きりぎりすの恩返し
秋の終わりが近づき、北風がつめたくなってきました。かわいた地面の上を、ありの家族が、弱々しい足どりで歩いていました。
「こんなに寒いのに、おうちがないよ」
おにいちゃんが、いいました。
「おなかがすいて、歩けないよ」
いもうとが、いいました。
「どこからか、音楽がきこえてくるよ」
おとうさんが、いいました。
「やさしい音ね。行ってみましょうよ」
おかあさんが、いいました。
ありの家族は、最後の力をふりしぼって、音楽がきこえてくる方へ、歩いて行きました。
「みなさん、こんにちは。わたしの声を、どうぞお楽しみ下さい」
一ぴきのきりぎりすが、ゆうやけ雲を背中にうけて、コンサートをひらいています。つかれきっていたありの家族の心は、まわたでつつみこまれたように、温かくなりました。
「すばらしかったよ。これはお礼だ!」
そういって、かんきゃくのみんなは、きりぎりすのシルクハットの中に、たくさんの食べものを投げこみました。
「ありがとうございます」
きりぎりすは、地面にこすれるくらい、深くおじぎをしました。頭をあげると、四ひきのありが、体をふるわせながら、こちらを見つめていました。
「ありさんたちも、わたしのコンサートをきいてくれたのですか?」
「はい。すばらしい歌声でした。でもわたしたちには、あなたにさしあげる食べものがなにもありません」
「ありさんといえば、働き者でゆうめいではないですか? どうして食べるものがないのですか?」
「はい……夏の間、いっしょうけんめい食べものを集めたのですが、嵐のために巣が流されてしまいました」
ありのおとうさんは、なみだをうかべて話しました。
きりぎりすは目をとじて、ごせんぞさまの言葉を思い出しました。
(わしらは夏の間、遊んでばかりいたよ。冬になって食べものがなくなり、死にかけていたところを助けてくれたのは、ありさんじゃよ。働くことを教えてくれたのも、ありさんじゃよ)
きりぎりすは目をひらき、こもれびのような笑顔で、ありの家族を見つめました。
「わたしの家に行きましょう。食べものはたくさんあります。いっしょにくらしましょう」
ありの家族は、びっくりしました。
「わたしたちには、あなたにお礼できるものがなにもありません」
きりぎりすは、にっこり笑っていいました。
「もうずっと前に、いただいていますよ」