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Loser5 .椎名ヒロキの場合

【六月二十一日  午後八時六分】



 椎名しいなヒロキは、同居人の尾崎龍平と共に、テーブルに広げた模造紙を眺めていた。模造紙にはでかでかと尾崎が記憶を頼りに完成させた、鮫肌組の事務所の見取り図が描かれている。


「じゃあ、最後にもう一回確認するぞ」

 尾崎がマジックペンを取り、ヒロキの方を向いた。ヒロキがこくりと頷く。


「まず、俺らは明日の午前十時にこの雑居ビルの三階にある事務所へ向かう」

 尾崎は事務所の入り口の部分に丸を書いた。


「掃除屋さんに変装して……でしょ?」

 ヒロキが続けるように言うと、いたずらっぽく笑った。




 ヒロキの突飛な発言から五日後、二人は四苦八苦しながらも鮫肌組を潰す計画を練り上げていた。

 尾崎が毎週日曜日に事務所に掃除夫が来ていたことを思い出し、その清掃業者を調べた。そして二十二日に事務所を掃除する予定になっている二人の担当者に会いに行くと、ある取り引きを持ちかけた。


『二十二日の掃除を代わりにやらせて欲しい。もちろんその日の分の給料は多めに払うから、あんたはどこかで時間を潰してくれ』


 掃除夫の男たちは、どちらもラッキーと言わんばかりにこころよく応じた。二人は共に派遣のアルバイトとして勤務している中年の男で、自分の代わりに事務所で掃除をする尾崎達の企みに全く興味がなかった事が幸いした。




「そうだ。だが日曜日とはいえ、事務所には二〜三人の組員が常駐しているはずだから、うまく入り込めても気は抜くなよ」

 尾崎はヒロキに釘をさすように言った。


「わかってるよ〜。で、掃除用具に紛れ混ませてこの〈装置〉を運び入れるんでしょ?」

 ヒロキはわきに置いてある四角い箱をぽんぽんと叩いた。



 ヒロキの触っている装置は、尾崎が知り合いの劇団員から無理を言って借りてきたスモークマシンである。

 二人の計画の全容は、まず清掃業者として事務所へ潜入。更にスモークマシンを使い事務所内で煙を発生させ、火事が起きたと騒ぎ立てる。

 そして組員が逃げ出した所を見計らって、事務所の金庫に入っている鮫肌組が裏で運営しているサラ金の顧客名簿を盗み出す、というのが大まかな流れだった。

 もちろん最後に、盗んだ名簿は匿名で警察に郵送してようやく、鮫肌組はジ・エンドとなるという筋書きである。



「で、組員が逃げ出した後に金庫にある名簿を盗み出すんだが……こっからはヒロキの出番だぞ、お前ちゃんと調べたのか?」

 尾崎はヒロキを疑いの目でジロリと見た。


「やだなぁ〜リュウちゃん。俺だってチョー頑張ったんだから」

 ヒロキは両腕を体いっぱいに広げて言った。


「じゃあ、教えてもらおうかな〜。売れっ子ホスト様の計画を」

 尾崎は座りながら、後ろに手をつき体をけ反らせた。


「オッケー。実は鮫肌組ってさ、おっきな仕事が上手くいったり、祝い事する時はこの街のキャバ嬢を何人か事務所に呼んで宴会することがあるらしーんだよね」

 ヒロキはニコニコしながら話し始めた。


「でね、そのうちの一人の〈ミユキちゃん〉って子も何度か事務所行ったんだって」


「ほーん、そういや前にそんなことやってたかもな」

 尾崎は何か思い出したように声を上げた。


「それで、ある時組長が事務所の金庫の中から百万円の札束を出して、ブワーーっとばら撒いたことがあったんだって! 凄いよね! バブルかよ!ってね」

 ヒロキが身振り手振りを交えて話すのを聞くうちに、尾崎はだんだんヒロキに肝心な部分を任せたことを後悔し始めていた。


「で、その時に金庫を開けたのは下っ端の奴だったらしいんだけど、そいつが金庫を開ける前に一瞬、組長のデスクの下にしゃがみ込んだんだって!」

 そこまで言うと、ヒロキはピタリと話すのをやめた。


「……え? それで?」

 尾崎は体を起こした。


「……え? それだけ」

 ヒロキは質問の意味がわからず、きょとんとしている。


「おいおい、全然計画になってないだろーが!」

 尾崎はヒロキに噛み付くように言った。


「はぁ!? これだけの話聞くのに俺がどんだけミユキちゃんにサービスしたと思ってんの!」

 ヒロキもつばを飛ばしながら勢い良くまくしたてた。


「てめっ、頑張ったってサービスかよ! ただ普通に仕事しただけじゃねぇか!」


「だからぁ! きっとそのデスクの下に金庫を開けるための〈何か〉があんだって!」

 ヒロキの言葉に尾崎も呆れ返り、脱力するように天井を見上げた。


「はあーぁ。そりゃ実際に下見もなんも出来ねえもんな〜、その〈何か〉は結局ぶっつけ本番って訳ね」

 尾崎はため息まじりに呟いた。


「仕方ないじゃん、それでも素人二人にしては割と勝算のある計画だと思うけどー」

 ヒロキは口を尖らせて言った。


「……ま、一か八かやるしかねーか!」

 尾崎は腹を括ったように立ち上がった。それにつられてヒロキも立ち上がる。


「だいじょーぶだいじょーぶ、ヤバくなったらこの拳銃で……」

 とヒロキは言いかけたが、すぐに口をつぐんだ。


「あーあ、誰かさんが拳銃無くしたりしなきゃもう少し勝算が上がったかもなぁ〜!」

 尾崎が皮肉まじりにヒロキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 ヒロキはふてくされた様に頬を膨らませた。



    

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