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3 本当の名前

「まだ、思い出せないんですね」

 後ろを振り向くと、彼女がいた。歩、と口が勝手に動く。

 歩の表情は悲しみを含んだ微笑だった。

「拒んでいるんですね。本当はまだ、そのときじゃないから。でも、待っていられないんです」

 歩は迎えるように右手を伸ばした。

 悲しみを湛えて何を望むのか。その手を取ってはいけない気がした。

 首を横に振って拒絶する。

「センカ……『名前』を思い出してください。『鮮やかに香る』ではないものを」

 違う字を持つセンカ。泉の知っているセンカ。きっと同じ『センカ』なんだろう。

「君は『歩く』で『歩』なのか?」

 突然の問いに歩は笑みを消したが、すぐに微笑に戻した。問いに、強く、しっかりと頷いた。

 歩。どこかで聞いたことのある名前。泉が知っていた名前。

 本当の、名前。

 鮮やかなのは何なのか。

「大丈夫ですよ。あなたは一人じゃないですから」

 励ましか、慰めか。

 パチン、と頭の中で音がした。

 歩は前と同じように消えた。

 何もわからないままだったが、歩に会えただけで安心した。

 泉は何か知っている。どう聞き出そうかと、一人残された空間で考えた。


「歩に会った」

 いつの間にか習慣になっていた泉との登校。挨拶の後に続けた台詞に、泉は見事に固まった。

「名前を思い出せって。最近名前の話が多いな」

「固有名詞だからね。特定の人物を示すもので」

「じゃあ、お前の本当の名前って何?」

 泉は一瞬顔をしかめたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 『泉』と呼ぶのに最初から違和感があった。歩は呼び慣れた感覚があったのに、泉という単語は言い難く。

 違う名前で呼びそうになったことが何度かあったが、何て呼ぼうとしたのかわからなかった。

泉里せんりだよ。泉に里で泉里。全くの偽名ってわけじゃなかったんだよ」

 泉里。また頭の中で弾ける音がした。パチンと軽快な音は指を鳴らすような音で、聴き慣れたものだった。

 泉里と指の鳴る音。二つの音が聴き慣れているのは何故。

「泉里、か。なんでこんなに言い慣れてる気がするんだろ」

「それを思い出すのが早いか、名前を思い出すのが早いか。その答えが全部の答えになるよ」

 新月は明日。明日になっても思い出せないなら。

 何が起こるのかわからないからこそ怖かった。

 大丈夫と言った歩。その言葉に今は縋っていたかった。

 明日は日食。そして新月。光の当たる時間が短くなる日に、何かが明るみに出るような気がした。

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