―11―
翌日。
太陽が空に優美な半円を描き切って、夜が来た。
幽霊達は今日も元気に水路を徘徊し、呻き声とも泣き声とも付かない声を上げている。
中には突進してくる者もいた。
度重なる幽霊達の妨害にもめげず、ジェスは舟の上で魔法の練習を続けていたが、魔法は一向に発動しない。
始めたばかりでそうそうできる訳がないと思いつつも、こう上手く行かないと投げ出したくもなってきた。
ジェスが練習を中断して溜め息を吐いていると、レリアと魔王がやってくる。
「こんばんはー、捗ってる?」
「全っ然駄目だな。どうすりゃいいんだ?」
「決まっている。できるまでやるがいい」
「この馬鹿が」という意味合いがふんだんに盛り込まれた二言に、ジェスは思わず暴れ出しそうになった。
だがそんなことをしたら、永遠に幽霊と付き合う羽目になりかねない。
ジェスは努めて冷静に言った。
「……もっとここをこうすればいいとか、そういう助言はねえのかよ」
「これは理屈では説明し難い。強いて言うべきことがあるとすれば、あまり上手くやろうと思わない方がいいということくらいだろう」
「んなこと言われても、上手くやらねえと成功しねえだろ」
「それは事実だが、失敗しないようにしようと思うと、反って体が固くなって失敗することがあるだろう。それと同じことだ。魔法を使おうと強く意志するのはいいが、結果を焦らぬことだな」
そう言えば、以前オルガにも似たようなことを言われたことがあった。
何となくコツがわかった気がして、ジェスは静かに目を閉じる。
深く息を吸い、これから仕事に行くつもりで集中を高め始めた。
だが緊張はしない。
体は力を抜いて、いざという時には素早く、そして何より正確に動かせるようにしておく。
ただ伸びやかに、しなやかに、自分が持っている力をそのまま発揮することを考える。
心と体の準備をすっかり整えたところで、ジェスはゆっくりと目を閉じた。
目蓋の裏にすんなりと像が結ばれる。
何度も繰り返し口にした言葉は、もう考えなくても自然に口を突いて出た。
「……白い石……丸い石……」
ジェスは心の中で何かが動くのを感じた。
奇妙だが、悪くない感覚。
ジェスは幻を創りたいと強く念じながら、言葉を続けた。
「固くて、すべすべしてる石……手の平に収まるくらい……」
ジェスがゆっくりと目を開けると、眼前に白い塊が浮かんでいるのが見えた。
向こう側が透けて見えていて輪郭も曖昧だが、そこにあったのは想像していた石そのもの。
まだあまり実感はないが、自分は確かに魔法を使ったのだ。
やった、と喜んだ瞬間、幻が消えた。
「こんなに早く使えるなんて凄いね!」
レリアが音のしない拍手をしながらそう言った。
褒められて悪い気はしなかったが、ジェスはどうにも引っ掛かる。
魔法が使えた以上、もう幽霊は見えない筈なのに、未だにはっきりくっきり見えていた。
声も聞こえる。
ジェスは魔王を軽く睨んで言った。
「なあ、話が違わねえか? まだ幽霊見えるぞ。魔法が使えるようになったら、見えなくなるんじゃなかったのかよ?」
「我は即座に見えなくなると言った覚えはないぞ」
「見えないままでいるのはちょっと難しいから、もっと練習しないと無理だと思うよ」
口々に言う魔王とレリアに、ジェスは胡乱な眼差しを向けた。
「……お前らに上手く言い包められてる気がするのは、俺の気のせいか?」
「気のせいだよ。ほら、練習練習」
どうにも信用できない気がしたが、ジェスは言われるままに再び幻を創り始めた。
今はとにかく信じてやってみるしかない。
※
太陽が厚い雲を纏い、ひんやりとした風がどこか恨めしげな声を上げて吹く日。
デュドネの葬儀がヴェリリエールのオルヴェルディ大聖堂で行われた。
巨大なファザードに豊かな色合いのガラスが大輪の薔薇のように鏤められ、光を彩っている。
その光が参列者の纏う漆黒の喪服に色を添えようとするかのように、静かに降り注いでいた。
参列者はレリア、ジュヌヴィエ、ジュヌヴィエの実母であるベルティーユ、王弟と従弟達の他、有力貴族達だ。
レリア以外の者には見えないが、魔王も近くに浮かんでいる。
広い聖堂に響くのは、楽団がゆるゆると奏でる弔いの曲。
どこかすすり泣きにも似た調べの中、この国で最高位の聖法使いである老人が深紅の長衣の裾を引き摺りながら祭壇へと歩みを進め、その後から王室旗に包まれた漆黒の棺が衛兵達に担がれてゆっくりと運ばれていた。
レリアは最前列――ジュヌヴィエの隣に起立したまま、運ばれていく棺をただ見つめる。
葬儀に出るのはこれが初めてで、何をどうすればいいのかわからないことだらけだが、魔王が側にいてくれるので少しだけ心強かった。
体があまり丈夫でない筈なのに、こんな日に限って熱が出ないのはどうしてだろう。
レリアが何か面白い物はないだろうかときょろきょろし始めると、隣にいる叔父達が目に入った。
普段は遠くに住んでいるという叔父に叔母、従弟達。そんなものが自分にいることを初めて知った。
赤ん坊の時に会ったことがあると言うが、そんな昔のことを覚えている筈もない。
血が繋がっていると言われても、赤の他人としか思えなかった。
それは叔父達にしても同じだろう。
もしかしたら自分だけでなく、デュドネに対しても同じように思っているのかも知れなかった。
葬儀だと言うのに、誰も涙を流していない。
ジュヌヴィエ達もだ。
以前見かけた葬儀では泣いている人が多かったし、魔王も生きている人が泣いたり悲しんだりするためのものだと言っていたのに。
変な葬儀だなと、レリアは思う。
デュドネが少しばかり気の毒な気がした。




