03-弟の生家はダークネス。
今回は少々の説明を含む回となります。まだまだ物語は序章です('ω')
「イヴ……ア、シュ、テ、ア、ン?」
確認を取るように私が弟の顔を見たなら、パッチリとした綺麗なアーモンド形の目と出合う。睫毛をパサパサさせながら弟は瞬いた。イヴ・アシュテアン、それが彼の本当の名だ。
「ねぇお父さん、イヴってうちの家族になったんだよね?どうしてイヴ・ウェンストンにならないの?」
夕飯が済むと就寝までは居間で一家団欒の時間を過ごすのがウェンストン家の常である。今日もまたお父さんお母さん、そして私とイヴの4人がそろい、ゆっくりとした時の流れを思い思いに楽しんでいた。私がここ最近ずっとはまっているのは絵を描くことで、お絵かき帳を広げてはクレヨンや水彩・色鉛筆を使って何枚も絵を描いた。女々しい遊びかと思ったが、誘ってみればイヴも描きたいと言ったので2人で居間の大きなテーブルに向かう。
同じ卓上では、ワイングラスを傾けながらお父さんが書類に目を通していた。それが気になった私は立ち上がり、お父さんの後ろから書類を覗き込んだ。そして目に留まったのが「イヴ・アシュテアン」という名前だった。アシュテアンというのが弟のもともとの家名ということを容易に想像できた私は、弟がこの家に来た今、彼の名前はイヴ・ウェンストンになるのではないのかという至極まともな質問をしたのだった。
「そうか、まだ説明していなかったね。」
私はお父さんの隣に腰かけた。ふかふかのソファーが少し沈む。するとイヴもお絵かきを切り上げてこちらへやってきた。私の隣へ座る。また少しソファーが沈んだ。
「イヴをミークと同じ小学校へ編入させたいからね、手続きを行っているところなんだよ。」
「私と同じ学校!?」
「また学校へ行けるの!?」
「あぁそうさ。」
やったー!と弟が盛大に喜んだ。そうか、イヴだってその身に不幸が起こる前は学校へ通っていたんだ。私ってばイヴについて知らないことがまだまだ一杯あるなぁ。
「お父さん、イヴは何年生になるの?」
「8つだから2年生だね。」
「ねぇ姉さんは何年生?」
「私は今5年生だよ。」
「やっぱり3つ違うのかぁ~。」
「そりゃそうだよ、なんで?」
「いやだってさ、」
姉さんに早く追いつきたいから、とはにかんだ弟は相変わらずの可愛さだった。私はドキッとした心臓をなだめつつお父さんに尋ねる。
「ゴホンッ…で、お父さん、イヴは名前変わらないままなの?」
「あぁ。私たちはイヴを引き取ったけれど、養子縁組をしたわけではないからね。」
「でも家族になったんでしょう?」
「私たちは家族も同然さ。ただ、アシュテアンという名前は特別でね。エルターと話し合ってイヴの家名はそのまま残すと決めたんだ。なぁ、エルター?」
編み物をしながら私たちのやり取りを静かに聞いていたお母さんに向かい、お父さんは同意を求めた。エルターとはお母さんの名前。ちなみにお父さんの名前はアレン。
「そうよ。アシュテアンは名家だから、イヴも私たちもその名前を大切にしなくちゃね。少し難しい話かも知れないのだけど。」
名家?もしかしてイヴって貴族?でも貴族の子供が孤児になんてなるかな?なったとして、うちのようなごく普通の家庭に引き取られるもの?わからない。わからないなら、本人にきけばいい!
「イヴのうちってそんなにすごいところだったの?」
「えっと…そう、なのかな?」
私が自分のモヤモヤを晴らしたいがためにイヴを質問攻めにして困らせたのを見かねた両親が、彼の置かれた境遇についてようやく教えてくれた。いわく、イヴは正真正銘の貴族。古い血筋を持つ名家の出だそうだ。
この国の名はベルへレアという。ベルへレア王家当主が代々統治する、強大な王国だ。王族の持つ力は絶対的であるが、それに劣らぬ力を持つ名家が4つ存在する。ローゼンハイド家、ヴィシュタルツ家、マクスレイ家、そしてアシュテアン家。彼らは4大名家と呼ばれ、ベルへレア王家と先祖を一にした。
そのような畏れ多い名家の出ではあるが、イヴの生まれた先は分家であった。分家は常に本家をサポートする役目をつかさどり、本家の人間に万が一のことがあったときその代わりとなるのである。いわばスペアだ。どの名家も、本家を一つと分家を複数有している。言ってしまえばイヴは、本家跡取りの身に何かあったときにその穴埋めをする複数ストックのうちの1人なのである。
そして厄介なのが、分家同士がいがみ合っていることだった。本家に一番近い存在でありたいという大人たちの私利私欲から、互いを罠にかけ蹴落とすことが日常茶飯事的に行われていたのだった。そうして犠牲になったのがイヴの両親だったそうだ。死因は毒殺。僅か8つにして彼は家族を失ってしまった。そこに追い打ちをかけるような本家・分家からの引き取り拒絶。同じ家名を背負っているはずなのに、誰もイヴに手を差し伸べようとしなかった。なんて酷い話なのだろう。
そこに待ったをかけたのが偶然その経緯を耳にした私の父、アレンだったのだ。父はこの国の公務に従事する公務員で、王宮への出入りや上流階級の人間との交流機会が非常に多い。アシュテアン家に渦巻く闇とそれに巻き込まれた幼いイヴの惨状にひどく胸を痛め、彼を保護する許可をベルへレム王家に請うたのだった。後ろ盾をなくした分家の子供がいきつく末路など先が知れている。交渉は一筋縄ではいかなかったが、彼を救いたい一心で父は食い下がった。
「…っ!」
父の話を一通り聞きおえた私は、弟にどう言葉をかけてよいのかわからず喉を詰まらせた。
「姉さん大丈夫?」
優しい声で私を心配し、優しい手つきで私の背をさする弟。幼さゆえにすべての事情を理解していなくとも、少なくとも自分を取り巻く陰謀に困惑し、胸を痛め、怖い思いをしてきたはずだ。それだけじゃない、彼は家族を失っている。なのにどうして彼は私に優しくできるのだろう?どうして私の心配ができるのだろう?本当は泣きたいだろう、本当は大人に甘えたいだろう、本当は愛する家族と一緒に過ごしたいだろう、本当は、本当は、、、
そこまで考えて、私は号泣してしまった。生きてきた中で一番の号泣だ。お父さんもお母さんもイヴも、みんなして慌てているのがわかった。私はイヴを強く抱きしめるとわんわん声をあげて更に泣いた。
「どっ、どうじでイヴがぞんな目に遭わなぎゃいげないのーっ!うわぁあああああああん。」
「姉さん…。」
「うっ!イ、イヴのお父ざんお母ざんを返ぜー!名家のバカヤローッッッッ!」
自分の洋服に私の涙と鼻水をひっかけられたにも関わらず、弟は後に「あの時泣いてくれた姉さんはかっこよかった」と笑いながら言ってくれるのだが。この時の私は自分の中で爆発した感情に収拾付けられずにいた。抱きしめたイヴの体が、発する光の色と形状を再び変えているのを感じたが、涙で前なんて全然見えなかった。
読んで下さる皆さんに最大の敬愛を!




