッ!」
「うぐぅっ・・・! グスッ! は~~い・・・」
一言二言フレアに耳打ちされた官女がコロナの手をとった。並んで地下へと続く階段を下りていく後ろ姿をフレアは見えなくなるまで眺めていた。
「はぁ・・・・・なかなかどうして、側にいてくれないのかしらね・・・」
神殿内部に灯る炎が大きなため息とともに揺れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああ見えてフレア様はかなりコロナ様のことを心配されてましたよ。どこかで雨に打たれてやしないか、水の中に落ちたりしてないか、って」
狭く長い階段を下りながら官女が語りかける。穏やかに、それでいて楽しげに。
「そうなんだ・・・まあ噴水の中には落ちたけどね、このとおりへっちゃらだよ!」
危うく死にかけていたのだが強がって見せるコロナ。
「噴水?噴水ってもしかして人間のところにあるやつですか?コロナ様、ま、まさか人間のところに!?」
驚きの声を上げる官女。ふいにその歩みが止まる。
「そだよ、アクアちゃんもいたから大丈夫だよ! ・・・おかげで命拾いした・・・」
あの状況を思い出していた。もしかしてあの時の自分はものすごく危険な状況下にいたのではないかと今思うと少し身震いした。とはいえすごく楽しい思い出にもなった。アゲリョウリは手に入らなかったものの、ターヤちゃんに再会できたし、念願のチョウミリョウであるソースとかいうのをお腹いっぱい堪能し、好物のハチミツも手に入れた。そう、ハチミツを手に入れたのだ。この手に入れて。えと、手に入れて・・・そのあと・・・ハチミツは・・・えーと・・・えーっと・・・。
「びああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ひいっ!突然どうしましたコロナ様!?」
「アクアちゃんハチミツ持ってっちゃったああああああああああああああああ!!!」
帰り道だ。アクアちゃんが「海の上で降ろしてくれればどこでもいいよー」と言ったので途中で海上に投げたのだが、その手にハチミツの瓶を持っていたことに今さら気が付いた。
「うわーんまだ一口も食べてないぃーー!ちょっと出かけてくる!!」
そういって踵を返すコロナをがっしりと官女がホールドする。
「なりません!早く下に行きましょう!」
「わあああああーーっ!ハチミツーーーーッッ!!」
再度わあわあとわめくコロナを無理やり引きずっていった。
――この朱焔殿の内部は恐ろしく広大である。ナロコ山全体が神殿となっていると言っても過言ではなく、数多の部屋と通路が存在し、ここに住まうコロナ自身でさえその全てを把握できていない。
とはいえ、連れられてきた場所が自分の部屋ではないことはさすがに分かる。
「あれ?ここは・・・?」
「私共の詰め所にございます。今夜一晩、ここで過ごしていただきますゆえ、ご容赦を」
詰め所は開けたホール内に長テーブルと椅子がいくつも置かれ、四隅に巨大な燭台が炎をくゆらせている。壁にはいくつもの頑丈そうな扉が立ち並び、今はコロナ達しかいないが時間になれば本日の勤めを終えた官女達がここに集まる。
「びえっ!やだぁっ!自分の部屋がいいーっ!」
「だめです!隙あらばどこかしらから逃げ出すのでここにお連れするように、とフレア様のお達しでございます。コロナ様用に部屋をしつらえてありますので、そこでお休みくださいませ。お食事も今からご用意いたします」
そう言われ案内されたのは奥の一角にある小さな部屋だった。簡素なベッドひとつといくつか空いた出窓はどれも小さく、とてもコロナの体では抜け出せそうに無い。差し込む西日がその涙目に染みた。ベッドに腰掛けるコロナと目線を合わせるように官女は跪き、優しく話しかけた。
「まぁ、そう悪く思わないで下さい。コロナ様を思ってのことですから」
「・・・(ぷいっ)」
「あらあら、困りましたね・・・。ふふっ、ではお食事のご用意をしてまいります、失礼」
すねてそっぽを向いたコロナをほほえましく思いつつ、彼女が部屋を出ようとしたときふと何か思い出したかのように立ち止まりコロナに向き直る。
「・・・人間達のとこへ行ってた事はフレア様には黙っておきます。聞いたらまたさぞかしお怒りになるでしょうからね。ですが今後くれぐれもお気をつけ下さいませ。我々は本来、人間と関わるべきではありません」
「・・・・・」
コロナは彼女が部屋を出て行くまでそっぽを向いていた。そして足音が遠ざかるのを確認し脱出の機を伺おうと扉をそーっと開ける。と、いつの間にか他の官女が詰め所の出入り口に監視として立っていた。目と目が合い慌ててドアを閉め、うなだれた。ボフッ!とベッドに飛び込みそのまま食事を待った。
――しばらくして運ばれてきた食事は目玉焼き(塩味)、焼いた芋(塩味)、鶏肉(塩味)、お椀いっぱいのナッツ類、だった。好物のカニは・・・もちろん無い。
「いただきま~す」
ほとんど塩気ばかりの品々を味わっているうちにコロナはあのソースを思い出していた。あれを味わってしまったため、昨日までどうとも思わなかった竜人の食事に物足りなさを感じるようになってしまった。人間のとこでしか味わえないあのうま味、そしてまだ見ぬうまさがきっと人間の世界にはあるのかもしれない。
「ごちそうさま~」
「は、早い!? 全て一口でしたねコロナ様・・・」
数秒で全て平らげお茶をすするコロナに驚愕しつつ、食器を下げながら官女は明日の事について話し始める。
「明日は早いですよ、巫女は日の出前から儀式の身支度がありますから、きちんと起きてくださいませ。あと、只今より儀式が終わるまでお食事はできません。コロナ様にとっては非常にお辛いでしょうが、これも巫女の決まりのためでございます」
「げーーーーーっ!?うわぁーーーーーん、いやだぁーーーーーーー!ごはんーーーっ!死ぬーーーーーっ!!」
足元にすがり付き、これまたわめくコロナを振り切って彼女はそそくさと部屋を後にした。
――その夜コロナはなかなか寝付けなかった。いつもの自分の部屋とは違い落ち着かないせいもあるが、明日は明日で母上にまたこっぴどくしかられる予感がして、今から気が滅入る思いだった。
ひとまず前編!後編をお楽しみに!というわけでどうか気長にお待ちを(^^;)
※少しだけ官女とフレアのセリフに加筆しました。ストーリーに大きな変化はありません。