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Loser7.『Go upset!』(上)

【六月二十二日  午前十時三十分】


 尾崎の読みはズバリ的中した。


 清掃員として鮫肌組へと潜入した尾崎とヒロキは、計画通り清掃用具に紛れ込ませたスモークマシンを物陰で起動させた。

 そして足元からじわじわと真っ白な煙が発生し始めると、ヒロキは大声を上げた。


「か、火事だぁぁ!」


 わざと慌てふためくヒロキを見て、事務所に居た三人の組員たちも一斉に立ち上がる。

 ヒロキは間髪入れずに事務所から飛び出すと、廊下に設置されていた火災報知器のスイッチを押した。これは当初の計画には無い行動だったが、組員をパニックに陥れる効果は絶大だった。


「おい、組長に連絡だ!」

「馬鹿野郎! 逃げるのが先だろ!」

「早くしろ! 煙が充満したら逃げられねぇぞ!」


 組員達は互いに言い争いながらも、大急ぎで事務所を後にした。



「リュウちゃん! どう、わかった?」

 ヒロキは組員達をやり過ごしてから、再び事務所へと戻って来た。その間に尾崎はヒロキが言っていた組長のデスクの下に潜り込み、金庫に繋がる手がかりを探っていた。


「……あった! これだ!」

 尾崎はデスクの下から顔を出すと、その手には小さな紙が握られていた。


「どれどれ?」

 ヒロキが紙を覗き込むとそこには『右3回10、左1回40、右2回30、左10』という文字が書かれていた。


「多分金庫のダイヤルの解錠手順だ。急いで開けるぞ」

 尾崎は金庫に向かって真っ直ぐに走った。ヒロキも慌てて後を追う。


 尾崎は金庫の前に張り付くように座り込むと、紙に書かれた手順通りにダイヤルを回した。

 ヒロキも思わず生唾を飲み込み、じっと尾崎の手を注視している。


「あとは……左に10まで回せば……」

 尾崎は最後のダイヤルを回すと、金庫のハンドルに手をかけ力強く引っ張った。


「あ、あれ……?」

 尾崎は何度も力を込めるが、金庫の扉はピクリとも動かない。


「どうしたの? 間違えた?」

 ヒロキが不安そうな声を漏らした。


「いや、そんなはずは……あっ!」

 尾崎は思わず声を上げ、ハンドルを指差した。ハンドルの軸となる部分に小さな鍵穴があることに尾崎は気がついていなかったのだ。


「あちゃー、鍵も必要だったんだ……」

「マジかよ、今から鍵探してる余裕なんてないぞ」


 鳴り続ける非常ベルの中、二人は顔を見合わせた。


「逃げよう! 今から鍵なんて探してる時間はない」

 そういって立ち上がる尾崎の腕をヒロキが掴んだ。


「ダメだよ、鍵探そうよ!」

「んなこと言ってる場合かよ! 見つかったら殺されるぞ!」

「ここで逃げたって結局一緒だって! 今しかもうチャンスは無いよ!」


 二人はお互い掴みかからんとする勢いで怒声を上げた。


 するとその時、事務所内にある物置部屋から壁を叩くような物音が聞こえた。

 尾崎とヒロキは話すのをピタリと止め、二人の視線が物置部屋のドアへとゆっくり向けられる。


「なに……今の」


「……まだ、誰か居たのか?」


 二人は掃除用に持ってきたモップを手に取り、おそるおそるドアへと近づいた。


 そして、お互いに目を合わせて頷くと、尾崎がドアを蹴破るように開け二人は一気に中へとなだれ込んだ。





 そこで二人は驚くべき光景を目の当たりにしたーー




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




【同日  午後四時十六分】



「……どう……して?」

 ゆかりはバージンロードの向こう側に佇む伊集院を見て呟いた。伊集院は遠くを見るような目でゆかりを見つめている。


「ゆかり……探したよ」

 伊集院はそう口を開くと、場内からざわめきが巻き起こる。


「どうして……どうして来たのよ!」

 ゆかりは語気を荒げて伊集院を睨み付けた。伊集院は悲しそうな目をしたまま立ち尽くしている。


「聞いたよ、ゆかりが僕の両親に何を言われたのか……だから僕は家を出た。自分の人生全てを決められた生活なんて、僕にとって何の意味もない」

 伊集院は一歩ずつバージンロードを踏みしめ、ゆかりの方へと向かっていく。


「……えっ」

 ゆかりは小さく声を上げた。


「今まで僕に優しくしてくれた人は皆、僕の地位が好きだった人ばかりだった……。まるで腫れ物にでも触るように、誰も僕の内面を本気で見てくれる人は居なかったんだ」

 いつしか場内は静まり返り、場内に居る全員が伊集院の一挙手一投足に注目していた。


「ゆかりだけだったんだ。僕が不器用で料理を失敗した時も、慣れない運動をして足を挫いた時も、明るく笑って励ましてくれたのは……」

 そこで初めて伊集院は照れ臭そうな笑みを見せた。


「……だから、ゆかりーー」

 伊集院がそう言いかけた瞬間、新郎の男がゆかりと伊集院との間に立ちはだかった。


「お前、今更何言ってんだ! 結婚式の邪魔してんじゃねえ!」

 新郎の言葉に伊集院はピタリと立ち止まったが、真っ直ぐに目を見据えるとゆっくりと口を開いた。


「もう、僕は退かない……何があっても」

 伊集院の目には強い決意がみなぎっていた。



「おい! そこで何やってるんだ!」

 タキシードを着た二人の式場スタッフがチャペル内に入ると、伊集院の近くへ駆け寄ろうとした。しかし、伊集院の手に握られている拳銃に気付くと慌てて立ち止まる。


 そして、伊集院がスタッフに気を取られ後ろを振り向いた瞬間、新郎は伊集院に飛びかかった。


「だめ、待って!」

 ゆかりの制止も聞かず、伊集院と新郎が拳銃を掴んで揉み合いを始めた。


「は、離すんだ!」

「うるさい! 早く拳銃を捨てろ!」


 ことの成り行きをずっと見ていた場内の出席者たちも、伊集院を取り押さえようと動き出す。



「お願い! 止めて!」


 ゆかりの叫び声とほぼ同時に、乾いた破裂音が場内に走った。

 新郎が伊集院から離れ、じりじりと後ずさると伊集院が力なく膝から崩れ落ちた。



 ゆかりの悲鳴が響いたーー




    

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