第一話
血のつながりがないとは言っても、兄妹の恋愛を描いたものなので、そういうものが苦手な方は、お避け下さい。
雪が、降っていた。山は今までに見たことがないくらい白くなっていて、自分の息の白さに気がつかないくらいだった。下宿先に一人でたたずむ桜の木に、一年前のあの時には気づきもしなかったけど、今は雪が枝の先に積り、綺麗で儚い花を咲かせ、俺の目を奪う。そう、あの時のアイツの涙みたいに――。
本命の大学に落ちて、ここに来ることが決まったのは、完全に予想外の出来事だった。模試の判定も悪くなかったし、センター試験で悲惨な点数をたたき出したわけでもなかった。でも、そんなにショックな出来事ではなかった。ただ、アイツと離れ離れになるということが、どういうことなのかが、認識できていなかった。妹のナミは、俺が12歳の時、両親が突然家に連れてきた。ナミはその時、11歳だったけど、小6だった。つまり、俺に突然、血のつながらない双子の妹ができたということだ。俺が、4月生まれで、ナミが3月生まれだったから、妹ということになった。あの時の衝撃は、計り知れないものだったけど、泣きながら俺に、「ごめんね、いやだよね」という、ナミの姿を見ては、何も言うことはできなかった。ただ悔やむのは、その時アイツに、俺が恋愛感情を抱いてしまったことだろう。
そのあとの中学、高校と別に何もなかった。俺は普通に彼女がいたし、ナミには普通の妹として接していた。ただ、俺の一番をアイツは占領し続けたけど。そう、一番近くにいながら、どんなことをしても届かない距離にアイツはいた。”兄妹”という肩書が、越えられない壁として目の前にあった。だから俺は、常に二番目に好きな人と付き合っていたし、この先きっと結婚するのも世界で二番目に好きな人なんだろうと確信していた。余談だけど、俺の母親が死んだのは、ナミが来て一年後のちょうど今頃だった。でも、雪は降らず、ただ風が音をたて、ナミの鳴き声だけが聞こえていた。
そして、今から約一年前、俺の家に不合格の通知が来たその日、ナミが泣いた。嫌だ、ただそれしか言わないナミに、俺は兄として兄らしい言葉をかけてやることなどできず、ただ胸でアイツの温かさを感じていることしかできなかった。その時、アイツが一度だけ言った、「愛してるよ」という言葉、俺が一度だけ言った、「俺もだよ」という言葉が、頭を離れない。
その言葉の本当の意味を確かめないまま、俺たちは離れ離れになった。
ナミと離れ離れになって、初めて一人暮らしを始めた俺は、ものすごく苦労をした。母親が死んでから、家事のほとんどをナミがしてくれていたからだ。今では、とりあえず生活することができるようになったけど、最初の頃は困ったらすぐにナミに電話してた。ただ、そこに兄として妹を心配する気持ちもあったし、一人の男としてアイツのことを想う気持ちもあった。その下心に自分自身が気づいてからは、ナミに頼ることもなくなり、妹を心配する兄というぐらいの回数しか電話をすることはなくなっていた。
電話の回数を減らしたのにはもう一つ理由があった。付き合っていた彼女に「ヒカルってシスコンなの?」と言われたからだ。そこに、冗談としての意味合いはなく、一人の女性に対する彼女の微細な嫉妬心を感じた。彼女とは、気が合い、映画鑑賞に読書という共通の趣味があったし、精神的に彼女に救われることもあったので、別れたくなかった。ただ、彼女が二番目という事実だけは変えることができないけど。
そして、これから俺は彼女に振られるだろうこと予測している。先ほど彼女から、「大事な話がある」と言われたのだ。そして、おれは家を出て、これから彼女の家に行くところだ。俺は、バイクに乗りエンジンを鳴らす。フルフェイスのヘルメットをかぶる前にもう一度だけ、雪の花をつけた桜の枯れ木を見る。少し融けて、小さくなったそれは、蕾のように見えた。
これからが華の美しい蕾、しかしこの蕾は、花を咲かせることなく消えるだろう。
ただ、今はやはり美しかった。
読んでいただきありがとうございました。
よろしければ感想をよろしくお願いします。