お義兄さんとの初対面
家族。
みんなから見れば、空気みたいに当たり前に存在する物。
だけど私はそれに憧れています。
それは私の両親は既に亡く、しかも一人っ子だったからかもしれません。
でも今は隣に友樹さんがいて、お腹の中にも家族が・・・。
とは言っても入籍はまだしていないので、厳密にはまだ家族ではありませんが。
ちょっと言いにくい話ですが、いわゆる「できちゃった婚」というものです。
今、私と友樹さんはマンションの一室の前に着きました。
ドア横には「坂野」の表札が、友樹さんの実家に来たという実感が湧いてきました。
ご挨拶も兼ねての実家初訪問です。
友樹さんがインターホンを鳴らそうとしたその時、
「言っておくけど、兄貴相当変わっているから。引いちゃダメだぞ」
と注意をしました。
そう言えばお義兄さんって、どんな人だろう?
お義父さんとお義母さんは一緒に食事したことがあり、会っています。
でも、お義兄さんと会うのは今日が初めてです。
友樹さんの忠告のせいか、何だか緊張してきました。
ピンポーンと友樹さんがインターホンを鳴らしてから数秒、
ガチャッと鍵の開く音がしてドアが少しずつ開いてきました。
私の緊張が頂点に達したその時、
「トモく~ん。おにいちゃんだよおぉ~」
ドアの向こうからは素っ頓狂な声が聞こえてきました。
これがお義兄さん?
事前の忠告でハードルが上がっていたせいか私が思っていたような変人ではありませんでした。
でもある意味、私の想像を超えた変人かもしれません。
一方で友樹さんはというと、お義兄さんの対応を無かったことにしようと無言でドアを閉めようとしています。
全体重をかけて全力でドアを閉めようとしていますが、ドアはぴくりとも動きません。
反対側のお義兄さんも全く同じ力を加えているに違いありません。
さすが兄弟です。
なんて感心をしていると友樹さんが根負けしたのか、徐々にドアが開いていきます。
ここで友樹さんが玄関へと上がり、私もその後ろへと移動してようやくお義兄さんと初対面となりました。
お義兄さんはどことなく友樹さんに似ていて、その風貌からは変人という印象はありませんでした。
「初めまして」
と私が挨拶をすると、友樹さんが
「紹介するよ。今度、結婚することになった中井春香さん」
と紹介してくれました。
「初めまして」
と挨拶をしたお義兄さんの視線は私のお腹に・・・。
やっぱりそこを注目してしまいますよね。
何て説明していいか戸惑っている私に、
「あー、兄貴今度伯父さんになるから」
とフォローしてくれました。ナイスです。友樹さん。
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
弟が彼女を紹介したと思ったら、『兄貴今度伯父さんになるから』と言われた。
何を言っているかわからないと思うが、俺も何を言っているかわからない。
トモ君の超スピードには恐ろしい物の片鱗を味わったぜ」
私もお義兄さんが何を言っているかさっぱりわかりません。
「やんのか!コラッ!」
ただ、友樹さんを怒らせる何かを言ったことだけは確かです。
「チャランボ、チャランボ、チャランボ」
「腎臓蹴りは止めてー。おしっこの出が悪くなっちゃうー」
友樹さんはお義兄さんの肩を掴んで、お腹にエア膝蹴りを3回喰らわせました。
お二人が醸し出す世界に私はすっかり置いてけぼりを食ってしまい、どうしていいかわかりません。
とりあえず
「お義兄さんって面白い人ですね」
とお世辞を言っておくことにしました。
すると、お義兄さんは
「はいっ!いただきました。『お義兄さんは面白い人ですね』・・・」
と言って両腕を突き上げながら、
「っと」
ドヤ顔を決めました。
「あははははははははは」
そのドヤ顔がツボに入ってしまい、私は大笑いをしてしまいました。
「ブサイクが変な顔したら、そりゃあ大爆笑だよな」
と友樹さんはひどいことを言っていますが、お義兄さんとあなたはけっこう顔が似てますよ。
「そういえばトモ君。大事なことを忘れてないか?」
「何だよ」
「『ただいま』のチュー」
今の私だったら、とてもではありませんがこのセリフは言えません。
なんだか聞いているこちらが恥ずかしくなってきました。
「次にくだらないことを言ったら、そのケツの穴臭え口に拳入れるからな」
友樹さんは右手でお義兄さんの喉をつかんで、顔前で左手の拳を力いっぱい握って言いました。
「イヤだなあー。トモ君。冗談だよお。」
いや、お義兄さんは冗談って言っていますが、目を閉じながら徐々にせまっていたのを見ると、本気のヤツですよね。
とにかく、お義兄さんとの初対面でわかったことは、友樹さんと仲が良いなということです。
たぶん、このことを言うと友樹さんは否定するとは思いますが。