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幽霊王女と優しい殺し屋  作者: 佳景(かけい)
第3章
9/29

―8―

 長い昼が終わって、空は夜の色に染め替えられようとしていた。


 侍女と共に居室に戻ったジュヌヴィエは、椅子に体を預けて小さく息を吐く。


 この数日で、城内は落ち着きを取り戻しつつあった。


 デュドネは執政から遠ざかっていたため、デュドネが死んでも大きな混乱もなく、国は正しく機能している。

 

 そのことがひどく腹立たしかった。

 

 早急にこの国を動かす権利を奪い返したいところだったが、大臣達は自分が即位したところですぐに退位すると考えているようだ。


 いずれ迎える夫がこの国を統治するものと踏んでいるのだろう。


 だが、この国は自分のものだ。


 子を生すのが王族の務めである以上、結婚はするつもりだったが、夫にこの国を委ねるつもりなどさらさらなかった。


 女であっても、自分はこのルーヴェリアの正当な王位継承者なのだから。


 所詮女と侮られるなら、力を見せ付けてやればいい。


 少しでも早くこの国を立て直すのだ。


 早ければ早い程、自分の能力の高さは証明されるに違いない。

 

 そのためにやるべきことは山のようにあったが、まずはデュドネの葬儀を無事にこなすことが先決だ。


 葬儀と平行して戴冠式に向けての準備も既に始められていて、衣装の仮縫いやら何やらで少々くたびれてしまった。


 できることなら盛大に執り行いたいものだが、財政難のこの状況では慎ましいものにならざるを得ないだろう。


 見栄を張って国が倒れてしまっては意味がない。


「何かお飲み物をお持ち致しましょうか?」


 侍女の問いかけに、ジュヌヴィエは軽く額を押さえながら答えた。


「お酒がいいわ。ワインを」

「畏まりました」


 侍女が一礼して出て行くと、ジュヌヴィエは先程より深く溜め息を吐いた。


 いよいよこれからが大変だ。


 傾いたこの国にかつてのような繁栄をもたらすのは容易ではない。


 国全体が景気の悪さに喘ぎ、金回りの悪さから貨幣の信用は落ちるばかりだ。


 まずはとにかく金が必要だったが、さてどうしたものだろうか。


 財源を増やすには増税が最も手っ取り早い方法だが、安易に増税をすると産業が余計に停滞しかねない。


 これまで非課税特権を享受してきた貴族達に新たに税を課すにしても、激しい抵抗があるのは必至だった。

 

 だが、この局面を乗り切るためにはどうしても金が要るのだ。


 それも莫大な。


 それをもたらすことができるのは、恐らく魔法くらいのものだろう。


 とはいえ、宮廷付きの魔法使い達はあまり当てにはできそうになかった。


 今も城内で魔法の研究を続けているというのに、有用な成果は一向に上がって来ない。


 手始めに予算と人員を削減すべきだろう。


 改革に着手しなければ、状況は悪化するばかりだ。

 

 そんなことを考えている内、ジュヌヴィエはふとレリアのことを思い出した。


 長いこと塔に幽閉されている妹。


 もう顔も思い出せないが、噂で魔法に傾倒しているとは聞いていた。


 もしかしたら役に立つかも知れない。


 仮に役に立つ魔法が使えなかったとしても、他の何かには使えるかも知れなかった。


 損害が出る訳でもない以上、試してみるのは吝かではない。

 

 ジュヌヴィエは明日にでも塔を訪ねてみることにした。



      ※



 夜はとうに明けているというのに、窓の向こうに見える空は雲に覆われていて、朝日は見えない。


 シェラの手を借りて身支度を整えたレリアは、シェラが出て行くのを待ってベッドに戻った。


 塔にいても特にすることもないし、起きていても仕方がない。


 それに、少し熱が出てきた気がする。


 辛い思いをしながらただ寝ているより、体を抜け出してジェスに会いに行った方が良かった。

 

 レリアが布団を被ろうとした時、魔王が空間を飛び越えて戻ってくる。


 魔王はレリアが眠っている間は側を離れて、いつもどこかへ行っていた。


 一人では退屈なのだろう。

 

 レリアは今度こそ布団を被りながら言った。


「おかえりー。今日はどこ行ってたの?」

「少々南の島までな。やはり南国には北国とは質の異なる賑々しさがある」

「いいなあ。私も行きたいな」


 そう言ったレリアの耳に、聞き慣れた軽い足音が届いた。


 ゆっくりと近付いてくる。


 口を噤んで耳を澄ましていると、足音が止まって弱々しいノックの音がした。


「あの……お客様をお連れしました」


 シェラのしゃがれた声で告げられた言葉に、レリアはひどく困惑した。


 今まで誰かがこの塔を訪ねてきたことなど一度もない。


 レリアが意見を仰ぐように魔王を見ると、魔王は長い爪が光る手でドアを示した。


「会ってみればいい」


 レリアは黙って頷くと、ドアの外のシェラに言った。


「入って」


 鍵を開ける音がして、シェラがドアを開けた。


 侍女と共にドレスの裾を優雅に揺らしながら入ってきたジュヌヴィエを見て、レリアはわずかに目を瞠る。


 意外な訪問者ではあったが、出入りを禁じていたデュドネがいなくなった以上、もう出入りに関して制限はないのだろう。


 ジュヌヴィエがここに来たように、自分もここを出て行けるのかも知れない。


 レリアが期待をこれでもかと詰め込んだ瞳をジュヌヴィエに向けていると、


 ジュヌヴィエは手近にあった椅子に許しもなく腰掛けて言った。


「久し振りね」


 レリアはきょとんとした。


 記憶にある限り、ジュヌヴィエと対面したのはこれが初めての筈だ。


 心だけの状態でこっそり顔を見に行った時、自分の姿がジュヌヴィエに見えていたとも思えなかった。


 今横にいる魔王には全く気付いていないようであるし。


「会ったことあったっけ?」

「お前が生まれて間もない頃に何度かね。私のことがわかって?」

「うん、姉様でしょ。今日はどうして来たの?」

「お前をここから出してあげようと思ってね」


 レリアはぱあっと顔を輝かせた。


 熱のだるさを脇へ押しやってベッドを飛び出すと、裸足でジュヌヴィエに詰め寄る。


「本当にいいの!?」

「ええ。聞けばお前は魔法を学んでいると言うし、この国のために働きなさい」

「うん、やってみる!」


 レリアは無邪気にそう言った。


 これからは体も一緒にジェスに会いに行ける。


 そう思うと、ひどく心が躍った。






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