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ドラゴンメイデン  作者: 中澤メタル
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第一話 「竜人、現る、泣く」

「クックック・・・こんなところにまでよくぞ来たな人間・・・」


 午後に差し掛かり、傾きかけた日差しがこぼれる森の中、少女の前に腕組みをし仁王立ちをしている人ならざる者がいた―――


『竜人』と呼ばれる者である。赤髪の頭には後ろに反り返った角が二本、背には羽、尻尾を生やし手足はまさにドラゴンのそれで鱗もある。胸元周りと腰からひざ上までぴっちりと体にフィットし覆う真っ黒い服。そしてそのルビーのように燃える真紅の瞳で少女を睨みつけつつ口元を吊り上げるのであった。


「あ・・・ひぅぅ!・・・」


 突如として眼前に現れた異形の者に少女は声を失いその場に崩れた。


「クックック・・・ねぇコロちゃんこの子どうしようか?クックック・・・」


 その隣にはさらに別の竜人が立っていた、真似るように腕組をし仁王立ちしている。どちらの竜人も背丈は少女と同じく、声と顔つきからしてさしずめ竜人の少女といったところである。


「クックック・・・アクアちゃん、その『コロちゃん』って呼ぶのはよしてよぅー、なんか『犬っころ』みたいで嫌なんだ・・・クックック」


 アクアちゃん、と呼ばれた竜人はまた違う特徴を持っていた。簡素な白いワンピース、青く長い髪をたなびかせ、角は無く耳は魚のヒレのような形状をしており鱗のある手足には水かきを有し、特に特徴的なのはその身長の二倍はあろうかという長く縦に平たい尻尾であった。アクアマリンのように青く澄んだ瞳でぶるぶると震えたままの少女を捉えている。


「あ、あの、私は・・・ターヤと・・・いいます・・・この森にはきのこを、採りにきたんです・・・」


 搾り出すような声で何故か名乗ってしまい、ここへ来た目的を告げる少女。少女は続けた。


「ごごご、ごめんなさい!あなた達竜人の縄張りとは知らずに入ってしまって!すぐ立ち去りますから!」


 ターヤは竜人というものを話には聞いたことがあった。貪欲で狡猾、なんでも平らげ、その身に秘めたる強大な力はドラゴンを凌ぐといわれ、時に人間を脅かし、決して近づいてはならない存在だ・・・と。その脅威を目の前にただただ必死の懇願をするしかない。


 ルビー色の竜人の目が怪しく光る。


「クックック・・・ターヤちゃんか・・・この竜人の地に一歩でも足を踏み込んだ以上、ただではすまさ・・・」


「え、違うよ」


 青い髪の竜人がツッこんだ。


「へっ」


「ここらは人間達の領域だけど」


「びえっ!?ヴァルカンの外だった!?」


「コロナちゃんってば、もうちょっと先まで行こうっていってたじゃない」


 改めてコロナと呼ばれた彼女はあたりを見回し、うーん、と唸った後ターヤに向き直り口を開いた。


「クックック・・・ターヤちゃんよ、そういうわけであたしのためにひと働きしてもらおうか」


「何故ーっ!?」


 あまりにも理不尽な話にターヤは心の底から叫んでしまったが、何せ相手は竜人である。下手に抵抗を見せたらどんな目に合うか知れたものではない。冷静にならねば。ここはひとまず彼女の要求を聞き、隙あらば逃げ出そうと考えていた。


「実はついさっきそこで見つけた洞窟があってねぇ、そこから好物のカニのにおいがぷんぷんするの。でもほら、あたしってば 寒くて冷たいとこ苦手だからさ。きっと洞窟のなかだって水たまりとかありそうだし。で、水竜のアクアちゃんに カニをとって来てもらおうと頼もうとしたんだけど『えぇーめんどくさいし泥で服が汚れそうだから嫌、私は 牡蠣ならとってくるけど、洞窟に牡蠣は生息してないしぃー』みたいな目をしてくるから困ってたんだよねぇー、で、そこでターヤちゃんが現れたわけ。人間のあなただったらこの蟹洞窟(今しがた命名)からカニをごっそり手に入れてくれるかなーと思ってるの、あ、いい事思いついた!服が汚れるの嫌なら裸で入ればいいじゃない!これだね!ということで頑張ってね!あ!?えっ!?ちょっと!どこ行くのー!?」


 もう逃げよう!!そうと決めたターヤは背を向け一目散に走り出していた。木の根や石をうまく避けつつ後ろを振り返ると彼女たちとの距離が開いたのがわかった。このまま逃げ切ろう!と死に物狂いで足を早める。


「シッ!」


 引きしぼる弓から矢が放たれるかのごとく何かが駆けだした!風と化したそれは木々の間に消えていきそうなターヤ目がけて近づいていく!ターヤは再び振り返り、そして戦慄した。あの青い髪の竜人が四足歩行姿勢のすさまじい勢いで接近してきたからだった。木の葉と土煙が舞い、さながら獲物を追いかける狼のような疾走であった。速い速すぎる!と、確実に追いつかれる予感に恐怖を隠せなかった。


「きゃあああああああああああ!!!!」


 叫び声をあげたのと木々の間が開けたのはほぼ同時だった。追いつかれる!そう思い一瞬目を閉じる。そして感じる不思議な浮遊感。


・・・あれ?わたし宙に浮いてる・・・?


 一瞬何が起こったか理解するのに時間がかかった。まず分かったのは崖の数歩先に自分がいることであった。次に分かったのは自分の体が腰にまとわりつく長い尻尾で吊り上げられている事だった。パラパラと崖の先から落ちる土と石ころが遥か下の木々の中に消えていくのを見て青ざめた。ゆっくり振り返ると朗らかな表情の竜人と目が合う。


「あやー、危なかったねぇー、ターヤちゃん」


 状況と相反するのんきな声で話しかけてくる。


「ひ、あ、あ・・・た、助けてくれたの?アクア・・・さん、と言ったかしら・・・?あ・・・ありがとう・・・」


「アクアでいいよー、それじゃカニ捕り頑張ってねー」


「いやあああああぁぁーーーー!」


 ターヤを吊り上げたまま捕まえにきた時と同じ速度で戻っていく。枝や木の根や岩のすれすれを駆け抜けられターヤはまた絶叫するのだった。


「はい、コロナちゃん」


 アクアが巻いた尻尾をほどく。


ドサリ!


「痛っ!」


 コロナの前に落とされターヤはまた震えだした。逃げ出したことでこの竜人の怒りを買ってしまったかもしれない、と思ったからだ。いまだ腕組みをして立っているコロナを恐る恐る見上げる。


「アクアちゃんこんなに足速かったんだ・・・ちょっとビビっちゃったよ・・・」


 どうやらコロナも戦慄していたようだ。アクアちゃんおそるべしである。当の本人はあくびをしながらそこらの突き出た岩に腰掛けてくつろぎ始めている。


「それにしても裸になるのが嫌だからって逃げ出さなくてもいいじゃない!大丈夫あたしたち女の子だからそんなやらしい目で見たりしないから!チラチラ見るぐらいはするかもだけどねチラチラと。さぁさぁ、すっ、と洞窟に入ってぽんぽんっ、とカニを捕まえてくればいい簡単なお仕事よ」


 コロナのまくし立てに、はああ、とため息をついてターヤは両手で顔を覆った。そして思った。なんだかこの竜人は頭が良さそうにないなと。そう思ってくると体の震えはいくらか治まりつつあった。さっきは逃げたい一心だったターヤだが、いい加減この要求をのまないと家に帰してくれそうにないと思い覚悟を決めることにした。顔を上げコロナの目を見る。


「わかりました」


「お、脱ぐの?」


「違います!カニを捕りにいきます・・・・服を着たままで」


 ターヤは、我ながら何当たり前過ぎる事をいってるんだろうと思いつつニコニコ顔のコロナが指差す洞窟の前に立った。


 ひとまずは入り口の様子の確認である。絡み合う木々の根を押し上げせり上がった地層の断面にまるで口のような空洞ができている。入り口の横幅は両手を広げた以上はあったが高さは体を半分に屈めて入れるぐらいだった。あまり日の当たらない場所のためか、シダとコケが周りに生えておりヒヤリと湿気を帯びた空気が内から感じられる。耳をすませば中から沢のせせらぎのような音も聞こえ、カニの住処にはちょうどいい場所のようにも思えた。実際、入り口付近に顔をのぞかせた小さなカニが一匹、外敵を感じたのか洞窟奥の闇の中に逃げていったのが見えた。


「ちょっと待ってください、準備するので」


 そういって背負っていた小さいリュックを下ろし、中から畳んで収納していた麻袋とランタン、火打石を取り出した。麻袋はカニを入れる用(嗚呼、本当ならきのこを入れたかった)、ランタンは万が一、日が落ちても帰れる様にと用意し、火打石はもちろんランタンの点火のためだ。


「へー!なにそれー!」


コロナがランタンを指差し興味津々に尋ねる。いつのまにかアクアもその後ろにおり、しげしげと取り出した道具達を眺めている。


「ランタンって見たこと無いです?この中に火をともして明かりにするんです。洞窟は暗いので」


「火?」


「ええ、火です、まずは火をおこさないと」


 そういって枯葉を集め、乾燥した木の皮を細かく裂いて火口とし、カチカチと火打石を当て始めた。


「手伝ってあげるね」


 え?とターヤがコロナを振り返ると彼女は大きく息を吸い込み始めていた。全身から出る熱気が周りの景色をゆらゆらと歪め、ルビー目の丸い瞳孔が竜のような縦長になった瞬間――


ゴオオオォォォーーーーッ!!!!!!


「ひいいいいいいっっ!?」


 大きく開いた口から吐き出された業火はターヤの鼻先をかすめ枯葉を飲み込みそのまま数メートル先の倒木の腹をめらめらと焦がした。幸いにも木々や草の少ない開けた位置であったので火の手が広がることは無かったが、一歩間違えば山火事になるところであった。


「殺す気ですかーっ!? 火を吹けるなんて聞いてないですよ!?」


 腰を抜かし涙目になりながらターヤは叫んだ。業火の走った後にできた黒焦げの道を見てターヤはまた逃げ出したくなってきた。せっかく集めた枯葉も瞬く間に灰となってしまい火をつけるどころではない。


「火竜族だからね、つい火を吹いちゃうんだよね。仕方無いね」


申し訳なさそうに頭をかくコロナ。しかし顔は笑っている。


「相変わらず凄い火力だねぇー、コロナちゃん」


 感心したかのように言うアクア。この火炎放射がさも日常茶飯事であるかのような口ぶりである。先ほどはアクアに戦慄したターヤであったがこのコロナという子にも計り知れないそら恐ろしさを感じるのだった。


「ちょっとだけ出すとかできないんですか!」


「うんうん、分かったやってみる」


 ターヤの怒りもどこ吹く風とばかりの軽い口調で再び息を吸ったコロナ。今度は上を向いてもらい周りに燃え移らないよう配慮を加えた。


ボボボッー!


 先ほどの勢いは無いもののそれでもかなりの熱波を帯びた炎が噴き出された。恐る恐る横から近づけた枝を火口としてやっとランタンに火が灯った。しばらくの間ゆらゆらとランタンの灯火を物珍しく覗き込んでいたコロナとアクアであったがこの道具の用途を理解すると、


「ふーん・・・」


 と互いに顔を離してコロナの興味は再び蟹洞窟へと戻る。ここでターヤは鉤状の枝を拾い上げ、さらには石灰石を見つけ出しポケットに入れた。逃げ回るであろう蟹を引き寄せるための枝であり、石灰石はチョークのように目印を洞窟内に付けるためだった。念には念を、という気持ちもあるし不安いっぱいのカニ取りを少しでも効率よく安心できるものにしたいという気持ちもあるのだった。


「よし・・・これで準備ができた・・・」


 だが洞窟へと歩を進めるその足取りは重たい。しかし期待いっぱいで見つめる視線がさっきから背中に刺さるため、もう後戻りはできなかった。体を屈め洞窟の入り口をくぐると早速スカートの裾が泥で汚れた。


「うぅ・・・」


「大丈夫?ターヤちゃん」


「大丈夫、ですよ・・・」


 心配するならあなたがカニを捕ってよと心底思ったが口には出せなかった。かくして狭い入り口を通ると中は開けた空間となっていて立ち上がることができた。ランタンの灯火があたりをゆらゆらと照らしていくと水辺に何匹かのカニの群れを捉え、早速捕獲にかかる。ランタンを置き、照らされた視界にカニがいるうちに枝で引き寄せ麻袋へと放り込んだ。とはいえやっと小さなカニ一匹、逃げたカニは警戒し物陰か水の中に姿を隠してしまい。これ以上ここでの捕獲は困難に思えた。一匹程度では到底コロナは満足しないだろうと思い。もうすこし先のほうまで進むことにした。水辺に沿って進んだので戻るときもそれをたどればいいのだが案の定枝分かれした地点も出てきたので、そこに石灰石で印を付けた。やはり念には念を、である。そして蛍のような灯火があちこち揺れながらカニの姿を追い、奥へ奥へと消えていくのだった。


―――ターヤが洞窟に入り十数分ほど経った頃であろうか。ともに入り口近くの岩に腰掛けていたコロナとアクアだが、ふとコロナが伸びとあくびをするアクアに話しかけた。


「ターヤちゃん、カニをちゃんと捕ってるのかな?」


「さあ?どうなんだろうねー」


 コロナを見ず、尻尾の鱗を手入れしながらアクアは適当な相槌をする。コロナは続ける。


「ま、まあ特に心配なんてしてないけどねっ!」


「へー」


「さっきは勢いでカニを捕ってくるよう言っちゃったけど」


「良かったね言うこと聞いてくれて」


「この洞窟って、いないよね?」


「さあ?どうなんだろうねー」


「さっきとおんなじ返事だよアクアちゃん?ちゃんと聞いてよぅ」


「聞いてるよー、で、いるかいないかだけど」


「うん」


「足跡っぽいのはあったよ、小竜ぐらいかな?」


「びえっ!? まじで!? それなら教えてよアクアちゃん!」


 竜人たちの住む地域にはまさしく竜、ドラゴンと呼ばれるものも生息している。人間の領域にはめったには現れないが、それでもまれに姿を見せ、人間達の作物、家畜を食い漁ることもあり人を襲うことももちろんある。


「まあ古い足跡だったし、多分もうここにはいないよ、へーきへーき」


「じゃ、じゃあ大丈夫、なのかな・・・」


 相変わらず鱗の手入れを休めず楽観的な様子のアクアに反してコロナの表情には不安の色が広がりつつあった。アクアが続ける。


「でも、洞窟って何かしら死骸とか多いよね。特に白骨死体とか。もしかしたらターヤちゃん、どこかで足を滑らせて深いところへ転落、そのまま抜け出せず骨になったり、やっぱりここに住み着いていた竜と遭遇、かじられて残りは骨になったり、実は洞窟は外に通じてい てそのまま逃げ出し、いつまでも幸せに暮らして最後骨になったりとか、あると思う」


「びえっ!?結局最後骨じゃないの!なんてこったい!」


 コロナががばっ、と立ち上がり洞窟を見やる。


「死なれたら大変!あたし様子見てくる!」


そういって洞窟の入り口へと潜り込んでいくコロナであった。


「痛っ!は、羽が引っかかって・・・!ぐぇ!頭ぶつけた!びええっっ!!あっ!く、口に泥がっ!うええっ!」


騒々しく洞窟の闇の中へと消えていくコロナであった・・・。



「―――ふぅ、こんなもんかな」


 カニでずっしりと重たくなった麻袋を持ち上げターヤは額の汗をぬぐう。だんだんと捕獲のコツがわかってくると夢中になってきてついつい時間が過ぎるのも忘れてしまうのだった。なんだかんだでずいぶんと洞窟の奥へきてしまった。途中コウモリやゲジゲジの群れに驚いたがなんとか目的を達成できたと安堵のため息をつくのであった。麻袋の口をキュッ、と縛りさて戻ろうと先程から目印にと書いていた壁の矢印を照らす。これを逆にたどれば帰り道だ。そうして歩き出してしばらくしたところ、ふと聞きなれない声が耳に入ってきた。


「びえええええーーーーーーーっ!!!びええええええーーーーーーーーーーっ!!!!」


「な、なにこの声は!?」


 ターヤは身構えた。どうやら声は帰り道の途中で聞こえてくるようだ。どうしよう、もし何か恐ろしい獣がそこいたら・・・と一瞬考えたが、こんな珍しい叫び声を発する獣を見てみたいという好奇心もあり、おそるおそる帰り道をゆっくりと照らしていく。すると、そこへ赤い珍獣が照らし出された。


「びえええーーーーーっっ!!!!・・・・はっ!?ターヤちゃん!!ターヤちゃんだー!!」


 珍獣がターヤに気付き飛びついてきた。ターヤは驚きつつも声の正体が分かったところで安心し、すり寄せてくるその顔を見る。


「コロナさん?洞窟に入ってきたの?こういう洞窟は苦手だって言ってたはずじゃ・・・」


「うわーーん!!コウモリは襲ってくるわゲジゲジは背中を上るわカニを追いかけたら滑って体半分水につかるわ戻ろうにも道が分からなくなるわもうだめーー!冷たい寒いーーー!!死ぬーーー!!」


 ターヤの問いかけを無視し泣きじゃくるコロナ。よく見ると泥だらけだ。そしてその泥が自分にも塗りたくられてることに気がついた。(ああ。厄日だわ・・・)


「と、とにかく落ち着いてコロナさん!洞窟を出ましょう!ね?」


「うえっ・・・うえっ・・・ターヤちゃん道、分かる・・・?」


「分かりますよ、大丈夫です。だから少し離れてください。えと・・・その・・・身動きが取りづらいので」


あなた汚いから近づかないで、とダイレクトにはいえなかったのでもっともらしく促すとコロナはうん、としゃっくり交じりに素直に従った。そうして上手く距離を保ち戻る道すがらにふとした疑問をぶつけてみる。


「そういえば明かりも無しによくここまで来れましたね」


「そりゃあなんたってあたしは火竜族だからね。炎を吹きまくりながら進んでたんだけど、だんだん疲れてきたし途中体も濡れて炎をだせなくなったしもうさんざんで。いままで生きてきた中で一番炎を吹きまくったと思う」


「あー、なるほど、どうりで」


 道中の足元には業火の犠牲となったコウモリ達が死屍累々としていた。さっきから鼻を突く焦げ臭いにおいの原因もこれか。顔をひきつらせながらもターヤは、この際もう少し彼女達のこと知ってみようと思い質問を続けた。


「さっきヴァルカンの外、って言っていたけどヴァルカンっていうのは国なの?」


「そだよ、あたしはヴァルカンから来たの。火竜族はみんなヴァルカンに住んでるよ、アクアちゃんは違うけど」


「アクアさんは火竜族じゃないの?」


「違う違う、全然違うよ。アクアちゃんは水竜族だからね。海の中に住んでるっていったっけ。確か・・・クリスタロスっていうとこだったかな?」


「えっ!海の中!?」


 水かきがあるからもしや、と思っていたがまさか本当に海の中の住人だったとは。とはいえ地上でもあのスピード。陸も海も制覇していらっしゃるじゃないですか!アクアさん恐るべし。とまたもや戦慄していると今度はコロナが口を開いた。


「ターヤちゃんは」


「あ、私はビミッカというここから近い港町から・・・」


「カニはどうやって食べる?」


 急に話の方向性が変わり、えっ?となった。こっちの出身のことよりカニの食べ方のほうがいまのコロナには重要なようである。


「生でいいかなー、でもやっぱ焼こうかなー、茹でてもいいよねー」


 コロナはそう言いながらよだれを啜る音を洞窟に響かせる。鱗のある手を伸ばし持っている袋を楽しげにぽんぽんと叩くと危機を感じたカニたちが袋の中でいっそうざわつき始めた。


「このカニは生では食べないほうがいいような気も・・・。こういう小さいカニは揚げたほうが美味しいかもしれないですね」


 カニの生食は寄生虫やら何やらで危ないと聞いたことがある。竜人たちなら生でも大丈夫なんだろうか。するとコロナが驚きの声を出した。


「えっ!あげるって誰かに?なんで!嫌嫌、全部あたしが食べたい!あ、アクアちゃんには少しあげる、少しね」


「違います!油で揚げるって意味ですよ。揚げ料理とか食べたこと無いんですか?」


「油で?『アゲリョウリ』?? ターヤちゃんの言ってること分からないよぅ」


「え・・・」


 噛み合わない会話の中でターヤはふと考える。もしかして彼らは自分達人間のように食材に複雑な味付けや加工、調理を施さないのではないかと。うーん、と首をかしげ続けるコロナに問い詰めてみる。


「じゃあ、砂糖や塩とか、ソースとかスパイスとか、分からないです?」


「塩はわかるけど・・・他のはなに?食べ物?」


ああ、やっぱり思ったとおりだと確信した。そしてなぜか僅かな優越感を感じるのだった。彼ら竜人は力は強いが、そういった文化的な面では我々人間のほうが優れており、食材のうまみを引き出す術に秀でているのだ、と。そうした気持ちから初めて笑みがこぼれた。


「ふふっ、今言ったのは『調味料』ってやつですよ。食べ物をさらにおいしくできる魔法のアイテムが人間達の間には存在するのです、甘 くしたり辛くしたり、料理だってさっき言っていた揚げ料理とか炒め料理とか、スープとか、人間はいろいろ出来ちゃうわけですよ」


 鼻を鳴らし誇張を交えて得意げに教えるターヤであったが、どや顔で振り返りコロナの顔をランタンで照らした時にこの発言が良くないものであったと気づく。


涎を啜ることなくボタボタとたらし、キラキラと一層輝く両目のルビー。ふんふんと鼻息が荒れていくのが分かる。


「や、やるな人間共・・・そんな・・・力を・・・秘めていたとは・・・ぐふっ」


言葉の最後で飲み込んだ唾にむせたコロナがまたターヤに詰め寄ってきた。込み上げる嫌な予感が的中し、再び泥んこ攻撃を喰らう。


「食べたい食べたい食べたい!リョウリ食べたい食べたい!甘いやつとか辛いやつとかアゲリョウリ食べたい食べたい!!人間のとこ行けば食べられるかな?というよりターヤちゃんについていけば食べられるかな?ようし行っちゃおう!」


「えええええええええええ!?」


 いやぁぁぁぁしまった!まさかこんな事態を生み出してしまうなんて!と激しくターヤは後悔する。もし竜人が町に乗り込んできたとあっては大混乱が及ぶに決まっている。下手したら彼女達が暴れまわるかもしれない、そんな事態は絶対に避けねば!と思っていると文字通り光明がさした。光の向こう、洞窟の出口へとたどり着いたのである。洞窟からもこの状況からも脱するべく出口を指差しコロナをまくし立てる。


「あっ、ほらほらコロナさん、出口ですよ!早くここから出ましょう!」


 それでも一向に離れず縋り付くコロナをなんとか振り切り洞窟の狭い口から転がり出たターヤ。明るいところで見るともはや体は汚れてないところが無いくらい泥まみれだが今は一刻を争う事態、そんなことは気にしてはいられない。早く逃げねば彼女がついてくる!そういえばアクアさんは?とターヤが周りを見渡すとすぐそばの岩の上で丸くなってすうすうと寝息を立てている。一方コロナはというと、


「痛たたたっ!また羽がっ!ぐえっ!また頭ぶつけたーっ!!うえっ!また口に泥がーっ!うええーっ!!びええーーっ!!」


洞窟に入るときと同じように慌てふためいている。チャンスはもう今しかない。


「これ!ちゃんととってきたから!それじゃあ!」


 そういって、ぽん、とアクアの寝る岩のそばにカニの詰まった袋を投げると再び一目散に森の中へと駆け出した。とはいえ今度は崖に落ちないよう注意してスピードは抑え目にした。途中何度も振り返るが追っ手の気配はない。どうやら完全に逃げ切ったようである。


(もう二度と会いませんように・・・!)


そう心の中で強く願うターヤであった。しかし、この先も彼女らとの数奇な運命が待ち構えていようとはこのときの少女は知る由もないのだった――



――カニのうごめく袋を前にコロナは立ち尽くしていた。アクアは先ほど起きたのか伸びとあくびをしてむにゃむにゃと目をこすっている。


「ふああーっ、お、コロナちゃん良かったねー、ちゃんとカニを捕って来てくれたみたいだね」


アクアの屈託の無い笑顔を見ることはせず、コロナはずっと麻袋に視線を落とし呟く。


「アゲリョウリ・・・・」


「ん?」


「アクアちゃん!アゲリョウリだよ!アクアちゃん!」


「えっ、、ちょっと何言ってるのかわかんないよ、新種のドラゴンかなんかなのそれは?」


「決めたよ、アクアちゃん」


決意の表情で顔を上げ、夕焼け色が見え始めた空を見つめる。


「あたし、いつか人間の町に行ってみる。そしてヤツ(アゲリョウリ)を喰らってみせる!」


「言葉の意味は良く分からないけどとにかく凄い自信だねコロナちゃん!」


 熱き想いを胸に秘め、コロナの冒険が今始まる・・・かもしれない。


サワガニは生で食べちゃいかんですよ。へのつっぱりはいらんですよ。

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