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幽霊王女と優しい殺し屋  作者: 佳景(かけい)
第5章
21/29

―20―

 ジェスはレリアと共に庭に出た。


 庭をあちこち歩き回って、一番綺麗に花を付けている木を見付けると、その根元にカーテンに包まれたレリアの亡骸を横たえる。


 手から体と感触が離れても、その硬さが張り付くように手の平に残った。

 

 そう言えば、今まで死体に触ったことなどほとんどなかった気がする。


 ただ間近で死を見ていただけだ。


 何を感じることも、考えることもなく。

 

 ジェスは手を軽く握ったり開いたりしてから、袖口に隠してあるナイフを取り出し、ナイフと手で少しずつ芝生を掘り返し始める。


 冷たい土と風が手を苛んだが、ジェスは構わず手を動かし続けた。


 苦労して大きな穴を掘り終えると、ゆっくりとレリアの亡骸を横たえ、丁寧に土を被せていく。


 そうしてすっかりレリアを包むカーテンが見えなくなると、木に咲いていた花を摘み取り、そっと手向けた。


「こんなもんでどうだ? 立派な墓標だろ?」

「うん、ありがとう」


 レリアは淡く微笑んだが、ジェスは微笑み返すことはしなかった。


 沈痛な面持ちで墓を見下ろして言う。


「悪りぃな……こんなことしかできなくて」

「そんなことないよ。すっごく素敵だよ。私、嬉しいよ?」

「そうじゃねえんだよ! そういうことじゃ、ねえんだよ……」


 また涙が出そうになって、ジェスは瞬きの数を増やした。


 自分にはレリアを守ることも、生き返らせることもできない。


 ただ、傷付けるだけだ。


 レリアは復讐など望んでいない。


 ましてジュヌヴィエはレリアのたった一人の姉なのだ。


 ジュヌヴィエを殺したら、きっとレリアは悲しむだろう。


 それでも、ジュヌヴィエを許すことはどうしてもできなかった。


 レリアを失って空いた心の隙間を、別の何かで埋めなければならない。


 そしてそれは、ジュヌヴィエの苦痛や命でなければならなかった。


 そうでなければ自分が壊れてしまう。


 駄目になってしまう。


 自分が失ったものは、きっと命に匹敵するものだ。


 もしかしたら命より尊いものだったかも知れない。こんなに大切なものはきっともうない。

 

 そしてその大切なものより、自分は自分が大切なのだろう。


 所詮自分はそういう人間なのだ。

 

 人でなし。

 

 狂人。

 

 何と罵られても構わない。

 

 大切なものを奪われてまともでいられる筈がないのだ。

 

 だから殺す。


「……お前、もう俺の所に来るな」


 ジェスが苦労して喉から声を絞り出すと、レリアは不安そうに小さく首を傾げた。


「どうして? 私、またジェスを怒らせちゃった?」

「そうじゃねえよ。嫌なもん、見ることになるだろうから」


 ジェスは何度も飲み込んだ言葉を、苦労の末に吐き出した。


「……もう絶対に来るな」

「やだ! 私はジェスと一緒がいい!」

「駄目だ」

「駄目じゃないもん!」

「いい加減わかれよ!」


 レリアの肩が小さく震えた。


 引き結ばれた唇からは今にも嗚咽が漏れ出しそうだ。


 ジェスは胸が小さく痛むのを感じたが、それでも頑なに言った。


「元々俺達が一緒にいることに無理があったんだ。これ以上一緒にいてもお互い辛くなるだけだろ。俺はお前の姉貴を殺すつもりなんだ。これからお前をたくさん悲しませることになるだろうけど、少しでもお前を傷付けたくない。だからもう、来るな」


 レリアは何か言いたげな目をしていたが、その唇は引き結ばれたまま、言葉を紡ぐことはなかった。


 ジェスは最後にもう一度だけレリアを見たが、すぐに目を逸らして背を向ける。


「じゃあな」


 ジェスは一人歩き出した。






 ジェスが行ってしまってからも、レリアはしばらくその場に留まっていた。


 できることなら追いかけて行きたかったが、そうしたらジェスはもう口も利いてくれなくなりそうで、怖くてその場を動くことができなかった。


 もう涙など出ない筈なのに、無性に泣きたいような気持ちになってくる。

 

 また一人ぼっちだ。

 

 レリアが居ても立ってもいられなくなってその場を飛び立ちかけた時、魔王が空間を跳び越えて現出してきた。


 レリアは驚いて動きを止めたが、すぐに驚きを脇へ押しやって言う。


「あのね、ジェスがもう来るなって。今度は本当に本気みたい。姉様を殺すから、私を傷付けるからって。私はジェスの側にいたいし、姉様を殺して欲しくないんだけど……」

「それはまた難儀なことだな」

「私、どうしたらいいのかな?」

「それは其方の心が決めることだ」

「だよね」


 レリアは腕組みをした。


 自分の一番の望みは、ジェスが人殺しをしないでいてくれることだ。


 そのために何をするべきだろう。


 説得できればいいのだが、あの様子ではとても無理そうだ。


 力尽くで止めるしかない。


 だがまだ自在に物に触れない以上体は使えないも同然で、使えるものと言えば魔法しかなかった。


 魔法を使うに当たってはジェスをきちんと視認しなければならないため、もしかしたら見付かってしまうかも知れない。


 そうなったら本当にもう二度とジェスの側にいられなくなってしまうだろうが、我慢しようと思った。

 

 自分のことは二の次でいい。

 

 レリアは目を閉じて意識を集中させた。

 

 魔王の再度の招喚とジェスを守るための魔法の発動で、記憶はほとんど使い果たしてしまっている。


 魔法に使える記憶は残りわずかの筈だ。


 あとどれくらいの記憶が残っているのか、記憶の量を確かめておかなければならなかった。


 集中を続けていると、程無くして闇に浮かぶ一冊の本が視えてくる。

 

 題名もない古びた赤い本。

 

 飾り気のない革の装丁は所々剥げていて、赤い革に茶色い絵の具を刷いたようだった。


 契約の代償として魔王に差し出した本とほぼ同じ装丁の本だが、その厚みは随分違う。


 かつては開くことすら難しそうな程分厚かった本と同じそれとは思えない程、薄くなってしまっていた。

 

 この本のページが記憶だ。


 魔法使いは記憶一つ一つに形を与えて、自身でその数を把握できるようにしている。


 与える形は自由に決められるが、レリアは本を好んで使っていた。


 見慣れた物や好きな物の方が形を創り易くていい。


 どのような記憶が残っているのか確認しようと、レリアは本が独りでに開く様を想像しかけたが、やめた。


 残っている記憶がジェスとの思い出ばかりだったら、もう魔法を使えなくなってしまうかも知れない。


 思い出はまた作ることができるかも知れないけれども。

 

 レリアは目を開けると、魔王に尋ねた。


「ねえ、魔王。もし私が魔法を使い過ぎて記憶が全部なくなっても、私は消えたりしないんだよね?」


 心が記憶で作られている以上、心しかない今の状態で記憶を完全に失うことは死に等しいことだろう。


 だが今は魔王と契約していて、魔王が存在の手助けをしてくれている。

 

 恐らく消えたりはしないだろうと思ったが、魔王は言った。


「消えるぞ」


 レリアは魔王の言葉をひどく冷静に受け止めた。


 どうせ自分は一度死んだ身だ。


 肉体だけでなく、心まで消えてしまっても仕方ない。


 まだあきらめが付く。


 だが、ジェスはまだ生きているのだ。


 できることなら危険とは遠い所で、穏やかに長く生きて欲しかった。


 ジェスはそれを望まないのかも知れないけれども。

 

 レリアが小さく痛む心をそっと宥めていると、魔王が言葉を継いだ。


「尤も、全ての記憶が消えても心という器そのものは残る。契約を解除しない限りはな。ただ、今までの其方は消える」


 レリアは軽く疲労感を覚えた。まだ体が生きていた時の感覚が抜け切らず、思わず溜め息が口を突いて出る。


「……そういうことは早く言ってよ。全部消えちゃうのかと思ったじゃない」

「記憶を完全に失えば、其方は消えたも同然だ」

「こういう時にそういう紛らわしい言い方しないでよ。生きるか死ぬか、どうするかってところなんだからね」

「記憶と共に消滅するとしたら、もう魔法は使わぬのか?」

「それでも使うよ。ジェスを止めるんだ」


 そう言えたことが、レリアにはとても誇らしかった。


 自分はこんなにもジェスのことを大事に思っている。


 今すぐは無理でも、いつかこの気持ちがジェスに通じるかも知れなかった。


 もし通じなければ魔法を使い過ぎて記憶を失うばかりでなく、心そのものが壊れてしまうかも知れない。


 魔王なら壊れた心の破片すら拾い集めて元に戻すことができるのかも知れないが、その時自分はどうなるのだろう。


 その自分と、ジェスはまた友達になってくれるのだろうか。


 考えれば考える程怖くなってきて、レリアはこれ以上考えるのをやめた。


 考え過ぎて動けなくなるくらいなら、考えなしで動いた方がいい。

 

 レリアは唇の前に人差し指を立てて言った。


「このことはジェスには内緒だからね。しーっだよ」

「互いに触れることも叶わぬ以上、知っていようがいまいが、状況は変わらぬと思うがな」

「それでも内緒なの! じゃあ、私ジェスの所に行くから」


 レリアはジェスを探して暗い夜空に飛び上がった。


 しばらくはジェスがジュヌヴィエを殺せる機会は巡って来ないだろうが、近くで見張っていた方がいいだろう。


「あ、そうだ」


 レリアは空中でぴたりと動きを止めて魔王を見下ろした。


「あのね、ジェスに見付からないように真っ黒になりたいんだ。只の幽霊に見えるようにね。でもやめておいた方がいい?」

「ああ。辛うじてその姿を保っていられるだけの其方が下手に姿を変えようとすると、己の存在を見失うぞ。寧ろ知覚範囲を自在に操作する訓練をするべきだろう。これまで目に頼って生きていた其方にとっては、物体に干渉するより難しいだろうがな」

「そっか。じゃあ、できれば一緒に来てジェスがどこで何してるか教えて欲しいんだけど」

「注文が多いことだな」


 そう言いながらも魔王が地面へその体を沈み込ませると、レリアも慌ててその後を追った。






 地下水路に戻ったジェスは、幽霊が混じる闇の中、カンテラと共に舟に揺られていた。


 舫綱はきちんと杭に結い付けてあって、舟は緩やかな流れに引っ張られながらもその場に留まり続けている。


 辺りは冷え切っていたが、今晩はここで夜を明かすしかないだろう。


 こんな時間に、しかもこんな騒ぎの最中に開いている宿などある筈がなかった。


 舟の上で無防備に眠っては物盗りに盗んでくれと言っているようなものだが、多分今日は眠れない。


 頭がひどく冴えていて、全く眠くなかった。

 

 以前迷子になった時にはレリアが魔王と共に道案内をしてくれたが、そんなことはもう二度と起こらない。

 

 自分から突き放したのだから。

 

 レリアとはもう会わない方がいい。


 だがもしレリアが望むなら、ジュヌヴィエを殺した時にはもう一度自分の前に現れて、責めてくれればいいと思う。


 そうすれば少しはレリアの気も晴れるだろう。


 それでも気が済まないなら、いっそ殺せばいい。


 レリアには自分に復讐する権利があるが、それでもレリアは決してそんなことはしないのだろう。

 

 殺されてもジュヌヴィエに復讐しようとはしなかったのだから。

 

 ジェスは深い深い溜め息を吐いた。


「……何でこんなことになっちまったかなあ……」


 レリアを苦しめたい訳ではないのに、自分は一体何をやっているのだろう。


 ジュヌヴィエを殺しても失うものがあるだけで、得るものは何もない。


「……あいつが、お人好し過ぎるのが悪いんだ。馬鹿野郎……」


 悪態は弱々しく、すぐに冷気に紛れて消えた。








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