嫁いだワケ
リフロー語のレッスンを受け終え、息苦しいドレスから身軽な使用人服に着替える。
それを手伝う侍女は、あまり良い顔をしていない。
「エパティーク様、本当にこの格好でよろしいですか?」
と、何回も確認してくるところを見ると、わたくしは貴族令嬢としてもあまり一般的でないらしい。
ちなみに以前聞いたところ、農作業用の服なら全然良いらしい。
そこは少し、リフローが他の国とずれているところである。
「わたくしの趣味にはちょうどいいし、散歩もこっちのほうが気軽よ。その言葉遣い、まだ難しくて聞き取り辛いから今夜から特訓してね」
「何の問題もないよう聞こえますが」
「一年前から練習したの。リフローブランドはわたくしの故郷でも有名だから、前から結婚の話は出てたのよ」
リフローは農国と名前にあるだけ自給率は850%もあり良質な食べ物は嗜好品として輸出されている。
ミュセシュラートも120%と十分だけど、リフローの果物は国王夫妻も好きでよく輸入されている。
その代わりミュセシュラートは宝飾品や服をよく輸出しているため良い貿易相手だ。手放せない、大切な。
それに加え、リフローとしてはフューシャ大陸においての大国キロムに次ぐ存在として国内外に認められるために、この輿入れ話を提案したのだろう。
キロムの王妃はわたくしの実姉ということもある。
ちなみに継承権はさっさと放棄している、わたくしよりも少々自由な人だ。
「左様ですか。手配します。それでは工房を案内します」
「案内ってそこでしょ?部屋すら出ないじゃない」
「道具の案内です。届いたものは全て設置しましたが無くなったものがないか確認してください」
部屋の一角に見慣れたスペースがあり、つい笑みがこぼれる。
これこそわたくしの趣味、楽器作りだ。
芸術学院で専攻していた楽器作りは、わたくしにとって生活の一部だ。
きっとここで日常を保つために必要になるだろうと思って道具や材料一式を送っておいたのだ。
「今ある材料でつくれるのは・・・」
基本的にわたくしは硝子をもとに楽器、工芸品を作る。
硝子の量から手持ちのベルを作ることにした。
必要なだけの硝子を熔かし、部品ごとに整形して冷やす。
こぶし大の釣鐘型に硝子の玉をとりつけ、持ち手をつけ強化の魔法を込めれば完成だ。
「もう一時間?飾り彫りどうしようかな?」
彫刻刀を手にデザインを考える。
化粧への集中は出来ないのに、工芸には際限なく集中できるのねと王妃様に言われたことがある。
亡きキズナ人の母親の代わりにわたくしを可愛がってくれた綺麗な王妃様。
王家の証である銀髪に、輝く緑の瞳。
それに比べてわたくしはキズナ人の母に似て黒い髪に黒い瞳。
なのに顔立ちや肌の色は王弟である父に似ている。
両親ともに似たことは誇らしいが、そのことで元老院や他の貴族から心無い言葉をいくつも掛けられた。
何よりわたくしの姉は、王家の証を持っていた。
それがイヤになって芸術の地方研究と理由をつけてミュセシュラートを大陸中旅した。
それを単位変換して博士号を取り、血は関係ないと言いたくて自棄になって伯爵位まで取ったのは13のときだ。
それから半年は平和に過ごした。
姉がそのころにキロムに嫁いでしまったが、手紙を交換して寂しさは紛らわせた。
旅好きは変わらなかったけど、何か害があるわけでもなく。
楽器を好きなだけ作って。
でも14になったとき、いきなりリフロー語の教師が来て言われたのだ。
「嫁ぐか、監視つきで辺境に行くかどちらが国王の為になるか考えろ」と。
国王夫妻が地方へ留守にしていたときに元老院で決定されたことだった。
父は国王の代わりに忙しく、わたくしにまで気を払えてなかった。
まさか娘に元老院が口出すことは今更ないと思っていたからだ。ちなみにわたくしも同じ意見だった。
「完全に油断してたのね。わたくしのバカ」
実質的な継承権第1位は伊達じゃないのか。
でも放棄したいんだけど。
王子が何らかで亡くならない限り、王位は彼が継ぐのだ。
もし、継承権を持つ者が全て殺されたら・・・なんて考えたくないけど。
リフローに嫁ぐ話を受けたのは、ある意味の避難だ。
王子暗殺未遂の濡れ衣やクーデターの主犯に仕立て上げられないための。