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幽霊王女と優しい殺し屋  作者: 佳景(かけい)
第5章
18/29

―17―

 ジュヌヴィエの居室は消失を免れていた。


 その居室でジュヌヴィエは絶えず持ち込まれる報告を聞き、必要な指示を出していく。


 半分だけとはいえ城が消失したため、かなりの数の貴族や衛兵達が行方知れずになっていた。


 実母であるベルティーユも行方がわからない。


 恐らくは城と共に消えてしまったのだろう。


 事実上この国を治めていた宰相も消えてしまい、生き残った有力貴族達がおろおろしながら居室に集まってきたが、うるさいばかりで邪魔なので追い出した。


 それでも尚、貴族達はドアの外にたむろし続けている。

 

 ヴェリリエールから消失したのは高級住宅街の大半や大学など。


 市庁舎は無事だったが、警察署は部分的にしか残っておらず、裁判所に至っては完全に消えていた。


 城に残っていた衛兵を治安維持のために町へと回しても人手など到底足りず、一部では略奪なども起こっているようだ。


 事態の説明を求める民衆が城を取り囲んでいると言うが、この際そんなことは些末な問題だった。

 

 とにかくこの混乱を収めなければならない。


 一旦この城を離れて王家が所有する別の城に移る準備を始めさせているが、城の中に限ってみても人々の動揺と混乱は激しく、思うようには行かなかった。


 何しろ生死不明の者が多く出てしまったせいで、命令系統が滅茶苦茶になってしまっているのだ。


 少し時間が経ったことで、やっとある程度正確な人員の把握が可能になり、徐々に命令系統の立て直しができつつある。


 城内は落ち着きを取り戻し始めていたが、町はまだ混乱の最中にあって、ジュヌヴィエは多忙を極めていた。


 集中を掻き乱す市井の者達の怒声がひどく耳障りで仕方がない。


「全く、衛兵達は一体何をしているのかしら! 早く追い払えばいいものを!」


 ジュヌヴィエが苛々しながら細い指をこめかみに当てた時、衛兵がノックも忘れてドアを大きく開け放った。


「殿下! 大変です!」

「騒々しいわね。一体何事?」

「暴徒化した市民が城の敷地内に侵入してきました!」


 衛兵の報告に、ジュヌヴィエはますます苛立ちを募らせた。民が城を襲うなど、こんな馬鹿げた話は聞いたことがない。


「威嚇射撃なんて手緩い真似はもう必要ないわ! 暴徒共を撃ち殺しなさい!」

「それがその……町にも兵を割いたために城の警備が手薄くなっておりまして、ご命令通りにしたところで抑え切れなくなるのも時間の問題かと。万が一の事態に備えて、殿下にはご退避をお願いしたく……」


 ジュヌヴィエはその華奢な手をきつく握り締めた。


「この私が民草に城を追われると言うの……!?」

「ジュヌヴィエ様、どうかお気をお静め下さい。いずれにせよ、この城は捨てるおつもりだったのでございましょう? 少々時期が早まっただけです。どうぞお早くご退避を」


 侍女が手を差し伸べてきたが、ジュヌヴィエはその手をにべもなく振り払った。


「黙りなさい! 私はこのルーヴェリアの女王になろうという者よ! その私が民から逃げ出したとあっては、国内外の笑い者だわ!」

「体面など後からいくらでも取り繕うことができます。ここはとにかく脱出されるのが賢明かと。恐らく長くは持ちません」


 侍女の言葉でジュヌヴィエはいくらか冷静さを取り戻した。痛い程に強く握り締めていた拳を解くと、小さく息を吐く。


 民に城を追われるなど屈辱には違いないが、意地を張ってこの城に留まれば暴徒ごときに殺されかねなかった。この自分がそんな惨めな死に方をしていい筈がない。


 ここは一旦ヴェリリエールを離れて力を蓄えよう。愚かな民草共には、後で思い知らせてやればいいのだ。

 

 ジュヌヴィエは立ち上がると、控えている衛兵に命じた。


「とにかく時間を稼ぎなさい。少しでも長くよ」

「はっ」


 侍女が開けたドアをくぐると、外で待ち受けていた貴族達が追いすがろうとしてきたが、ジュヌヴィエはそれを許さず、冷たく振り切った。






 シルヴィラとセルジュは城の周りにできた人波にすっかり飲み込まれていた。


 後からやってきた人々も多く、身動きが取れない。衛兵の威嚇射撃が始まってから、逃げようとする人々に前方から押され続けていたが、前方の人々程恐怖を感じないせいか、後ろはなかなか下がろうとしない。


 間に挟まれたシルヴィラはひどい息苦しさを覚えたが、少しすると後ろの者達も後退を始め、呼吸は随分楽になった。シルヴィラが見知らぬ人の足を踏んだり踏まれたりしながら、何度も大きく息をしていると、セルジュが心配そうに問いかけてくる。


「大丈夫ですか?」

「私は何ともありません。寧ろ心配されるべきなのは、前にいる人達の方でしょう」


 シルヴィラが答える間にも、前の方で何人かが倒れた。実化の魔法で壁を創ることができればいいのだが、そこまでの力は自分にはない。


 それなら敵を倒すしかなかった。幻化の攻撃魔法を使えば精神を壊せないまでも、気絶させるくらいのことはできるだろう。


 人が邪魔で、シルヴィラはなかなか標的を視認できなかったが、おおよその見当を付けると魔法を放った。


 魔法は宙を飛び、思い通りの軌道を描いて衛兵の一人へと向かう。


 真正面からの攻撃だったが、魔法使いや聖法使いでない者には幻化の魔法が見えないため、避けようとする素振りはまるでない。


 しかし魔法は届くことなく、衛兵の手前で消失した。


 魔法の射程範囲は魔法使いの力量に比例する。


 さしたる魔法の使い手ではないシルヴィラの射程は短く、有効範囲も小さい。


 複数の標的を同時に倒すような真似はできなかった。


 急がなければ、更に犠牲者が増えるだろう。


 とにかく標的に近付かなくてはならない。


「ちょっと前に行って来ます」

「いけません! 危険です! 下がって下さい!」


 セルジュがいつになく強い口調で止めてきたが、シルヴィラの気は変わらなかった。


「魔法を使えば、被害の拡大を少しでも防ぐことができるかも知れません。ですが、ここからだと魔法が届かないのです。行きます」


 シルヴィラはそう言い置くと、人の流れに逆らって前へと進もうとした。


 だが流れに逆らうどころか、その場に立ち続けることさえ難しい。


 もう少し前に進むことができれば、衛兵を射程範囲内に捉えられるのだが。


 近付けばその分被弾する可能性が上がるとはいえ、ここで逃げてはディクリーズ・クラブの急進派の名が廃るというものだった。


 今人々は自らの意志で王に牙を剥き、そして戦おうとしているのだから。

 

 尤も今は皆頭に血が上っている状態で、誰も革命を起こそうなどと考えている訳ではないのだろう。


 だがこれは間違いなく革命となるに違いない。


 仮に今失敗したとしても、立ち上がる人々はきっとヴェリリエールに留まらない筈だ。


 国中の多くの人々が不満を抱え、変革を望んでいる。


 ディクリーズ・クラブの支部がルーヴェリア各地にあることからも、それは明らかだった。

 

 この国は変わりつつある。

 

 今動かずしていつ動くと言うのか。

 

 シルヴィラが懸命に人の流れに抗していると、不意に体に受ける反発が減った。


 セルジュが前に回り込んで、壁になってくれている。


「非力ながらお手伝いしますよ」

「ありがとうございます」


 シルヴィラはセルジュと微笑みを交わすと、共に前へと進み始めた。






 ジェスは衛兵達の抵抗にあって、思うように進むことができずにいた。


 城の敷地に入り込んだ市民達と共に手近な木に身を隠して応戦していたが、手持ちのナイフはもう残り少なくなってきている。


 銃は弾の装填に時間がかかる上に命中精度も低いため、この状況ではあまり役に立ちそうになかった。


 それでもジェスは攻撃の合間に、少しずつ弾を装填する準備を進めていく。


 ほとんど只の威嚇にしかならなくても、攻撃手段は多いに越したことはなかった。

 

 人々が衛兵から奪った銃もあったが、その弾はとうに尽きている。


 丸腰の市民達は銃弾を恐れながらも、石を拾っては衛兵達へと投げ付けていた。


 少なくとも数人は倒した筈だが、衛兵だけでなく宮廷付き魔法使いらしい黒ローブの連中まで出てきている。


 市民側の死傷者は少しずつ増え続けていて、このままでは人々が挫けるのも時間の問題かも知れなかった。


 銃を持つ人間に接近しない限り、そう簡単に弾に当たることはないが、銃口を向けられて平気で突っ込んで行ける人間はそうはいない。


 ジェス自身はレリアが実化の魔法で創った防壁と、幻化の防御魔法に守られているおかげで無傷だったが、銃弾を受けた防壁には既にいくつもの皹が入っていた。


 幻化の防御魔法も恐らくそう長くは持たないだろう。


 できれば魔法が切れる前に全てを終わらせてしまいたい。

 

 もうレリアの助けは期待できなかった。

 

 魔王を招喚した上に二つもの魔法を使ったせいか、レリアは先程からずっとぐったりしている。


 その姿はもうほとんど闇に混ざってしまっていて、口を利く気力もないようだった。


 仮に元気だったとしても、レリアにはジュヌヴィエを殺す手助けするつもりなど全くないだろう。


 ただ自分を守るために防御魔法を使ったに過ぎない。


 このままジュヌヴィエを殺しに行くのはレリアの気持ちを踏み躙るようで少し気が引けたが、それでも行かずにはいられなかった。

 

 ジェスは銃声が途切れるのを待って壁から飛び出し、衛兵に向かってナイフを投げる。


 だが透明な壁に阻まれて、衛兵には届かなかった。


 ジェスが再び壁に身を隠すと、魔法が頭上高くを飛んで衛兵へと向かっていくのが見える。


 先程から攻撃魔法らしきものがいくつか飛んで行っているところからして、どうやら市民の側にも魔法使いがいるようだった。


 しかし宮廷付き魔法使いを相手に力で競り勝つのは難しいらしく、攻撃魔法は防御魔法の前にあっさり砕け散る。


 銃に弾を込めながら、ジェスは小さく舌打ちした。

 

 こんなことならもっと役に立つ魔法を習っておけば良かった。


 幻など創れたところでどうしようもない。


 創るものによっては一瞬反応を鈍らせることができるかも知れないが、せいぜいいくらか間合いを詰めるのがやっとだろう。


 別に殺せなくてもいい。


 気絶させる程度のことができればそれでいいのだが。

 

 弾込めを終えた丁度その時、ジェスの頭にひらめくものがあった。

 

 もしかしたら、何とかなるかも知れない。

 

 ジェスは深く息を吸い込むと、腹に力を込めて思い切り叫んだ。


「てめえら全員、さっさと退けー!!」


 要領はレリアを起こした時と同じだった。


 起こすことができたからにはレリアの精神に何らかの刺激を与えた訳で、同じように衛兵達の精神に打撃を与えることができるかも知れない。

 

 只の思い付きだったが、どうやら上手く行ったようだ。


 声の余韻も消え去らない内に、衛兵も魔法使いも次々その場に倒れ伏していく。


 宮廷付き魔法使いの魔法に打ち勝てるとは意外だったが、レリアには魔法の上達が早いと言われたし、実はかなり魔法の才能があるのかも知れなかった。

 

 ジェスは銃を手にレリアの創った防壁を出ると、力強く地面を蹴って駆け出す。


「行くぞ!」


 振り返ったジェスが大きく腕を振って人々を誘うと、一人また一人と半分だけの門を避けて駆け出した。別方向の途切れた柵からも人々が次々に駆け込んでくる。


 このまま一気にジュヌヴィエの元まで行けそうだった。

 

 あと少し。

 

 もう少しだ。

 

 ジェスが逸る心を抑えて城へと走っていると、馬の蹄が忙しなく石畳を打つ音が聞こえてきた。


 はっとすると同時に、騎兵に守られた二頭立ての馬車が城を回り込んで向かってくるのが目に入る。

 

 中にいるのはジュヌヴィエに違いない。

 

 大挙して押し寄せた民衆に恐れを為して、逃げる気なのだろう。


 先頭を走る騎兵が発砲してきたが、所詮狙いの定まらない馬上からの狙撃だ。


 そう滅多には当たらない。


 だがジェスは己の運の悪さを考慮に入れて、敢えて横に走った。


「止まりやがれ!」


 ジェスが再び魔法を使うと、馬という馬が大きく嘶いた。


 ぐったりした乗り手を振り落として馬が倒れ込むと、その後ろを走っていた馬車も、倒れた馬に突っ込むようにして止まる。


 後ろにいた騎兵達もジェスの魔法を受けて、既に落馬していた。

 

 邪魔する者はもういない。


「ジュヌヴィエは馬車の中だ! 引きずり出せ!」


 ジェスはそう叫ぶと、馬車へと駆け寄ってその扉を乱暴に開け放った。


 そこには金髪の若い女。


 意識がなく、ぐったりと椅子の背凭れに身を預けている。


 ジェスは止めを刺すべく、銃口を女へ向けた。

 

 同時にどこからか、レリアの悲鳴染みた声が響く。


「ジェス! 駄目!」


 ジェスが構わず引き金を引こうとした時、ぐったりしていた筈のレリアが馬車をすり抜けて眼前に飛び出してきた。


「やめて! この人、姉様じゃない!」


 そう言われても、とてもジェスには信じられない。


 レリアがジュヌヴィエを殺させないように、嘘を吐いているとしか思えなかった。


 だが、ジュヌヴィエが替え玉を立てた可能性も否定できない。


 できればジュヌヴィエ以外は殺したくないし、目の前にいるのが本当に替え玉ならジュヌヴィエを追わなければならなかった。

 

 ジェスが引き金に指を掛けたまま躊躇していると、魔王が空間を跳躍して現れる。

 

 突然の出現に驚いたものの、ジェスはすぐに我に返って尋ねた。


「なあ、ジュヌヴィエってそこで伸びてるそいつか?」

「いや、それは替え玉だ。本物は既に城を離れたぞ」


 レリアを見殺しにした魔王の言葉をすんなり信じる気にはなれなかったが、ジェスはとりあえず銃を下ろした。


 これだけの人間に囲まれている以上、どの道この女は逃げられない。それよりここから逃げたというジュヌヴィエを追うべきだろう。


「ジュヌヴィエの後を追いたい。どこに行けばいい?」

「同じ道を辿ったところで道は既に閉じてしまっているも同然だ。追っても無駄だが、教えるだけは教えてやろう」


 魔王はそう言って、ジュヌヴィエの脱出路を教えてよこした。






 ジュヌヴィエは数人の衛兵と侍女を連れて、舟で地下水路を急いでいた。


 城の地下には王族だけが知る隠し通路があり、それはヴェリリエール全体に広がる地下水路へと通じているのだ。


 これを使えば安全にヴェリリエールの外へ出ることができる。


 替え玉が時間稼ぎをしている間に、少しでも遠くへ逃げなければならなかった。


 国内の貴族達はまだしも、外国の大使まで置き去りにしてしまったのは気掛かりだったが、舟は一つしかない。


 おまけに数が増えればその分人目に立ち易くなってしまうのだから、仕方がなかった。


 少しでも安全に逃げるため、自慢の長い巻き毛は羽飾りの付いた軍帽に隠し、服もドレスではなく、白い軍服に変えている。


 少ないながらも女性兵士はいるし、この出で立ちならまず怪しまれないだろう。

 

 余程のことがない限りは逃げ切れそうだったが、舟は順調に進んでいるとは言い難かった。


 元来たドアは見えなくなっているものの、櫂は水をかき分けるより跳ね上げてばかりいる。


 冷たい水がかかって、只でさえ寒いのに余計に体が冷えてしまっていた。


「ちょっと! お前は私に風邪を引かせたいの!? 子供のように水遊びばかりしていないで舟を進めなさい!」


 ジュヌヴィエの叱責に、舟を漕ぐ衛兵が大きな体を縮こまらせた。


「も、申し訳ございません!」

 

 衛兵がわずかながら舟の速度を上げると、ジュヌヴィエはとりあえず満足してこれからのことを考えた。

 

 水路を出たらまず馬を確保し、叔父の元に向かうのがいいだろう。


 一応こうして変装もしているし、金は魔王さえいればどうとでもなる。


 きっと無事に辿り着けるに違いない。


 そして態勢を立て直し、暴徒に制圧された城を――あのヴェリリエールを取り戻すのだ。


 必ずやあの愚かな民衆に目に物見せてやる。

 

 ジュヌヴィエはぎり、と小さく奥歯を鳴らした。






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