表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊王女と優しい殺し屋  作者: 佳景(かけい)
第5章
20/29

―19―

セルジュは城に集まった民衆を前に演説を続けていた。


「いいですか、皆さん。殿下は私達を反逆者と断じ、軍を差し向けてくるかも知れません。ですが、王家は高貴なる者の責任を十分には果し得ず、寧ろ社会の弊害になっています。なればこそ、王は倒されるべきなのです。正義は我々にあり、私達が正しい行いをすることによっても、それを広く世に示すことができるでしょう。どうかこの混乱に乗じて犯罪行為に手を染め、徒に秩序を乱すことのないよう、お願いします。一旦秩序が失われてしまえば、それを回復させるのは大変難しいでしょう。皆さん自身の身にも危険が及びかねません。皆さんが正しい判断をされることを願っています」


 セルジュは軽く手を叩いた。


「では、そろそろこの騒動の後始末をしましょう。死傷者を城の中へ運ぶのを手伝って下さい。医術の心得がある方は治療をお願いします。それと、行く宛てのない方は城で夜を明かされるといい。半分消えてはいますが、とりあえず崩れる心配はなさそうです。ベッドや毛布は十分に行き渡らないかも知れませんが、野宿よりはずっといいでしょう」


 それからセルジュは替え玉の女を押さえ付けている男達に目を向けて続けた。


「お手数ですが、そのままお連れして下さい。但し、乱暴なことはなさらないように。その方もお仕事でしたことですから」


 セルジュは踵を返すと、ゆったりとした足取りで両開きの扉に向かって歩き始めた。


 その後にシルヴィラが続き、近くにいた人々も間を空けて躊躇いがちに付いて行く。 

 

 勝手に城を避難所にすることにしてしまったものの、何とかなるだろうとシルヴィラは思った。


 城にはまだ貴族達もいるだろうし、すんなり城の開放に同意するとは思えないが、こちらには数がいるのだ。


 この状況で強硬姿勢を取り続けることはできないだろう。


「そう言えば、先程の魔王がどうの……という話は事実なのでしょうか?」


 靴音にかき消されそうな小声で問いかけてきたセルジュに、シルヴィラも声を低めて応じる。


「何を今更……。先程この事実を公表すれば、敵兵の士気が下がるだろうと言っていたのは、他でもないあなただったと記憶していますが?」

「確かにあなたの言う通りです。真偽の程はともかく、これ程多くの人間が信じた情報なのですから、これを利用しない手はないでしょう? しかしあの話の信憑性については大いに疑問があります。そもそも彼は何者だったのでしょうか? 姿はよく見えませんでしたが、声の主は随分若いようでした。青年――いえ、少年かも知れない。仮に彼の言葉が真実だったとして、彼は何故殿下が魔王と契約したことを知っていたのでしょう? 確かに魔王らしき人物は私も見ましたが、城の中に消えて行ったところからすると、魔法で創った幻か何かだったのかも知れませんし、狂言でないとは」


 セルジュの言葉を遮って、シルヴィラは自信に満ちた口調で言った。


「あれが魔王かどうかはさておき、明らかに魔物でしたよ。幻などではありません。少しでも魔法を学んだ者ならわかります」


 魔法の心得がないセルジュが幻と疑うのも無理はないが、あれは断じて幻などではなかった。


 幻からあれ程強い力を感じる訳がない。


 もしかしたら本当に魔王なのかも知れなかった。


 魔王でなくても、かなり高位の魔物であるのは間違いない。


「彼が何者かはわかりません。ですが、あの話が事実かそうでないかは、最早大した問題ではありませんよ。個人的には、彼からいろいろと話を聞いてみたいとは思いますが」


 暗くて顔立ちはよくわからなかったが、眼帯をしているのは見えた。


 眼帯をしている人間はそう多くはないし、上手く見付けられるといいのだが。

 

 シルヴィラは倒れた衛兵達を避けて、懐から銃を取り出したセルジュの後から扉をくぐった。


 用心はしていたものの、しかし中には誰もいない。


 民衆が扉をくぐり始めたところで、セルジュは城の者と交渉する間その場で待つように言い残し、近くにいた男達を引き連れて歩き出した。


 シルヴィラはセルジュとは行かず、その場に残ることにする。


 セルジュは人々に己を律するように説いていたが、どこまで効果があるか知れたものではない。


 もしこの場で妙な真似をする者がいたら、容赦なく魔法をお見舞いするつもりだった。

 

 シルヴィラがいつでも魔法を放てるように心を整えながら注意深く辺りを見回していると、廊下の奥から靴音が聞こえ始める。


 音がする方に向けた目を、シルヴィラは近付いてくる人物にそのままひたと据えた。

 

 青年、否少年だろうか。

 

 遠目にもわかる粗末な古着を着て、大きな布で巻かれた何かを肩に担いでいる。


 その片目が眼帯で覆われていることに気付くと、シルヴィラは小走りで駆け出した。

 

 きっとあの少年が先程の彼だ。

 

 ならば訊きたいことが山程ある。

 

 シルヴィラはきょとんとした少年の目の前で足を止めると、軽く息を弾ませて言った。


「初めてお目に掛かる。私はシルヴィラ・エレノラ・アキュレル。これから革命を起こす予定だ。君の名前を教えてくれないかい?」






「わあ、ジェスに新しい友達だー」


 シルヴィラを見たレリアが些か元気のない歓声を上げた――元気になるにはまだまだ記憶が足りないのだろう――が、シルヴィラには見えていないようだ。


 ただジェスだけを見ている。


 その視線を受け止めつつ、ジェスは小さく溜め息を吐いた。

 

 また変な奴が出た。

 

 走ってきていきなり自己紹介をし、名前を教えろと言い出す男装の麗人。

 

 この女の名前など知りたくもなかったが、名乗られたのだから、一応の礼儀として名乗り返すべきだろう。


「ジェスだ」


 嫌々ながらもそう答えると、シルヴィラが矢継ぎ早に問いかけてきた。


「先程殿下が魔王と契約したと語ったのは君だろう? 君は何者なんだい? あの話は事実なのか? 事実だとしたら何故君はそれを知っていた?」

「別にあんたに関係ねえだろ」

「つれないね。私はただ質問に答えて欲しいだけだ。気が済めば、もう君には構わないよ」


 ジェスは先程よりも深く溜め息を吐いた。


 これからレリアを弔うという用事はあるが、別段急いでいる訳でもない。


 この変な女にこれ以上関わらないで済むのなら、質問に答えた方が良さそうだった。


「わかった。さっきのは確かに俺だ。最近魔法を始めて、たまたまその辺ふらふらしてた魔王と知り合って、さっきの話は奴から聞いた」

「あれ、私のことは?」


 レリアが抗議の声を上げたが、ジェスは無視した。


 レリアのことを話すと話がややこしくなるばかりだろう。


 おまけに魔王を招喚してジュヌヴィエと契約させたのはレリアなのだ。


 それが知れたら、レリアが何と言われるか知れたものではない。


 レリアのことは絶対に隠し通すつもりだった。


 ただ、レリア抜きで事情を説明しようとすると、只でさえ説得力のない説明が、余計に説得力がないものになってしまう。


 どうせ疑われるだろうと思っていたら、案の定シルヴィラに疑念で固めた眼差しを向けられた。


「とても信じられないな……君は魔王の契約者ではないのかい?」

「違うって。さっきも言っただろ。俺まだ魔法初心者だから、衛兵達をぶっ倒した魔法を使うくらいがせいぜいなんだよ」

「あの魔法は君が使ったものだったのか! しかも初心者だって!?」

「な、何だよ?」


 戸惑うジェスに、シルヴィラは語気を強めて言った。


「凄い才能だ! 天才じゃないか!」

「そ、そうなのか?」


 それなりに魔法の才能があるらしいことは自覚していたが、突然天才などと言われても、ジェスにはどうもしっくりこなかった。


「一体どこら辺が凄いんだ?」

「どこがも何も、一度にあれだけ多くの人間に魔法の力を及ぼすことができる者はいないよ。初心者と言うだけあって、まだきちんと制御できてはいないようだけれどね」


 そう言われれば、標的以外の連中までばたばたと倒れていたような気がする。


 幻化の魔法で攻撃できるのは精神のみという話なので、誰も死んではいないと思うが、これからは安易に使わないようにした方がいいだろうか。


 ジェスがそんなことを考えていると、シルヴィラが言った。


「最後に一つだけ聞かせてくれ。殿下が本当に魔王と契約したのなら、殿下は何を願ったんだい?」

「金だ」

「それは確かに殿下が代償を払ってでも欲しいものだろうな。しかし高過ぎる代償だ」

「馬鹿なんだよ。釣り合いなんか取れる訳ねえのに」

「違いない」


 シルヴィラはくっと喉を鳴らした。


「君は殿下に対していい感情を抱いていないようだが、個人的な恨みでもあるのかい?」

「ある」


 ジェスは肩に担いだレリアの遺体を一瞥した。


「こいつが理由だ。ジュヌヴィエの奴がこいつを……な」


 シルヴィラは黙って眉間に深い皺を刻んだ。


 カーテンを幾重にも巻き付けたところで到底隠し切れない異臭が漂っているのだから、誰でも何があったか察しが付くだろう。


「せめて、庭に埋めてやろうと思って連れて来たんだ」

「また一つ君の謎が増えたな。気にはなるが、これ以上詮索するのはやめておくよ。君が訳ありなのはよくわかった。呼び止めたりしてすまなかったね」

「じゃあな」


 これでやっと解放される。


 ジェスが止めていた歩みを再開すると、シルヴィラが背中に言葉を投げ掛けてきた。


「私達はこれから義勇兵を募ることになると思う。革命を成し遂げるためにね。もし君がそのカーテンの中の人物の仇を取りたいと思うなら、参加するといい」


 ジェスは再び足を止めると、シルヴィラを振り返った。


 レリアの仇。


 そんなもの取りたいに決まっていた。


 だが、参加することには少し迷いもある。


「俺、革命に興味なんかねえけど、いいのか?」

「まさかそんなことを訊かれるとは思わなかったよ。真面目だな、君は」

「だって、あんたも命を懸けるんだろ? その覚悟を汚すような真似はするもんじゃねえよ」


 オルガ達と死と隣り合わせの仕事をしてきたからこそわかる。


 命を懸けるその真摯さには、同じ真摯さを以て向き合うべきだ。


 たとえ利害が一致しているとしても、高い理想を持たない自分が共に戦う資格はないだろう。


「俺はただ、仇が取れさえすればそれでいいんだ」

「別に構わないさ。難しく考えることはないよ。君は君の都合で命を懸ければいい。かく言う私も自分の都合で戦う人間の一人だ」

「あんたは何のために戦うんだ?」

「勿論自分のためだよ。男に女を認めさせるためさ」


 ジェスはシルヴィラの服装をを上から下まで眺め回してから言った。


「男と張り合いたいなら、まず女物の服着て女として勝負したらいいんじゃねえか?」

「君が言うことも尤もだが、女物の服は裾が鬱陶しくて好きではないんだ。女性魔法使いが軍に参加するようになって以来、女性の社会進出は少しずつ進んできたが、『愚かな女は出しゃばらず、ただ家にいさえすればいい』という古い考えを端的に表しているものだと思うよ、あれは。こんな話をしても、男である君には理解し難いだろうがね」


 確かにわからないなとジェスは思った。


 女の地位が男のそれに劣ることは知識としては知っている。


 家督を継ぐのは男であるし、教育を受けるのも主には男だ。


 その昔神の声を聞き、教えを広めた『始まりの人』と呼ばれる聖人も男であったし、聖法使いには男しかなれない。


 法律の上でも女は男に劣る者、無能力者という扱いをされていて、妻は夫に従属するものと定められていた。


 そのことについて今まで深く考えたことはなかったが、もし自分が女に生まれていたなら、きっとシルヴィラのように不快に思うのだろう。


 能力はきっと性別とは関係ない筈だ。


 『大杯と葡萄』の姉妹はあれできちんと酒場を切り盛りしているし、シルヴィラに至っては革命に参加するつもりらしい。


 シルヴィラのような女は例外としても、能力を発揮する機会さえ与えられれば男と同等以上に能力を発揮する者は多いのかも知れなかった。


「なあ、男に女を認めさせるのと革命を起こすのと、どう関係があるんだ?」

「考えてもみてくれ。革命を起こせば世の中がひっくり返る訳だろう? 今まで当たり前だったことが、当たり前ではなくなるんだ。その中の一つに、女の地位も入るかも知れない。女である私が革命に加わってそれなりの働きをすれば、女の力を示すことができるだろう。勿論長い間女は男に下にいることがいいとされてきた訳だから、女の地位がすぐに向上するのは難しいだろうがね。もしかしたら、私が望む世は私が生きている間には実現しないのかも知れない。それでもいいんだ。いつかきっとそんな日が来る。後の世の女達が男と対等に扱われ、自分の能力を如何なく発揮してくれるなら、私はそれで十分だ」


 シルヴィラは強い眼差しをジェスに向けてそう言ったが、ジェスにはシルヴィラが自分ではなく、どこか遠くを見ているように思えた。


 自分には、多分こんな目はできない。


 自分には自分のためだけにしか命を懸けることができない。


 人を殺していたのも自分のため。レリアの仇を取ろうとするのも自分のためだ。

 

 だからこそ、シルヴィラが理解できない。


「あんた、本当にそれでいいのか? あんたには何の得もねえかも知れねえんだぞ?」

「大事を為そうと言うなら、結果を急くものではないさ。人がその一生で成し遂げられることには限りがあるが、後に続く者がそれを受け継いで続いて行けばいい。それに、命を懸ける時に絶対的な見返りなど期待してはいけないだろう。生き抜く決意は大事だが、それが戦いに赴く者の心構えというものじゃないか?」


 ジェスが何も言えずにいると、シルヴィラは更に言葉を重ねた。


「命は自分だけのもの。だから、皆自分のために戦えばいいのさ。君も自分のために戦ってくれ。それは恥ずべきことじゃない」

「……じゃあ、そうする」


 ジェスはシルヴィラに背を向けると、再び歩き始めた。


 シルヴィラはああ言ったが、軍に参加することはやはり間違っているのかも知れない。


 人殺しなりの誇りを、自分で汚すことになるのかも知れなかった。


 だが、それでもジュヌヴィエを殺したいという気持ちを抑えることはできそうにない。

 

 たとえどんなことをしてでも、レリアの仇を取りたかった。


「ジェス……本当に戦うの?」


 レリアが縋るような目で見てきたが、ジェスは無視する。


 頑ななジェスの横顔を、レリアは心配そうに見つめていた。






 シルヴィラがジェスを見送っていると、ジェスの行く手からセルジュがやって来た。


 セルジュはジェスを一瞥しただけで黙って通り過ぎると、そのままシルヴィラの元へ歩を進める。


 シルヴィラはセルジュと相対すると、その向こうに城の者から毛布やカップを手渡されている人々を見て言った。


「無事に城の者と話は付いたようですね」

「ええ。皆さん怯えて閉じこもっているような有様でしたから、危害を加えるつもりがないことをなかなかわかってもらえなくて大変でした。今部屋の準備をしてもらっているところですよ。人数に対して部屋数が少ないでしょうから、快適とは行かないと思いますが」

「春とはいえ夜は冷えますし、できるだけ暖かい所で眠れるといいですね。私はここで夜を明かしますが、あなたはどうするのです? 屋敷に戻られますか?」

「私もこちらに残ります。幸運なことに屋敷は無事でしたが、治安の悪化は避けられないと思いますし、日が昇るまではあまり動かない方がいいでしょう」


 セルジュはシルヴィラからジェスの背中に視線を流すと、声を低めて訊いた。


「……何かお話しされていたようですが、もしかして彼が先程の扇動者ですか?」

「そのようですよ。初心者の魔法使いで、魔王と知り合いだそうです」

「嘘だとしたらあまりにも下手過ぎますし、冗談だとしたら全く面白くないですね」


 セルジュが小さく笑みを漏らすと、シルヴィラはぽつりと問いかける。


「……これから、どうしますか?」

「いろいろ考えてはいますが、まだ考えがまとまりませんね。事態があまりに急過ぎて、その場その場で対処するのがやっとです」

「ご冗談でしょう」


 シルヴィラはセルジュの言葉を一笑に付した。


 余裕がないのは自分の方だ。


 自分では冷静なつもりだったが、これから先のことを考えようとしても、具体的なことは何も浮かんで来ない。

 

 頭を冷やしたところで、結局どうすればいいのかわからないかも知れなかった。


 所詮自分はその程度の女なのだ。


 人前で演説をするくらいのことはできても、セルジュのようには動けない。


 だがそれを性差のせいだとは思いたくなかった。

 

 単に自分に能力がないだけだ。


 だとしても革命はまだ始まったばかりなのだから、自分を見限るには早いだろう。

 

 シルヴィラはセルジュと共に、人々が待つ玄関ホールに向かって歩き始めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ