本日の訪問 ネネ様
気を遣わなくて良い使用人服でたびたび城を探索していると、輿入れして一か月ほどする頃には使用人たちとはすっかり打ち解け、噂が耳に入ってくるようになった。
ここにいる側妃はわたくし以外に4人。正妃はいない。
ダンゲル野国の公爵令嬢
第1側妃 アベル=ヘルツォーク=エスターテ 19歳
男爵令嬢
第2側妃 ポーラ=リア=エバローネ=プランタン 17歳
子爵令嬢
第3側妃 アリア=オクラート=リエータ 16歳
キロム王国の侯爵令嬢
第4側妃 ネネ=マークイス=ジマー 14歳
リカルド王は15で即位してから跡継ぎを迫られるが、彼自身は乗り気じゃなく一ヶ月に一回だけ、誰かのもとを訪れる。
が、子供ができる気配はない。
しかもリカルド王はわたくしだけじゃなくてネネ様にも口付けを拒否された。
「ネネ様はまだ14歳ですもの。他の方々と競うには少し幼いですわ」
とはネネ様つきの侍女談。
そして正妃になるだろうと言われているのはアベル様。
ダンゲル野国はリフローの周りの小国全てといえる国を植民地にしている。
その軍事力でリフローに攻め入れないよう、アベル様を正妃にするだろう、と。
「何より、お父上が公爵ですもの」
元々の身分も無視できないそうです。
・・・それを言うならわたくしも公爵令嬢だし伯爵なんだけど。
しかしアベル様は、実はリフロー騎士団団長のヴァリエ様にぞっこん。
侍女たちとリカルド王のみ知っているため、とりあえず正妃にする話は保留にされているんだとか。
一ヶ月ほどして手に入れた噂こと情報を部屋に持ち帰り吟味する。
「大変よね。それに、外見も性格も美人ばかりなんでしょう?」
「ええ。リカルド王は厳しく側妃をお選びになりましたから」
「恋愛の修羅場には関わりたくないわ。こうして部屋で本を読んでいるのがいちば」
バターンッ
いきなり開いた扉に目を瞠る。
黄色いサテンが目に入り、そっとその少女を見上げた。
豊かな栗色の髪に茶色の目。
まだあどけなさが残る小りすのような少女は
「ネネ様?そのドレス、お似合いですわ」
「驚かなかった?」
「もちろん驚きましたわ。でも元老院出の大臣よりずっと可憐で、歓迎するべき相手ですから」
第一、小りすのような少女と、蛇や狸のような男たちを比べる方が失礼かもしれないが。
まだ膝丈の、成人していない女性のみ着ることが許されるドレスを着た少女につい口元が緩んでしまう。
可愛い女の子、発見。
同性婚が許されているミュセシュラート出身だけど、わたくしはあくまで同性愛者ではない。偏見はないけど。
ただ、可愛い女の子は好き。
一緒に買い物をしてみたいと思う。
ネネ様は私の隣に腰掛けると、わたくしのドレスの裾をちょこりと摘んだ。・・・可愛い。
『ほ、ん日は・・・お目に』
「ミュルカ語!?」
ネネ様の口から飛び出た言語に、思わずバサリと手から本が落ちる。
ミュセシュラートには、王侯貴族との謁見に必要なミュルカ語と広く一般的に使われるシュラート語がある。
そこまで大きな変化はないが、ミュルカ語は発音や文法が難解になる。
しかもリフローでは普通、外国語といえばキロム語やダンゲル語を教えている。
そのためシュラート語でさえ教本はわずかしかないはずなのに。
「やっぱり難しいわ。私ね、ミュセシュラートから側妃が来るって聞いたときに絶対お話を聞くんだって決めていましたの。でも・・・この国の言葉、話せちゃうんだもの」
「あら。それは、ごめんなさい。でも、拙いけど綺麗だったわ。あなたがミュセシュラートならわたくしはあなたにキロムのことを教えてほしいわね」
「本当に!?ね、私たち、口付けを拒否したもの同士、仲良くしましょう?・・・そのせいで王はまた口うるさく言われちゃったみたいだけど」
けろりと笑ったネネ様に、一つ年下とは思えない愛らしさを感じてしまう。
跡継ぎが欲しくて妃を迎えるのに、二人続いて口づけ拒否。
王の立場を悪くした覚えが二人ともあるだけに、変な仲間意識が芽生えてくる。