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それから十日余り後の朝。
東の空が白く輝き始める頃、国民軍は更地の上に整列していた。
ヴェリリエール市の紋章の色である赤と青に染め抜かれた軍旗が、あちこちで風を孕んで大きく広がる。
予算の都合で軍服がないため、兵の服装はばらばらだ。古着や垢染みた服を身に着けている者も多い。
だが強い決意を胸に銃を手にした人々は、その前に立つセルジュの目にどんな軍隊より立派に映った。
馬に乗れる者が少ないため、部隊は歩兵と砲兵、魔法兵だけで構成されている。
組んでいるのは縦隊だ。
縦隊は兵が縦に二列に並んで作るもので、ルーヴェリアではいくつかあるそれの中でも特に好んで使われている。
主に行軍等に使われる陣形で、通常はそこから変形して別の陣を作るのだが、訓練が不十分な兵が下手に陣形を変えると、陣形が崩れてそこから切り込まれる恐れがあった。
まして戦場で多人数を上手く動かすにはそれなりの慣れと技術がいるという。
指揮官である自分達がそうした技術を持たない以上、兵にはごく単純な動きをさせるしかなかった。
布陣自体も極めて単純なもので、左翼・右翼共に前衛・中衛・後衛の三つに分かれているだけだ。
それでもやり様によっては、互角以上に渡り合うことができるに違いない。
セルジュは精一杯声を張り上げて言った。
「皆さん! 遂に決戦の時が来ました! 今皆さんは多かれ少なかれ、不安や恐怖を抱えていることと思います! 逃げ出したいとさえ思っておられる方もいらっしゃるかも知れません! しかし、戦わなくてはこの革命は潰されてしまうのです! 大多数の人々が苦しむ中、王や貴族達だけが何不自由なく暮らす国に逆戻りしてしまいます! それは決して許されてはならないことです! 革命を守るため、共に戦いましょう!」
応という力強い声と共に、無数の拳が上がった。
その光景に、セルジュはわずかに目を細める。
これ程多くの人々が志を同じくして戦ってくれるのだ。
たとえ敗れて処刑されることになったとしても、後悔などしないだろう。
セルジュは国王軍を振り返った。
馬上のジュヌヴィエは純白の軍服に身を包んでいた。
金色の刺繍が施された長い外套が、白馬の鬣と共に風に靡く。
蔓に似た模様を描く、銀色のあおり皮の鞍。
黒皮の手綱を飾る金と紅玉が、馬と軍服の目映い程の白さと共に照り映える。
ジュヌヴィエは馬に乗ったまま、整列した自軍の兵の前に進み出た。
国王軍は右翼と左翼それぞれで、歩兵と砲兵、魔法兵を前面に置いて、騎兵を後方に補助的に配する形で縦隊を組んでいる。
整然と並び、微動だにしない兵士達の中で、王家の紋章である百合をあしらった白い王室旗だけが風を受けて忙しなく翻っていた。
戦闘が始まったら、ジュヌヴィエは五千余りの歩兵に騎兵、魔法兵で守りを固めつつ、幕僚達と共に左翼の端に位置する別働隊で指揮を執ることになっている。
ジュヌヴィエは深く息を吸い込むと、全軍を前に演説を始めた。
「これより、ヴェリリエール奪還作戦を開始します! 反逆者に占領されたルーヴェリアを解放し、再び平和をもたらすのです! これは正義の行使です! この国を守るための正義です! ジュヌヴィエ・リディアーヌ・ルーヴェリアの名において命じます! 戦いなさい! 反逆者達に裁きを下すのです!」
ジュヌヴィエの声に応えて、兵達は敬礼し、声を唱和させた。
「前進!」
ジュヌヴィエの号令に合わせて、大砲が火を噴いた。
「前に進め!」
セルジュの号令で太鼓が打ち鳴らされ、国民軍はセルジュ達を守る後衛を残して前進を始めた。
銃の射程距離がそれ程長くないため、まずは互いに顔の造作がはっきり判別できる程に間合いを詰める必要がある。
前線にいるシルヴィラも馬を進め始めた。
一応指揮官なので、部隊の後方に付けた上、周囲を兵で固めての前進だ。
できることならもっと勇敢に前に出たかったが、止められて大人しく後方に下がることにした。
意地を張ってあっさり死んでしまうよりは、長生きして軍功を立てた方がいい。
自らの力を示すために、わざわざ志願して前線に出てきたのだから。
シルヴィラが渇いた唇を舐めた時、大砲の音が立て続けに数回響いて国王軍が陣の変形を始めた。
規律正しく縦隊から横隊へと変わり、横三列に並んだ兵が国民軍を迎え撃つ。
横隊は広範囲に火力を配し、一斉射撃を行うのに適した陣形だ。
対して縦隊は兵が縦に並んでいる以上、どうしても使える火力が限られてしまう。
だが、こちらが不利とは限らなかった。
どんな陣にも、必ず長所と短所がある。
「撃てー!」
シルヴィラの号令の元、太鼓が鳴り響き、銃撃戦が始まった。
到底聞き取れない数の銃声。
銃弾が豪雨のように飛び交い、銃から伸びる煙が戦場をけぶらせた。
火薬の匂いが鼻を付く。
宙を舞う砲弾が地面に穴を穿ち、陣を乱した。
飛来した実化の攻撃魔法が兵の前面に展開した防壁にぶつかり、幻化の攻撃魔法が兵に降る。
弾の装填には少々時間がかかるため、国王軍は三列の兵が入れ替わり立ち代わり発砲し、国民軍は発砲し終わった兵が長く伸びた列の最後尾に移動しながら前進していた。
魔法兵が兵の前進具合を目視で確認しつつ防壁を移動させ、幻化や実化の攻撃魔法を放つ。
万を超える軍勢全てを守る防壁を創れる魔法兵などいないため、防壁で守られているのは主に指揮官がいる辺りだ。
魔法兵に期待されているのは主に防御なので、できるものなら後衛に置いておきたいところだが、余程の者でなければ離れた所に防壁を展開させることはできないため、仕方がなかった。
双方一部とはいえ防壁に身を隠しながら撃ち合っていたが、程無くして国民軍の側の防壁の一部が砕け散る。
だが防壁を創った魔法兵はまだ無事のようで、すぐにまた防壁が創られた。
銃や大砲の命中精度が低いこともあって、倒れる者はまだ少ない。
国王軍に比べれば国民軍の兵の技術が未熟であることは否定できないが、それでも撃ち合いで負けるどころか、むしろ国民軍の方が押していた。
士気が高いことに加え、縦隊は敵弾を浴びても前にいる兵を盾にすることで被害を最小にできるという利点がある。
反対に、横隊は集中できる火力が多い代わりに、敵の火力に晒される面積も広くなるのだ。
数の差がある以上、このまま間合いが詰まって白兵戦が始まっても、有利に戦闘を進めることができるだろう。
恐らく敵まで届かないだろうと思いながらもシルヴィラが幻化の攻撃魔法を放った時、また大砲の音が立て続けに聞こえた。
先程とは異なる指示のようで、数が違う。
シルヴィラは怪訝そうに眉を寄せると、望遠鏡を覗き込んだ。
注意深く辺りを見回す内、銃や槍を手にした騎兵が前方の歩兵を大きく回り込み、左右両翼から前進してくるのを発見する。
機動力で遥かに勝る騎兵に側面に回り込まれたら、こちらの方が不利だ。
縦隊の弱点は正面に集中できる火力の少なさばかりではなく、側面攻撃への弱さにもあるのだから。
シルヴィラは望遠鏡を下ろして素早く伝令に命じた。
「すぐに中衛と後衛の指揮官に伝令を! 町中まで後退せよと伝えろ!」
「了解しました!」
伝令の一人が走り去ると、シルヴィラは次いで前衛の部隊に向けての命を下す。
「前衛、左右両翼端の部隊に伝令! 接近中の騎兵に火力を集中させろ! 絶対に回り込まれるな! 後退までの時間を稼げ!」
「了解!」
駆け出した伝令の背中を見送る余裕もなく、シルヴィラは迫り来る敵を睨み付けた。




