4 本当の自分
「泉里、君が一番辛いのかもしれないな」
「みんなに会うためだからいいよ。君を見つけてあげる」
清々しく笑えた気がする。
泉里。確かに呼んでいた。
夢の中で、夢だと自覚できた。
「名は体を表すだね。僕は泉のように澄んでいて、みんなの古里であるように。君は鮮やかなハナであるように、と」
「それが守るべきものだからな」
会話に不自然なところはなかった。
理解できている。でも、当然わかっていることのようで、意識できなかった。わかっているのに、思い出せない。
鮮やかな、ハナ。
昼寝から目が覚め、突然視界に入った嫌味なほどの青空に目眩がした。日食は午後二時頃と予想されている。
もうすぐ、太陽が月に隠れる。皮肉なものだ。鮮やかさなんて見えなくなる。闇に覆われて、何も見えなくなる。
形も、色も。
「色も?」
自分の思考に引っかかった。鮮やかなのは色だ。光がないと色は見えない。
色がなければ、この世界は。
「泉里、全部わかった」
今までなかった気配が背後に現れた。
それも今なら驚かない。泉里にはそれができる。
「俺は鮮華。鮮やかな華で鮮華。そうだよな、心の司の長」
「正解。色の司の長」
にっこりと、今は隠れた晴天のように泉里は笑った。
司の長。それが全ての答えだった。
この世界は、神を頂点に世界を統べる者がいる。神と共に世界の存続と崩壊を決定することができる五人の『プログラム関係者』の下、枝分かれした『司』がある。字のごとく『司る者』で、それぞれ『火』『水』など自然のものや泉里のように『心』、俺のように『色』なんてものもある。
その『司』のトップである『長』は『世界の関係者』と呼ばれ、輪廻転生を繰り返し、十七歳で覚醒する。三十歳になるまでに死に、また生まれ変わる。
だから、本当はまだ覚醒までには猶予があった。
その『司の運命』の例外で、泉里と歩だけは前世の記憶を持っている。
「これが神の指令か?」
「そう。一年前から僕は関係者を探しているんだ」
短期の帰国には意味があった。この時期でないといけない理由。それが、覚醒を早めないといけない理由。
世界が、動きだしている。
「君が今日までに覚醒しなければならなかった理由。日食と新月で、色が奪われるから」
「……なるほど。司の『長』が必要になるわけだ」
今までそんなことはなかった。明けない夜はない。全てを照らす光は必ず訪れ、色を表していく。
しかし、突然の異変で世界が暗闇に閉ざされようとしていた。
救えるのは全てを照らす『光』とモノを形作る『色』の司で。
まだ、『光』の司の長は目覚めていない。
「なんで『光』を目覚めさせないんだ?」
「今回、選ばれたのは君だったんだ。光の長は、まだ覚醒できない。それは、前世に神から言われていたことだから」
十七歳で覚醒するのは原則だ。例外は少ない方がいい。
その例外に、俺は選ばれたのか。
「それに、今回は『色』が失われるのが問題だったから。光は影響しないよ」
つまり、光があっても色が表れない。
それは確かな異変で。司の長の力が必要なわけだった。
鮮やかに、色を。世界を表現する術として。
「日食が終わるな。さ、世界に色を」
パンッと手を合わせた。
それが能力発動の合図だった。能力は集中すれば使える。すぐに使えるよう、条件を設定することが多かった。聞き慣れた『指を鳴らす音』は自分ではなく、泉里の癖だった。能力発動に指を鳴らす司は多い。しかし、歩のように『微笑み』などもある。
俺の場合は『両手を勢いよく合わせる』。
光が現れ、辺りを照らしていく。それに伴って、世界が色付いていく。
鮮華の名において、この世界の『色』を護る。
「そういえば、歩はなんで夢に出てきたんだ?」
「彼女も一緒に司の長を探しているんだよ。今回君を見つけたのは歩でね。ファーストコンタクトは歩に譲ったんだ。歩は夢を渡る力があるから、夢では歩が、現実では僕が接触するんだ」
日の光に照らされた泉里の顔は穏やかで、見慣れていた顔だった。
泉里のことを。あのときは。
護りたかった。
「辛くないのか?」
「歩がいるからね。歩が一番辛いから。死ねないって、ずっと責任を負わなきゃいけないって想像するより辛いだろうね」
泣きそうに顔を歪めた泉里に、思わず抱きついていた。
心の司の長。相手を思うあまりに、自分まで傷ついている。それは歩だから。死ねない歩だから。だから、歩のために。
なら、俺は泉里のために傷つこう。
あのとき、前世で泉里が人間に殺されたとき、護れなかったから。
「歩のパートナーが早く見つかるといいな。泉里のも」
「全部終わったら、ね」
泉里の苦笑の混じった答えに、抱きつく腕に力が籠もった。
パートナー。本当の片割れ。魂の片割れともいう。司の長はその責務ゆえに恋愛感情を持たない。輪廻転生を繰り返すから、子孫を残すことができない。そんな体になる。
しかし、パートナーという存在がある。関係者に許された、唯一の幸せで。
ちなみに、俺は火の長がパートナーだ。
「君も早く火澄に会わないとね。何かが起こる前に」
「もう起こり始めているね」




