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城を追われてから数日後。
ジュヌヴィエは叔父であるデュラフォール公爵の城に辿り着いた。
深い緑に囲まれた城内の装飾は豪華を極めており、応接室もそれは見事なものだ。
広い壁や天井は一面レリーフで埋め尽くされ、大きな窓から差し込む午後の日差しが艶やかな木の床を更に輝かせている。
暖炉の上には、公爵夫人・フィーネの肖像画。
その美しさを讃えるかのように、両脇をしなやかな女性の彫像が飾っていた。
フィーネの肖像画は暖炉の上だけでなく、ドアの上やすぐ側の壁などにも掛けられていて、部屋の中にいる者に淡く微笑みかけている。
湯浴みを終えたジュヌヴィエは用意されたドレスに袖を通し、叔父夫妻とテーブルを挟んで向かい合っていた。
疲れた体を受け止める革張りの椅子の感触が何とも心地良く、ジュヌヴィエがつい眠気を誘われていると、叔父のセレスタが磨き上げられたテーブルから上品にカップを取り上げて言った。
「まさかお前が軍人などに身を窶してこの城を訪れるとはな。一体何があった?」
「ヴェリリエールの半分が消えました。妹は死に、母は行方知れずです。他にも多くの者が消えて、混乱に乗じた民衆が暴徒と化しました。おかげで私は城を追われ、あのような姿でここに参じるしかなかったという訳です」
「何と……」
セレスタは驚きや疑いが入り混じった、複雑な表情になった。
フィーネも扇で口元を隠したまま、戸惑いを隠せない目でセレスタと視線を交わしてから、ジュヌヴィエに問いかける。
「ヴェリリエールが消えたとはどういうことなのです?」
「言葉の通りです。ヴェリリエールの半分はもうありません。ヴェリリエールだけでなく、この国の半分が同じように消えているそうです。まだ確認はできていませんが」
「そんなことが……原因は、原因は何なのだ?」
「魔王との契約です。望むだけの金の代償に、国の半分を支払ったもので」
ジュヌヴィエは緩みかけた唇を、さり気なくカップで隠した。
紛れもない事実だが、実際口に出してみると本当に馬鹿馬鹿しいような話だ。
セレスタもそう思っているようで、怒気すら感じる口調で言う。
「そんな話を信じろと言うのか」
「信じて頂けないのであれば、それで結構です。ただ私が叔父様に頼ることなく自ら資金を調達することができることをご理解頂ければ、それで十分かと」
フィーネは扇の向こうでわずかに目を細めた。
「そのお話が本当だとしても、お金以外のことにはお困りのようですわね。わざわざ自ら馬を駆っていらっしゃる程ですもの」
「ええ、是非ともお力添えを頂きたいのです。今は人手も雨風を凌ぐ城もありません。私としては速やかに戴冠式を行い、私がこの国の正当な女王であることを国内外に示した上で、ヴェリリエールの反乱を鎮圧して帰還すべきと考えています。どうかお力を貸して頂けないでしょうか?」
セレスタは鷹揚に頷いた。
「王家の大事とあっては、この私も王族の一人として協力するのは吝かではないぞ。手筈はこちらで整えよう。自分の城と思って、好きなだけこの城を使うがいい」
「ありがとうございます」
ジュヌヴィエは再びカップを傾けたが、唇を湿らせた程度ですぐにソーサーに戻した。
自分が死ねば王位継承権はセレスタに移る。
信用し過ぎるのは危険だが、今はセレスタを頼る外ない。
ジュヌヴィエは席を立つと、最後にもう一度礼を言って応接室を辞した。
ジュヌヴィエが出て行くと、フィーネはセレスタに視線を流して尋ねた。
「セレスタ様、本当にあの子に手を貸されるのですか?」
「当然だ。この状況を長引かせることは、得策とは言えないからな」
国が乱れに乱れている今、この機に乗じて他国が攻め込んで来てもおかしくはなかった。
しかもジュヌヴィエが言うにはヴェリリエールだけでなく、国そのものが半分消えているという。
その話が事実なら、国力は半分以下にまで低下している筈だ。
まともに戦などできるとは思えない。
今は政情を安定させることこそ最優先にすべきだった。
「不服か?」
「勿論ですわ。陛下もレリアもいない今、あの子さえいなくなれば、王位はセレスタ様のものではありませんか。そして私は王妃になれますのよ?」
剥き出しの野心を包み隠さず口にした妻に、セレスタは小さく苦笑した。
フィーネは近隣の国・アズィリアスの王女だ。
女王になることを望んでいたが、妾腹の子であることを理由に王位から退けられ、政略の道具として嫁がされた。
それをひどく不満に思っているようで、権力への執着は今も強い。
女王はあきらめたが、今度は王妃になるつもりのようだった。
セレスタは唇から苦い笑みが消えるのを待って言う。
「王になるのも悪くはないかも知れんが、今は如何せん時期が悪い。面倒なことが多過ぎる。せめてジュヌヴィエがこの国を平定するまで待て。正直なところ、私にはこの国を立て直す自信がない」
「何を弱気なことを。そんなことでは王になっても国を治めることなどできませんわよ」
「構わんさ。お前には悪いが、私はそれ程王になりたい訳ではない」
ジュヌヴィエ達が生まれるまでは、ずっとデュドネに何かあった時の予備人員として扱われてきたし、それでいいと思っていた。
この世で一握りの人間しか手にすることが許されない王座に魅力を感じない訳ではなかったが、重過ぎる責任を負えば潰れてしまいそうで、怖くもある。
予備は予備に相応しく、ジュヌヴィエがいなくなった後に王になればいいだろう。
「ともかくジュヌヴィエには手を出すな。王家の存続が危うい時に、内輪で殺し合っている場合ではないだろう」
「……わかりましたわ」
フィーネは不承不承ながらも頷いた。




