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2 名前の価値

「いつの間に紗雲と仲良くなったんだよー」

 勢いよく後ろから抱きついた相模さがみは、肩に顎を乗せた。新聞部に所属していることもあり、好奇心旺盛な奴だ。厚かましくはない人なつっこさは不快させるものではなく、一定の距離を保っていた。

 そんな相模は特定の友人を作らず、一番親しいのは俺だろう。

「一・色・くーん?」

「ああ、悪い。いつから仲良くなったか、だったな。今日の朝から」

「へ? 前からの知り合いみたいに見えたけど」

「知ってるような気はしたけど、初対面。あれほどの美形を忘れるとは思えないし」

「それもそうだよね。美形コンビ誕生ってわけだね」

 相模はニヤリと、面白いものでも見つけたかのように口の端を上げた。

 美形コンビ。今その片割れの泉はクラスの女子に囲まれ、質問責めにあっている。容姿端麗、成績優秀、そして帰国子女のバイリンガル。転校生にこれだけの付加価値があれば、仲良くしたいと思うのが普通だろう。

 俺は仲良くしようと言われた方だけど。

「相模は紗雲のところに行かないのか?」

「今行っても、有益な情報は得られないよ。どこに住んでいる、趣味は何。好きなものは、嫌いなものは。英語を話して~なんて、どうでもいいんだ。僕が訊きたいのは一つ」

「何故この学校に来たのか」

 突然入った第三者の声に、相模がビクッと震えたのが肩から伝わった。

 いつの間に移動したのか、泉は相模の後ろに立っていた。さっきまで女子と話していたのに。周りから不満の声がないから、上手く会話を終わらせてきたのだろう。

 痛いほど視線を感じるが、まあ許容範囲だ。相模は肩から顎を退け、代わりに手を置いた。不安なのかもしれない。正体の掴めない泉が。だから、いろんなものの真実を知るために新聞部に所属し、知らないから他人と深く関わらないのかもしれない。

 相模は大きくため息を吐いた。

「ダブルビックリだ」

「ダブルビックリ?」

「あの女子達との会話を不満なく終わらせたのと、疑問を当てたこと」

 距離感が掴めないのか、相模は机の向かい側に移動した。知らない物に興味津々の子供のように、しゃがんで机の上に腕と顎を置いた。

 それに呆れた笑みを返してから泉に向き合った。

「で、なんでこの学校を留学先に選んだわけ?」

「ある人に行けって言われたからだよ。ここでやるべきことがあるからって」

「ある人?」

 相模は興味があるのか、追及の問いを口にした。簡単にプライバシーに介入しない相模には珍しいことだった。気軽に訊けるなら、転校初日に訊いているはすだ。それをしないのは、短期間しかいない泉への気遣いで、興味本位の質問で傷つけたくないいう思いからだろう。

 泉は気にした様子もなく、微笑んで答えた。

「絶対的権力者。尊敬してるし、信頼もしてる」

 そう言った泉の表情は優しかった。好きな人のことを話すような、家族の自慢をするような、穏やかさで。その人に従うことが本当に嬉しいような。

 こっちが照れるような顔だった。

「いいね、そういうの。僕は相模さがみけん。よろしく」

 相模は泉を気に入ったのか、人好きのする笑みを浮かべ、立ち上がって手を差し出した。泉は笑顔のまま握手に応じた。

 確かに、先程の回答で泉に対する印象は良くなった。迷いのない答えはそれが真実だと示していて。嘘を言うこともなく、隠すこともない姿勢は誠実で。

 欠点がない王子様のように見えた。

「王子様みたいだよな……」

 思わず口に出してしまった。慌てて口を抑えたが、無駄に終わり。

「なるほど。紗雲の呼称は『王子』に決定~」

 相模の声は教室に響いた。女子から黄色い声が上がる。明日の校内新聞には『王子出現!』とでも書かれるだろう。校内新聞の影響は絶大で、クラスメイト以外の生徒からも『王子』と呼ばれるのは想像に難くなかった。

 ちなみに、俺は通称『あお』で、『一色→俺の好きな色は青→蒼』で命名された。

 周りはそう呼ぶが、命名した本人、相模は名字で呼んでいた。理由は不明。全員に別名があるわけではなく、新聞部の眼鏡にかなった者だけが学校全体の通称を付けられている。

「王子?」

「そう呼ばれることを覚悟しておいた方がいい。ちなみに俺は『蒼』って呼ばれてる」

「面白いね。他には何があるの?」

「可愛い男子に『姫』、女子陸上部部長に美しい鹿で『美鹿みろく』、不良のボスに厳しい規律の中の武力で『厳武げんぶ』とか」

 ほとんどは現新聞部部長が命名したものだった。どんな力を持っているのか、不良にまで及んでいる。それが通称になってしまっているのだから、新聞部の力は量り知れない。

「悪意はないんだから。愛称だよ、うん」

 相模は握った手をぶんぶん振った。悪意のない通称は愛称で合っているだろう。一部の教師でさえ呼んでいる。

 不良のボスである高橋も、『厳武』の方がカッコイイと気に入っていた。

「名は体を表す、だね。愛称が使われるのはいいけど、特別な人には『本当の名前』で呼ばれたいと思うよ」

「そう! だから僕は一色を蒼とは呼ばないんだよ。一色は一色だから」

 意気投合した二人は握手からハイタッチに変えた。

 特別だから特別に愛称をつけるんじゃなくて、特別な人は本当の名前で呼びたい。特別な人だから、他の人には本当の名前を呼んでほしくなくて、愛称を作る。

 自分だけが本当の前で呼ぶために。

 矛盾しているようだけど、単純な独占欲なのかもしれない。

「そういえば、夢の中の彼女は『アユム』って言ってたな」

 名前談義でふと思い出した。消える直前に名乗った彼女。あの状況では名乗る必要性はなかったはずだ。

「夢の中の彼女? 何それ」

 今朝、泉に話したように掻い摘んで話した。泉も再現するように、同じコメントを挟んだ。相模は時折相槌をしながら、茶化すことなく最後まで聞いた。普通なら笑って「夢だろ」と終わってしまう話を、相模は否定することなく最後まで聞いて自分の意見を述べる。

 少し、泉に似ていると思った。

「世界云々よりも、一色が『忘れていること』が気になるね。それを思い出せば、世界のこともわかるんじゃないの」

「せめてヒントがあればなー」

「あるよ、ヒント」

 さらりと、泉は笑ったまま言った。あまりにも自然だったため、驚きで動けなかった。

 相模も驚いたようだが、それを顔に出さずにマイクを突き出す仕草をした。

「どんなヒントですか?」

「アユム。歩くって書いて『歩』だと思うよ」

 それが一般的な名前だが、泉の自信はどこからくるのか。

 相模の追及が続いた。

「その根拠は?」

「今は秘密。新月の日までに思い出せなかったら教えるよ」

 答えを知っているかのように振る舞う泉に、相模は両手を上げて降参した。いずれ分かるなら、今無理に訊く必要はない。

 新月の夜まであと二週間。思い出さなければいけない気持ちが増した。

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