お義兄さんからの贈り物
皆さん、忘れているかもしれませんが、
お義兄さんとの初対面から約半年ほど経ち、無事に出産しました。
元気な男の子です。
私、春香の春と友樹さんの樹で、|春樹<<しゅんき>>と名付けました。
友樹さんは“はるき”という読みにしたかったのですが、
私が“はるか”で呼び方が紛らわしくなるという理由で反対し、
“しゅんき”という読みにすることで決着しました。
さて、退院してから数日後、お義兄さんから
「今度の週末、遊びに行くから」
という連絡がありました。
「うーす」
さて当日、お義兄さんがやって来ました。
すると、いきなり辺りをキョロキョロ見回し始めました。
何となーくですが、お義兄さんの行動の理由はわかったので、
「ミコトはそこで寝ているから大丈夫ですよ」
と言うと、お義兄さんは安堵の表情を浮かべていました。
本当はネコ大好きなはずなのに、ここまでネコ嫌いキャラを徹底していることに、むしろ感心してしまいます。
まずはお義兄さんは春樹の様子を見ました。
ですが、春樹は寝ていたため顔を見るくらいしかすることがなく、ものの数分で終わってしまいました。
次にお土産のケーキを食べながら、色々と話をしました。
ですが、こちらも数十分で話すことが無くなってしまいました。
もうすることが無いなら帰れば良いのにと内心思っていました。
ですが、このお義兄さんのことですから、絶対に何かあるはずと思いました。
室内に気まずい沈黙が漂うこと数十分、その間にお義兄さんは寝ているミコトにチラチラと視線を送っています。
本当はミコトとじゃれ合いたいのに、それができないもどかしさが伝わってきます。
ネコ嫌いキャラは正直、失敗だったのではないでしょうか。
結局、何もしない時間が1時間ほど経った頃、
「ピンポーン」
と家のインターホンが鳴りました。
私が親機を取ろうと立ち上がった時、
「待った」
とお義兄さんが声をかけました。
「トモ君の方が近いんだから、トモ君出て」
「は?何で?」
お義兄さんのいきなりの指示に、友樹さんも警戒感をあらわにしました。
これには何かある。
そう感じた私は、
「友樹さん。お願い」
と依頼しました。
「えー」
しぶしぶインターホンの親機を取って、来訪者の対応をしました。
それが終わって親機を置くと、
「宅配便だって」
そう言いながら玄関へと向かいました。
待つこと約1分
「兄貴ッ!」
友樹さんは急ぎ足で駆け付けました。
右手にはすごく大きな箱を持っていました。
「オンシジューム贈ってくれたのか?」
「おんしじうむ?」
私には何の事だかさっぱりわかりません。
「『ギャラクシー・ウォーズ』というアニメに出てきて、ジークフリート帝国の最終兵器グローセン・ツァーンラートに対抗すべく作られたオートマターで…」
その説明でもチンプンカンプンです。
「要はロボットのプラモデルだよ」
お義兄さんからその説明を受け、ようやくわかりました。
「これ、買うと3万円くらいするから手が出なかったんだ」
そんな高い物をいただいて本当にいいんでしょうか。
「あー、出産祝いだからな。気にするな」
いえいえ、おかしいですよー。
普通、出産祝いと言ったらベビーグッズじゃないですか?
それにしても友樹さんがロボットアニメ好きというのは初めて知りました。
今まで、そんなそぶりは一切見せなかっただけに意外な一面を見ることができました。
「サンキューな、兄貴」
こんなに嬉しそうな友樹さんを見ると、やっぱり兄弟っていいなと思ったその時、
「でも、何で届け先がミコトの名前になっているんだ?」
たしかに伝票の宛名が“坂野みこと”になっていました。
「何を言っているんだ?これはミコトにあげる物だぞ」
「んー、ちょっと何を言っているか、わからないなー」
私もお義兄さんが何を言っているか、わかりません。
「この前お前がミコトを投げ飛ばしたろ。兄としてその詫びとして贈ったんだ。いいか、このプラモを作る時はちゃーんとお願いをするんだぞ」
ネコにプラモを作るお願いって、どうやってするんでしょうか。
「貴様は物の頼み方を知らん。物を頼む時は、ひとーつ両膝を地面に付ける。ふたーつ両掌を地面に付ける。みーっつ額を地面にこすり付ける」
それって、もしかして…。
「土下座じゃねーかっ!」
友樹さんは絶叫しました。
「ねえねえ、念願のプラモが手に入ったけど作るには飼い猫に土下座しなきゃいけないって、どんな気持ち?」
うわー、今日のお義兄さんは何だかウザいです。
すると怒った友樹さんは、ミコトの方に殺気混じりの視線を送りました。
さすがにこれは寝ているミコトも気付き
「フギッ!」
という声を上げて、家具の隙間に逃げてしまいました。
おそらくは、お義兄さんの弱点であるミコトをまたぶつけるつもりだったのでしょう。
そもそも、お義兄さんはネコは弱点ではないですし。
ミコトに逃げられ、友樹さんは思わず舌打ちをしました。
「それにしても、宛名に“坂野みこと”とかよく書けたな。恥ずかしくなかったのか?」
少し時間が経ったことで友樹さんは落ち着きを取り戻したのか、そう質問しました。
「今の私に恥ずかしいことなど無いっ!」
なぜか、お義兄さんはドヤ顔で堂々と腕組みをしています。
「あっそ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
友樹さんの素っ気ない態度とは逆に、私はまたお義兄さんのドヤ顔がツボに入ってしまい、笑いをこらえるのに大変でした。
「あ、そうそう」
友樹さんがトイレに行っている間、お義兄さんが私に話しかけました。
「このプラモが原因で夫婦仲が悪くなっても、当局は一切関知しないから」
「はあ」
その意味はよくわかりませんが、とりあえず返事をしました。
「さーてと帰るか」
目的を達成したお義兄さんは満足そうに帰っていきました。
お義兄さんの見送りを終えて家に戻ってくると、
「さーて、早速プラモ作るかな」
「え?」
「もしかして兄貴の発言を真に受けた?あれ、アイツなりのジョークだから」
そうなのでしょうか。だとしたらいいのですが。
それともう一つ、お義兄さんが言った“プラモで夫婦仲が悪くなるかもしれない”という言葉も気になりました。
それは友樹さんがプラモデル作りに夢中になって、家事・育児をおろそかにすることなのでしょうか。
お義兄さんが訪問してから数日後、その言葉の意味がようやくわかりました。
当初懸念していたプラモ作りの時間は1日30分と友樹さんは決めているので、全く問題はありませんでした。
では何が問題かと言うと、そのプラモデルがバカでかいんです。
もし、神様から何か一つを捨てなさいと選択を迫られたら、迷わずこのプラモデルを選んでいると思います。
あまりにも大きいので、
「そのプラモって、どのくらいの大きさなの?」
と聞いてみました。
「たしか140メートルの1/144スケールだから、1メートルくらいかな」
それを聞いた瞬間、私は頭が痛くなりました。
そんな大きい物を我が家のどこに置けばいいんでしょうか。
ただ物凄く嬉しそうにプラモデルを作っている友樹さんの顔を見ると、捨てたいなんて言えないです。
このプラモデルを贈った時のミコトへの土下座はジョークだと友樹さんと言っていましたが、本当にそんな気がしてきました。
このプラモデルを家に飾っても、私が捨てても、どちらに転んでも面白い。
それがお義兄さんの狙いだということに気付いたのです。